獣のように


「何でヒトなんだろうね」


 唐突に呟かれた言葉は、長年の付き合いのアスランでさえ、何をさしているのか把握することはできなかった。




 テレビでは次々と新しいニュースが報じられる。
 その中で今日最も大きく取り上げられたのが、テロのニュースだった。
 混乱に陥る民衆の悲鳴、画面の端で倒れた男、未だ立ち昇る煙、壊された建物。
 それから、場にそぐわない、落ち着いたレポーター。

 戦場の様子ととてもよく似ている。
 ただ、規模が違うだけで。
 ただ、数が違うだけで。

 人が死ぬのも。
 建物が崩壊するのも。
 血が流れるのも。

 人を、殺すのも。


 次々に流れるテロップを見ながらキラが、呟いた。


「なんで僕らは人として生まれたんだろうね」


 他にも生命は数え切れないほど存在し、それこそ人が何十億人いるだとか言っているけれど、そんなものはものの数パーセントにすぎない。
 数パーセント、あるかどうかさえわからない。

 何故とキラは言うが、それはこぼれた思いではあっても、答えを期待するものではなかった。
 答えなど、だせるはずがないものだから。


 だからアスランも一言で片付けてしまうしかないのだ。

「偶然だろ」

 一見冷淡にも見えてしまうかもしれない一言で。


「意味なんてないよ。意味があるって思うほうがおこがましい。俺たちは偶然ここに存在するだけで、決して特別な存在じゃない」

 例え犬や猫に生まれていたとしても、植物だったとしても、ウィルスだったとしても、それは同じだ。
 あるいは、この世に存在し得なかったとしても。
 たまたま運が良くて――あるいは悪くて。
 そして存在する。


「ヒトってなんなんだろうね」

 今日のキラは哲学的な気分らしい。
 特にすることもないアスランもたまにはいいかと思って言葉を捜す。

 見つめなおすのも、いい機会かもしれない。

「霊長目ヒト科の動物」

 キラの反応を見るためにこんな言葉も返してみるが。

「いや、そうじゃなくてね」

 案の定キラは苦笑した。

「わかってるよ」
「ヒトをヒトたらしめてるものは、なんだろうね」

 こういうことなんだけど、と付け加える。

「理性とか、知性とかかな」

 自分で問うて、一般的な答えをあげてみる。
 しかし納得できなかったのか、小さく首を傾けた。

「こんな映像を見てる限りじゃ、それも変な話に思えるんだけど」


 人が人を殺す。
 それは理性か。
 それは知性か。

 だがそれが、人だ。


「本能だよ」

 だからアスランはこう答える。
 それを自分で信じているのかはわからないけれど。
 口にだしてみれば意外と納得できる意見が構築されそうだった。
 別に、真実でなくても構わないし。
 要は暇つぶしができればそれでいい。

「人を人たらしめてるのは本能だ。理性や知性なんてそんな理屈っぽいものじゃないさ」
「でもそれじゃ、動物と同じだね」
「人間だって動物だからな」

 そういうことでも、ないんだけど、ともう一度キラは口にした。
 それも、わかってる。

「獣みたいだねって」

 本能に忠実に。

「でも獣だって、こんなことしないよ」

 こんなこと。
 酷いこと。
 無意味な虐殺。


「それがヒトの本能だからってことだろ。それぞれの動物の本能が、それぞれの動物たらしめる」


 だから、とアスランは唇の端をあげた。

「けものじゃなくてけだものなんだ」


 だろう、と笑ってやればそうかもねと肩を竦められる。


「じゃ、僕らもケモノになろうか」
「まだ朝なんだけど?」
「そして学校もあるんだ」
「充分ケダモノだな、お前も」


 そうかもね、とくすくす笑う。


 結局今日もまた意味のない言葉を交わす。





Back  Top  Next