鬱血


 アスランが目覚ましを手に取ったのは、それがうるさく自己主張をはじめるだろう30分も前だった。
 少し早く起きすぎた。
 原因はわかっている。
 じっとりと汗ばむ不快感だ。
 その原因もわかっている。
 後ろからアスランの身体を抱き込む幼馴染のせいだ。
 人の体温ってやっぱり高いんだなと変なところで感動してみた。
 冬は暖かくて便利みたいだが、夏は少々鬱陶しい。
 毛布はそろそろ片付けたほうがよさそうだ。


 昨夜は例によって例の如く、寒くもないというのに何かに追い立てられるように2人して熱を求め合った。
 おかげで寝不足だというのに、こんな変な時間に起きてしまえばもう寝られない。
 そういえば最後眠くて眠くて意識が途切れがちだったアスランの記憶にも、なんとなく溺れそうになりながら風呂につかった記憶がないこともないのだが、汗をかいてしまえば意味がない。
 丁度いいかもしれない。
 シャワーをあびる時間だと思えば。
 強引だなと頭の片隅で思いながらも、キラの腕から多少の苦労をともなって抜け出したアスランは脱衣所に向かった。
 素っ裸だが、どうせ見るものもいまい。








 目を向ければ自然に視界に入ってくる鏡。
 なんとはなしに映った自分の姿を見て、アスランは思わず声をあげた。

「げっ」

 色気の欠片もない――誰もそんなものもとめちゃいないが。


 映った身体は確かに自分のものだった。
 焼けにくくて白い肌も。
 筋肉がつきにくくて細い腕も。
 キラよりまだ少し高い身長も。
 寝癖のせいでピコピコはねる紺の髪も。
 中にはコンプレックスもあるが、変な付属品がついているなんてこともなく、ちゃんとアスランの身体だった――鏡に映る身体が自分以外ものであったなら、それこそ事件だが。

 が、また違った方向に、ひどいことになっていた。


「あいつやりすぎだろ」

 唖然として呟いた。
 注釈をいれる必要もなく、あいつとはキラ・ヤマト、アスランの幼馴染に相違ない。

 実物のほうの身体を見下ろして、やっぱりアスランは顔をしかめた。
 いつもならここまではない。
 確かに普段から痕をつけたがるが――つけるなと言っているところにもやりたい放題つけてくれることだってあるが――それでもなんとか仕方がないなで許せる範囲だったというのに。
 今日はそれどころじゃなかった。

 完全に、やりすぎだ。
 はっきり言って、気持ちが悪い。

 いっそよくぞここまでと感心してやってもいい。
 いいが、それで嬉しそうな顔をされてはたまったものではないから言わない。
 都合のいい方向にしか働かない頭はそういう可能性も充分ありそうだ。

 さすがにこのまま何事もなかったかのように終わらせるわけにもいかないだろう。
 何せ被害を被っているのは、アスラン一人だ。
 黙っていてこれ以上の助長も嬉しくない。

 そろそろ暖かくなってきて、薄着にもなろうかというのに、マフラーでもしろと言っているのか。
 バンドエイドごときで隠せるものではない数のキスマーク――といえば気恥ずかしい、だけど飾られた言葉にでもなるのか――が首に、否、身体中に散らされている。
 やりすぎだ。
 何か変な病気みたいではないか。

 しかもわき腹と太ももの内側には噛み痕まで見つけてしまった。
 そっとふれるとピリッと痛みが走った。

 これはもう一言二言――場合によっては時間単位で――言ってやらねば気がすまない。
 今ごろ気持ちよく夢の中だろうキラに。
 だがまあ、今すぐはさすがに可哀想かと考えて、自分の甘さにあきれながら、とりあえずは当初の目的どおりシャワーを浴びることにした。
 心持ち急ぎめで。
















「キラ、起きろよ」

 毛布をはいで恋人にかけてやる言葉は柔らかい。
 だが、今日に関しては、そんなものじゃ起きないだろとの突っ込みはいらない。
 ベッドに片足を乗り上げて、というか、キラの腹に片膝をあてがって呼びかけるのだから、にこりと笑う笑顔も般若に見えようというものだ。


「起きないと実力行使にはしるぞ?」

 キラは寝つきも寝起きもいいほうだ。
 寝起きに関してはアスランなんかよりもずっといい。
 が、そんなキラとはいえ、返事をする時間さえなくたたみかけられて起きれるはずもなかった。人間として。


「ぐぅぇっ」

 一点に集中された人間の体重はさすがに強烈だろう。
 穏やかな笑みを溢すアスランの下で苦しげなうめき声が上がった。
 聞いているほうも息がつまりそうな。
 が、アスランはといえば涼しいものだ。

「キラ? 起きたか?」
「おき、おきたっ! いたいいたいいたいっ、アスランどいて!」

 下手に動いてアスランのバランスをくずせばアスラン自身がキラの上にふってくる。
 アスランならなんの苦もなく受身をとれるはずだが、今日に限ってとれないかもしれない――意図的に。
 そんな危機感を覚えたかどうかはアスランからは定かではないが、一応一矢報いてやったことには満足して、ゆっくりと足をはずしてやった。

 へんなうなり声を発しながら身体を丸めてしまうキラの息はきれていた。

「いい朝だな」
「……アスラン」
「ん? 早く起きないと学校に遅刻するぞ?」
「アスラン」
「朝食のパンなんだが、ジャムがきれてるんだ。何で食べる?」
「アスっ!」
「マーガリンか蜂蜜か、ああ、シナモンがあったかな」
「…………随分といい恰好してるね」

 名前を呼んでも半分シカト状態のアスランに焦れたキラが、少し落ち着いてきたこともあったのだろう、シャワーから直行しタオル一枚のアスランを見て目を細めた。
 その瞬間アスランの拳がキラの顔の横、数ミリのところに沈んだことを明記しておこう。

「言いたいことはそれだけか」
「刺激的な朝をありがとう」

 さすがに幼馴染だけある。
 どっちもどっちというのだろうか。
 どちらにしても怯むこともなく、笑顔で会話が進んでいく。

 はら、とアスランがタオルを床に落とした。
 花びらの散った白い肌があらわになる。

 いろんな意味でと付け加えたキラに嘘はない。

「これを見て感想は?」
「何? 誘ってるの?」

 ダメだ。
 頭が湧いてる。
 救いようがない。


「他に?」
「アスラン綺麗」

 うっとりと、いい仕事をしたとでも言いたげな顔がアスランの神経を逆撫でする。

「一ヶ月セックス禁止」
「えーっ!? 嘘、それは駄目」
「駄目。しない」
「なんで!?」

 そんなことを言いながら腰にまわる手はいかがなものか。

「キラ、知ってるか? キスマークなんて結局は内出血だ。お前が無茶なことするから俺は全身怪我人。要休息。セックス、冗談じゃない」

 冗談じゃない。
 悪化する。

「全身怪我人……」
「そう」
「アスランの中がずたずた?」

 その表現はどうかと思うが、不安そうなキラには効果があるかもしれない。
 アスランは頷いた。

 そして後悔する。


「なんかいいね、その表現」

 僕しか傷つけられないところを傷つけた気がする。
 嬉しそうに言う。

 そしてまだ鬱血のない肌の白いところに唇を寄せた。


 駄目だ。
 本格的に腐ってる。
 つける薬もない。







あとがき
キスマークと鬱血の違いがわからない……。キスマークが本当に内出血なのかも自信なし(待て)どこかで読んだ気がするのだがどこだろう。 まあいいかと書いた駄目な作者(う〜む)だって他にネタ(以下略)
どうでもいいといえばどうでもいいのですが、この話実は先にルーズリーフに書いたんですが、その紙をどこかになくしてしまいまして(え) 仕方がないので書き直したものです。で。書きなおしたところで見つかりました(死)もったいないのでのっけていいですか。というわけでおまけ
一応繋げて読めるように少し変えてみましたが、やっぱりどこか不自然です。




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