吸血鬼 おまけ

 ルルーシュルルーシュと馬鹿みたいに名前を呼ぶから鬱陶しくなって、ルルーシュは本に落としていた視線を斜め上へと上げた。


「うるさい。スザク」

 目つきが悪くなってしまうのはいいところを邪魔されたので仕方がない。


「お腹すいたんだけど」
「あとでな」

 よいしょとルルーシュが腰掛けていたベッドに乗り上げてくるスザクの頭を本で押し返す。力でかなうはずがないのはわかりきっているが機嫌が悪くないのであれば多少は融通をきかせてくれる………こともあるから自己主張は大切だ。

「読み終わったら」
「終わらないよ。だってさっきから1ページもすすんでないじゃないか」


 うっと詰まって目をそらす。
 指摘通りさっきから目がすべってしまって、というかぼんやりと懐古に浸ってしまって本の内容は頭に入ってきていなかった。


 けれど貴重な安らぎの一時には違いない。
 スザクの相手をすると次の日まで使い物にならなくなってしまって色々と大変なのだ。
 心穏やかに過ごしたいと思って何が悪い。

 

「何を考えてたんだい?」

「昔のことだ。スザクと初めて会った日のこと」

 

 その頃のスザクはルルーシュよりもずっと年上だったというのに、今ではどうみても同年代にしか見えない。年の取り方も大分違うようで、正確には今幾つなのかなどルルーシュは知らないが、この様子だと実際にはおそろしく年上なのだとは思うけれども。
 だが精神年齢というものは実年齢ではなく外見年齢に比例するらしいというのがルルーシュの結論だ。
 これだけは言える。スザクは爺だと言っても誰も信じない。それどころか精神年齢はもしかするとスザクよりもルルーシュのほうが上なのではないかとすら思えるほどだ。何せ苦労した分妙に考え方が所帯じみていると大評判だ――ほっといてほしい。

 ルルーシュだって最初のうちはスザクの異能の力に怯えるまではいかないにしても敬遠し、逆らうことなど考えもせずになされるがまま従っていたが、そうすると面白いくらい倒れるのだ。もちろん貧血で。
 人生寝てくらせるのならそれでもいいのかもしれないがせっかく生きているのだからやりたいことだってあるし、更に問題なのはスザクはルルーシュよりも年上ではあったが、それが生活能力のあることを意味しないということだ。倒れている間に洗濯物は雨で濡れるし、部屋は散らかることはあってもけして片付くことはなく、ルルーシュの食事を用意する者もいないのだから必然的に疲労はたまり倒れる回数が増える。悪循環だ。

 よってルルーシュは遠慮をやめた。
 それに毎日一緒にいれば慣れるものだ。
 加減もわかってくる。


 そもそもよくよく考えればスザクはルルーシュを守らなければならないのだ。それが契約なのだから。それはもちろんスザク自身からをも含むはずだ。とならばスザクは不必要にルルーシュを傷つけられない。
 もっともスザクがその気になれば契約など破ってしまったところで本当は支障などないことぐらいわかっている。身の程はわきまえなければならない。
 それでもたまに加減も間違えてスザクの機嫌を損ね酷い目を見ることになるのだが、少なくともルルーシュは未だ五体満足だ。

 横暴で融通がきかなくてたまにわけがわからないけれど、でも優しかったりちょっとぼけてるところもあったり、何年一緒にいても変わらず読めない不思議な吸血鬼。やってられるかとは何度も叫んだが、逃げ出したいと思ったことがないのが全てを物語っているのだろう。
 ルルーシュは今の生活が意外と気に入っている。たとえ幾つもの命の上に成り立つものであろうとも。

 あの時スザクに出会えて、たぶん、良かった――困るのはせいぜいピザをたかりにくる行儀の悪い女くらいだ。


「あの時俺があそこに逃げ込まなかったら、違う部屋に飛び込んでいたら、地下の入り口を見つけなかったら、あるいは母さんが殺されなかったら、スザクと今こうやって一緒にいる事実はなかったのだと思うと、不思議な感じがする」
「偶然か、必然か?」
「いやそんな問題じゃなくて。過去の全てを肯定することは出来ないけれど、今スザクとこうして一緒にいれることを俺は嬉しく思ってるってことをだな」

 だが穏やかに話すルルーシュとは裏腹にスザクは何故か困ったようなに目を泳がせた。

「あ〜」


 人が珍しくも素直に好意を語ってやっているのになんだその微妙な表情は。
 不満なのか。
 ルルーシュの気持ちなどどうでもいいというのか。

 ああでも確かにスザクにとってルルーシュは友達ではない。契約相手であり食糧だ。過剰な気持ちなど向けられても迷惑だと思ったところでなんの不思議もないではないか。
 そう考えると不満を通り越して不安になった。

 余計なことを、言うべきではなかったことを言ってしまっただろうか。面倒くさいと思われたのだろうか。


「スザク?」
「ねえ、僕はたまに考えるんだけど。君が僕を起こしたこと、今僕が君と一緒にいることも全部、偶然じゃないんじゃないかって」
「お前運命論者だったのか?」

 ルルーシュは運命というものを信じていない。
 ただしそれは一つの考え方だからして否定し馬鹿にすることはしないけれども、にこやかに笑い飛ばそうとして失敗した。スザクの顔があまりにも真剣だったから。とても笑えるような雰囲気ではなく、ルルーシュは押し黙った。

 

「残念ながら僕は運命を信じられない」

 

 信じない、ではなく信じられないとスザクは言う。

 

「だから」

 

 本をとりあげられてそのまま押し倒される――本がなげられなかったからそこまで期限が悪いわけではないようだが、これは黄色信号だ。よろしくない。非常によろしくない。

 扱い方がわかってきたといっても、この状態のスザクは厄介で難しい。
 何が引き金になってどう転ぶか全く予想がつかない。まだ完全に機嫌が悪い方がわかりやすくていいと思う。機嫌が悪い時はだまって耐えていればそのうち嵐はすぎるのだから。それにあからさまに機嫌が悪ければ心の準備もできるというものだ。
 しかしこれは最高に面倒だ。
 何でもないことで上下する。近づいただけで殺されるかと思うほどおそろしい目にあったこともあれば、御茶のいっぱいでついていけないほどテンションが上がったり。

 だからこそ気をつけていても仕方ないとも言えるが、気が引けてしまうのも仕方のないことだと主張したい。


「だからね、むしろ仕組まれてる気がしかたない。手の上で踊らされてるような。出来すぎてるんだよ。何もかも。あの時ルルーシュが起こさなくても遅かれ早かれこうなっていたんじゃないかって思えてしまうくらい」


 ベッドに押し倒された格好でスザクを見上げながらルルーシュは考える。


 それはあり得ることだろうか。

 いやあり得るあり得ないというのが問題ではない。
 実際がどうであれスザクがそう思っていることが問題なのだ。


 たまに感じることがある。スザクの視線が複雑な感情を帯びるのを。ルルーシュにはよく理解できない。憎悪のような、執着のような、嫌悪のような、それでいて愛情にも近く、哀しみにも似ている。それは真実ルルーシュに向けられているものなのか、それすらルルーシュには判断できない。ただ、そういうときのスザクが一番、怖い。

 スザクはルルーシュよりもずっと長く生きているから、それなりに色んなことがあったのだと思う。それは当然のことだけれど、その事実がたまに腹立たしく感じることがある。
 スザクは匂わすだけ匂わせて、ルルーシュにはいつだって何も教えてはくれない。知らなくていいことだという。
 ならばあることすら隠し通すべきなんじゃないか。

 でないと、辛い。


「それは、悪いことなのか?」
「ルルーシュ?」


 だからこんなことを言うのはもしかするとスザクの気を引きたいだけなのかもしれないけれど。


「その誰かというのが母さんを殺したというのならまた話は別だけど、そうでないのなら俺は現状に不満はないし、これでよかったと思ってる。それともスザクはそんなに俺が嫌いなのか?」
「まさか」

 だろうと堂々と言い切って、スザクの髪に触れる。相変わらず柔らかい。天然パーマは面倒なのだとスザクはいうが、まったく面倒なのはスザク自身のほうではないか。


「ただねルルーシュ、君が後悔するんじゃないかって思うと」
「怖いのか? 馬鹿だな。後悔することをおそれてたら何もできないだろうが。それに俺はたとえ何があっても今の自分を否定するつもりはない」


 ルルーシュの頬を撫でるスザクの手はまだ少しルルーシュのものより大きい。スザクは成長しない。ルルーシュはそのうちスザクを超えるのだろうか。超えて、置いていってしまうのだろうか。あるいはいつまでたっても追いつかないままなのか。どちらも嫌だと思うルルーシュは自分の望みがわからない。


「少し、違う気がするんだけど……。まあいいか」

 

 スザクも納得したところで絡めたままの髪を引いた。

「ところでスザク、荷ほどきは終わったのか?」


 部屋を見渡せば一見綺麗に片付いているように見えるが。
 まだだったら何がなんでも拒否しようと思っているところで、既に展開は決まったようなものだ。


「僕は荷物が少ないからね」

 スザクはルルーシュを見下ろす体勢のまま爽やかに答えて下さった。荷物が多かったルルーシュよりも随分手こずっていたように見えたのだが、では何にそんなに時間をかけていたのだ。

 荷ほどきと言った通り、引っ越しとは少し趣が違うが今日から新生活をはじめる部屋は簡素で狭い。
 ルルーシュの荷物のほうが多少多かったがそれでも諸々をクローゼットと机にしまってしまえば目に見える範囲では机が2つとベッドが2つのみになってしまってなんとも味気ない――ベッドが2つあるにも関わらず1つに2人分の体重をかけてしまっていることに若干の不満と疑問を抱く。


 だがまあ学校の寮などこんなものだ。
 色々物があったところで必要どころか邪魔になりそうだし、どうしても欲しいとなればそれから買いそろえても大した問題はないだろう。
 だいたいルルーシュの荷物には掃除機やらタオルやら共同のものが含まれてるのだからスザクよりも多くなって当たり前なのだ。私物の量自体は変わらないのではないだろうか。

 


 学校へ行こうか、と突然思いついたように言い出したのはスザクだった。

 勿論ルルーシュはすかさずお前幾つだよと突っ込んだものだが、よくよく話を聞いて、それがスザク自身のことではなくルルーシュに言っているのだと気付いたときルルーシュは驚くと同時に呆れた。今更何を言っているのだこいつはと。
 行くなら行くでもっと早くから行くべきじゃないのか。そりゃあ知能レベルが同年代に比べて劣っているだなんてことは一切思わないけれど、正規の教育を受けたわけではないから知識には偏りがある。何より団体行動には自信がない。
 とはいえスザクが行くというならルルーシュに行かないという選択肢はないわけで。


 いやなに正直な話屋敷の本を読み尽くしてしまって暇だったのだ。そんな折に世界有数の蔵書数を誇る図書館をもつという王立学院の名前を出されれば心が揺れ動かないわけがない――要はスザク云々というよりは本に吊られたわけだが。まあなんだ。とにもかくにも掃除の面積が大幅に減るのは喜ばしいと思う。あの屋敷は広すぎる。

 新生活の初っ端から初々しさも清々しさも欠片もないが、もはや本の続きを読む気も失せてしまった。

 そうとも。なんといっても明日の朝食を用意しなくていいのだ。食堂があるから。これは相当大きい。
 ならばいいか。
 そう結論を出したところでルルーシュは、囁いてからスザクの首に腕を回した。

 

「明日に響かない程度なら、いい。初日から貧血なんか起こして病弱設定がつくのはごめんだからな」


 加減しろと言うルルーシュにスザクは嬉しそうに頷く。そんなに腹が減ってたのだろうか。


「そうかな? 最初に認定されちゃったほうが後々楽じゃない? 休みやすくなるよ?」


 違った。
 笑い方がいやらしい。


「それに僕だいぶセーブしてるんだよ? ルルーシュはもっとしっかり食べるべきだよ」

 ほら、と掴まれた手首は確かにスザクの手で軽く一周してお釣りがくるようだが、そもそも手首は細いものだと主張したい。

 浮き出た血管をそっとなぞられて背筋にぞくっとしたものが走った。
 それをじっと見つめる目がやけに物欲しそうで、餓えた獣のように見え、思わず腕を引き抜きたくなる衝動に駆られる。


 吸血鬼と暮らしているのだ。血を吸われること自体は慣れてる。だけど慣れてるからといって平気なわけではなく、やはり少し抵抗感はあるわけなのだが、それとは別に手から喰われそうな危機感がルルーシュを襲った。


「喰うなよ?」


 上ずりそうになるのを必至でおさえて、なんとか冗談のように言いきった。


「うーん。カニバリズムの趣向はなかったはずなんだけど。ルルーシュの血って甘くてこくがあって癖になるんだよね。頭からかじりついたら美味しいんじゃないかってたまに思う」

 完全に食材として語られても、たとえ誉められているからといって――これは誉められているのだろうか――喜ぶ者がいるはずがない。

「この、悪食め」

 忌々しそうに吐き捨てたその悪態すら愛おしそうに目を細めると、スザクはルルーシュの首筋に頭をうずめた。
 柔らかな髪が首をなでてくすぐったい。

 


「っあ………」

 思い切りよく突き刺された牙はそう痛くはない。

 何か麻薬のような物質でもでているんじゃないかと思うのは、血を吸われている間ルルーシュの意識は霧がかかってしまったようにぼやけ、ふわふわとした感覚に自分がいまどこにいるのかすらわからなくなってしまうのだ。
 中毒になりそうな心地よさは厄介極まりない。

 痛いだけのほうがおそらくよかった。

 最近とくにそう思う。
 しかも最近ではそれらに身体の疼きが加わるようになってきたから手に――精通を迎えてから徐々にあらわれたそれはどんどん酷くなってきている――負えない。
 痛いだけだったなら絶対にこんな情けないことにはならないだろうに。

 愚かなことだ。
 物理的に血が減っているというのに何を盛っているのか。
 息が乱れて心拍数があがるのを勘違いしているのだろうと予想はできるが、だからこそなんとも馬鹿らしい。


 スザクには絶対に気付かれたくない。

 浅ましいと軽蔑され、嘲われるのは嫌だ。
 どうせ行為が終わってしまえばろくにルルーシュは動けないのだ。そうなれば身体が疼くからといって、熱にうかされ浅はかな行動にでる心配はないのに加えて、食事さえ終わってしまえばスザクの興味はルルーシュから離れるのだからバレないようにビクビクする必要もなくなる。

 要は、スザクにさえバレなければそれでいい。あとはルルーシュさえ我慢していれば。
 だから、その間だけ我慢しろ、と自分に言い聞かせて、ルルーシュはスザクの髪に絡ませた指に力を入れた。

 

「スザクっ」

 熱に浮かされるように名を呼ぶ。


 助けてなんて言えないし、まさかしがみついたりできるわけもない。
 だからルルーシュはなされるがまま、ただ耐える。

 それで、いいのだ。
 そうじゃなきゃいけないのだ。

 もともと拒む権利もないけれど、同時にそんな熱意もないのだ。確かにもう一人で生きていける年ではあるのだが、吸血鬼だろうがなんだろうが生きているスザクの体温は暖かくて、一度知ってしまったルルーシュはどうしてもそれを失えないから。




 








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【言い訳】(反転)
こんな…………感じ…………だった……かなあ?
もうちょっと妖しい雰囲気になるはずじゃあ、なかった、かなあ?
まあ私の実力なんてこんなものか。あ、ちなみにスザクさんは全部わかってて知らないふりをしているものと思われます。