違和感。
それが何かと頭で考える前に身体は動いていた。
いるものといらないものを選びわけ、大切なものをその腕にかき抱き、床をけった。
光。
音。
風。
順番はいつだって物理法則に素直だ。
背中への衝撃と、大きな紫の……。
―――っけほ。
つめた息と一緒に少しせきこんだ。
無傷にはやはり衝撃が強すぎたようだ。
背中が痛い。
腕も。
だが、不思議と頭ははっきりしていた。
むしろ常よりもクリアだったといってもいいかもしれない。
テロだ。
クリアな頭に事実だけが浮かび上がる。
痛みは気にするほどじゃない。
反射的につぶった目を開き、転がった身体をおこしてまずしなければなけないのは、下を確認することだ。
息を呑む。
「るるーしゅ?」
ぐったりした身体。
ふせられた瞼。
腕に抱いて守った――守ったと思った、大切なもの。
目の前が真っ赤に染まっていく感覚に、はっとして頭をふった。
冷静になれ。
唱えて地面を殴りつける。
こぶしに痛みが走った。
大丈夫。
少し目が覚めた。
大丈夫だ。
身体はあたたかい。
心臓に耳をあてる。
何か着込んでいるのだろうか。
音は遠かったが。
そう、遠い。
つまり聞こえた。
とくり、と。
心音が。
生きている。
死んでない。
だから、大丈夫。
衝撃で意識がとんだだけだ。
それは希望的観測だったのかもしれないが、それに頼らなければスザクは動けなかった。
ざっとあたりを見渡して、ぞっとした。
すぐそばに人の腕が――腕だかが転がっていた。
腕の主らしき女性はもっと手前に。
確かめるまでもない。
死んでいる。
少し先の柱にべっとりと血がついていた。
下の初老の男性の身体。
爆風でうちつけられたか。
こちらも生きているとは到底思えない。
足が変な方向に曲がった男の身体がおもちゃみたいに後方に。
乳児を抱いた母親。
ただれた皮膚。
どちらも駄目だ。
外で――ガラスがわれてふきぬけとなったここももう外との区別はつかないが――何かが炎上している。
転がっている人の数を数えることに意味はない。
助けたいのは一人だった。
他を見捨てたいわけじゃない。
選択できるほどえらい人間じゃない。
でも。
でもルルーシュが。
だって生きてる。
そっとかかえあげると、頭をささえた手が、ぬるりと嫌な感触を伝えてきた。
血だ。
床にうちつけられたせいか。
転がった商品だったもののせいか。
とんできたなんらかのせいか。
責任を求めるものはわからない。
わかれば壊すが、壊したところでどうにもならないことなどわかりきったことだ。
頭は切ったらしい。
もっとちゃんと、かばえばよかった。
よりにもよって頭に怪我をさせるなんて、最悪だ。
死んでたら――自分で考えて息が出来なくなる。
死んでない。
ルルーシュは死んでない。
生きている。
まだ。
そう、まだ。
彼は頭に怪我を負っている。
血がとまっていない。
このままでは死んでしまうかもしれない。
――死なせない。
そんなことさせない。
させるものか。
ならばしなければならないことは何だ。
病院に?
だが外は混乱と悲鳴の渦に飲み込まれてしまっている。
救急車はすぐにくるだろうか。
来たとして、何番目に?
どうするべきかと考えをめぐらす後ろでまた、爆音がした。
少し距離があったようで、ここには影響はなかったが、だが、ここにいるのは危険だということは明白である。
本当は頭を打ってるルルーシュをあまり動かしたくはないのだが、仕方ない。
とにかく今は安全な場所に運ぶべきだろう。
「ルルーシュ」
駄目元で、名前を呼んで軽く頬をたたいてみる。
意識がもどることまでは求めてない。
少しでも反応がかえってくればいいなと思っただけで。
「ルルーシュ」
駄目だ。
反応はない。
血の気が失せ、もともと白いくせに更に白くなってしまっている肌、意思の強さがあらわれている瞳は見えず、皮肉げに弧を描く唇は、今はうっすらと開かれ何もかたどらない。
それでも、息はしている。
弱いそれに恐怖が襲うが、今は取り乱している場合じゃない。
ここでスザクまでも正気を失ってしまったら、何もできなくなってしまう。
とりあえず避難を、とそのままかかえあげて気づいた。
気づいてよかった。
お前にしては快挙だとルルーシュもきっと言ってくれるに違いない。
横抱きは駄目だ。
効率が悪いとか――別に問題にならない程度だが――いう前に、頭を下にするとか、出血で殺す気か。
少し考えてからスザクはぐったりした身体を背中にまわした。
体重が分散されて効率のいい運び方を選び、逃げ惑う人の中にはいっていくために瓦礫を踏んだ。
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