婚約話おまけ2(同居話) おまけ

 朝、惰眠をむさぼっていたルルーシュを叩き起こしてくださったのは予定外の着信音だった。
 せっかく気持ち良く寝ていたのに誰だと不機嫌になりつつも、電話が鳴れば身体は勝手に音源を探す。
 下に脱ぎ捨ててあった服からケータイを取り、通話ボタンを押して、そして、固まった。


「はい……」
「おっはよー!」


 電話の向こうの声がどこか遠い。
 ああ、何か頭がガンガンする。完全に二日酔いだ。もう一回寝よう。

「ちょっとルルちゃん? 起きてる? 大丈夫? 休みだからっていつまでも寝てちゃダメだぞ」


 あ、頭痛がひどくなってきた。
 やっぱり何か違う病気かもしれない。


「電話、誰から?」

 真横から聞こえた男の声。あれ? なんでこんなところから。なんか近いんですけど。え、息がかかったんですけど。はい?


 寝起きでぼんやりとしていた頭の中が一気に混乱の渦の中へたたきこまれた。
 ルルーシュはおそるおそる首をまわして……。
 ケータイを落とした。

「ルルーシュ? まだ寝てんのか?」

 我に返って急いでケータイの電源を切った。電波が悪かったことにしておこう。

 今の声、相手に届いてしまっていただろうか。届いていたらどうしよう。どうしようもないけどどうしよう。父だと言ってごまかせるだろうか。いや無理だろ。父の声はもっと重低音だ。弟だと言って……。というか誰かバレただろうか。でも電話だから……。

「誰から?」
「……会長」


 何を普通に会話しているのだろう。


「なんだって?」
「……聞いてない」


 そんな心の余裕はなかった。現状把握でいっぱいいっぱいだ。
 その現状把握だって現実問題追いついてない。


「何やってるんだよ」

 八つ当たりなのだろうが呆れた声にカチンときた。元凶のくせに。

「そんなことはどうでもいい! 何故お前がここにいる!?」
 叫べば頭に響いた。


 ここは確かに自分の部屋だ。それは間違いない。
 間取りも家具も窓からの光景も、昨日の朝無造作に放置したシャーペンまで。
 なのに一つ異物がある。いや、一つじゃない。あるはずのないもの。
 その一つがあくびをしながら身体を起こし、蒲団が落ちて上半身があらわれた。
 ひきしまった――つまり何も身につけていない。
 ああ確かに自分の服の向こうに彼の、スザクのシャツが見える。
 一方自分の格好はといてば中途半端な下着姿ではないか。
 頭痛にめまいが加わった。
 身体に特に違和感はないが、こういうのって何かあるものなんだろうか。経験がないからわからない。
 そもそも記憶がないのだが。


「ルルーシュ?」
「何だ黙れ。今取り込み中なんだ」


 夜飲んでいたのは覚えている。パーティーを名目に相当飲んだ。家に帰っても調子に乗って相当飲んだ。飲みすぎた。
 今思えば相当酔っていた。だが飲んでる時点でその自覚が必要だったのだ。
 スザクにみっともない姿を見せた。それだけでも引きこもれる。
 帰ってきたスザクに絡んで――忘れてしまいたいがそこまではばっちり覚えている。
 途中は恥ずかしすぎて飛ばすが、ああもうまったくなんだってあんなことが言えたんだろう。アルコール恐るべし。
 スザクを蹴ったところまでは覚えている。


 問題はそのあとだ。


「スザク」
「何」
「……なんでもない」

 まさか何をしたとは聞けない。
 たとえば仮に何かがあったとしよう。
 今ここに、低抗のあとはない。
 つまり、何かがあったとしても少なくとも責める資格のない同意の上である可能性が高い。まあそれはいいだろう。自分のしたことならば仕方のないことであるし、いまさらどうこう言ったところでどうしようもない。ここで泣きわめくようなみっともないことはすまい。
 問題は事実としてあったか否かだ。
 だが、あったと帰ってきたときとるべき行動がわからない。
 責められない喜べないかといって後悔している姿も見せられない。
 では覚えていなければ、聞かなければ、知らなければなかったに等しいということではなかろうか。少なくともルルーシュにとっては。

 いやだがそれでは気持ちが悪い。


 …………本当に気持ちが悪い。


「頭かかえてどうした?」
「二日酔いだ」
 しばらく酒を飲むのは控えよう。
「未成年が酒なんか飲むからだろ」
「うるさい」
「まあ俺は? おもしろいものが見れたけど?」


 何を、何をやった自分。
 記憶がないということがこれほどまでに恐ろしいこととは知らなかった。


「忘れろ!」

 覚えてないがスザクがこんな厭らしい顔で笑うのだから碌でもないことには違いない――その前に覚えている部分だけでも忘れてほしいことに違いない。

「なんで? もったいない」
「いいから忘れろ!」

 くっくと笑うスザクにルルーシュはつかみかかって、あれ、と思った。
 彼の笑みが深くなった気がして。
 かけた体重のまま、二人でベッドに転がった。
 自然、のりあげる形になる。


 おかしい。スザクがこんなにされるがままになっているわけがない。
 何故だ。
 その答えは、ルルーシュが行き着く前に訪れた。

 

 ガチャっと音をたてて。

 

 ドアを開け放ち、ドサっと何かが落ちる音がして、おそるおそる視線を向けた先、大きく見開かれた藤色。

 

「ね……え、さん」

 

 

 しばらく音が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 ルルーシュをシャワーにおいやって、さて、と振り向いた先、ヒトを射殺しそうな瞳があって正直少し驚いた。
 今の今までぼろぼろと涙をこぼしていた線の細そうな少年の姿はない。

 

 はじめチャイムが鳴った時、ルルーシュは混乱の最中にいるらしく気付かなかったため、スザクもかったるかったし居留守を使おうと思っていた。
 それが鍵をつかって入ってきたことにスザクは驚いた。だが鍵をもっているということはスザクの両親か、あるいはルルーシュの両親であるはずだ。
 踏み込まれるとまずいなと考えるだけの判断力までは失っていない。特にルルーシュの父親であった場合が最悪だ。どこぞの湾に沈められでもしたらかなわない。
 だが隠れるにももう時間がなければ、ルルーシュも許さないだろう。このテンションでは反対に突き出されるに違いない。それに、隠れるだなんてそんなことできるかとも思う。だいたいこっちには何もやましいことはないのだ。

 だからつかみかかってきたルルーシュにしめたと思った。
 つかみかかられ、のしかかられ、傍から見れば完全に「襲われているのはスザク」の図ができる。
 まあまさか訪問者がルルーシュの弟だとは思わなかったが。
 さすがに7年もたてば随分と大きくなった。
 だが、久し振りと気軽に声をかける雰囲気ではさすがにないらしい。


「お久しぶりですね」


 こういうのを慇懃無礼というのだ。
 勝手に不法侵入してきたくせに、家の主人に向かってでていけと言わんばかりの態度である。


「そうだね、7年ぶりだね。君は僕を覚えてくれてたんだね。ルルーシュは」
「貴方のことなんか全く覚えていなかったのに?」


 昔から姉にべったりだった。
 だけどスザクとも遊んだ仲だ。覚えているならば知らぬ仲というわけではない。


「そうなんだよ。なんでかな。そんなに印象薄かった?」
「薄かったんでしょう。いえ、違いますね。覚えるに値しないってことだと思います。姉さんの世界にいるのは僕だけでいい」


 最後にぼそっと言われた言葉に寒気が走った。
 過剰反応をこえ、異常さを感じた。


 だが憎々しげに言葉に、ふいにひらめいた。
 証拠はない。
 けどれ、第六感、あるいは野生の感と言う奴は、スザクの場合よくあたる。経験則として。
 こいつだ。
 こいつが元凶なのだと確信した。
 どんな手を用いたのかは不明だが、ルルーシュがスザクを忘れていた理由。


 だが繰り返すように証拠が見当たらない限り慎重に行動せねばなるまい。


「随分な、自信だね」


 なるったけ余裕に見えるように笑ってやった。
 ロロが隠しきれない悔しさに唇を噛む。なにせこっちには状況証拠がある。
 ロロが踏み込んでみた光景はまさしくルルーシュがスザクを襲っているようにしかみえなかったはずだ――例え事実がどうであれ。


「貴方は姉さんにふさわしくない」

 

 シスコンは重症。

 

「だから消えてくれませんか」

 

 あくまで口調は丁寧だった。
 だがその言葉は何よりまがまがしく。
 
 キラッと視界の端で光ったそれを避けれたのは日頃の訓練の賜物としか言いようがない。

 

「あぶなっ」
「僕は昔から貴方が嫌いでしたが、今はただただ消えて欲しい。姉さんと僕を引き離して、母さんが何を企んでるのかと思えばこんなこと…………許せるはずがないっ」

 盛大な舌打ち。
 くりだされたナイフは壁に刺さった。
 なんてものを常備しているのだ。

 そこに病弱が売りだったルルーシュが可愛がっていた無害な弟の姿はない。
 ルルーシュなんかよりもずっと素早い身のこなしに若干感心すらした。


「スザクー?ロロー?何か今大きな音がしたが大丈夫か?」
「大丈夫だよ、姉さん、僕がちょっと躓いちゃって」

 風呂場からの心配したルルーシュの声に答えてるこれは一体誰だろうか。
 もはや猫被りの域ではない気がする――スザクもルルーシュには擬態と言われたが。少なくともこんなにまがまがしくはないと思う。


「気をつけろよ、ロロ。あ、スザクに苛められてるんじゃないだろうな」


 何を言う。
 虐められてるのはむしろスザクの方だ。
 相手が殺意をもってきているのに、仮にもルルーシュの大切な弟だと思えば迂闊に手が出せないのだから。
 怪我などさせようものならルルーシュから制裁を受けることは間違いない――昔から彼女の弟への溺愛ぶりはすさまじかった。自ら手をくだしてくれるのならば対処のしようもあるが綿密な復讐計画でもたてられれば流石に分が悪い。
 対するロロはスザクを例え殺したところで屁とも思うまい。そもそも殺気に溢れている。
 よってここはなんとしてもルルーシュがあがってくるまで生き延びねばならない。まさか自宅で命の危険を感じることになるとは夢にも思わなかった。


 笑いがどこか引きつったものになるのは仕方ない。


「あなたって本当に害虫のようですね。あれで死滅しきれてなかったなんて」

 それはどこぞの細菌ではないだろうか。
 結核とか。


「随分な言いようだね」
「今度は確実にいきましょう」


 人の話などききやしない。
 うっそりと微笑む彼にさてどうすべきかと悩む。

 この場をやりすごすこと自体は、言っては悪いが能力差からそう難しいことじゃない。
 だが今をやり過ごしただけではなんの解決にもならないことは明らか。
 どうにかして納得してもらわなけれ…………無理だ。
 ルルーシュにとりなしてもらうとかどうだろう。おそらく事態は悪化するだろう。
 ただでさえ動揺しているらしいルルーシュはきっとスザクの首を締めてくれるに違いない。今朝のは不可抗力であったし、あえて抵抗しなかったのはちょっとした意趣返しであったのだが。
 牽制しようかとルルーシュに一度退席してもらったのが徒になった。


「そろそろ姉離れしたほうがいいんじゃないか」
「姉さんは僕のものだ」


 ルルーシュが早くでてきてくれることを祈る。
 牽制などという話ではなかった。
 何せ言葉が通じない。


「ルルーシュは君のことを弟としか思ってないと思うけどね」
「いいえ、間違ってます。最愛の弟、です。それに愛の形なんか問題じゃないんですよ。姉さんが僕だけを愛していればいい」


 ルルーシュはこの最愛の弟の姿を知ればどう思うだろうか。
 スザクとて自分を偽っているのは同じ。
 ただ、ルルーシュの前で取り繕うことはせず、ロロは逆にルルーシュの前でこそ仮面を被る。否、どちらも本性であるには違いない。
 だが弟の知らない面を見れば……。

 見れば、ああいや、見ても、変わるまい。
 なんと厄介なのだろう。
 それすら肯定できてしまうのがルルーシュではないか――ある種あれはあれで病気だ。

 

「なんの話をしてるんだ?」


 スザクが攻めあぐねていると、ようやくルルーシュがでてきた。
 いつものような下着姿ではない。きちんとパンツとシャツで。
 この姉は姉で弟の前では完璧な姉を取り繕うらしい。

 スザクには兄弟はいないからよくわからないけれど、気持ちの悪い姉弟だなと思った。

 見ればいつのまにかナイフも消えている。


「ちょっとスザクさんにお願いがあって」

 なるほど、先程のは信じられないがお願いだったらしい。
 死んでくださいと言われていたようだ。


「へえ、何て?」
「それより姉さん、一緒に本国へ帰りませんか。帰ってきて下さい。僕は、姉さんと一緒が、いい。一緒じゃないと嫌です!」
「あ、いや、だが」


 うるっと涙を浮かべてロロがルルーシュにすがりつく。


「それに、男と2人暮らしなんてあらぬ誤解を生みます」
「それは、そう、なんだが」


 ちらちらとこちらを見やるルルーシュは何が言いたいのか。
 言葉を濁しはっきりと返事をしないルルーシュに苛立った。


「なんで?誤解じゃないんだから問題ないじゃない?」

 わざとすっとぼけた様子で言えば、ルルーシュが真っ青になった。
 それで確定した。
 ルルーシュは昨日のことを覚えていないらしい。
 覚えていたならば間髪入れずに否定が入っただろうから。

 かなり酔っていたから仕方ないとはいえ、やはり虚しい。
 まさか全部だろうか。
 自分が填めている指輪の意味さえわかってないとでも言ってくださるのだろうか。

 ロロのこともあってうんざりした面持ちでルルーシュを見れば、今度は赤くなって指輪をいじっていた。


「ねえ……さ、ん」
「ロロ、落ち着いてくれ。俺は」
「姉さんは騙されてます。こんなとこにいちゃいけません。僕と一緒に今すぐ帰りましょう!」
「だが学校もあるし」
「学校なら本国にもあるじゃないですか」

 ロロの言っていることのほうが正論なのだ。
 だがルルーシュが即答しないところに勝機はある。

 


「ロロ……」
「とりあえず朝ご飯食べようか」


 説得が長引くのは不利なのでとりあえずいったん強引に打ち切る。
 用意をすると言い、キッチンにむかう途中でルルーシュに囁いた。

 

「逃げるか?」


 びくっとルルーシュの肩が震えた。
 だが次の瞬間、顔をあげて睨みつけてきたことで勝利を確信した。


「誰がっ」
「あ、そう」


 どうでもよさそうに肩をすくめたがるその実高笑いでもしてやりたい気分だ。
 だからスザクはけして世界が自分に優しいわけではないことを失念していた。
 誤算に溢れていることを。

 

「ロロ。俺は、悪い、今帰るわけにはいかないんだ。まだやらないといけないことがある。学校のほうも今俺がいなくなったら混乱するだろうし」
「どうしても?」
「ごめん、ロロ」
「う、ううん。流石姉さんだよ、重要な役職に就いてるんだね。わかったよ」
「そうか、よかった」


 ここまできてはじめておかしいと思ったスザクは残念なことに少し遅すぎた。

 

「なら僕もここに住むことにするよ」
「ロロ!?」
「は!?」

 ここで素っ頓狂な声をあげてしまった2人を誰が責められるだろうか。
 ロロ1人だけがにこにこと笑っていた。


「さっきスザクさんにはそれをお願いしてたんです」


 ね、と言われてもそんなことは知らない。

 だが敵はスザクに反論を許さずにルルーシュの攻略を進めていく。


「それとも僕、邪魔ですか?」

 邪魔どころの騒ぎではない。


「そんなわけないじゃないか!」

 ルルーシュが家主でもなくせに勝手に答えてくれた。


「ちょっと待って。でもうちにはもう余分な部屋は」
「俺の部屋を使うから問題ないな。安心しろ。スザクには迷惑かけないから」


 完全に頭の中が弟一色になってしまっているルルーシュにスザクは頭が痛くなってきた。
 だがどうせ暫くは手を出す気もなかったので、いいストッパーにはなりそうだ。
 命の危険を感じるストッパーなどごめんだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「なんだ? スザク。お前こんな色気のない女に手をだしたくなるほど飢えてるのか。だが生憎と俺は恋人でもない男に身体を許すほどふしだらな女じゃない!」
 これから、という時にこのセリフ。
「俺のことが好きなくせに」
「そんなわけあるかっ! 抱きたかったらそれなりの態度で示してもらおうか」
「アホらし。ルルーシュのほうから縋ってきたら構ってやるよ」
「寝る」
 いらっときて言いはなった言葉であったが、まさか本当に寝てしまうとは。
 最悪だ最低だと繰り返しながらスザクは眠れない夜を過ごすことになった。
 絶対縋らせてやるとある意味自分の首を締めるに他ならない決意を抱きながら。






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【言い訳】(反転)
ヤンデレはなんでもします。ヤンデレかあいいよヤンデレ。そういえばロロを書いたのは初めてな気がします。気がするだけで初めてじゃない可能性もあります。
これで本当にとりあえず終了です。長々とお付き合いありがとうございました。ただこの設定は短編が書きやすいのでまた何か書く可能性はありますが。
過去は振り返りません。と、言いながら偽物っぷりがひどいので3は消しました。申し訳ありません。あれが出来上がった後だというのなら受け入れられる気がします。