花束を君に 1-11

 控えめな承諾は、した瞬間に後悔した。
 が、してしまってはもう後戻りはできない。
 というか既に腕をがっしりとられてしまった――何故だろう。こんなにも細くて、力なんか全くなさそうで、ひっぱったらそのままこけてくれそうな人だというのに、引っ張る力はスザクを引きずるほどだった。地味にすごい。


「気楽にやってくれて構わないよ。どうせ暇つぶしだからねえ」

 救援活動はしないのか。

「僕の騎士は気難しくてね。乗る人を選ぶんだよ。で、どーしても丁度いいパーツが見つからなくってさあ。この際誰でもいいから」

 いろいろおかしな表現が聞こえた気がしたが、パイロットスーツを渡された時点でうやむやになってしまった。

「手当たりしだいにデータとってるってわけ。でも実験機だから正規の騎士様たちは乗りたがらないし、優秀な候補生はお手つきだったりで恵まれないんだよね」

 機密はどうしたんだろう。
 すごく、だだもれな気がする。愚痴だが。
 まあスザクに言われてもよくわからないし、別に他言する場所もないので結果的には問題はない。

 着替え終わるまでぐちぐちと続いた。
 そうとうたまっていたらしい。


 着替え終わればすぐに、さあ乗れすぐ乗れ早く乗れとおいたてられた。
 パイロットスーツのサイズが心配だったのだが、問題なかったことがむしろおそろしい。
 いや、きっとあらゆるサイズをとりそろえているのだそうに違いない。

 操縦席に身を滑り込ませ、外界と遮断されていくのに緊張なのか気分が高まっていくのが自分でわかる。
 あるいは本能かもしれない。

 教えられたとおりに鍵を回す。
 起動音。


 比べるものでもないだろうが――比べたら怒られてしまうだろう――やはりガニメデとは随分違う。
 ぱっとスクリーンに映されたのはロイドのアップだった。

「やあ」

 ノリが軽い。

「聞き忘れてたんだけどさ、君、ナイトメア・フレームの騎乗経験は? シミュレーションとかでもいいけど」

 どうにも先ほどから色々と順番が間違っていると思うのだが、スザクの気のせいだろうか。
 一般の学生が普通に考えて、ナイトメアに乗ったことなどあるはずがないので省略されたのだろう。
 だが、乗ったことがなければ「とりあえず誰でもいい」のであっても、1から操作を説明しなければならない。
 それは面倒だと顔に描かれていた。
 素直な人だ。
 ここまで強引に勝手に乗せたくせに。
 

「ガニメデなら」


 驚くだろうなと苦笑気味に答えると、案の定、せわしない動きがピタリととまった。


「ガニメデってあの、第3世代KNFの? アッシュフォードの没落とともに研究開発がストップになって捨てられたあの!?」

 そんな詳しい話はよく知らないが、あの、ガニメデではあると思う。
 へらへら笑って人を振り回す男が突然真剣な光を宿らせて食いついてくる様子は正直爽快だった。


「現存するのはアッシュフォード所有の一体だけって話だったけど。………そうか。アッシュフォードは今日本にいるんだっけ? なんかどこかでそんな話を聞いたなあ。なあるほど。ちょっとあとでその話ゆっくり聞かせてもらえるかな」

 聞かせるほどの話でもないが。
 学園祭で巨大ピザを作っただけだ。
 何故スザクだったかといえば、生徒会役員の中でスザクが最も筋がよかったからである。
 もともと唯一乗れたルルーシュが搭乗予定で、スザクは補欠として教わっていたのだが、成長の早さに急遽免許皆伝、俺は忙しいお前がやれということになってしまった。
 懐かしい思い出だ。


「じゃあいいや。とにかくやってみようか。基本的な操作は同じだから説明はいらないね。手間が省けてよかったよ」

 ガニメデに乗ったことがあるとは言ったけれど、一切なしってそれは酷い。
 とりあえずと言ったとおり、期待はしていないらしい。
 期待されても困る身ではあるが、若干むっとする。


「シミュレーションだから実際に動くわけじゃないし、本当に気楽にやってもらっていいからね」

 ロイドのアップからセシルの笑顔にいれかわった。
 なんということだ。
 笑顔にだまされてはいけない。彼女も説明してくれる気はないらしい。


「ではプログラムA-13」
「え、それって」
「すたあと〜」

 

 

 

 

 

 

 えそれって。
 それってどういう意味か考える暇はなかった。
 A-13ってなんだろうと思っても、もともと引き出しがなければわかるはずはない。
 ただ振り回されるしかない。

 シミュレーション。
 その言葉の通り、外界は全くの平穏で、そもそもトレーラーの中なのだからモニターに映るようなこわれたビルなんか見えるはずがないし、敵がおそっていることなどあるはずがない――現状的に0%ではなかったが。外では未だテロが続く。

 

「――っ」

 死角からあらわれた敵の攻撃を反射的に腕をかざして防いだ。

 ――動いた。


「うごいた!?」

 純粋な驚きのみを含んだ2人分の声が通信から聞こえた。

「うそー」

 呆然とした声。
 ってそれはちょっと驚きすぎじゃなかろうか。
 動くにきまってる。
 動かないものを作ったつもりだったのか。
 動くものなら動かせば動くだろう。

 

 スザクが本当に驚いたのは。


「すごいな」

 自分の反射についてきたことだ。
 さすが4世代も違えば動きも桁違いだ。
 銃も何も教えられていないので、白い巨体を華麗に舞わせるようにして回し蹴りを決めた。
 敵がふっとんだ。
 まずい。
 調子に乗りすぎた。
 ふっとんだ敵がビルをこわしてしまった。
 被害を拡大してどうする。

 さすがにスザクと完全にシンクロするには至らないが、確実なフィードバックと思った以上に精密な動き。
 考えなければならないのは威力のほうらしい。

 左手の重厚に気づいて、気体を下がらせながら通信画面に目をやった。

 

 あ、すごい。
 この機体はデフォルトとして、かなり速い。

 なんだ、と思う。
 動かせないだとか言っていたけれど、優秀で、素直で、扱いやすいではないか。

 だからあとは。


「武器はないんですか?」

 このまま肉弾戦にもちこんでは少々効率が悪い。
 一体どんな状況を想定したプログラムなのか、敵機がいように増えていく。
 味方はいない。
 ぽかんとスザクを見ていたセシルが慌てて指示をだしてきた。


「ヴァリスを使って。右側にある……」


 セシルの指示を聞きながら考える。
 的が多いとはどういうことか。
 それはつまり。


「どこに打ってもあたるな」

 もはやスザクにはただの的にしか見えない。
 面倒だ。
 端からいこう。


 後ろでロイドの歓声が聞こえた。





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