周知の事実


 卵とパンと牛乳と、あと安かったので、豆腐と野菜を買った。
 レタスとじゃがいも。
 食べきれるか心配になったけれど、ついつい安さに負けて買っていまった大根。

 少し、買いすぎたかもしれない。
 その事実に気がついたのはレジを通した後だった。

 しかも重いものやかさ張るものばかり。
 最近のものは保存がいいから腐るとかはあまり心配していないが、後悔してみせるのは、さすがに重たい。
 いや、重たいのは構わないのだ。
 これでも軍で鍛えていたのだ。
 近頃筋力が落ち気味な気もするが、こんなものはどうとでもなる。

 問題は重力に負けて掌に食い込む持ち手のほうだ。

 正直痛い。

 これなら怠慢せずに一度帰ってから車を使えばよかった。
 こんなに買うとわかっていたら車で来たのに。
 なにせ当初の予定では牛乳と卵だけだったのだ。
 その二つのみだったなら学校の帰りにちょっと寄るだけでなんの問題もなかったはずだった。

 自分の計画性のなさに落ち込みながら、しかし帰らねば話にならない。
 せめて持ちやすいようにと二つに分けた袋を持って、いざ帰路についたアスランの背に一つ声がかかった。


「アス……、アレックス!」

 確かめるまでもない。
 声でもわかるが、この地でアスランと呼び掛けるのが一人なら、後ろから飛び付いてくるのも一人だ。


「重い」

 口をすべらしかけたことを含め、睨んでやった。
 キラはてへっと笑ってごめんと嘯く。

 そしてそのまま自然に袋を片方取りあげられてしまった。
 わかってる。
 キラのこういうさりげなさが女の子に受けるのだ。
 実際アスランが女の子だったらキラは両方なんでもない顔をして受け取ったのだろう。
 もちろんアスランがそんなことされて嬉しいわけがないが。
 いや、手が痛くなくなるのはうれしいが。
 そんな問題ではなく。

 重い。一つ持て。
 この言葉で渋々持ってくれたら別にいいのだ。


 …………結局馬鹿らしいくらいに女々しいのではないかという事実に気がついてしまって、閉口した。


「こんなに買い物あるをだったら誘ってよ。それか、車もってこいとかさ」
「もっと少ない予定だったんだよ、最初は」

 自分でもそう思っているので、言い訳がましい口調になってしまう。
 実際予定では一サイズ小さい袋一つにおさまってしまうはずだったのに。
 でも質のよい大根が安かったらついつい買いたくなるのが心理というものだろう。
 今日はサラダにしよう、明日は田楽だ。
 風呂吹き大根もいいかもしれない。


「じゃあ次からはどんなに小さな買い物でも誘って。まったく君ってばお坊っちゃん育ちのくせに、変に所帯じみてるんだよね」
「悪かったな」
「ぜひお嫁さんに来てほしいって言ってるんだよ」

 ぶすっとして言えば、にこやかにそんなことを言われてしまったので、アスランは眉を顰めた。
 素直に喜ぶには複雑すぎる。

「俺は男だが?」
「知ってるよ。毎日見てるし」

 だがどんなことを言ってみても飄々としたキラの横を全部すり抜けていってしまっている気がする。

 空いた手で額を押さえたアスランを、キラは見やると、その手をとって下に下ろした。


「そんな顔しないでよ」
「お前がさせてるんだよ」

 目的を果たしたと思われる手を振り払おうとするが、キラはさらに指を絡ませてしっかりと握りなおしてしまった。
 いい年した男2人が手をつないでいるというだけでも異様な光景と見られてしまうだろうに、こんな恋人同士みたいな離れたくないとでもいうような握り方、恥ずかしすぎる。


「ばっ、離せ」

 一瞬で頬を真っ赤に染め上げたアスランが叫ぶ。
 が、キラはそんなアスランを見て、さらに愉しそうに笑う。

「いいじゃん。仲良しでしょ、僕ら」
「こういうことするからっ、変な噂がたつんだろ!?」

「変な噂って何?」


 まったく白々しい。
 どの口が言うのか。
 今日だってクラスメイトに相変わらず仲いいね、と言われてしまったし――相変わらずとつくのがポイントだ。
 できてるできてないとかいう噂はもう、本人の耳に入るぐらいには大きくなってしまっている。

 原因は確かに自分たち2人にあることをアスランも認めざるを得ないが、だからといって肯定も否定もして話を大きくする気はなく、そのうち飽きて消えていくだろうと思っていたのに。
 キラのほうはどうやら違ったらしい。


「俺とキラが恋人同士だとか」
「事実じゃん」

 そういう問題じゃない。

「必ず2人して休むから、学校さぼって2人でいちゃついてるとか」
「それも事実だし」

 だからそういう問題じゃない。

「どっちが、……その、下か、とか」
「アスランだね」

 そろそろキレてもいいだろうか。


「ふざけるなよ、キラ」
「ふざけてないよ。ってゆーか、むしろふざけてるのアスランじゃない。隠したいっていうのは、まだ許せるよ? でもね、なんで否定するかな」
「……してないよ」
「してるよ。そういうことだよ」

 合わされた目は思った以上に真剣だった。


「何言われてもいいじゃない。堂々としてれば。悪いことなんてしてないし、そんな前時代的な差別だってないし。何が嫌なのかわからないよ」
「嫌、とかそういうことじゃなくて」
「むしろ僕は噂ってとこに不満だね。もっと広めて誰が否定しても動かしようのない事実と認識されたい」
「な、なんだよそれは」

 きゅっと握った手に力が入った。
 家はもう近い。

「だってそしたら、もし君と僕がまた離れてしまっても、ここにはちゃんと事実として残るでしょ? 夢じゃない、事実として刻まれてるから、だから……」


 キラの体温はあったかい。
 そう言えば昔のように子供体温って言いたいんでしょとか言って怒るのだろうか。

 うつむいてしまったキラの頭を撫でてやりたいような、抱きしめてやりたいような、抱きしめてもらいたいような、そんな気分になったけれども、両手ともふさがっていて無理だったから。
 アスランも握った手に力を込めた。



 ――だから、何があってもここに帰ってくれば、また立てる気がするんだ。




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