花束を君に 1-2

 ルルーシュ・ランペルージの朝は早い。
 基本彼女は夜型の人間なので正直朝は意識の浮上は遅いわ、身体はなかなか動き出さないわ、思考も鈍いわで、ぼーっとしていて、いつのまにか知らないうちにできているあざはほぼこの時間にできていると断言してもいいくらいには得意ではない。
 しかしそれでも朝は早い。
 あるいは、だからこそというべきか。

 何が彼女を駆り立てるのかといえば、そびえ立つようなプライドだ。
 自分の無防備さを人前にさらすなど許せない。
 一瞬たりとも気を抜くな、とお前は戦場の兵士かと問いただしたくなるようなことを自分にかしているルルーシュにとって、襲われたらそのまま死を意味するような隙だらけのこの時間を許すわけにはいかないのだ。

 よって目覚ましがなればすぐさま立ち上がって音を止める。
 なんてことはない。
 立ち上がらなければ届かないところにおいているだけだ。

 しかしながら意思の力ではどうしようもない部分というのは存在する。
 霧がかった頭とまだ力の入らない足をひきずり、バスルームへ向かった。
 熱いシャワーをあびてようやく頭は動き出す。
 昨夜よりも心持ちしっかりと胸をおしつぶして、当然のごとく男子の制服を着込んだ彼女は、もはや彼と呼ぶべきか。

 冬はプロテクターを使うが、夏は不自然な厚着はできないためにさらしを使っているのだが、これがなかなか手間だ。
 なくなってしまえばいいのにとぼやく。
 C.C.は色々とうるさいけれども、いっそなくなってしまえばそんな心配事も全部消えていいではないか。
 あっていいことなんか、一つだってない。
 いつ何時何が起こっても対応できるようにとシャワー時以外ずっとおしつぶしているのだから、なければどれだけ楽か。
 変な気を使う必要もないし、もはや慣れたが夜の寝苦しさの原因の一つになっていることは否めない。
 反対に開放されるシャワー時が心もとなくて、何よりストレスだと思う域にたっしてしまったとなれば、どうして女に生まれてきてしまっただろうと嘆きたくもなる。
 なるが、文句はいつもそこでとまる。
 男に生まれたからといって何かが解決されるわけでもないことを知っているから。

 またくだらないことを考えたと余計な思考を振り払い、無心に弁当を作って朝食をとる。
 洗濯物は夜のうちに干してあるし、天気予報の降水確率は10%だったから問題はない。
 本日も完璧な自分に納得して、家をでる。
 いい朝だ。

 

 ――――否。
 未だベッドの中で惰眠をむさぼる女の存在だけがルルーシュの完璧に傷をつけている。
 があれに関しては既にあきらめた。
 おとなしくしててくれとはかない願いを胸に抱き、ルルーシュは卿も通いなれた道に足を踏み出した。

 

 

 

 代わり映えのない日常。

 

 

 

 


 校門付近、名前を呼ばれたような気がして足を止めた。
 確かではない。
 なんとなく、なのだが。

 一応振り返って見る。
 右、左、真後ろ、聞こえたかどうかさえ定かでなければどちらの方角から聞こえたかなどわかるはずがない。
 見渡して、それらしい姿を認めなかったルルーシュはだが、しばし足をそこに留めおいた。

 特に時間に追われているわけでもない。
 そう考えるくらいには心当たりもあった。

 ほどなくして見えてくる栗色のふわふわした髪の毛。
 民族柄幼く見える男がその柔和な顔をほころばせて手をふっている姿を確認。爽やかに前方、つまりは今までの後方から駆けてくる。

 …………ものすごいスピードで。
 力の抜けたフォームのくせに、ルルーシュの全力疾走より遥かに速いのは計って確かめるまでもなかった。
 姿さえ見あたらなかった距離をものの数十秒で縮めてしまった男はルルーシュの横で危なげなく止まり、おはようと息も乱さず微笑んだ。
 ここで突っ込みたいことは山のようにある。
 例えば、よくぞそんな急ブレーキがかけれるものだだとか、近い、顔が近いよだとかその全開の笑顔は貴様は恋人かそれとも犬かだとか。
 色々、あげていけばとめどなく溢れてきてしまうのでルルーシュは注意深く一つだけ選んだ。


「おはようスザク。お前一体どんな視力してるんだよ」

 感心を通り越して実際ルルーシュは呆れていた。
 こいつなら、枢木スザクならアフリカの狩猟民族としても立派に生きていけるに違いない。いやむしろそのほうが本人にとっても幸せだったのではないだろうか。数学も物理もない世界だ。電子機器もないがまあ問題なくサバイバルできるだろう。

 そんなことを戯れに言ってやると、スザクは真剣な顔でそれは困るなと言った。


「なんでだ?お前なら食料の問題もなんなくクリアだろ」
「君の中の僕って一体なんなのさ」

 若干不満そうなスザクにルルーシュは笑う。
 なんなのさもなにも決まっている。
 野生児。
 あるいはぬいぐるみの皮を被ったケモノだ。
 正当に評価している自信がある。
 何せこの男、温和でお人好しなのも事実だが、ルルーシュは知っている。
 その見かけを裏切る実力を。

 羨ましく思わないこともないが、ここまで差があるといっそもうどうでもよくなる。
 呪文はこいつが異常なんだ俺は正常だ。
 ひとは天才だとか才能だとか評価するが、ルルーシュとしてはどこかがおかしいんだろうの一言に尽きる。

 もっとも、便利なものは利用させてもらうに限るが。


「川で素手で魚とってそうなイメージかな」

「できるけど、そうじゃなくて」


 爽やかに肯定された上に大したことじゃないとばかりに流された。

 


「だって君は文明社会じゃないとすぐ死んじゃいそうだからね」


 真剣に。
 当たり前のように。
 言われてルルーシュの優秀すぎる頭は一度その回転を完全にとめた。

 …………………え?
 あれ?

 今のはなにか……、どこかおかしくないだろうか。
 例えば前提だとか。


「あれ?ルルーシュどうかした?」


 本人はわかっているのかいないのか、無邪気に首をかしげたりなぞしている。
 わざとだろうか。
 意図的にやってるのだろうか。
 それともあくまで天然と言い張るか。
 考えてすぐにどちらでも結論は同じだと気づく。

 どちらにしろ、たちが悪い。

「いや、なんでもない。ただちょっと頭痛がしただけで」
「え!?それは大変だ!保健室に」

 がしっとつかまれ引きづられそうになって慌てて首を振る。
 なんだろう。
 頭痛がひどくなった。


「問題ないからスザク。お前が数学の問題を前にした時のと同じ種類のものだ!」

「……………なんで?」

「そのまんまの意味だよ」
「君って時々わからないな」

 

 お前はいつもわからないよ。


 耳元で叫んでやるかわりにルルーシュは乾いた笑いをこぼした。







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