祈り


 祈り――祈ること。

 祈る――神や仏の名を呼び、幸いを請い願う。
       心から望む。希望する。念ずる。





 僕らは学校に通い始めた。
 それはたぶん、なくした時間を取り戻すためであり。
 そして何より僕らは暇だった。

 働こうかとも考えたけれど、何も考えなくていい学生の身分は僕らにはとても魅力的だった。
 とはいっても、現実的な問題お金は必要で、互いの特技を生かして家で出来る仕事なんかをしながら学校に通うという選択肢を選ばざるをえなかったのだけれど。
 とにかく僕らは、ここに来てみたのはいいけれど、明確な将来のビジョンもなく、何をするにしても未熟だった。

 この際だから0から――否、お互いのことを考えると決して0ではなかったけれど。気持ち的に0から――はじめようと。
 とどのつまり、逃げた。
 誰にも告げずに。

 時間が欲しかっただとか。
 心を癒すためだとか。
 言い方は色々とあるけれど、言葉で飾らなければそういうことだ。

 逃げた場所は、地球の小さな国の街。
 大陸の端。
 昔はもっと名前がうれていただとかいう島国。
 先の大戦では、初めは地球軍の領地だったが、最中ザフトの力を借りて独立を取り戻したと聞く。
 意識はザフトよりなんだろうが、駐留軍も引き上げをはじめたこの土地は、どちらのものでもない。
 更にザフトより、ということでわかると思うが、コーディネーターの受け入れも積極的だ。
 どっちともつかない、というかどちらにも居場所のない僕らには丁度いい場所だった。


 そこにマンションを一室借りた。
 3LDK。
 本当は隣に密接していない戸建をといきたいところだったんだけど、僕らはいわば逃亡者。
 いつ何がおこるかわからない。
 素早い移動だとかセキュリティーのことを考えると賃貸のマンションが一番理にかなっていた。

 ただ拘りということで借りた一部屋は一階で庭がついている。
 アスランはキャベツを育てたいだとか肩をすくめて笑っていったが、本当はなんでもよかったんだろう。
 あれもこれも、といろいろ種をまいてみたら、最近一つ芽がでてきた。
 が、やりすぎてもう何の芽だからすらわからない。
 育ってからのお楽しみになってしまった。
 かいがいしく世話をするアスランを見るのは楽しいし、願わくば実のなるものだとうれしい。
 無理だろうけれど、全部自家生産でこの家だけで暮らせたらいい。
 外にも出ないで2人きり。


 僕らの箱庭。


 そんな単語に嬉しくなる僕らは確かに、病んでいた。







 学校の帰り、いつもと違う道を探検と称して通ってみた僕らの目についたのは、いつまでたってもなくならないらしい宗教施設だった。
 建物は綺麗で、もしかしたら建て直したばかりなのかもしれない。
 たまたま外に顔をみせていた管理者――聖職者っていうのか――は、親しみやすそうなやわらかい雰囲気の老人だった。

 一瞬目を留めたアスランが入ってみるかと聞いてきたのに、僕はゆっくりと首をふった。
 無宗教者だからと締め出すような心の狭い神様を祭っている宗教ではないだろう。
 だけど僕は入ってみたいと思わなかったし、何より神を信じない僕が――アスランだって信じていなかったけれど――入っていい場所でもないと思った。
 神を信じていないのだから神への冒涜だとかそんな言葉は存在しないけど、それを信じている人まで侮辱する気にはなれなかった。


 信じたければ信じればいい。


 彼等は祈れと口をそろえて言う。

 主張するのは自由だ。
 だけど、押し付けるな。
 僕は彼等を貶めない。
 だから僕に関わるな。


 祈りたければ好きなだけ祈ればいい。



 それで救われるというならば。



 ただその神とやらが僕らを救ってくれると、僕には思えないだけだから。




 僕を救うのは――。









 腕の中で身じろぐアスランをサラにきつく抱きしめたら、アスランは苦笑いにも似たため息をこぼした。
 仕方がないなとでも言うようにまわされた腕は、暖かい。
 体温は僕のほうが高い。
 でもアスランのほうが暖かい。

 僕の救いは神なんかじゃない。
 この腕だけが――アスランだけが――僕を救う。


 神様なんていらない。
 だって何もしてくれない。
 だって触れもしない。


「苦しいんだが。放してくれる気は……なさそうだな。絞め殺すなよ?」

 ことのほか真面目に言うものだから。

「それもいいかも」

 そんなことを言ってやった。

「冗談じゃない」

 一言で切り捨てられてしまった。

 だけど力を緩めてやる気はない。
 そのまま言葉もなくしばらく夢うつつをさまよっていると、ふとアスランが呟くようにもらした。

「お前は何を祈る?」

 ――全部お見通しらしい。

「何も。何も祈らない。祈ってもなんにもならないよ、アスラン。神は誰も救っちゃくれない」

 救ってなんかくれなかった。

「それでも人は祈る」
「僕は祈らない。祈るとすれば一つだけ。ほっといて。僕らに干渉しないで」

 神は非情だ。

「キラ」

 せつなそうに名前を呼び彼の考えもわからないわけじゃない。
 アスランの願う平和を祈る人だって大勢いる。
 確かに数は力だ。
 その人たちが、思いが平和をつくる――かもしれない。

 でも争いだって結局はその祈りとやらがつくりだす。
 やさしいだけのものじゃない。
 ついイメージに流されそうになってしまいそうになるけれど。
 負の祈りだって、祈れば祈りだ。
 要は欲望の一つで、人は皆、どうしようもなく貪欲なのだ。

 そして祈っただけで満足する人間は、傲慢だ。


「それでも」

 アスランの声が闇にとける。

「それでも俺は、お前の幸せを祈るから」

 それでも僕は、祈らない。

 ただかわりに、力をつくそう。


 君が笑って暮らせるように。







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