花束を君に 1-6

「…………いいんだ?」
「え?」

 しまった。
 聞き逃してしまった。
 つぶやくように言われた言葉を拾えず、首を傾けて聞き返す――ルルーシュはどうやらスザクのこの表情に弱いらしい。

「だから、夕飯、つくってやる」

 貸しは作るが借りは作らないだろか、釣った魚には死なない程度にえさをやるべきだとかはいつだったか彼が言っていた言葉だが、要はお礼に夕飯を作ってくれるということらしい。
 実はルルーシュの手料理を振舞われることはそこまで珍しいことではないのだけれど、いい理由ができたとばかりに誘ってくる様子は本当に可愛いと思う。
 こうなってくるとえらそうな物言いまでもかわいくて仕方なくなってくるから不思議なものだ。


「え〜っと」
「それとも今日は何か用事があるか? ならまた今度でも」
「いやない! ないから!! とっても暇だから」

 流されてなるものかとあわてて首をふった。


「嘘付け」
「えーなんで嘘なのさ」
「お前確か再提出のレポートがあったろ。今思い出した。明日が期限の」
「…………あ」

 そういえば。
 すっかり忘れていた。
 忘れていたというか、やっぱりわからなくて放置してあるというか。
 ぶっちゃけもうこれ以上はスザクの実力ではどうしようもないから、あのまま出してしまおうかとか……きっと再々提出だ。

 自分は決して真面目な生徒じゃないくせに、完璧主義の気のあるルルーシュは、そんなことを言おうものなら何のためらいもなくじゃあまた今度でとかいいかねない。
 それはルルーシュ自身が許せないというよりは、まじめなスザクのほうが提出物を期限どおりに提出しないと気がすまないだろうという配慮であるのだろう。
 それはわかる。
 わかるが既に行き違いが生じてもいる。

 スザクが重きを置くのは、期限どおりに提出することであり、内容ではない。
 提出することに意義がある。
 解こうとする好意に意味がある。
 反対にルルーシュは期限を平気で破ったりもするが、一度出すと決めたら最高のものを、中途半端ならむしろ出さないほうがマシだと考える。

 だからもはやこれ以上頑張っても何もかわらないところまで達ったスザクの中では、レポートは既に済マークの入った案件なのだが、ルルーシュに見せたらやるなら最後までやりきって出せと言われるのが確実な出来だ。


 どうするべきか。
 どうすればルルーシュを納得させた上で手作りの夕食にありつけるだろうか。
 むしろ課題よりも熱心に考え込み始めたスザクに、珍しくも機嫌がいいのか、ルルーシュはやさしかった。


「ならレポートもうちでやるか? 今なら明日の昼の限定20個手作りプリンで教えてやる」

 思いがけないルルーシュからの提案に小躍りしそうだ。
 いきおいよく首を縦にふったスザクにふわふわのしっぽが見えたとか見えなかったとか。
 教えて欲しいと懇願するのが一番いい手だと実際にスザクも考えていたが、夕食も勉強もでは申し訳なさ過ぎる。
 何を差し出そうか考えていた矢先の指定だ。
 食堂の限定デザートは限定という名前とその味にすぐ売り切れとなってしまうのだが、スザクの足ならどうにか間に合う自身がある。

 

「じゃあ決まりだな。で? 何が食べたい?」
「なんでもいい?」
「帰ってから作って間に合うものだったらな」

 今からだと手の込んだものはできないから考えてしゃべろと言われてしまった。
 そんなに無茶をいうように思われているのだろうか。


「えーっと、どうしよう」
「早く決めないと、もう上に行くぞ? そろそろ帰らないと会長がうるさい。そしたらうちにあるもので適当につくることになるからお前に選択権も拒否権もなくなるからな。はやくしろ」


 たたみかけられてスザクの脳内はフルスロットルだ。

 せっかく作ってくれるのだったら普段自分ではつくらないものがいい――スザクは寮暮らしだからそんなに作る機会がないにしても。
 だがルルーシュが自発的につくらなそうなもののほうがレア感があふれていてうれしい。

 では何だ?
 オムライス、カレー、コロッケ、ハンバーグ、グラタン、スパゲッティ。
 ここら辺はパス。
 いつでも食べられる。
 やっぱり定番は肉じゃがだろうか。
 しかし和食。
 作り方はわかるだろうか。

 

 ああだが理想的だ。
 夜帰宅すると、肉じゃがに、炊きたての白いご飯。
 かわいい奥さん。
 ピンクのエプロン。
 先にお風呂にする?なんて言ったりして、夜はいちゃいちゃしてすごすのだ。
 朝はゆるやかなまどろみの中、やさしくおこされて。
 二人でとる朝食は。
 ――――違う。

 だいぶ違う。
 何だ?
 今のは何だ?
 
 可愛い奥さんって誰だよ。
 だしかにこのあいだルルーシュはピンクのエプロンをつけていたけれど、あれはミレイの命令であればスザクもリヴァルもおそろいでつけたものだ。


「まだか?」
「じゃあ」
「決まったか」
「ホットケーキを」

 朝食はホットケーキを。

 違う!
 だから違うだろ枢木スザク!

 日本人の朝は味噌汁と焼き魚に決まって……ってこれも違う!

 怒涛のように駆け巡る妄想に既にショート寸前だ。

「スザク」
「すいません」

 本気であやまった。
 変な想像をしてしまったことも含めて。
 視線が痛い。
 一回本気で吊ってくるべきかもしれない。


「……本気で食べたいのか?」

 友達でなんということを考えてしまったんだと自己嫌悪におちいっていたスザクをルルーシュは、ホットケーキを一蹴されて沈んだと思ったらしい。

「え、あ、うん、いや、その」

 否定も肯定もできなくてさらに落ち込んだ。
 そんなスザクを見て仕方がないなといったルルーシュは、意外なことに柔らかく微笑んでいた。

「作ってやるよ。泊まっていけ。夜はもうロールキャベツでいいな。お前にまかせてる朝まで決まらん。ロールキャベツなら家にある食材でできるし、ホットケーキは……、小麦粉と卵は買っただろう。ベーキングパウダーも牛乳もヨーグルトも問題ない。いいな?」

「あ、あ、うん!」
「じゃあ帰るぞ」

 無駄な時間をすごしてしまったとぼやいたルルーシュにもう一度ごめんとあやまあっておいた。

 レジを通して、エスカレーターをあがる。

「でもヨーグルトって? ホットケーキミックスは?」
「ホットケーキミックスなんてそんなものは邪道だ! ヨーグルトは隠し味だ」

 雑談をしながらショッピングセンターを出ようとしたところで、ちりっと首をやくような違和感を感じた。


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