花束を君に 1-9

 あらわれた軍服にスザクは青くなった。

 軍人は、まずい。
 貴族もどうレベルによくないし、民間人でもおそらくいい顔をしない、下手をすれば足蹴にされる。それが名誉ブリタニア人だ。
 だが、一般の人であればそれでも対処の仕方があるというのに、軍人に目をつけられたとなれば穏便にことがすむとは思えない。
 しかもこっちにはルルーシュがいるのだ。
 問題が発生してもルルーシュに火の粉がふりかかるのだけはどうにか避けたい。
 下手にでればルルーシュは生粋のブリタニア人だしルルーシュだけでも助けてくれるだろうか。
 だが。

 ああ、なんていう確立だろう。
 だいたいこんなところに軍人がいるとは思わないではないか。
 だいたい男のほうは軍服なんてきていないし。
 何をするでもなく眺めてるだけだとか、そもそも一体なんでこんなところにいるんだ。


 さっさと退散してしまおう。
 別の人を見つけるとして。
 無礼は承知でくるりと背を向けようとしたスザクにしかし、その軍服の女性のほうが二人の姿に眉を寄せた。


「後ろの彼、怪我をしているの?」


 およそ軍人が名誉ブリタニア人にかける声の口調ではなかった。
 軽く驚く。
 気づかれなかったのだろうかと思うけれどそれもないだろう。
 色彩こそ日本人らしくないものの、スザクの顔立ちは完全に彼らの言うイレブンのものだ。

 警戒は解かなかったけれども、スザクはあらためてセシルと呼ばれた女性に向き直った。
 やさしそうな人だ。
 少なくとも、隣の男に比べまともな神経をもっているのは確かか。
 慎重にうなずいたときにはかすかな希望さえ生まれていた。
 本来ならば軍人と係わり合いをもちたくはないのだけれど、藁にでもすがる気持ちだった。


「すいません。救急車を呼びたいので携帯か何かかしていただけないでしょうか? 頭から出血していて」

 友達なんですと言おうとして、口をつぐんだ。
 忘れがちだけれども、これは、ルルーシュの不利になる情報だ。


「ムリだねえ。むりむり」


 即座に否定してくれたのは男性のほうだ。
 冷たい言いように、少しでも期待してしまっただけに落胆は大きい。
 いや、期待した自分が馬鹿なのだろう。

 うつろに顔をあげると、彼は手どころか首までふってくださっていた。


「だって、ねえ?」

 ぐっと顔を近づけられる。
 腰をおられて、ああ背が高いのだなと思った。
 どうでもいいが。
 その割に体重は軽そうなので、衝動のまま蹴り上げれば気持ちよくふっとんでいってくれそうだ。
 心持ち足を引いたスザクに彼は気づかず、根拠を続ける。


「だあってこの混乱だよ? たどりつくだけでどれだけ時間がかかることか。まあ軍も動き出したみたいだけどー、彼比較的軽症っぽいじゃなあい? だからあとまわしだね」

 なんだその他人事みたいな言い草は。
 軍もって自分たちは一体なんのつもりなのか。

「そ、も、そ、も、ほら」

 あれあれと指された方向を見て、スザクは驚愕に目を見開いた。
 ビルのあいだをすべるように通っていったあれは。


「ナイトメアフレーム?」
「せーかあい! あちらさんも随分気合いれてきたみたいだね。だからさ、ほら、ほら、民間人に手を回してる暇はないってこと」

 言い方がふざけているせいでどうしても蹴り上げてやろうかという衝動がこみ上げてくるけれど、だけども冷静に考えれば客観的意見として彼の言っていることは正論だ。

 でも。
 だけども。


「じゃあこのまま死ねってあなたはそうっ」

 ルルーシュを背負っていなかったら確実につかみかかっていた。
 理屈であきらめることなど、できるものか。
 してたまるか。
 睨み付けたスザクに彼は、げっとつぶやいてセシルの後ろに隠れるように身を引いた。
 が、彼女に押し戻された。
 必要以上によろけたのは……、おそらく男に力がなかったせいだ。
 おそらく。
 たぶん…………きっと。


「先に言うことがあるでしょう? ロイドさん?」

 笑顔だった。

「大丈夫よ。私たちは救援にきたの」
「え、ちがっあう」

 とてもいい音がした。
 口をふさいだだけだったというのに。


「え、じゃ、じゃあ!」
「中に入って。そう深い傷でなければ私たちで十分だと思うわ」

 思わぬところで天の助け。
 不自然な点は多々あったけれど。 
 完全に信じるわけにはいかないけれど。

 けれど、それでも、優先順位は考えるまでも泣くルルーシュで。
 だからスザクは頭を下げた。


「お願いします」

 だって頭から血が。
 早くしないと失ってしまうかもしれない。
 どうしようもない恐怖がスザクを動かす。
 たとえ信用に値しなくても。
 ルルーシュなら、たとえばルルーシュならこんな危ない橋は渡らないだろう。
 あとで怒られてしまう。でもそれは。
 助かったあとの話だから。

 

 

 

 


 トレーラーの中に入って。絶句した。
 あれ?
 さっき救援がどうのとは言っていなかっただろうかと足りぬ頭で考える。
 ただもう一方で本当は納得していた。

 なるほど、この大きさはこのためだったのか。
 トレーラーの中は主に素人には何かよくわからない研究機材で占められていた。
 そして、メインが4メートルほどだろうか。


「ナイトメア?」

 軍の人間ではないため、もちろんそう詳しいわけではないが、たまに目にする機会のある量産機ではない。
 見慣れない白い機体。
 硬質でかくばったイメージが多い中、やけに優美でしなやかなフレーム。
 大将機かもしれない。
 どんな人が乗るのだろうか。
 だがスザクには関係ない。
 今はこんなものにみとれている暇もない。


「えっと、どこに?」

 おろせばいいだろうか。
 見渡す限り機材の言葉通り、やはり救援部隊には見えないのだが。
 パイプいすはあっても、寝かせられるようなところは残念ながらみつからなかった。

 

「こっちよ」

 いぶかしがりながらも言われるまま奥へ行けばなんとか人一人横にすることができるスペースがあった。

「とりあえずそこに」

 そう言われてルルーシュをそっとおろした。
 青白い顔。
 やはり負担をかけてしまっただろうかと心配になった。
 背中で呼吸を感じていたけれど、あらためて胸が上下していることに安心する。
 頬にかかっていた髪を耳にかけてやった。


 こうやって目を閉じていると人形みたいだ。
 血のかよわない、綺麗なだけの人形。
 はやく目をさまして欲しい。
 早く起きて、何してるんだバカっておこってくれるといいのに。
 あきれたようにため息をついて。
 そうだな、微笑ってくれたらもっといい。 



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