花束を君に 1-1

「小さいな」

 しみじみと。
 哀れみさえ含んだ女の声が何を指しているのかは、直感的にわかった。
 残念ながらわかってしまった。
 いっそわからなければ戯言だと流せてしまえたのに、わかってしまえばその言葉は無視してしまうにはルルーシュのプライドが高すぎた。

 たとえ、その女――かれこれ何年一緒に住んでいるが彼女の本名はわからない。ただC.C.と、母が呼んでいたのでルルーシュもそれにならってしまえば特に不便はなかった。どうせ名前など便宜上のものだ――が行儀悪くベッドの上でピザを食べ、その顔が外を向いていようと、ピザへの文句ではない。
 外の騒音への文句でもなければもちろん天気の話でもない。


「好都合だろ」

 それでも若干の不愉快さを押し隠して、鼻で笑ってやった。
 そもそも今までにもさんざん言われていることであれば、何をと尋ねて確かめる必要もなく、返し方を考える必要すらなかった。
 性格の悪い女のことだ。
 過剰反応を期待しているのかもしれないが、本心なればつきあってやる義理もない。

 手早く、慣れた手つきでルルーシュはその細い身体に――C.C.に言わせれば可哀想なほど細いとなるらしい――さらしを巻いていった。


「むしろない方が面倒がなくていいんだがな」

 強がりでもなんでもなく続けてやると、憐憫に満ちた瞳と目が合った。
 なんとなくむっとする。

「馬鹿だな」

 根拠は示さず、それだけ。

「かわいそうに。お前はまだ気づかないのか」
「何がだ」

 ピザばかり消費しているくせにスタイルが一切変わらない女の神秘をルルーシュは病気だと称し、年頃になっても胸に脂肪がつく気配のないルルーシュはC.C.は心配だと嘯く。
 それが二人の関係だ。

 透けない程度には厚みのある黒いアンダーを着て、やわらかめのズボンをはく。
 あと一枚程度上に着れば外にいける格好だが、これがルルーシュの就寝時のスタイルだ。
 もっとも寝るためにはピザ女をどうにかしなくてはならない。
 食べ終わった箱をなんで俺がと思いながら捨てるのに慣れてしまったことが切ない。
 自分でやれと言えばゴキブリがわいてもしないのがこの女だ。
 私は虫にも寛大なんだと言うその神経がルルーシュには理解しがたい。
 よってルルーシュはルルーシュの生活の質を守るためにごみを捨てた。
 ついでにこの女も燃えるごみの日にだしてやりたい。

 女らしさを一切消し去ったルルーシュは、一息ついてベッドに腰掛けた。
 いっそ見事なものだとC.C.は思う。
 もはや彼女を「彼女」と称す人間はいないだろう。
 顔はかえようがないので中世的な雰囲気になってしまっていることは否めないが、服や髪型から人が男と判断するのに支障はない。
 第一印象で女とばれる危険性の大部分を回避できれば問題が限りなく小さくなるとルルーシュが言っていた。
 ルルーシュ曰く、制服が最高だという話だが。ああ確かにあれは便利だ。先入観が全てを解決してくれるのだから。
 けれど。
 そんな問題ではないのだと。
 おそらく言ってもわからないだろう。
 否。
 わかってしまってもいけないのかもしれない。
 少なくとも今は。
 わかってしまえば彼女を支える何かが折れてしまうのだろう。
 そう頭では理解するけれど、やはり可哀想にと思うのはどうしようもなかった。
 自分から茨の道を選ぶ少女を、C.C.は孫を心配するように見やる。


 その胸のふくらみを自分のものと見比べて、やはり切なくなって、腕をルルーシュの後ろからまわした。
 おさえてしまった完全に柔らかさを失った胸は、どこも気持ちよくない。
 外から見れば男と女がベッドの上でからんでいるようにしか見えないのだが、現実的にそこには甘い空気も色気も何もなく。


「セクハラだぞ」
「ない胸をさわっても何も楽しくないんだがな」

 殺伐とした会話が存在するのみ。

 放せと冷たく言い放ったルルーシュに、C.C.がにぃっと笑った。
 嫌な予感のする笑みは、頭の後ろでされれば見えない。

「セクハラというのはなあ、ルルーシュ」

 耳元に息をかけられてぞわりと寒気が背中の上る。
 
 胸元にあった手がすばやく額に移動した。
 ぐいっと力をかけられれば、支店と力点、作用点が出来上がる。


「ほあぁっ!?」

 自分の部屋だからと気をゆるめていたから悪いのか――気をはりつめていてもルルーシュならどうとでも出来る気がする。 
 イメージ的にはぱふっと。
 実際にはたいした音はない。

「こういうことを言うんだろ」

 後頭部に弾力性のあるやわらかな感触が押し付けられている。
 やはり外からみれば、慌てるなりあるいは特別な感情がわきあがってしかるべき図柄だが、もちろんそんな怪しい雰囲気は一切うまれない。
 
「お前がな!」
「柔らかいだろう?」
「だからどうした。さっさと離せ」

 しかし要求はのまれずに額の手は少し下、ルルーシュの目を覆った。

「おい?」
「柔らかいだろうといったんだ。これが女の身体だよルルーシュ」
「だからなんだ。それがどうした」

「お前が捨てたものだ」

 淡々と。
 胸をえぐる。

 だがそれがどうしたというのだ。
 ただの事実だ。
 それ以外のなんでもない。

 理解していることだ。
 自分で選んだことだ。
 後悔も、傷つく理由もない。

 なのにそれはたまに――今回もたまたま――ルルーシュにじくじくとした痛みを与える。


 いや違うのか。
 おそらくそれは常にあるもので、普段背を向けているものにすぎない。
 おそらくは。
 ルルーシュは認めないけれど。
 C.C.はそれを思い出させただけ。
 しかし認めない。
 認めることは否定することになる。
 わかってるけどわからない。
 わかってはならないことだからわからない。


「必要だから捨てたんだ。それ以上に大切なことがある。何かを得るんいは何かを諦めなければならないとなれば、俺はその何かを躊躇うつもりはない」

 ルルーシュはうっとうしい女の手をふりはらい、体勢をたてなおした。

「それでもお前は女だよ」

 からかうわけではなく哀れみを含んだ口調が感に障る。
 何かを殴りたくなるような衝動にかられた。
 だがここで心を乱しては負けだ。
 ゆっくりと一度深呼吸をして、ペースを取り戻さなければ。

 

「いつか。女なのに女でないことに苦しむ日がくる」
「なんだそれは」

「魔女の予言だ」

 魔女。
 そう、魔女だ。
 生まれてからずっとなんだかんだ言ってルルーシュのそばにいるこの女は、一切歳をとらない。
 千歩ほど譲って、アンチエイジングに金をかけてる、老けにくい顔つきである、特異体質または遺伝的病気と位置づけたとしても、そんな女を魔女と呼ぶのだから魔女は魔女だ。
 けれどルルーシュはそこに深い意味を求めるのをやめて久しい。
 そういう女なのだという意識しかなければ、不吉な言葉におびえる必要などあろうか。

 とはいっても、年長者の助言であることは足し間尾だろう。
 久々に真面目な顔を見た。
 が。
 しかし、だ。
 それに足をとめ、振り返る時期は当の昔に過ぎてしまったのだ。
 たとえ事実であったとしてももう手遅れだ。

 だから。

「取るに足らないことさ」

 そう言ってベッドにもぐりこむのが正しい行動なのだ。
 電波な女としゃべるだけ疲れる。


「お前も早く寝ろ」

 とりあえず安眠妨害だけとがめておいた。






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