モニターマップ上のLOST表示。
「スザク!」
瞬間何が起こったと悲鳴のような声をあげたが、モニターの向こう、スザクに変わった様子がないことにあれと首をかしげる。
「話はあとよ。スザク君、集中して」
女性の厳しい声が飛ぶ。
スザク以外の声に我にかえった。
どうやらスザクに問題はないらしい。
どちらかといえば、意識がこっちに向けられていたにもかかわらず、なんなく敵を撃破したらしいということに驚きを通り越して若干あきれた。
反射神経だけで生きている男は、頭で考えること以外は万能で嫌になる。
一人で叫んで恥ずかしい姿をさらしてしまったルルーシュは、照れ隠しついでに隣の男につめよった――楽しそうなのが腹が立つ。観察するような目つきが気に障る。しかも彼は何もしていない。
「何がどうなっているんですか? ここは? あなた方は? スザクは今何を!?」
「うん? そうだねぇ、簡略化して言うとぉ、ここは特別派遣嚮導技術部だよ。君は怪我人で、彼はランスロットのデヴァイザー」
簡略化しすぎだ。
だがその限られた情報でも、既にいくつもの仮説をたてていたルルーシュは、そのうち1つ2つを選び出す。
「ランスロットというのは、あのスザクの乗っているナイトメアの名前、でいいんですか」
「せーかーい!」
僕が造ったんだよーとかそんな情報は今は特に必要ない。
他に知りたいことは、知らなければならないことはたくさんある。
「シミュレーションですか、それとも」
「現実だよー」
だが、どうやらそれは後回しにして、今は今のことだけにこちらの集中したほうがよさそうだと判断した。
そもそも男と話していてもらちがあかないだろうことは、一言二言でわかる。
頼みの綱は女性のほうだが、そのためには現状を早く収拾してしまわなければどうしようもない。さすがにスザクの命がかかっていれば――ナイトメアに乗っているところはそういうことだ――邪魔をするわけにもいかない。
「外で実際におこってること」
デヴァイザーがどうとか言っていたが、それもあとまわしにしよう。
今は、スザクと落ち着いて話せる場所の確保が最優先だ。
それさえかなえば、他は自ずとわかるだろうから。
現実だと彼は言った。
スザクが機体を駆って戦っている敵は本物だと。
シミュレーションなら強制終了だが、現実であればできない。
物事にはそれなりの対処法というのが存在するのだ。
マップを見れば戦況の把握はできる。
少し、眉をひそめた。
「味方は?」
表示はスザク以外敵ばかりに見える。
「あと5分くらいかな」
つまり、いないと。
いや、むしろ好都合だ。
動かす駒が1つであっても、勝手に動く味方がいても意味はなく、むしろ邪魔されない分考慮してやらなくていいから面倒がないというものだ。
そうとも、敵の敵が味方とは限らないのだから。
ざっと見渡したところ敵機の数は多くない――所詮はテロリスト。財源に限りがあるか。 機体の性能はわからない。
一目で何から何までわかるほどルルーシュは専門家ではない。
だが、スザクの実力を知っている。
今のところはそれで、十分だ。
「では5分でおわらせましょう。その後、状況の説明をお願いします」
えっと女性が戸惑いを隠せない声を上げたが、ルルーシュのすわった目に思わずといった様子で黙った。
男のほうはといえば、おもしろそうだと目を細めただけでとめる気はないらしい。
スザクに向き直る。
「その機体はどうだ?」
「すごいよ」
いい答えだ。
間髪いれずに返ってきたということは、相当なのだろう。
時間もあまりないことでもあるし。
この様子だと詳しく把握しなくしても、スザクのペースであわせてくるだろうと判断した。
「すぐに終わらせるから待ってて」
その言葉からわかるとおり、本当に戦力に関しては心配する必要はなさそうだ。
とはいえ。
ちらりとマップを見る。
このまま単細胞にまかせていれば最低3機には逃げられる。
戦力に不安はなくても戦術への不安は……、むしろ不安しかない。
更にスザクが何を思って戦っているかはわからないが、スザクのことだ。殲滅というのは考えにくい。逃げる敵がいても、今が凌げればと執拗においかけるとも思えない。
そもそも今戦っている理由すら定かではないのだから。
「なあ、スザク?」
「何? どうかした? ルルーシュ」
「俺は今結構腹が立っているんだ」
「僕もだよ。あいつら君に怪我をさせた」
普段見せない厳しい目つきで言い放ったスザクの戦う理由は、まさかとは思うが。
それだけ、だろうか。
いやまさかともう一度否定する。
さすがにもうちょっとあるに違いない。
だがまあ、そこまで掘り下げなくてもいいか。
あまりにも真剣だったスザクに気おされて、思考が妥協の方向にいきかけているがルルーシュは気づかない。
とりあえず、と続ける。
「全くだ。その上せっかく買い物を終わらせたところだったのにもう一度行き直しじゃないか」
スザクの現在地から察するに、ルルーシュ行き着けのショッピングセンターに今日中に行こうと思えば、それは無理だ。
「他の所に行くとなると、かなり遠くなるぞ」
こいつらは何を言っているんだと、唖然とした目で女性に見られるが、これは必要な儀式だ――否。あとから考えて、儀式自体は必要であったが、もっと他にひっぱりだしてくるべきことがあっただろうとルルーシュは落ち込むことになる。とはいえ、人の命の貴さや、正義を語るにはルルーシュに与えられた情報は少なすぎたのだからいかんともしがたい。正確にどこの組織がおこしたのか、何をされたのか、被害状況は。大きな爆発があったことは察することができても、自身が比較的軽症で安全なところに運ばれているとなれば、死人が本当にでたのかすらも怪しい。
だがその苦し紛れのチョイスが実は的確に効果的だったことをルルーシュは知らない。
「公共の交通機関はこの分だとあてにならないだろうな。帰ったら何時だ? ああ今日はピザかな」
「え」
「しかもピザ女が好き勝手に頼んだピザをもらうことになるんだろうな。ああ、嫌味な顔が目に浮かぶ」
「ええ!?」
ショックだと、あからさまに書かれた顔に、ちょっとこいつ可愛いなと場違いなことを考えてしまった。
「許せないよな。こんなこと、許せるはずがないよな!」
「その通りだね!」
話ながらその下で、実はルルーシュの指はキーボードを軽やかに滑っていた。
「だから、全部叩き潰そう。こんなこと、2度とあっちゃいけないんだ」
Enter。
でた。
細い指が最後に送信ボタンを押した。
「スザク。ルートを送った。従え」
「イエスマイロード」
テンションは最高潮だ。
馬鹿はあつかいやすくていい。
どうせスザクのことだ。
理由だとか権利だとかくだらないことをぐだぐだ考えて、敵をあえて逃がしかねない。
命までは奪わないだとか平気で言っていそうだ。
その感性は、一般市民として全うなものだが、戦場では、躊躇うほどほどくだらないことはない。
逃がせば奴らはまた来るだろう。
その時には更なる憎悪とともに。
そしてまた。
人が死ぬ。
被害をいかに最低限に抑えるか。
ポイントはそこであり、それが指揮官の仕事だ。
犠牲をおそれず、無駄をはぶき。
そう、死んだ人間は戻らない。
だが、これ以上を防ぐことやその死をいかしてやることは可能だ。
すべきことは何か。
ルルーシュは、知っている。
「え、でもこっちの方向って」
「問題ありません。まあ見ててください」
戸惑い勝ちな言葉に不敵な笑みを返す。
気分が随分高揚している。
自分が今相当あくどい顔になっているだろうことを自覚しながら、ルルーシュは唇に笑みをはく。
さらに指示を追加した。
途中退路をつぶしておくことも忘れない。
何も考えなくていい。
スザクは何も考えなくていいのだ。
ルルーシュの言葉に従えばそれでいい。
従って、全てを殺してしまえ。
ああでも、気に病むことなんか一つもない。
それはルルーシュの罪だ。
罪は銃にない。
引き金を引くものにあるのだから。
ルルーシュは、自分はその罪を背負って生きていけるはずだと。
スザク、お前が背負う必要はないのだと、心の中でつぶやいた。
けれど。
本当は、それでもスザクが殺すことにかわりはない。
ごまかせても事実は変わらない。
民間人の、学生の、友人であるスザクに何を非道なことをしているのか。
許せないという個人的な感情だけで。
笑ってしまう。
何が友達だ。
テロは、嫌いだ。
いやそんな言葉では生ぬるい。
憎い。
人の命を簡単にうばってしまえる奴らが。
奪われた者の絶望を踏みにじる奴らが。
ルルーシュを突き動かすのは完全な個人的な私怨だ。
私怨でスザクに殺せといっている。
しかもこの感情は今回の彼らへのものではない。
つまり、ルルーシュも彼らとなんらかわらないのだ。
八つ当たりにすぎない。
でももう、決めたのだ。
テロに巻き込まれた人たちに、巻き込んだ人間であるお前たちが言うように、私はお前たちに言おう。
運が悪かったのだと。
だいたい人を殺す奴らに、殺されても文句を言う資格なんかありはしないのだ。
「20メートル先、左へまがれ。15秒後、3時の方向にヴァリスを。躊躇うなよ」
そうだとも。
奴ら――誰のことだろう――は、死ぬべきだ。そこでスザクが殺されることをも肯定したことには、ルルーシュは目を背けた。彼に罪はない。全ては自分のものだと嘯いて。
人に背負わすより自分が背負ったほうがずっと楽だから。
「そのまま真っ直ぐ。後ろに敵機がつくだろうが気にするな」
「それって普通に打たれるんじゃ!」
「頑張ってよけてくれ」
「え、嘘!?」
「冗談だよ」
思い通りに動く板上ほど面白いものはない。
「ああ、いいねえ」
狙いに気づいたらしい男も後ろで笑う。
きっと二人で地獄行きだ。
「上だ」
「上!?」
「横のビルの上へ飛べ」
これでチェック。
前方右手より一騎。
後ろから一騎。
横は丁度そこだけ2F建て。
前方のナイトメアの射程に入るとき、3騎は直線状に並ぶ。
使い古された手だが、爽快感にまさるものはない。
先ほど確認したスペック的にも問題ないなとすでに勝利の決まったモニターの向こうで。
機体はだが、横に飛ばずに後ろに飛んだ――ルルーシュの想像以上にアクロバットに。
ついでに腹立ち紛れといわんばかりに、超えた後ろからの機体ををけりこんだ。
本人はしれっとして言い放つ。
「とっさに気づいて打つのやめられたり、下手であたらなかったりしたら悲惨だからね。完全だったろ?」
LOST。
LOST。
終了だ。
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