婚約話おまけ2(同居話) 5

 何かがおかしいともう少し早く気付くべきだった。
 いや、薄々気付いてはいたのだ。
 だというのにいざ確かめるのがこんなに遅くなってしまったのは、偏にルルーシュの甘さだ。


「母さん」
「あら、元気にやってる?あなたから電話してくるなんて珍しいわね、この親不孝者。どうせ母さんたちのことなんて忘れて2人で楽しくやっていたんでしょう。いいわねぇ、若いって。羨ましいわ〜」


 夢を見ていたかった。
 自分の母は素晴らしい人なのだと。

 本当に、何を勘違いしていたんだろう。


 そう。


「でも突然電話してくるなんて何かあったの!? あ、もしかして、予定日がわかったのね! おめでとう!」



 そう、こんな人だった。
 何の話かわからないがとにかく電話を切りたくなった。
 自分の殻の中に逃げ込んでしまいたい。

 記憶の中の母はもっとまともだったはずなのに。
 どうやら記憶は日々せっせと美化されているらしい。


「何の予定ですか」
「何のって決まってるわ。一つしかないじゃないの。初孫は男の子かしら女の子かしら」
「あのですね」
「あらやだ。別に恥ずかしいことじゃないわ。愛し合ってたら当然のことよ。やることやってたら出来るもの。不妊の失敗もよくある話だし、若い子はとかく暴走しがちだし」
 

 どうしよう。
 止まらない。

 その前提条件がおかしいと何故思わないのか。


「だから違います! 人の話を聞いて下さい」

 とうとう我慢できなくなって電話ごしに叫べば、ピタッと止まり、数秒のちにえーっというひたすら不満げなブーイングが流れた。


「孫は?」
「できません。だいたい俺たちはまだ高校生ですよ。」


 日本の法律ではルルーシュはともかくスザクは結婚できる年ですらないというのに。
 だいたいやることやってればと言うのならその逆もしかりだ。
 やることやってなきゃできない。
 やることなんて一切やっていないのだからできるはずがない。

 そう主張した後の「え?」は不満ではなく何故か絶望に近く、首をかしげた。


「何で?」
「何でって、そんな関係じゃないからです」


 ルルーシュにしてみればこの上なく常識的なことを言ったつもりだったのだが。


「何で?」


 繰り返される問いに困惑した。


「ですから、お互いそのような感情は」


 人間なのだ。
 理性があるだ。
 同じ檻に入れればつがう動物ではない――動物だってえり好みする。

 自分の母ながら、その企みを垣間見てめまいに襲われる。


「何故、何故なの!? ああ、めまいがするわ」


 だが頭をかかえたのは母も同じであったらしい。
 そんな資格があるのかと問い詰めてやりたいと心の底から思ったけれど、電話ごしでは不可能なのが口惜しい。


「まさかあの人、あの人ね、あの人なのね、あの人が何か言ったのね」

 低い呟きにルルーシュは眉をひそめた。
 あの人というのは誰のことだろうか。
 思いつくのは父ぐらいだが……。

 母の真意はわからない。
 しかしおかげで本題を思い出した。
 電話をかけたのは残念ながら声が聞きたかったからだとか寂しかったからだとか、ましてや妊娠の報告などではない。
 気になることがあったのだ。
 どうにも納得のいかないことが。


「なんのことだかわかりかねますが、母さん、一つお聞きしたいことがあります」
「何かしら? 用事を思い出したから手短にお願いね」


 さわやかな声に裏が見え隠れする。
 何をする気だろう。
 いや、さわらぬ神にたたりなし、だ。
 聞かなかったことにした。


「父のことなんですが、一体何がしたいのです? 責任がどうのと勝手な婚約をいかにも推奨するように書いておきながら、スザクには手を出したらどうのと脅しをかけていたとかいうじゃないですか。何がした」
「あの人!」
「い…の、でしょ……う」


 突然の叫びに気圧されて、語尾が消えていった。


「せっかく私達がセッティングしたのに水さしてくれちゃって! ルルーシュ! スザク君には責任さえとってくれたら何してもかまわないからよろしくねって正しといてちょうだい。あのロールはシカトでかまわないわ! 私が許します」


 あんまりな言葉に電話をとりおとしそうになった。投げつけるのも魅力的である。
 責任がどうのと言ったのはあれだろうか。
 自分が脅しをかけた上で何もないとの確信をもった状態での心配するなとの言葉だったと、そういうことだろうか。だから「手筈」だったのだろうか。
 突き放されたように感じたあのセリフは、そんな言い方しかできないのだと、そんな理由だったとしたら。
 昔からやけに偉そうな人だったし。


「まったくもう。ちょっと話し合いが必要なようね」


 今の今までルルーシュは父が嫌いだった。
 むちゃな論理をふりかざし、意にそわないことを平気でおしつけ、思いやりはなく態度はでかい父親が。
 しかし今回に限り、まともなのは父であることが判明した。
 庇うべきかと考えて、やはり却下した。嫌いなことにかわりはない。
 たまには自分と同じくらい苦しめばいい――信じてた者に裏切られてルルーシュの心は丁度すさんでいた。


「だいたいなんだってそんなにスザクに拘るんですか。勝手に婚約まで決めて。時代遅れにもほどがあります」
「あら? 何を言ってるの? 勝手に決めちゃったのはあなたたちじゃない。忘れちゃったの? お花の指輪なんかしちゃって、もらってやったんだって顔真っ赤にしちゃって」


 ふふ、と笑う。


「お母さん、びっくりしちゃったけど、可愛かったわあ」



「あ………」


 頭の中を夢の光景がよぎった。


「思い出した?」


 思い出してはいない。
 だってあれは夢のはずだ。


「その時決心したのよ。スザク君のお母さんと二人で。ああもうこのまま籍を入れてしまいましょうって。お母さんはあなたたちの味方だからね! じゃあ頑張るのよ」



 籍って何だ。
 誰のだ。
 何をがんばるのだろう。

 呆然としていたルルーシュは、しばらくその場に立ち尽くし、一時間後、スザクに肩を叩かれるまで微動だにしなかったとかなんとか。
 とにかく電話がとっくにきれていることにはそこでやった気がついた。
















「あんな乱暴者にお嫁さんなんかくるわけないし、きたらきたでお嫁さんが可哀想だから。僕なら慣れてるし、だから世界のために、僕がスザクを引き受けてやるんだ」
「かわいくねえ!」






























 ルルーシュは自嘲気味に唇をゆがめてグラスを傾けた。
 情けない。
 ルルーシュ・ランペルージともあろうものが。
 こんなものに振り回されているだなんて。
 こんな――名前さえわからないものに。











 気になる。
 だって何を考えてるかわからない。
 気がついたら目で追ってる。
 名前を呼ばれれば身構える。
 なんでもない言葉にざわつき、慣れてるはずの暴言に過剰反応してしまう。

 本当になんてざまだ。
 家の中で、手が触れただけでその瞬間振り払った時のスザクのいぶかしげな表情が頭をまわる。
 たかだか手が触れただけだった。
 何の意図もないものだった。
 家はそんなに広いものじゃないのだから同じ空間にいれば手のひとつやふたつあたるものだというのに。
 それなのにルルーシュは反射的に振り払った。
 いい音がした。
 嫌悪感があったわけじゃない。
 ただ本当に、反射的に。気がついたら。音が鳴っていたのだ。

 最悪だと肩を落としたルルーシュにリヴァルが固まった。
 どうしたのだと聞くから話してやったのにその態度。
 おかしいのはわかってると前置きをしたのだから、友人を名乗るのなら友人らしく助言のひとつでもしてくれればいいものを。
 話しただけ損だった。
 変わりにシャーリーが相手は誰だと詰め寄ってきた。
 その横でミレイの顔が輝いた。


「それは恋! 恋よルルちゃん!」


 踊りだしそうなテンションで突き付けられた言葉はしっくりこなかった。
 だからルルーシュはさらりと否定した。


「違います」


 なんといっても相手はスザクだ。
 それだけはあり得ない。
 そもそも相談内容は意識してしまうのを回避したいということであって、意識してしまう原因を探ってほしいではない。
 原因は昔のことだ。
 そんなことはわかってる。

 昔ひとつ約束をした。
 あまりに昔すぎて二人とも忘れた。
 それを最近思い出した。
 今更掘り返す気もないが、忘れられているというのは腹が立つものだと感じた。


 それだけだ。
 ちゃんと把握できてる。
 腹が立つからといって、自分を律することができないのはルルーシュの至らなさだ。
 我がことながらやっていることがなんと幼稚なのだろう。
 


「恥ずかしがることないじゃない。恋って素敵なものよ」


 どこかで聞いたような言葉だが、こんなものが恋だと言うのなら大昔から話のネタになんてならないだろう。
 なんの面白みもない話だ。


「ルルーシュにもとうとう春がきたか! く〜オレもがんばんなきゃな。かいちょー」
「ちょ、ちょっと待って。ルル、相手は誰なの? 私応援するから教えて?」

 リヴァルも、シャーリーさえも決めつけた結論から方向修正する気はないらく、人の話など聞きやしない。
 応援する、協力する。
 善意の言葉はうれしくないとは言わないが、今は正直困る。
 何をどう協力してくれるというのか。
 何をしたらこの気分が晴れるのか。
 それを教えてくれるだけでいい。そこに相手の名前は必要ない。

 この場で枢木スザクですと名前を出せるはずがないではないか。
 言ってしまったら最後。
 明日の朝には学校中に広まっているに違いない。
 しかも誤報が。

 いや、伝言ゲームでねじ曲がった事実がルルーシュとスザクが付き合っている、というものならマシなものだ。
 不愉快な話だが誤解を与えることによってルルーシュが被る被害というのは事実でなければ特に大きくない。
 むしろスザクへの嫌がらせにぐらいはなるかもしれない。
 だから最も悪いのはねじ曲がらずにそのまま広まってしまうことだ。
 ルルーシュ・ランペルージは枢木スザクが好きなのだと。
 いくら否定したところでこんなおもしろい話みな食いつくにきまってる。
 人の恋愛など放っておきえばいいのにと朝の芸能ニュースを見るたびに思うが。
 なにより火のないところに煙はたたないという。
 噂をネタにスザクにからかわれることは必至だろうし、芋づる式に余計なことまでばれてしまえば面倒だ。
「へえ、知らなかった。お前が俺のことを好きだったなんて。でも悪いな。もうちょっと育ってからこいよ」
 一言余計だ。
 これ以上縦に延びたらスザクを見下ろすことになる。
 もしくはこうだ。
「ランペルージさんが? 僕を? まさか。違うと思うよ」
 間違ってない対応だ。
 しかしなんだか腹が立つ。



「でもルルなら絶対大丈夫よ。ルルをふっちゃう人なんていないから」

 シャーリーの悪意ない言葉に落ち込んだ。


「んふふ〜今日はお祝いね!」

 もとからそのつもりだったくせに何を言う。


「じっくり聞かせてもらわなきゃねえ」

 やけに楽しそうなミレイを横目で見て。
 胸が大きかったので鬱になった。



「スザクー! スザクももちろん参加よね!?」


 ミレイが急に声を張り上げて呼んだ名にびくっとした。
 一瞬何がバレたかと焦った心臓はバクバクと音を鳴らす。
 パタパタと窓に走り寄るミレイに外にいたのかとすぐに理解したが、そんな呼びかけ方では正直なんのことかわからないだろうと思う。


「え、何もことですか? 会長!」

 こちらも張り上げているだろう声が、だが音量は抑えめで届く。
 ルルーシュが座っている位置からはスザクの姿は見えない。校庭にいるらしいが。
 見えなくてよかったと思った。
 声だけ聞こえるこの状態でさえ表情を保つのだけで精いっぱいなのだから。

「パーティーよパーティー!」
「今日ですか!? すいみません。今日は僕ちょっと約束があって」
「もしかして彼女ですかいスザク君!?」

 いつのまにか窓のそばに移動していたリヴァルが騒ぐ。
 気づけばシャーリーも横にいなくて、座っているのはルルーシュ一人だった。
 なんだろう。なんてことのない状況なのに胸がざわつく。
 だけども一緒になってスザクを誘うなんてキャラじゃないし、そうとも、参加を望んでいるわけでもないのだ。


「そんなんじゃ」
「いつのまにつくったんだよ裏切り者〜。あーでもお前もてるもんなあ」


 いらっとした。



 結局そのあとも全然気乗りがせず、珍しくも早めの帰宅が認められたのはおそらくピッチのはやいルルーシュを心配してのことだったのだろう。
 もうだいぶん出来上がっていたからそこでしらけてしまう可能性はそう高くないはずだが。


 悪いことをしたとは思う。
 せっかく、企画してくれたルルーシュの誕生日会だったのに――それにかこつけて騒ぎたいだけだとは思うが、主役がいなければ意味がない。
 しかし、帰宅した家にはスザクの姿はなく、約束というのが断る口実じゃなかったことを知った。
 何をしようとスザクの勝手だ。
 いないからといってルルーシュが何かを言う資格はない。
 そもそも理由もない。
 意味もない。
 落胆なんかしていない。

 ただ、誕生日を祝うような年ではないと思いながらも言い訳にはちょうどいいかと思って、父のところから持って帰ってきた年代物のワインをあけてやろうと思っていたのに。
 約束なんかしていない。
 ルルーシュが勝手にそんなことを考えていただけ。
 スザクは何も知らないし、ルルーシュの誕生日だからといって付き合うような義理が発生する関係でもない。
 それでもやはり無性に腹が立ったのは、酔ってるせいだということにしてワインをあけた。
 スザクがルルーシュの予定にあわせてやる義理もなければ、ルルーシュがスザクの予定にあわせてやる義理もないはずだ。
 ワインはルルーシュのものだし、スザクに断る謂れなぞない。


 ああ、腹いせにチェーンでもかけてやろうかと考えて、アホらしいまでの理不尽さと子供っぽさにやめた。
 ここはスザクの家ではないか。
 居候はルルーシュのほうだ。




 なんだか。
 世界のすべてが嫌になって呟いた。




「スザクのバーカ」






























 家に帰ると。
 酔っぱらいが管を巻いていました。
 どうしようかと思いまいた。

 なんで、と思う。
 なんでうちの学校の制服はミニスカートなんだろう。
 普通学校の制服っていうのは膝丈ぐらいであって、短くするとむしろ怒られたりするものなんじゃないだろうか。
 なのになんでミニ。
 もしかしてうちの学校の創設者はスケベな親父だったのではないか、とか。
 思わずもうこれ以上ないというぐらい不毛な考えを展開させてしまった。

 しかもミニスカートでさらに足をくんでくださっているもので、まぶしいくらいに白い足が眼前にさらけだされていて。
 やっぱりどうしようかと思った。
 どうしようしかでてこなかった。

 襲ってほしいんだろうかと考えてから、あまりに男本位な考え方だと首を振る。
 これはルルーシュだ。
 よって。
 何も考えていないに違いない。
 彼女は自分のことに関して驚くほど意識が低いのだから。





「スザクのバーカ」



 どれだけ飲んだのだろう。
 焦点の定まらない視線はスザクをとらえることなく、酒で濡れた唇は不愉快そうに毒を吐きだす。
 相当酔っているのがだれの目にも明らかだ。
 そういえば今日は生徒会でパーティーだと言っていたが、まさか学校からこの状態で帰ってきたのだろうか――頭が痛い。
 もうそろそろなくなりそうなワインボトルがあるので家でも飲み続けていたことは確実だが、だからといって正気な状態で帰ってきた保障にはならない。
 未成年だのなんだのそれ以前の問題ではないか。
 しかも手酌。

 それにしても本人を目の前にして悪口を肴に酒を飲まれてはかなわない――悪口にもならないような稚拙な言葉ではあるが、だからと言ってうれしいわけがない。
 溜息を一つついてから、スザクはつかつかとルルーシュの座るソファーに歩み寄った。

「いい度胸だな」


 グラスを取り上げれば恨めしそうな瞳がやっとスザクをとらえた。
 位置の関係上アルコールで潤んだ紫水晶に上目づかいで見上げられ、腰にきた。
 いつもは気の強嘘うな釣り上がり気味の眦がとろんとしているのでまた攻撃力が高い。

「スざク?」

 舌も回っていない様子で発音がどこか危うい。
 そして何よりスザクの理性が危うい。
 ああ、と思わず遠い目になる。
 前の彼女と切れてからこっち忙しくてごぶさただったことを後悔してしまいそうだ。
 それでもなんとか理性の糸をつなぎ合わせ、ルルーシュを軽く睨みつける。


「誰がバカだって?」
「お前だ、バカ。こないだの世界史25点だった」


 それは、……事実だ。
 酔ってるくせになんでそんなことははっきり覚えているのだろう。


「お前の記憶力のなさには絶望した!」

 確かに世界史など記憶力の問題だが。


「お、俺の成績はルルーシュには関係ないだろ」
「ないな。ない、が、絶望した。ああそうさ、そんな頭の悪さで覚えてるはずないよな。お前は自分の言ったことの責任も取れない最低な男だ」

 世界史ごときでそこまで言われなきゃならないのか。
 いや、それとも違う話か。
 だが最低な男呼ばわりされてしかるべきことをした覚えはないのだが。まあ確かにルルーシュには色気がないだのなんだのさんざん言った気もするが。が、それは責任うんぬんとはつながりにくい。
 なんのことを言っているのだろう。
 それとも酒が入って言っていることだから、特に意味はないのだろうか。

「こんの、大うそつきが」


 吐き捨てるように言われ、酔っぱらいの戯言とわかっていながら一瞬理性の糸が切れかかったのをなんとか抑えた。
 色々といろんな意味で切れやすい状況であまりあやういことを言わないでほしい。
 一か所切れてしまえば連鎖的に切れてはいけないところまで制限がきかなくなってしまう可能性が高いのだから。

 しかしながらそんなことはルルーシュの知ったことではない。


「女の敵」

 今日に限ってやけに絡む。


「いい加減にしろよ、酔っぱらい。ヒトに絡んでないでさっさと風呂でも入って寝ろよ」

 起きてたってろくなことにならないのだから。
 そう思ってルルーシュの腕を引き上げようとつかんだ。

「スザク」

 酔っぱらってるからとわかっていたのに。
 確かに自分は馬鹿だ。
 大馬鹿者に違いない。


「大っ嫌いだ! 死んでしまっ」


 どん、と鈍い音がして。


「っう……」

 ルルーシュがうめいた。
 そこからあわててももう遅い。
 スザクがルルーシュを床にたたきつけたのだと理解するのと同時に血の気が引いて真っ青になる。
 もともと引き上げようとするスザクにあらがうように体重をかけてきていたので、低い位置にいたため衝撃は多少緩和されているだろうが、そんなものは何の慰めにもならない。


「悪いっ!」


 青くなったまま、とにかく一度立ってもらわなければとスザクが引っ張るが、ルルーシュはそのまま床になついてしまった。


「なんでこんなのがもてるんだ」
 酒がまわっていると痛覚も鈍くなっているのか、痛いとも言わずに床に転がってぼやく。
「こんな最低男なのに」
 今度は否定できない。

「認める。認めるからっ。ちょっと起きてくれ。背中大丈夫か!?」
「世の中の女の趣味がわからん。おかげで、理由がなくなってしまったじゃないか」
「もう何の話か全然わかんないけどこの体勢はやばいって」

 酔っぱらいは力のかげんもわからず、腕をしっかりつかんでくださる。
 力の差自体は歴然としているから最悪引きおこすことはできるが。が……できるが何だ自分!? 今の間は絶対腕痛いだろうなとかそんなんじゃなかっただろう。今の空白の部分で何を考えた!? いや思い出すのはやめよう。
 自分で自分につっこんで、なるべく負担をかけないように一気に引き起こす。


 しかしだ。
 事態は何一つとして好転しなかった。
 むしろ悪化したと言っていい。
 目の据わったルルーシュは、起きあがったと同時にスザクの肩を押してきたのだ。
 てこの原理ってしってるだろうか。視点から離れた作用点では必要な力が小さくなるというあれ。
 普段なら絶対にルルーシュ程度の力に負けるスザクではないはずだった。
 だから問題は全くの想定外であったことと、もともと後ろ向きの力がかかっていたことだ。


 さっきのルルーシュと同じように今度はスザクが背中を打ちつけたが、痛いと主張する資格はない。
 ルルーシュはそのまま腹に馬乗りになって、そしてうつむいた。



「待てって言っても待ってくれなくて、むりやり引っ張って走ったり。むちゃくちゃで、乱暴者で」
「ルルーシュ?」
「でも嘘はつかなかったのに」

 何の話をしているのだろう。

「プロポーズまでしたくせに」
「ちょ、ちょっと待て」



 プロポーズ。その言葉にスザクの動きが止まる。
 ルルーシュが主張するそれに記憶がないとは言わない。
 7年前のことだ。
 覚えている。
 しっかりと。

 だが、それなら一つ言わせてほしい。

「まあ、子供のすることだからもう時効か」
「だから待てって言ってるだろ!」
 何故人の話を聞かずに自己完結するのか。
「なんで覚えてる? うちに来た時はじめましてって言ったろ!?」



 スザクは覚えていた。ひとり、覚えていた。
 だから初対面だとふるまわれたスザクの怒りをルルーシュは知らない。あの衝撃を。虚しさを。
 しばらく八つ当たりで態度が悪かったことを今では反省している。

 記憶は風化するものなのだ。
 ルルーシュ程記憶する量が多ければきっといらない記憶の削除も早いのかもしれない――馬鹿なりにそんなことまで考えた。
 なのに覚えているのであれば、全部一人相撲ではないか。
 そんなスザクを尻目にルルーシュはけろりと言ってくださった。


「最近思い出した」
「……は?」
「だから、この間思い出したんだ。不思議だな。ひとつ思い出すと次々とよみがえってくる。今までなんで忘れていたんだろう」

 首までかしげて。心底疑問だと顔に書いて。

「お前……、最悪」


 しかも今度はご機嫌のスイッチが入ったらしく、鼻歌でも歌いそうににこにこ笑いながらペタペタとスザクの腹を触りだした。


「やっぱりいい筋肉してるよなあ。固い」

 何だか、もどうでもよくなってきた。
 よくよく考えずとも酔っぱらいではないか。
 今は何を言っても仕方あるまい。
 恨みつらみをぶつけるのならばしっかりとスザクを認識していないと意味がない。

「俺は覚えてた」
 とりあえず主張だけはしてみる。
「ならやっぱりお前の方が最悪だ」
「なんでだよ」

「ウワキモノ」


 反論のしようがない単語に思わず詰まった。

「それは」
「冗談だ。次会えるともわからないような女をいつまでも引きずるのは非合理的だからな。それに子供の口約束だ。拘束力などないさ。でもそうか。覚えてたのか。なら全面的に俺が悪いな。忘れてるのだったらどんな嫌がらせをしてやろうかと考えてたんだが。彼女との間を邪魔する方法をとりあえず256通り程。でも、やめておこう」


 くすくすくすと何が楽しいのかルルーシュは笑う。
 そしてようやくどこうとするルルーシュ今度はスザクが引きとめた――自分の首を絞めているが、これで話を切り上げられてはたまらない。

 身体をおこして向き合った。
 聞きたいことはいくつかある。
 それはただの嫌がらせか、それとも嫉妬か。そもそも彼女とは誰のことだ――今は全員切れている。最後にちょっといろいろあったとか、そんなことは今はどうでもいいことだ。
 だが、ここで選択肢を誤ってしまえば話が進まないので、慎重に選んだ。

「それで。別れたらルルーシュが責任とってくれるのか?」
「別れたら? ……それは考えなかったな。その程度の相手としか付き合ってないのか? まあいい。もし別れたら、いいだろう、責任くらいいくらでもとってやる。無責任は趣味じゃないからな。お前みたいなめんどくさい最低男でも引き受けられるぐらい俺は度量の深いんだ」


 どこまで本気で言っているのかは定かではない。
 しかも酔っぱらい。
 だが、言質はとった。本当はボイスレコーダーで録音してやりたいぐらいだ。


「だって、お前の仮面の下を知ってるのは、俺だけだろう?」


 今がどんな態勢か、もう一度確認しておこう。ルルーシュとスザクは向きあっている。もともと腹に座っていたルルーシュは今は少しずれてスザクの膝の上にいる。膝の上で、笑う。


 今度はもう止まらなかった。
 止める気もなかった。

 顎を固定して唇を塞ぐ。
 驚きで眼を見張るルルーシュへの思いやりはどこかへおとしてしまった。
 息をからめとって、さらに深く。
 目を白黒させて周りが見えなくなっているのをいいことに、スザクは着たままだったコートのポケットに手をのばした。

 何度か角度を変えて、ルルーシュが背中を叩いてからようやく解放するとルルーシュはぜえぜえ荒い息をつく。色気がない。
 ぐったりと肩にしなだれかかるルルーシュの髪をなでた。


「お、まえ、ふざけるなよ。殺す気か」
「鼻で息しろよ」

 肩をすくめるスザクからそむけられた頬は真赤だった。

「だいたいこれは何の真似だ」

 ずいとつきつけられた右手。
 その薬指にはまるリングは、よかった、サイズはあっていたようだ。

「指輪」
「それは見ればわかる」
「約束だろ?」

「子供の約束なんて無効だとっ」


 何をこだわるのか、スザクをにらみつけてわめくルルーシュを不思議に思う。

「この間、約束したろ。賭けに負けて」


 ルルーシュは自分の負けだと言い張ったが、そんなもの認められるかと思った時点でスザクの負けだった。

 知らない男の腕がルルーシュの腰にまわっているのを見たあの時、あの男を殴り飛ばさないように自分をごまかすのにどれだけ苦労したことか。傷害事件はさすがに好ましくない。
 骨折もさせていないつもりだが、あの時は相当頭に血が昇っていた。それはもう、落ち着けと自分に暗示をかけて仮面をかぶらないと何をしだすかわからないほどに。だからちょっと自信がない。


「だからルルーシュも約束守れよ」
「………………他に、何か言うことないのか」


 何かを言おうとして言葉を探していたルルーシュは、本当は付き返す言葉を探していたのではないかと思う。だが結局、そんなことを言った。
 子供の頃に言った「フサワシイコトバ」を求めているのだということはすぐにわかったが、そこまで負けっぱなしは癪ではないか。引き分けだと言ったのはルルーシュのくせに。



「だって子供の約束は無効なんだろ? 言って欲しかったら言わせてみろよ。だいたいそれは、誕生日プレゼントだ」



 忘れられた意趣返しだ。

 悔しそうなルルーシュの表情に少し楽しくなってもう一度唇を寄せれば、蹴られた。





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【言い訳】(反転)
王道?
あ〜、うん、オケ、王道ってことにしよう。それで問題はないはずだ。
なんかねーなんかねーだってねーツンツン×ツンツンじゃこれが精一杯だったんだよ(うざい)
ハッピーエンドハッピーエンド!……ハッピーエンド? あれ? なんかもう基準が分からなくなってまいりました。
とにもかくにも収集がついてよござんした。楽しんでいただければうれしく思います!
そして恒例のおまけ↓





おまけ