何かが肉を裂いていくのがわかる。
身体から流れていく血に末端から痺れていく。
「ぁ、あ、あぁ……」
零れるのは声と言うよりも音だ。意味をなさずただ空気を震わす。
これはなんだろう。
痛いのと、怖いのと、どこか心地よいのが入り混じり、何がなんだかわからない――苦痛と快楽が同居しているなんて、ありえないことなのに。
思考が霞んでいく。
何もかも、どうでもいいことに思えて、世界が遠い。
このままでは溺れてしまう――本能が告げる意味をルルーシュはもはや理解しなかった。
ただ、血の気を失って冷たく震える手が縋るように服を掴んだ。
そこでルルーシュは全てを投げ出した。
まるで彼に捧げるように。
だからそのあとの記憶はない。
次に世界を認識した時、世界はまるで色を変えてしまっていた、なんてことはなかった。相変わらず薄暗い。
けれどとにかく身体が重たくて頭がぼんやりし、あと何故だかわからないけれど、暖かそうだと思った新緑が酷く冷たくルルーシュをとらえていた。
何をそんなに怒っているのだろう。
女の声が言ったとおりにふわふわの髪、俯いて見えなかった顔はルルーシュよりもずっと年上のくせにどこか幼い印象をうけるのに、背筋が寒くなるほどおそろしい。
何か怒らせるようなことをしただろうか。
勝手に家に入ったことだろうか。だったらしっかり鍵でもかけてほしい。というかこんな廃墟、誰が人が住んでいるだなんて思うだろう。いや、そもそも住んでいるという状態には見えなかったのだが。
それとも心臓の杭を抜いてしまったことだろうか。抜いたのは魔女に言われたからだけれども、刺さっていたほうがよかったとでもいうのか。だとしたらどんなマゾだ。すごく痛そうだったではないか。だいたいそれぐらいで生き返る方が非常識じゃないか。
そんなことで責められても納得できない。
人の血まで勝手にとっていってくれて――いきなり噛まれ、血を吸われているのだと悟った時の恐ろしさは言葉では言い表せない。
文句を言いたいのはこっちのほうだとだんだん腹がたってきたルルーシュはもはや非現実的なことを気にしない。
夢かもしれない。おうそれはそれでいい。現実なのかもしれない。それならつまりはルルーシュの認識していた常識のほうが間違っていたんだろう。目の前の現実を否定するほうが馬鹿らしいではないか。
「君誰」
不機嫌そうな彼の第一声は、妥当といえば妥当なのだろうが順番を間違えている。
「ルルーシュ」
答えてから心配になってつけたした。
「僕は人間だけどあなたは何?」
「こんな所で何してる」
質問に答えてくれる気はないらしい。
ああもう本当に何をしているんだろう。
「何故僕を起こした」
しかも考える時間もくれない。
なんだかとても気だるい。
わざわざ一問一答してやるのも馬鹿らしくなってルルーシュはぼんやりと彼を見つめる。
このまま、死ぬのだろうか。
殺されてしまうのだろうか。
死にたくないと思ってこんな所まできたのに。
だとすればあの女の声は嘘つきだ。だがあんな怪しいものを信用する方が間違っていたのだろう。
死にたくない。助けてほしい。
その思いは変わってない。
けれど、今は何故か満たされているような気持ちなのだ。彼になら殺されても文句を言わないんだろうなと思うくらいには。
「聞こえてる?」
「聞こえてる。母さんを殺した奴らが僕を殺そうとするから屋敷に逃げ込んだ。隠れようと思って地下に入った。助けてって言ったら女の声に笑われた。そいつが杭を抜けと言ったから抜いた。僕が何をしたかという問いに対する答えは以上だ。何故起こしたのかと言われてもあれで起きる方がおかしいんだ。死んでたじゃないか」
心臓は確かに止まっていた。何故だか血は流れ続けていたけれど。
「そっちは何の説明もなく噛みつくし」
軽く首筋を触ってみる。
もう痛みはない。更に、確かに肉が裂けたと感じたのにそれらしいあともない。
気のせい、ではないはずだ。このだるさは――というかおそらく貧血状態に陥っているのだが。自らの健康状態を省みるに――異常だ。
しかし物的証拠がなければ立証は難しい。
「僕の血は旨かったか」
「子供の血は甘すぎる」
…………たしか被告の証言だけでも駄目だったか。
「勝手に飲んどいて文句を言うな。血だってただじゃないんだぞ。僕は無一文なんだから動物性タンパク質を摂取しようと思ったら狩りしかないんだ。武器もないから落とし穴でも掘らなきゃいけない。そのための体力まで根こそぎ持っていって。まったく、対価を払えよ」
言ってるうちにだんだん腹がたってきた。
「よくしゃべるね。ゼロみたいだ」
「誰それ」
「知り合い。気にしないで。ああでも本当によく似てる。黒い髪に白い肌相変わらず折れそうに細い。目も………目も?」
いつのまにか眼光は和らいでいた。笑ってはいなかったけれどもう怖くはなかった。
彼はルルーシュの髪に触れると何かを考え込むように目を伏せた。
「ちょっと待って。なんでそんなに似てるんだ? 君の………」
今の今まで死体だったとは思えないほど血色の良かった顔が心なしか白く見える。
「僕の、何?」
「いや、なんでもない。有り得ない。趣味の悪い冗談だ。仕組むとしたらC.C.しか有り得ないほど趣味が悪い」
「僕には関係ない話なんだな?」
「…………ああ」
「なら商談だ。僕の血の代金を払ってもらう」
怖じ気づいても仕方ない。
殺される時は殺されるのだ。
ルルーシュにはもう逃げ場などないし、相手は人間とは思えない。抵抗などする暇もなく殺されるに違いない。ならば怯えて震えるだけ体力の無駄だ。
偉そうに言ってやれば疲れたようにため息をつかれた。
「商談って……。僕らは契約って呼ぶんだけど。鹿でも捕まえてくればいいの?」
ルルーシュは静かに首をふる。
「母さんを殺して僕を殺そうとしてる三人組の男を」
殺して。とルルーシュの口からでかかった。
何も考えず、当然のように。
殺して――それは人の死を望む言葉。
忌避すべき言葉。軽々しく言ってはいけない言葉。
自分の口からひとかけらの躊躇いもなくこの言葉が発せられると思うととても、おそろしい。
だが、あいつらは母を、殺した。
身を守るためなどではなく、快楽のために。
最悪な理由だ。
それは絶対に許せることではなく、その罪は命をもって購ってもらわなければ気がすまない。
死んでしまえ。
心の底からそう願う。
母と同じ痛みを、同じ苦しみを、同じ絶望を。
全てを後悔しながら死んでゆけ。
母とルルーシュの恨みを、無念をその身をもって知れ。
あいつらごときのゴミみたいな人間の命なんかで母の命を贖うことなどできるはずはないけれど、奪った命の重みを知れ。命を奪うということの意味を知れ。
奪うということは、奪われても文句をいう資格を放棄するということだ。
ならば奪って何が悪い。
あんな奴ら、いない方が世のためではないか。野放しにしていたらまた奪うかもしれない。奪うものと奪われる物は表裏一体でしかないというのに、自分は奪う者だと勘違いして。
でも……。
だからこそ、あいつらのためにルルーシュが奪う者になる価値があるきあ。いや、母の無念を思えばそんなことは大したことではない。どうでもいいとすら言える。
思い出せ。あの絶叫を。
許せるか。許せない。絶対に許さない。
だが、三人分の命を背負って生きていくのか。あんな、奴らのために。
「何考えてるの?」
そうとも何を考えてる、臆病者。
殺さなきゃ殺される。
そう思うのに、一度テンションが下がってしまったのは厄介だ。
やらなきゃやられる――本当にそうだろうか。
母が望むのは何か。殺すことか。生きることか。
あいつらが死んだだけで心がすくか。
たかだか命で納得できるか。死よりも苦痛をと思わないか。死を望むほどの苦痛をと。母のうけた屈辱はどれほどのものだった。
思考が、迷走する。
迷走し、自分が本当は何を望んでいるのかが見えなくなった。
最初はただ助けてとそれだけを望んでいたはずなのに。
人は愚かにもすぐに欲をだす。まるでそれが当然のことのように。
今回ルルーシュはたまたまその機会にめぐりあっただけのことだ。それも現実的でない方法で。
己の力ではない。
また、彼がルルーシュの望を正確にかなえてくれる保証もない。
多くを望んではいけない。
目を閉じて、思い浮かぶのは振りかざされるナイフの刃先、追いかけてくる男の声。逃げてと母の唇が動く。
だから――。
「守って」
それが、新緑を見つめながらルルーシュのだした答え。
望み。
悩んだ末にだしたそれをあとからどれほど後悔するかなどその時のルルーシュは知らない。それは判断も手段も、責任さえも、全てから逃れる卑怯な選択だということに気づくのは全てが終わってしまったあとのことなのだから。自分の手でやってしまえば罪も罰も自分のものだったのに。
「僕を守ってほしい。僕に害をなす全てから」
「一生? 大きくでたね。まあ僕にとったら人間の一生なんて短いものだけど。でも、高いよ? 一度の食事じゃ足りないなんてもんじゃない。払う覚悟があるかい?」
覗き込まれ息をのんだ。
彼が人外のものであることは明白なのだが、あらためて告げられると別のショックがある。
「何が欲しいんだ」
「そうは聞くけどね、一体君が何を持っているって?」
何も持っていないじゃないかとつきつけられる。
その通りだ。持っているものなど自分の身体のみ。この体と頭で生き抜かねばならないのだ。
無い袖は振れないとは言うが、それでもないとは言えない。
「今もっていなくても用意する事はできるかもしれない。とにかくそっちの条件は?」
精一杯去勢を張って言いきったルルーシュを、彼は少し驚いたように見つめ、そのうち溜息をつきながら髪をかきあげた。
「僕はさ、特になにも欲しくないんだ。生きる理由も意味も、生かすものも全部なくなって、死にたくなった」
それはきっと鬱だ。病院へ行くといい。
「ほら、吸血鬼って心臓に杭をうちつけると死ぬっていうじゃないか。でも意外と死ねないものだね」
はは、と笑うがそれは笑顔で言うことか。つまりこの惨状は自分でつくったということか。自殺する吸血鬼なんて聞いたことがない。
あまり知りたくなかったなと思う。興味深いが。
「まさか生き返るなんて思ってなかったんだ。あれ? 死ななかったんだから生き返るっていうのも変か。まあでも確かににんにくも陽射しも平気だもんなあ。がっかりだ」
静かに聴いているとなんだかちょっと殴りたくなってきた。
ルルーシュはこんなにも生きたいのに。目の前で死にたいだとか言う。
ああ腹がたつ。
そんなものは人の勝手だと言われるかもしれないけれど、何よりも欲しているものをまるで価値のないように言われれば誰だって不愉快に思うはずだ。
「でも死ねないのだったら仕方ない。死ねないのだったら生きなきゃいけない。そして生きてたら腹が減る」
「ぼ、僕を食糧にする気か」
しかもそんな消極的な理由で。それこそ死んでも死に切れないというものだ。
「食糧っていうと語弊があるな。つまり。契約をむすんだその瞬間から、君は僕のものだ。君が死ぬまで」
さあどうすると問われた。
選択肢などないに等しいというのに。
だからルルーシュは迷わず答えた。
「結ぶぞ、その契約」
「そう」
無表情でうなずいた彼の感情は読めない。
死にたかった吸血鬼だ。食事の心配をしなくてよくなったところで、迷惑でしかないのかもしれない。それでも、ルルーシュに引く気はないが。
すっとルルーシュに向かってのばされた手にびくっと身体が震えた。
尖った爪――普通に切り揃えられていたはずだ。一瞬のうちに形が変わった。こんなところでも人でないのだと実感する。
だが、おびえてはならない。
だから、驚いただけだなのだと言いきかす。
この男は確かにルルーシュとは違うものだ。けれど、契約とは対等に結ばなければならないのだ。たとえ契約後に上下関係がうまれようとも、今このとき、契約を結ぶ瞬間だけは対等でなければ、ならない。それはルルーシュの矜持だ。
「何を」
「黙って」
爪がルルーシュの鎖骨に触れた。
つっとそのまま下におろされて、痛みが走った。
ただしそれは裂かれる痛みではなく、また爪がなぞった縦でもなく、焼けつくような痛みが全身に。
一瞬のことであったが何がおこったのかと目を白黒させ、ルルーシュが胸元を除きこめばそこには変わった文様が刻まれるように存在していた。
だいたい拳大のそれはおそらく、剣と翼。
「何したんだ」
「印だよ。所有印。僕のものだって証だ」
君が逃げられないように。
至極真面目に言われて苛立ちがわきあがったが、文句を言う前に続けられた。
「あるいは横から掻っ攫われないように。そして僕が逃げられないように」
「なんだそれは」
「要は契約書代わりってとこかな」
そんなものがルルーシュの身体にだけ刻まれるというのは不公平な気がする。少し不満だ。
「とりあえず侵入者の排除からはじめようか。ああ忘れてた。僕の名前はスザクだ」
スザク。とそっと声にのせてみれば妙にしっくりときた。まるでずっとずっと呼び続けた名前のように。懐かしさすら…………いや、気のせいだ。極限状態におかれているから変な感覚をおこしてしまっているだけ。ルルーシュにはスザクなんていう名前の知り合いはいないし、変わった響きだ、特に耳にしたこともない。
でも、悪くない。
「スザク」
ほっとしたのもあるかもしれない、ほんの少し楽しい気分になって調子にのって呼んでみてしまってからはっと気づいた。
ルルーシュはスザクの所有物ということになる、と、いうことは、ルルーシュはスザクをマスターだとかご主人様だとか呼ぶべきなんじゃないだろうか。スザクという響きが至極しっくりきたからその名を呼べないのは残念だ。
「何?」
いや、呼べないこともないか。
「スザク様、とかスザクさんとか? ご主人様も気持ち悪いがこれもなんだかなあ」
「…………それは一人言でいいのかな。全部気持ち悪いからスザクにしといてくれると嬉しいんだけど」
「そうか。それは良かった。スザク」
何故かスザクが顔をそむけた。
何故だろう。
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【言い訳】(反転)
すごく…………言葉が足りていないのがわかります。なのにどこをどうつけ足したらいいのかわからないのところが私の実力の全てをあらわしています(涙)
以上プロローグでした(え)←詳細はブログにちょっと。
伏線ちりばめて終わってるから気持ちが悪いね!まったくだね!orzorzorzorz
これからしばらくスザクさんは子育てを頑張るわけですね。適度に育ったら食べちゃうんですねわかります。どこの魔女ですか。
以下おまけとして当初の予定だった学園ふあんたじぃ(なりかけ)を微妙に。
おまけ
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