花束を君に 1-3

 何もない。

 何も、なかった。

 

 なくなってしまった。

 

 

 最初に何故と思った。
 それは世界に対する純粋な疑問だった。

 主語も目的語も修飾語も助詞も、すべてを削り落とした2文字の言葉は何かを示す必要がないから2文字だけなのだ。
 2文字が全てを、彼女の全てを内包しているのだから。

 

 何故?

 問いは絶望であり。
 返ってこない答えもまた、絶望を意味した。

 何故だろう?
 何が、はたくさんありすぎて言葉にならない。


「母さん」

 そっと呼んだ。
 返事はない。


「ナナリー」


 愛しい妹の名前。

 ああきっと、耳が聞こえなくなってしまったのだ。
 だってあの子の声が、――――聞こえない。

 ああきっと、目も変になってしまったのだ。
 だっておかしいじゃないか。
 空がこんなに明るいなんて。

 

「今日は快晴だと言っていたからな」

 気に障る女の声。
 やっぱり耳はおかしくなってしまったのだ。
 しかも聞こえるのが得体の知れない女の声だけだなんて、最悪だ。
 少しは人選を考えてほしい。
 この声が、鈴をころがしたような可愛らしい天使の、妹の声だったなら他の全てが聞こえなくなろうとも不満なんてなかったというのに。
 よりにもよって人の神経を逆なですることしか知らないえらそうな女の声だけだなんて。
 世界は酷い。


 ああもう。


「死んでしまいたい」
「ルルーシュ」
「変だ。変だよC.C.。母さんがいないんだ。ナナリーも見当たらないんだ。かくれんぼかな。でももう降参だよ。はやくでてきてって言ってるのに」

 誰もでてきてくれない。


「ルルーシュ」
「声が聞こえないんだ。どこを探してもいないんだ。いたっていう証拠も見あたらないのは、何で?」


 ひどい。


「まるではじめからいなかったいみたいに。母さんの大切にしていた鍵はどこ? ナナリーの大好きなくまのぬいぐるみは?」

 どこだと聞いた。
 いろんな人に聞いた。

「みんな知らないっていうんだ。はじめから、いなかったみたいに!!」

 変だ。

「変だよ。おかしいよ」
「ルルーシュ」
「おかしいのは、私か? それとも世界か?」


 魔女の名前を呼んでみる。
 魔女は何も答えない。
 ただルルーシュがルルーシュであることを忘れさせないとでも言うように、名前だけを繰り返す。

 

 ―――――――――――唐突に。
 理解した。

 違う。
 わかった。
 そうだよ、だってそれしか考えられない。


「ルルーシュ!」


「ああ、そう、世界が壊れてしまったんだね」


 ならば、治してやらないと。 





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