花束を君に 2-1


 大きな音がして。

 窓が割れた。

 間髪いれずにおそってくる銃声。

 

 

 全てがスローになる。

 

 母と目が合った……気がした。
 脳裏に焼きついた笑顔。
 実際は母と、呼ぶこともできないような一瞬の出来事であったというのに。
 ふんわりと動きにあわせて髪が揺れるのが、ありえなくゆっくりだった。
 まるでコマ送りのように。
 一本一本の動きさえわかるほどに。

 

 手をのばす自分の動きもまた重く遅く、のばす手が思うように動かないことにひどくいらだった。


 なげだされた身体が宙を舞う。
 髪が舞う。

 妹の瞳が大きく見開かれ――。

 

 

 

 

 


 二人の身体が横を転がる。

 

 

 

 動けなかった。


 何も、できなかった。
 気がついたときには姿は見えず。

 

「――――っぃ」


 のどがひきつれて声がでなかった。
 おそらく、使用人の一人があげた悲鳴が遠い。

 

 

 穴だ。
 穴があいてる。

 腕に、腹に、背中に、顔に。

 


「ぁ……ぅ、あ」


 赤い液体が服を染める床を染める髪を染める、美しかった――既に過去形――顔を濡らす。

 

「火だ!」


 男の声があらたな危機を告げた。


 あたりが我に返ったように混乱に陥っていく中、彼女だけは微動だにしなかった。
 右手にオレンジ色がゆれた。
 人が殺到する入り口で、爆音。
 肉片が、舞う。
 同時に入り口の扉が一瞬にして炎をまとい、逃げ口をふさがれたことを示した。


「か……あ……さん」

 

 違う。
 母などではない。
 これは母じゃない。


 これは、死体だ。

 

 受け入れることを拒否する自分と、同時に冷静に分析するもう一人の自分の存在に気づいたとき、世界は絶望に染まった。

 

 最悪だ。
 最低だ。
 誰だ、これは――――自分だ。

 

 嫌だ。
 駄目だ。
 それすら拒否する。


 だがもう一人は気にしない。


 爆音が続く。
 爆音はそのまま新たな火の手を意味する。

 逃げ道はない。
 自分もここで死ぬのか。
 冷静な自分は、自分のことばかり考える。

 目の前に、母の、妹の、身体が転がっているというのに。

「な……ぃ」

 妹も、おそらくもう駄目だろう。
 とっさに母がかばったが、遅かった。

 血が流れすぎている。
 既に瞳に光はなく、足がなげだされ、口は半開きに開かれて。
 何かをつかもうとしたのか、のばされて手はもう力なく床に置かれているだけだったけれど、何の偶然か、その手は真っ直ぐに自分に向けられていた。


 また一つ、増えた炎。

 

 自分も、どうやらここで死ぬらしい。
 ならば、一緒に。


 一人は嫌だ。
 一人でいきたくない。

 一緒に。

 

 のばされた小さな手にそっと歩み寄る。

 

 ――お兄様。


 可憐の少女の声が。


「――っ」

 生きている!?

 はっとして顔を上げた瞬間、化け物が二人の身体を飲み込んだ。

 


「ナナリーっ!!」


 炎の化け物。、
 生きているように見えた。
 文字通り、大きな口をあけて飲み込んでしまったように。


 うなり声が、聞こえる。
 

 熱いとは感じないから、やっぱり炎ではなく化け物のほうか。
 だがまあ、どちらでもたいした変わりはあるあい。

 自分もここで喰われるのだから。

 

 口が見える。
 大きな口。


 同じ腹の中へ、自分も。

 

 

 

 一緒に。

 

 

 

 

 
















 

 

「っ……ぁ、は……はっ、………ぅあ」


 息ができなくて、目が覚めた。


 呼吸を思い出した身体がルルーシュの意思とは無関係に必死に酸素を求める。
 何とも浅ましい身体だろう。
 そんなに生に執着するか。


 一体何のために?

 

 

「何回目だ」


 真上から声がした。
 そこに感情はない。
 どうしたと問うこともない。
 聞かずともわかりきったことであるのだろう、彼女にとっても。


「C.C.」
「数えるだけ無駄か。感謝しろよ、起こしてやったこの私に」

 えらそうに告げられて、ようやく自分の上半身がおきあがっていることと、C.C.が支えてくれていることに気づいた。
 夢から引っ張りあげてくれたらしい。

 

「……………悪い」


 素直に感謝を示すには、死を望みすぎていた。
 謝罪だけを口にする。

 

 あのまま放っておかれても、苦しむだけで死ぬのは難しかっただろうが、それならいっそ苦しめばいいと思ってしまうのをどうしてもやめられない。
 だから無意味な謝罪しか口に出来ない。


 ルルーシュのうなされ方は決して激しいものではない。
 あの時、だってルルーシュはろくに声もあげられなかったのだ。
 よってうなされるといっても、叫び声をあげたり暴れたりすることはない。


 呼吸の仕方がわからなくなるのだとC.C.は言っていた。
 リズムがくずれて放っておくと酸素を取り込めなくなると。
 もちろん勝手に生にしがみつく身体がそれを許すはずがなく、危険になる前には戻るのだが、その後の方がひどいらしい。
 確かに火の中にいるときよりも、自分が一人残されたということを知ったときのほうが荒れた覚えがある――とはいっても、どうにも霞みがかかったようなあいまいな記憶だ。

 

 もっとも、続きを見ることはあまりない。
 その前にC.C.が起こすのだ。


 感謝していないわけじゃない。
 夢を全て見終わってしまった日は学校になど行けたものじゃなくなるのだ。
 だが、うなされていても気づきにくい地味なうなされ方をするルルーシュは、彼女が毎回起こすということはどういうことか。
 よく考えれば答えは一つしかない。


 つまり。
 寝ないのだ。


 ふと夜中、目を覚ましたことがある。
 月明かりの中、ぼんやりと空をながめている少女に、その時はじめて神秘的という言葉を知った――朝もう一度おきたときそんなことを考えた自分になんともいえない気分になった。

 

 感謝している。
 申し訳なくも思っている。


 だからルルーシュは昼間でも怠惰に過ごす彼女をせめられない。
 自分のふがいなさに欝になる。
 結局のところ、良くも悪くも、ルルーシュがここで今生きているのは全て、C.C.がいるからに他ならないのだ。



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