花束を君に 1-10

「ちょっとおこしてくれる?」


 セシルの指示に従ってルルーシュの身体をおこして支えると、彼女はルルーシュの頭にそっとタオルをあてた。

 サラサラだった髪が血で固まってしまってる。
 流れた血が背中に伝って服が染まっていた。
 痛々しくて見ていられない。


 死んじゃったらどうしよう。
 だって血がたくさんでてる。
 ただでさえ血が少なそうなルルーシュなのに失血で死んでしまうんじゃないか。
 頭の出血は派手だと知っているけれど。
 けれど頭の中でとめどなくあふれでてくる不安はどうしようもなかった。

 スザクだって一度馬鹿をして頭を怪我したことがあったけど、その時は意識を失ったりしなかったし、出血もここまでだっただろうか。
 あまり覚えてないけれど、なんか意外と平気だった記憶がある。

 そもそもこれはルルーシュなのだ。
 スザクと比べていいはずがないではないか。
 怖くてどんな様子かと聞けないスザクを察してくれたのか、セシルがスザクに微笑んだ。

 

「大丈夫よ。大した怪我じゃないわ。傷も残らないと思うし」


 大丈夫。
 その言葉を聞いて一気に力が抜けた。
 自分で必死に言い聞かせるのとは全く違う。
 他人から言われた言葉に初めて大丈夫という単語が身体に染み入っていく。
 ほっとしたなんて言葉じゃあらわしきれない。

 だって今の今まで生きた心地がしなかったのだ。

 やっと。
 息ができた。


「よかった」


 かすれた声ででた言葉もそれだけだった。


「よかった。ほんとによかった」


 手慣れた様子で包帯を巻いていく彼女には感謝してもしたりない。
 怪しい人だとか疑って申し訳ない。


「気を失ってるのも脳震盪でしょう。ただ頭を打ってるなら、日を改めて精密検査を一応うけておいたほうがいいかも」
「ありがとうございます」
「外は混乱してるし事態が落ち着くか、彼が目をさますまでここにいればいいわ。背負って帰るのは大変でしょう? それに危険だし」


 そうしなさいと言われて迷う。
 これ以上迷惑をかけるわけにもいかないし、救援活動を本当にするなら――これについては実はまだ疑ってる――スザクたちがここを占拠していては邪魔だろう。
 ルルーシュもいい顔をしないだろう。
 いやだが手当てをしてもらって礼も言えないほうを悔やむだろうか。
 現実的にはセシルの言うことが正しい。
 これ以上ルルーシュを抱えて危険に近付きたくはなかったし、負担をかける行為も避けたい。
 外はどこで爆音がしてもおかしくない状態だが。
 とはいえここもその中に入っているのだから安全と言い切れるわけではない。
 一応軍のトレーラーであるが、防護はどうなんだろう。


 ルルーシュの顔を見て。
 逡巡の後、スザクは頷いた。


「すいません。重ね重ねありがとうございます」


 ルルーシュの安全と安静が今一番に優先すべきことだ。

「じゃあキミはその間暇なわけだね!」

 後ろからくせのある声が歌うようにしたかと思えば、ひょいと肩越しにしまりのない顔をのぞかせた。
 言うまでもなくロイドであるが、先にもまして嬉しそうというか、ウキウキしているのは何故なのだろうか。


 わけもなく、嫌な予感がした。

 

「ロイドさん?」


 セシルも不思議そうに眼鏡の奥で人を食った笑みを浮かべる男を見やる。


「じゃあさ、じゃあさあ、ちょっとのってかない?」


 ……………………………何に?
 あれ? とスザクは本気で首をかしげた。
 これはあれだろうか。
 新手の軟派とか。
 ならば丁重にお断りしなければと考えたところでスザクの頭も相当おかされていたと言っていいだろう。


「ロイドさん!?」
「だってセシルくん、せっかくだし」


 セシルが叫ぶが当事者であるスザクは話に全くついていけない。
 だから目的語はなんですか。

「理由になってませんよ」
「ものは試しって言うじゃなあい?」
「だからっていきずりの名前も知らない子に!」


 ああそう言えば名乗ってなかったと話においていかれたままのスザクにはこれくらいしか考えられることがない。


「少年、名前は?」
「あ、枢木スザクです」

 突然ふられて思わず反射的に答えてしまった。

「だってさ〜」
「もうロイドさんっ」


「あの〜」

 白熱しているところたいへん申し訳ない。
 一応当事者――だと思われる。思いたくはないが――であるが、おいていかれているというか、ついていけないというか、いや、それどころではなく、おそらくついてこさせようという気すらないのではなかろうか。
 特にロイドと呼ばれている男のほうなど、うやむやのままやってしまえという姿勢が見え隠れしている。

 スザクはおそるおそる手をあげてみた。


「すいません。話が全く見えないんですが」

 誰が何をどうするのか。
 空白が一つも埋まらないのはいかがなものか。


「あ、ご、ごめんなさい。えーっと、その、なんていうか」
「とりあえずのってみなよ〜」

 話が進まない。

「何にですか?」
「ランスロット」

 語尾にハートマークがつきそうなノリで指された先にあったのは、まあうすうすそうじゃないかと思っていたが――同時にありえないだろうとも思っていた。が、乗れるものなどそれぐらいしかない――円卓の騎士の名を冠しているらしいナイトメアフレーム。


「わ、私は反対です! 学生の乗れるような代物じゃ」
「ものは試しっていうじゃな〜い? いろいろやってみないと。あらゆる可能性を探るべきだよ。否定から入っちゃいけないね」
「けど民間人に軍の機密をさわらせるわけには」


 その軍の機密が堂々とそびえたっているところに民間人を通したのはどうなんだろう。
 おそらく彼女は本当にいい人なんだろう。
 スザクとルルーシュをトレーラー内にいれた彼女の行動は人として正しいことではあったのかもしれないが、渋い顔をしてとめようとしたロイドのほうが軍人としては正しかった。
 今更ながらに軍人としての主張をされても、ロイドとしては何かないとやっていけないというところだろうか。


「触ったぐらいじゃ何もわかんないと思うけどね」
「確かにそうかもしれませんが。何かあったら」
「何があるっていうのさ? 乗れるはずないんでしょー」


 揚げ足をとったとしか思えない言葉で決着はついたらしい。
 当事者を無視で。


「決まりだね」

 くるりと一回転。
 よく動く人だ。
 ムリですというタイミングを逃してしまったのだが、どうすべきだろうか。

 がしっと両手をつかまれて、子供のような瞳と目が合う。
 なんか、キラキラしてる。

 


 僕どうなっちゃうのかな。
 助けてルルーシュ。

 

 無意味とわかっていながらすがるような視線をむけたその先で、寝かされたルルーシュは先ほどよりも若干穏やかな顔になっている気がした。
 全ては彼女のおかげだ。
 となれば、彼らに恩のあるスザクが邪険に断るわけにもいかないだろう。

 自然と恩という単語がでてきてしまうところはやはり日本人的なのだ。
 どれだけ長い間外国の制度の元暮らしていても、三つ後の魂百までとはよく言ったもので、幼い頃に形成されてしまったものは、よくも悪くもかわらないらしい。

 

「僕に、できることなら」

「そーこなくっちゃ」


Back Next