花束を君に 1-8

 首筋にあたる吐息だけが今のスザクの理性をつなぎとめていた。
 もし、万が一にでもそのリズムが途切れることがあったなら、自分が一体どういう行動にでるのか、スザク自身にも予測はつかない。
 きっと酷いことになる。
 非道いことをする。
 そこまでなら考えるまでもなく簡単に予測がつくのに、詳細になると一つだって保障できることがないのだ。


 別々の方向に走る人はぶつかりそうで危なかったが、それらを器用に避けて、人一人背負っているとは思えない身軽さで、スザクは走り抜けていった。

 助けを求める人が大勢いた。
 だけど、見なかったことにした。


 自分が嫌いだ。
 力のない自分が。
 大嫌いだ。

 

















 


 それでも数キロ離れれば、破壊されていない見慣れた町並みがある。
 瓦礫の中に救急車、レスキュー隊、あるいは軍の救援がたどりつくには時間がかかるだろうが、おそらくここなら救急車も呼べるだろう。
 あるいは適当に車をつかまえるなりなんなりして、病院に直接運び込むことも選択肢の一つに入れれる。


 そう判断して速度をおとした。


 とにかく先ほどはできなかった応急手当だけでもしてしまいたかったのもある。
 止血すらしていないのだ。
 いつ息がとまってしまうかと、弱弱しい吐息に何度も不安になった。



 一度下ろせる場所はないだろうかと見渡した。
 寝かしてやれるスペースがあると更に良い。
 背負うのは楽でいいが、顔が見えないのが難点だ。
 けっこうなスピードをだして走ってきてしまったけれど、身体によけいな負担がかかってしまわなかったかも気になる。


 あと電話を。
 携帯する持つことが許されていない自分の身分がこのときばかりは疎ましくて仕方がなかった。
 だがまさかこの辺で公衆電話がみつかるとはちょっと思えないし、人に借りるとしても、名誉ブリタニア人であるスザクでは不利だ。

 そもそも避難と野次馬が交差しているこの場所で、他人の声が聞こえる人間がどれだけいるか。

 



 ―――――――――ガン。


 銃声。
 続いてもう一発。
 連続音が数秒。

 マシンガンか。
 こんどは前方だ。


 頭の中の無感動なテロップが自動更新される。
 同時多発テロ。
 舌打ちどころじゃない苛立ちを、今はそんな場合ではないと必死でおさえた。

 どこに向かっても危険が回避できる保障はないが、となく今は安全なところにと、ここまで考えようやっと矛盾に気づいた。
 また野次馬に入っていた人たちも、ようやっと現実に気づいたようで、一瞬の無音の後、悲鳴と怒声であたりは混乱に飲み込まれていく。
 もはやただ立っているという基本的な動作から難しい。
 自分のことだけでいっぱいいっぱいの人たちは、立ち止まっている者に容赦ない。
 とばしてくれるか、踏み越えていくか。
 どちらにしろ障害物をほうっておいてはくれない。

 背負ったルルーシュにあたらないようにだけ気をつけて避けながら、どこかないかともう一度見回したスザクの目に、一つ、見慣れないものがとびこんできた。

 




 それは、あからさまに違和感の塊だった。

 当然のごとくこの場でという意味も含め、さらに一度もみかけたことがないという意味でもそうであったし、また、それはこの場に似合わない――を通り越して、完全にういている――という意味でもそうだ。

 

「なんで……。こんなところに、トレーラー?」

 しかも大きい。
 邪魔としか表現の仕様がないくらいには。

 車をすててみな逃げ出している性で、交通的には問題ないといえばないのだろうが、そもそもそんな問題ではない。
 トレーラーの隣にのんきに笑っている男が立っていた。
 まるでそこにある混乱と自分は別次元に存在しているとでもいうように、笑って。


 気でも狂ってるのかと思った。
 だが、よくよく見ると、どうやら誰かと話しているらしい。
 相手はトレーラーの側面にいるらしく、丁度死角になってしまっていてスザクのところから姿は見えない。
 話題はおそらく男が指で示している方向からテロのことで間違いないのだろうが。
 ああそれにしてもジェスチャーが大きい。

 いや、ジェスチャーの大きさなんかどうだっていいのだ。
 スザクが目をとめたのは、トレーラーの大きさのほうで。

 随分と余裕があるよだし、ケータイくらい言えばかしてくれるかもしれない。
 そうでなくても、うまくいけば人ゴミをさけて寝かしてあげられる場所が確保できるかもしれない。
 最低でも、応急手当ぐらい。

 できないかもしれないけれど、それは駄目元というやつだ。
 救急セットがあればもうけもの。
 元来犯罪は趣味ではないけれど、趣味の問題とルルーシュをはかりにかける気はない。
 いざとなったら、前提として救急セットぐらいあるようだったら、ちょっと強引にお願いしようと思った。
 男のふざけた態度はスザクの不安をあおるには十分だったが、多少間違った交渉の手段にでても罪悪感が薄そうだと判断するにも十分だった。
 それは幸か不幸か。


 
 ルルーシュを背負ったまま近づいていくスザクに、男は意外とはやくに気がついた。


「あれ〜? なんか御用みたいだよ、セシル君」

 見えなかった相手の名前だろう。

「え、どちら様ですか?」


 トレーラの影からあらわれたのは…………。


 女性だ。
 けれど、ああ。
 どうしよう。


 男は白衣で素性などわからなかった。
 どこかの研究者かな、医者だったらちょっとやだなと思っただけだ。
 いや現状からすると医者のほうが助かるのだが、こんな人間が医者だったらちょっと落ち込む。
 だけど、あらわれた女性の服装は。

 どこをどうみても。
 軍人であることを示していた。




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