ナイトメアから降りてきたスザクを笑顔で迎えてやる。
すごいな、よくやった、さすがだと褒めとおす。
簡単なことだ。
ただの条件付け。
人殺しの本当の意味に気づかぬうちに、過程ではなく、結果と喜びを結びつける。
大儀を教え込まれた軍人でないスザクが我に帰ってしまう前に、何も悪くないと教え込んでしまわなければ。
でないと壊れてしまう。
うしろで興味深そうに二人を見やる男をいまいましく思う。
全てわかっていると言わんばかりの……、いや、別にわかっていようがいまいがそんなことはどうでもいいことだ。確かにやっていることは結構単純なことだし、当事者にはわかりにくくても外から見てるものにはさぞあからさまに滑稽に映っていることだろう。
だからといって、まあそれをスザクの前で指摘しないだけマシではあるが――当たり前か、それは自分の首をも絞めることになる――上から目線なのがいただけない。
それも印象なので、ただ気に食わないとそれだけの話である。
実際色々と感謝しないこともないのだが、手順をすっ飛ばして物事を行えば、それなりのものが返ってきてしまうというのに。
わかっているのかいないのか。
やるだけやってあとは人任せというのはいかがなものか。
もっとも、本当に面倒なのはこれからだ。
軍人でもないスザクが軍の兵器を扱い、軍人でもないルルーシュが殺せと指示したのだ。
さて。どうするか。
振り返って、……意思の通じてないアイコンタクトをした。
「おーめーでーとー」
ぱちぱちと手を打ち鳴らして近づいてくる男の名前をそういえばまだ聞いていない。
「二人ともすごいねえ」
続いて女性の方が「お疲れ様」と言ってスポーツドリンクを渡してくれた。
まさか何か入っていることもあるまい。
ありがたくいただいておく。
飲まないが。
スザクが飲むのをとめないだけだ。
「あらためて自己紹介をさせてもらうわね」
沈黙。
「ロイドさん!」
「はい?」
「いい度胸です」
「あ、あ、あ、すいません」
なんというか。
力関係がわかった。
「ブリタニア軍特別派遣嚮導技術部主任、ロイド・アスプルンド。階級は少佐。これでいい?」
アスプルンド。
聞いたことがある。
確か伯爵だったか。
こんなところで研究員などというものをやっているとなると、道楽貴族か。
いいご身分だ。
「で、こっちのこわあいお姉さ、ああ、ったあい」
足を踏まれた。
「セシル・クルーミー中尉です。よろしくね。ロイドさん、あとでゆっくりお話しましょうね?」
「あ、よろしくお願いします」
お願いする気が本当にあるのか、丁寧に握手までしているスザクに若干力が抜けた。
「じゃあさっそくだけど、これにサインよろしく」
ヒラリとかざされた紙が2枚。
絶句した。
否。
考えなかったわけではない。
が、本当にやるとは思わなかったというところか。
一番上に入隊証明書と太字であった。
「ぅえ!? え、ちょっと待ってください! 僕らは軍人には……、そもそもこんなところでこんなに軽くなれるものじゃないんじゃ」
あたふたと今更ながらに騒ぎ出すスザクの隣で、ルルーシュは思考に沈む。
どうするべきか。
これはチャンスかそれとも。
学校生活にも正直飽きてきた。
少しでも目的に近づくためなら入るのも悪くない。
悪くはないが、近づけるという保障はない。
それに、危険もある。
軍に入るということは、本国とつながりを持つということだ。
人口の相対数にすると0に近いが、絶対数で0ではないルルーシュを知る人間。
特派は隠れ蓑になるか。
それともスポットのあたった舞台か。
誰かに知られれば、気づかれれば今まで生きてきた意味が失われる。
だが、慎重であることと、行動しないことは根本的に異なる。
行動なくしては結果が得られず、なければ、それもまた無意味。
「でもねえ、民間人が戦闘行為をすると法律違反だよ。僕も君も彼もみ〜んな、つかまっちゃうんだけど?」
やけに彼を強調されて、スザクがぐっとつまってルルーシュを見る。
単純な奴だ。
操るもの簡単だが、操られるのも簡単なようなので頭が痛い。
「君は理想的なデヴァイザーなんだよー。軍っていってもうちは規則とか上下関係もないに等しい部隊だし、実験に協力してくれるだけでいいんだって」
更に畳み掛けられる。
これは落ちるのも時間の問題かもしれない。
基本、こだわりのないことに対しては押しに弱い。
「では。俺まで入隊させる理由は?」
「え、そのほうがスザク君がきてくれるかなって。あ」
素直で大変結構。
「えーっと、それに! さっき随分場慣れしてるみたいだったし! 頭の回転もよさそうだし、興味あるなら実験のほうも」
目を白黒させているのはスザクのほうで、ルルーシュではない。
あからさまに言い繕ろわれて別にプライドを傷つけられたりなどしない。
まだ何もしていないのだ。
一緒に誘われたほうが、むしろ意外だった。
スザクにはああいっているがごまかしなど簡単にきくだろう――スザクは難しいかもしれないが、ルルーシュなどいていないようなものだ。
となれば餌意外に価値などないではないか。
それはつまり白爵位をもつ彼が、ルルーシュのことを知っているわけではないという証明でもあり、不安は一つ取り除かれたわけだ。
だが、餌としての価値しかないルルーシュだけが入隊することに全く意味がないのであれば、悩んでいてもバカらしい。
「スザク」
「ルルーシュ、どうしよう」
「お前が決めろよ」
「え」
「お前が決めなければ意味のないことだろ。そうだな、俺はお前いなければ意味がないようだし、お前に従うよ」
「…………一緒に入るってこと?」
「お前が入るならな。お前一人だと何しでかすかわからないしな」
「……非道いな」
ちゃかしてははと笑う。
きっとスザクは一人でも何の問題もなくやるに違いない。
決定権をスザクに任せたのは、きっと臆病なせいだ。
卑怯なせいだ。
だが、一度決めたら決して逃げないことを誓おう。
だからこれは、ただの賭け。
「学校生活にもあきあきしてたしなあ、いい気分転換になりそうだ」
「あのね、君、それはどうかと思うよ。本気で」
「うるさいな優等生。それに俺は純粋に興味もあるんだよ」
「ランスロットに?」
「動力はサクラダイトだろ? だがあそこで見せた加速をだすためには今までの仕組みじゃエネルギーを食いすぎる。すぐに動力がおちるはずだが、思ったよりもってたからな。どうなってるか気にならないか?」
「いや……全然。まあいいや。じゃあロイドさん、僕ら入隊します」
えらく簡単に決めたなこいつにしてはと不思議に思っていると、スザクはどこかちょっと照れくさそうに首に手をやった。
「ルルーシュがそんなにイキイキしてるのはじめてみたから」
エサ、だ。
いくらんなんでも食らいつきが良すぎだろう。
【一章完】
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