花束を君に 1-12


 方針を決めた数分後にはプログラムの終了が告げられた。
 敵殲滅を確認。
 機体の損傷は、おそらくないはずだ。
 少なくとも敵の攻撃には当たらなかった。

 実践ではなくシミュレーションだから若干ゲームのような感覚になってしまったが、それでもそこらへんにあるゲームとは一味も二味も違う――一緒にしたらロイドが泣くだろう。
 複雑すぎていまいち使いこなせていないのが惜しいが。
 マニュアルさえくれなかったのだからそれは仕方がないというものだ。

 

「すごい、すごいわ! 本当にすごい」

 スザクが乗ることにいい顔をしていなかったセシルでさえ、ただひたすら「すごい」を繰り返すほど興奮している。
 仕事に打ち込んでいたほかの研究員もいつのまにかモニターの前に集まってきて、テンションも最高潮だ。
 そこまですごいことをした実感のないスザクが異様な雰囲気にひくほどに。
 だって知らなかったのだから。
 彼らがパイロットを待ち望んでいたこと。
 パイロットがいないから何もできなかったこと。
 ずっととまっていた研究がこれでまたようやく一歩進むとなれば、研究する人生を送っている者たちにとっては、それほど大きなことだ。


 しかしはたと気づく。
 その中に一番重要な姿がないことに。
 そう、ロイドだ。
 ロイドの姿が見当たらない。
 おかしい。
 彼は一番踊り狂っていてもおかしくない人間だと思っていたのだが。 
 どこに行ってしまったのだろう。
 それともまわりすぎて画面の外に行ったまま帰ってこなくなってしまったのか。


 それに、そろそろ降りたいんだけどと心の中でぼやく。
 降りていいだろうか。


「あの」

 とりあえず勝手にというのはどうだろうと思い、声をかけては見たが。
 だれも聞く気がない。


「ロイ……」
「み、なさ〜ん、ちゅーもくぅ!」

 ドさんはどこですか、と言い切る前に特徴的な高い声が響いた。
 文字通り、機械を通して拡張された声がトレーラー中に。


「おーめーでーとー!! いやあやっぱり、いろいろやってみるものだよね。このたびめでたくデヴァイザーが決定いたしました!」

 うん?

「ので! じゃ、出撃しましょ」


 …………………。

「…………え?」


 たっぷり固まること5秒。
 見事にその場の全員――ロイド本人と、意識のないルルーシュを除く全員――の心が一つになった。
 何言ってるんだこいつは。


「総督はどうやら事態を一刻もはやく収拾しちゃいたいみたいでね。好きにしていいって」

 それはこの忙しい中、イレギュラーな存在である特派のことまで構ってはいられないと事実上放り出されただけだったのだが、もちろんスザクはそんなこと知る由もない。
 他の研究員たちはなんとなく想像がついていたが、言ってしまっては身も蓋もないので、口をつむぐことに決めたらしい。


「ちょ、ちょっと待ってください! 僕はそんなことはっ! だいたい軍人でもなければ名誉なんですよ!? こんなの許されることじゃ」

 焦ってスザクが口にしたのは事実以外の何者でもない。
 だいたいにしてシミュレーションとはいえ、スザクが今ここでこのナイトメア・フレームに搭乗しているというだけでも例外中の例外なのだ。
 許されることじゃない。
 ブリタニアという国を理解して言っているのだろうか。
 ナンバーズを差別するのは国是だ。
 弱肉強食。軍人でもなければ貴族でもなく何の力も持たない一介の学生であるスザクが、ここでランスロットという名前をもつ騎士とともに戦う権利を持たない。
 たとえ今押し通したとしても、あとでどんな問題になるか。
 例外のない規則はないとは言っても、その例外になれる保障はないではないか。


「うん。でもそんなことどうだっていいじゃなあい」

 だがスザクの正論は、正論であってもここでは力をもたなかった。
 なぜなら、最高権力者が今この時点でこの狭い空間においては、ではなるが、ロイドであるからだ。
 常識なんて空の彼方へ投げ捨ててしまって久しい。


 一笑に付されて反応にすら困ってしまう始末だ。


「あとでどうとでもできるよ。だって君はこれ以上ない理想的なパーツなんだ」
「パーツ?」
「君以上の人材が見つかる見込みはほとんどないし、少なくとも今この場にはいない」

 言ってることがむちゃくちゃだ――最初からだけれど。

 

「ロイドさん、私は反対です」


 セシルがやっと反対の意を唱えてくれるが、心がゆれているのもわかった。
 彼女だって技術部の正当な一員なのだ。
 力を示せるとなれば心が動くのは当然のことだろう。
 たとえいけないと理性が反対していても。


「でももう殿下に言っちゃったから、ここで断ったら僕らもうあとがないよ? あと戻りはできないんだ」


 くっと黙ったセシルだって、大切なのは自分の周囲だ。
 わかっている。
 スザクだって、そうだから。


「さて。外には敵がいます」

 いつのまに戻ってきたのか。
 モニターいっぱいにロイドの顔がアップになった――失礼だが、あまりおもしろい光景ではない。
 これが折りたたみノートパソコンだったら、後ろめたいものを見ているときに親にふみこまれた勢いでとじてしまいたい気分だ。


「今この瞬間にも無関係の人が理由なく死んでいます。殺されています?」

 スザクは死ななかったけれど。
 それは運の問題でしかない。
 横には死体が転がっていた。
 男性もいた。
 女性もいた。
 老人もいた。
 子供もいた。
 殺される理由は、なかったはずだ。


「ナイトメアまでだしてきちゃってさ。軍の部隊の到着にはもう少しかかるみたい。さてさてさてさて、よっく考えて」


 本当はスザクだって怪我をしている。
 服に隠れてわからないけれど、袖をまくったとき打ち身が結構な数あって、少し気持ち悪かった。
 痛いと感じた背中は確かめていないけれど、もしかしたらひどいことになっているかもしれない。

 

「今ここにはその横暴な力に対抗できる手段が一つだけ存在します。そう、君しかいないんだ」


 でも。
 だからといって。
 これは許されるか。
 正しいか。

 正しくないことに付随する結果は、正しいか。

 

「そんなこと言われても」

「あは。じゃあもう一押し」


 ロイド・アスプルンドが、くすりと笑った。

 嫌な笑顔だ。
 物事が自分の思い通りになることを知っている笑顔。

 それ以外を認めない子供の笑顔。


 ちらりとむけられた視線をそのままつられるようにして追った先に、ルルーシュがいる。


「彼を、失わなくてよかったね?」


 彼を。
 ルルーシュを。

 失わなかった。
 それは、結果的に。


 ぐったりとして身体は軽かった。
 もう少し外にでていれば二人とも死んでいたかもしれない。
 まだそれならいい。
 死んでしまえば悲しみ憎しみも何もわからない。
 けれど、一人残されていたら?
 守ることができずに、ルルーシュが死んでしまっていたら?
 なかったと、言い切ることができない現状だった。

 あるいはもしスザクがいなければ。

 ルルーシュならあるいは……。
 いや、どうだろう。
 あのときあの場所にルルーシュ一人だけだったら、どう考えても助かるほうが奇跡に近い。

 ルルーシュは何もしていないのに。
 いつもの変わらない日常を突然こわした奴ら。

 あんな怪我をさせて。


 傷付けた奴ら。

 


 許せるか?

 

 

 

 

 許せない。
 許せるはずがないではないか。

 

 間違った行為。
 誰かが正さねばならない。
 おそらくそれはスザクの役目ではないのだけれど。
 だから本当はこれは私怨に等しいのだろうけれど。
 でも、誰もやらないのであれば、スザク以外の誰もがやらないのであれば、スザクがやるしかないではないか。


 自分が、止めよう。

 
 なんて。
 きれいごとだ。
 要はやられたからやり返したいのだ。
 本当のところは。


 ルルーシュを傷つけた奴ら全員、自分のしたことを、そう、反省してもらわないといけない。

 

 


 操縦桿を握った。

 私刑だと、知っているのはスザク本人だけだ。
 なれば他の誰にも知らさなければ、これは私刑ではなく、正義だ。

 

 

「とめてきます」


「あは〜。いってらっしゃーい」

 

 静かに告げた声に、送り出す声の温度差は激しい。
 だとしても、向いている方向は同じだ。


 正当な理由を纏うことを許してくれた彼に、はじめて感謝した。





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