花束を君に 1-4

 教師の声は眠い。
 それはおそらく全世界共通の学生の認識だろう。

 特に眠いのは単調な声の古文、指名されることのない生物、板書のない現代文、聞く気すらおきないくだらない内容の歴史、それから……。
 あげていくのも面倒だ。
 どうせ全部なのだから。
 教科や教師によって程度や個人差はあるだろうが、とりわけ教師が嫌いだと最高に眠たくなるのはもはや真理だ。
 ルルーシュにとっては数学がそれにあたる。

 自己の優位が確立していないければ禄にしゃべることもできないようなくだらない人間に一体何を教われというのか。
 いちいち見下した話し方は軽蔑に値するし、教え方は下手くそだ。
 一般的な授業費を払っていると親であればそれでも、数学を教われと言い放っただろうが、授業内容については聞かずとも問題ない頭脳くらいもっているルルーシュにとって、この時間はただ苛立ちのみがつのる精神衛生上悪いことこの上ない、一種の拷問に等しかった。

 ただでさえ、日々焦燥感がつのっていくばかりだというのに。
 こんなに暇な時間ばかり与えられていれば、自然労力の大半は思考に費やされることとなる。
 昔のこと、現状、すべきこと、したいこと、生きる意味、手段と結果、現実。
 考えたくないと思ってもルルーシュの全てを支配するそれらから逃れられるはずもない。

 たどりつくのはいつも同じところに。
 自らの無力さ、無為な時間、浪費に対する背徳感、罪悪感。
 全てが苛立ちとなる。
 苛立ちは胸を締め付ける。

 窒息してしまう。
 くさって、死んでしまう。


 何より恐ろしいのは、日常に飼いならされてしまうことだ。
 このまま何も、何一つできずに終わってしまうのではないかと考えるたびに発狂しそうな恐怖に襲われる。

 わかっている。
 今はただ耐える時期であると。
 期は未だ熟さず、待つことが大切なのだと。


 けれど、けれど本当は何かできるのではないだろうか。
 あるのに気づいていないのではなかろうか。
 ぬるま湯の日常に身体も頭もふやけてしまっているのでは?

 そんなことばかり考えて、ここ最近ルルーシュの精神状態は悪化の一途をたどっている。
 内々の問題だ。
 もちろん表にだすことはない。
 が、たまりにたまった焦りと恐怖と苛立ちが、そろそろ臨界点に達しつつあることは自覚していた。

 ふとした瞬間にあふれ出しそうになるのを必死で止めるのは、ひどく精神的に消耗するし、おそらく長くはもたないだろう。
 どんなにごまかしたとしても。

 

 

 

 

 


「――――しゅ、ルルーシュ」

 いけない。
 考えに浸りすぎた。

 瞬間的に「いつもの顔」をつくって、ルルーシュは顔をあげた。


「何だ?」

 だがすでに何度か名前を呼んだあとだったらしいスザクはいぶかしげに眉をよせた。
 ああ下手をうったなといささかうんざりぎみに思う。
 枢木スザクは基本スペックが動物並みだ。
 何か気づかれただろうか。
 何を考えていたか詳しい内容までわからないだろうが、動物的勘というのはなんとも厄介なものだ。
 もっとも所詮は勘にすぎないということもできる。
 根拠がなければごまかすことは可能。
 もちろん、何度も使用しては不審に思わせてしまうため多用すべきではないし、そもそもあってはならないことだ。


 気をひきしめなければ。

 

「何だ? って……。ぼーっとしてたのは君だろ。授業、とっくに終わってるよ。どうしたの? らしくないな」


 失態だ。
 まぎれもなく失態だ。
 心の中で盛大に舌打ちした。


「ちょっと寝不足でな」

 たいしたことじゃないと言えばため息をつかれた。

「また夜遅くまでおきてたんだね。早く寝なきゃだめだって言ってるだろ。授業中寝てばっかりで。ルルーシュ、一体君は何のために学校にきてるんっ……」

 延々と続きそうなそれに嫌気がさして、手でスザクの口をおさえてやった。
 耳が痛かったとも言う。
 それでもふがふが言う彼にさらにうんざりするし、何を言ってるかわかる自分にもうんざりだ。


 嫌になる。
 だから。

 手はそのままに、ルルーシュは立ち上がってぐっと顔をよせてやった。
 鼻がふれるギリギリのところまで。


「お前がいるからかな」

 甘くささやく。
 うっすらと、だが確かに指した赤色に、慌てたようにルルーシュをひきはなしたスザクに、多少だが気分が浮上した。

「ちょっ、ルルーシュっ!」

 我ながらお手軽だが。
 してやったりと唇の端をあげると、スザクが一瞬息を呑んで、そして肩をおとす。

 ここまで想像通りの反応が返ってくるというのはなかなか気分がいいものだ。

「君って人は」
「光栄だろう? それで? 何かあったのか? ないなら生徒会室へ」

「ああ、うん。それなんだけど、生徒会質に来る前に買い物してきてほしいって会長が。はい、これ」

 どこにでもある一般的なメモ用紙が一枚。
 ひらひらとゆらされるそれに、ところ狭しと並んだ文字列。
 買い物リスト。

 とたんに襲ってきた衝動は、分類するなら破壊衝動。
 破りたくなった。
 どう考えても多すぎる。




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