こねこ


「アガサ!」

 もう何人目だろう。
 断られて、断られて、断られて。
 でも諦めることなんてできなくて。
 今もまた期待を込めて、鞄を背負い部活に向かおうとするクラスメイトの名前を叫んだ。

「無理。ごめんね」

 が、すげなく断られた。
 しかしここで諦めるわけにはいかない。
 今日中に、どうにかして頷いてくれる人を見つけなければいけないのだ。

 ミシェル・ブランシェは額に汗を浮かべながら、それでもまだ諦めなかった――といっても別に肉体運動をしているわけではないのだが。
 ぎゅっと拳を握り、次の名前を呼ぶ。


「ニコライ!!」

「あ〜、ごめん」

 静かな性格の級友は申し訳なさそうに首を振った。

「シェンは!?」
「いない」

 今度は返事さえもらえない始末。
 こうなってくるともう泣きたくなってくる。

「じゃあ、ハノルドー!」
「無理」

 …………ダメだ。
 最初はまだ暖かかったみんなの反応もそろそろ冷たく冷え切ってきた。

 最初は「うち鳥いるから」とか「うちマンションだから」とか「犬いるし」とか理由もちゃんと言ってくれていたのに。
 もう理由もない。
 ごめんの一言もない――これは別に求めているわけではないけど。
 申し訳なさそうな顔の変わりに、笑顔で断る奴も増えてきた。
 叫び声を上げて駈けずり回るミシェルを何かの出し物と勘違いしてるに違いない。
 確かにテンパってはいるが。
 それでもそこは優しく、みんなで助けあうのが友達というものではないか!?

 ………………残念ながらハノルドもシェンもそこまで仲がいいというわけではなかったが。


 ここまでくれば誰でも同じだ。
 そう、誰でもいい。
 誰でも。
 うんと一言言ってくれれば。
 例え騙すようなことになってしまったとしても。
 言質さえとってしまったらこっちの勝ちだ。

 正確にはそんなことまさかあるはずもなかったけれども、ミシェルはそこまで追い詰められていた。


 ぐるっと一周教室を見渡し、まだ声をかけていない人物を見つけた。
 彼は、転校してきたばかりで、そんなには親しくなくて、どんな人物かもまだ把握できていなくって、躊躇いまくって後回しとしたのだが。
 これはもう仕方がない。
 ミシェルは一緒に転校してきたらしい友人を待っているのだろう、彼の名を、叫んだ。



「アレックス! 頼む!」

 ミシェルの様子を見て、他のクラスメイトと同様くすくすとどこか苦笑に近いしのび笑いを漏らしていた彼は、一瞬呼ばれたことに意外性を感じたのか戸惑ったような顔をしたが、すぐに綺麗な笑顔を作って……。

「いいよ」

 頷いた。

 思わず見惚れるような、笑顔だった。




 が、それはそれとして。
 もうちょっと早く救いの手を差し伸べていただきたかった。








「ってことがあったんだ」


 キラの「どうしたの?」から始まった説明はそんな言葉で締めくくられた。
 さらっと言われても少々反応に困るものがあるのだが。


 せめて。

「せめて先に言っておいて欲しかった」


 ぼやくがもうどうしようもない。
 ので。
 まあ、いいか、キラはそうそうに考えることを放棄した。
 どうせなるようにしかならないのだ。


 キラにとっての事の起こりは、放課後先生からの呼び出しからもうあまり人のいない教室に入った時だった。
 ずっと待っていてくれたらしいアスランは、けれど「ごめん、先に帰っといて」とどうしてか家と反対方向に止める間もなく歩いていってしまった。
 そんなことならメールでもしておいてくれればよかったのに、と思いながら見送るアスランの隣に自分以外の男の姿を認めたのにすごく腹がたって、帰ったらお仕置きかな、とアスランにとってはとても迷惑なことが勝手に決定された。
 その人物はキラもよく知る級友、というかアスランよりもキラのほうが親しい人物で、まさか心配するようなことはないと思うのだけれど。
 アスランが自分よりも他の誰かを優先させたことが、キラのどこかに引っかかった。

 もっとも、本当に何か用事のありそうな2人を引き止めて駄々をこねるほど子供ではないが。


 そうやって帰ってきたアスランがその手に持っていたのは、一つの篭だった。
 中からニュァとか細い声が聞こえてしまえば、中身はもはや疑うべくもない。
 そして「どうしたの?」に戻る。


「ミシェルは二泊三日で旅行なんだ。連れていけないらしくって、預かってくれる人必死で探してたから」

 可哀想になって、というアスランがとりだしてみせてくれた猫、というか仔猫はまだ両手のひらに乗ってしまうぐらいに小さかった。
 強く握ったら殺してしまうのではと思うほど。
 正直、可愛かった。


「なんで先に言ってくれなかったの?」

 仔猫の姿を見て一目で気に入ってしまったキラが上機嫌でそう尋ねれば、アスランは少し罰の悪そうな顔をして目をそらせた。

「キラがダメって言ったら気まずいだろ? 持ってかえってしまえばこっちのものだし」
「なんか。どっちかっていうとそういうのは僕の専売特許じゃなかったっけ?」
「そうかな」
「ってゆーか、ダメって言うと思ったんだ? ひどいな」
「そういうわけでも、ないけど。万が一、だな」

 視線を彷徨わせる彼も仔猫に負けず可愛らしかったから、まあいいか、とキラはもう一度思う。
 さっきまでの苛々はどこかに飛んでいってしまったらしかった。


「でも世話とかってわかる? 僕動物は飼ったことないんだけど」
「俺も。でも一応一通り聞いてきたし、餌とかももらってきたからさ」

 そう言うアスランも楽しそうだった。

 これから三日は、2人暮らしではなく、2人+1匹の暮らしになる。
 2人だけでいたくてこんなところまで来てしまったキラとアスランだったけれども、これもこれでいいものかもしれないと、二人で顔を見合わせて笑った。





〔一言〕
特に意味のないものが出来てしまった(滝汗)
と、とりあえずミシェル君(頻出オリキャラ)初登場ってことで。



Back  Top  Next