大切なものがあった。
何にも変えることのできない、変える気もない大切なものが2つ。
それさえあれば本当に他には何もいらなかった。
富だとか、名誉だとか、そんなものに興味はなく、2つがあるならばどこででも生きていけるし、何をしようが自分は生きるだろうという確信があった。
世界がその2つで構成されていた。
大事なものは遠くにおいておくべきだというアドバイスをうけたのは、なくしてからだった。
先に言えと、なくなってからではおそいだろうと、さんざんに暴れた記憶がある。
暴れて。
暴れて。
暴れて……。
それからどうしたのだったか。
それから――――。
周囲のざわめきにひきずられるように意識が浮上するのを感じた。
ゆっくり瞼を上げて、見慣れない高い天井に何度がしばたいた。
どこだここは。
何で。
何があってここにいる。
目覚めたばかりで鈍い思考を、緊急事態だと必死に走らせて、何通りもの仮説をたてるがどれも決定打にはいたらなかった。
頭以上に働かない身体をなんとかもちあげると、おかれた数々の機材から、それがどこかの研究施設かあるいは製作所であることはわかった。
無理に持ち上げた頭は重く、めまいがする。
ついでに軽い吐き気に襲われた。
何だこの絶不調な体調は。
めまいがおさまるまで、口元に手をあててじっと考える。
スザクと2人で買い物をしていたはずだ。
いや、買い物はあらかた終わって、そう、ショッピングセンターをでようとしているところだった。
そこまでは覚えてる。
それで?
それから、確か、突然スザクが動いた。
何かから、守るように?
早すぎてルルーシュにはついていけなかった。
今でもよくわからない。
抵抗どころか何と尋ねる暇もなく、襲った衝撃。
身体全体に、背中に、後頭部に。
痛みは感じなかった。
痛みが神経を伝って認識に至る前に、そうだ、ルルーシュは意識を失ったのだ。
最後に見たのはひどく真剣なスザクの翠。
そして気がつけばここにいたる。
思い返してもさっぱり意味がわからない。
が、何か事件がおこったことだけは確かだ。
希望的観測は、スザクがここに運んだ。
最悪の可能性は――。
ああ、最悪のパターンかもしれない。
よくやく収まってきためまいと吐き気に手を外し、もう一度見回した目にとびこんできたのは軍服だ。
何かのモニターの前、後姿だが見間違えるはずがない茶の上下。
他何人かいる白衣を着た研究員らしき者たちも、その白衣の下に軍服をきている。
軍にとらえられた……、にしては扱いが雑すぎる、か?
最悪な中でもダントツに最低な全てバレたという状況は候補から外してもいいかもしれない。
だがそれにしても軍の施設だなんて。
のんきに寝ていた自分自身に舌打ちどころではない。
だいたいスザクはどうしたのだろう。
今は何時だ。
あれからどれだけ経った。
軍の施設ということだけはわかったが、具体的にはどこだ。
ここは何だ。
身の振り方は。
頭痛が酷い。
後頭部が鈍くずきずきとした痛みを訴えてくる。
あまりに異常なそれに、何かあったのだろうかと手をやれば布の感触。
それが何かと確かめる前に、ふいに振り返ったモニター前の白衣を着ていない軍服の女性と目が合った。
「………あ」
「あら」
間抜けに声を上げてしまったルルーシュに、女性がにこりと微笑んだ。
その隣にいた白衣の長身の男も気づいたようで、上半身だけ振り返る。
そうして彼はその眼鏡の奥で目を細め、にやりと嫌な笑みを作った。
同じ笑顔とはいえ、並んだ2つはあまりにも違いすぎる。
「おんやあ、お姫様のお目覚めかな」
次いでよかったねえとモニターの、通信先へ。
「スザク君」
スザク。
スザクとはもちろん枢木スザクのことだろう。
他の可能性は限りなく低い。
ルルーシュの感覚の中ではさっきまで一緒にいた彼は、今は空間を隔てたところにいるらしい。
何かあったのかとさっと青くなって、寝かせられていたところからおちるようにおり、足が多少もつれながらもモニター前に駆け寄ったのは、何かを考えての行動ではなかった。
通信先はどこだ。
「あは」
笑われたのはおそらく一気に顔色を変えたルルーシュの必死さに。
むかつくやつだと冷静になってから思ったが、その時はそんな心の余裕はなく、むしろすんなりと場所をあけてくれたことに感謝してしまったぐらいだ。
「スザク!」
「ルルーシュ」
叫んだ声が重なった。
モニターにうつるスザクは――。
よかった元気そうだ。
顔色も悪くない。
だがその服は見覚えがない。
と、いうか。
見慣れないものであるし、スタンダードから外れているからわかりにくいのだが、そのタイトな白い服は――服というのだろうか――パイロットスーツではなかろうか。
彼は。
スザクは一体何をしているのだ。
「良かった。目が覚めたんだねルルーシュ。ずっとぐったりしてて僕もうどうしようかと。死んじゃったらどうしようってそればっかり考えてて。君は頭から血がでてたし、ぐったりしてたし、だから! だからえっとぐったりしてて。心配で心配で心配で心配で」
精神状態は、何と言うか多少混乱が見られるようだが、まあそれだけしゃべれればあまり心配する必要はなさそうだ。
それよりも。
「スザク」
名前を呼んで、とりあえず一度、その延々と終わりがこなさそうな言葉の洪水を止めた。
「お前何してる?」
並べられたモニターの一つで、大きな期待が爆破され、また違うモニター上の青いシンボルが一つ消えた。
「そんなことより体調は!? どっか痛いところとか変なところとか、めまいとか吐き気とか熱とか頭痛とかない!?」
そんなこと――だとか言われた。
頭が痛い。
確かに頭は痛いとも。
痛いが、それは多分におまえのせいだと、どこかがぷちんと切れる音がした。
ルルーシュだって実はもういっぱいいっぱいだったのだ。
何がなんだかわけのわからないうちに気を失っているわ、目が覚めたら軍の施設で時間すらわからない。
その上頭にあるのはおそらく包帯で、断続的な痛みから察するに程度は不明だが怪我を負っているのは確か。
頼みの綱の――あんなのが頼みの綱だとか思うなんて、自分がなさけなくてなさけなくて仕方がないのだが――友人は、物理的に離れた場所にいるらしい上に、不安を増幅するだけ増幅させて、状況説明に応じない。
よってルルーシュが許容点を突破してしまっても、まあ、仕方がないことといえよう。
本来ならふざけるなと怒鳴り散らしてあたりちらしたいルルーシュは、それでも人の目があることでまだ理性を手放すことはしなかった。
できなかったともいう。
手放してしまったほうが人生楽なことが多い――少なくともそのときは。そういう時は往々にして後始末に苦労するものだ。
「ああ、まだ顔色が悪いね。どうしたの? え? やっぱり気分悪い?」
「…………一度黙れ」
「大丈夫なの? 大丈夫なんだね!? なんとか言ってルルーシュ!」
「だから黙れと言ってっ」
「だって! ……………………あ」
ふいに言葉が切れた。
モニターマップ上のLOST表示。
あ。
って。
あってなんだ。あって。
何があった!?
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