婚約話おまけ2(同居話) 4

 「あ〜」


 ルルーシュは深く息を吐くように呻いた。

「……」

 続けようと思った言葉がなんだったか、今のことだというのにわからなくなって更に鬱になった。


 視線を落とせば、白い封筒。

 いやだなと思う。
 その封筒に対する嫌悪ではないのだが、一度そう思ってしまうと封筒もいやになってきたから不思議だ。
 もう、何もかもが嫌だ。
 鬱だ。絶不調だ。

 無気力ではないはずなのに、今何かすると全て失敗しそうで手がでない。
 そう、失敗して。
 そしてスザクに笑われるのだ。

 嘲笑われる。


 そんな光景がリアルに想像できた。


「お前本当にどんくさいよな」

 幻聴まで聞こえてきた。




 白い封筒は靴箱に入っていたものだ。
 差出人の名はない。
 あけたくないと正直思う。
 この手の類でろくな内容だったためしがないのだ。


 それこそ古典的にカミソリの刃が仕込んであったり。
 呪いの言葉が書き連ねてあったり。
 表だっては何も言えない卑怯者の陰湿な嫌がらせだ。


 だからといってその場で捨てるわけにもいかない。
 何か重大なたれ込みかもしれないし、嫌がらせなら嫌がらせで証拠物件を捨てては話にならない。手書きなら筆跡という何にも代え難い重大な手がかりまで与えてくれているわけであるし。
 いちいち相手をしてやるのも馬鹿らしいと言えば馬鹿らしいが、何度も甘んじてやるほうがよりいっそう馬鹿らしいのは確かなのだから、危険分子は排除に限る。


 とはいえやはり気は重い。

 それもこれも不吉な夢のせいだ――誰のせいでもないと言えば誰のせいでもない。

 夢は願望を現すという真実味のない説は早々に却下するとしても、自分がそんな夢をみたということ自体が許せない。
 それに何より、うれしく思って頬をそめた乙女はルルーシュじゃない。ルルーシュのはずがない。あれは誰だ。
 気持ち悪くてたまらない。
 あんなのが願望だというのなら首を吊って死ぬ。


 想像しただけでぞわっと鳥肌が立って、ルルーシュは自分を抱きしめるように腕をすった。


「あぁいやだ、いやだ最悪だ」

 それもこれも。



「全部スザクのせいだ。死ねばいいのに」
「お前が死ね」



 おい、と言いながら――あくまで言いながらだ。警告ではなかった――スザクがルルーシュの足を蹴った。


「ぅわ、何するんだ馬鹿」

 軽くだったので痛みはなかったが突然のことでバランスを崩してしまった――この役回りが反対だったならびくともしなかっただろう。
 ばっと振り返って目の前にあった顔を睨みつけたところでルルーシュはあれと思った。


「……………スザク?」
「以外の何に見えるって言うんだ。とうとう呆けがはじまったか」



 学校指定の鞄を肩に担ぐように持ち、ルルーシュを不審そうに見ているのは確かにスザク以外の何者にも見えなかった。
 だが何故スザクがいるのだろうか。
 ここにはルルーシュしかいなかったはずだ。


「なんでお前が」
「俺が俺のうちにいちゃまずいのかよ。というかルルーシュこそこんなところでぼさっとつったって何してんだ」


 こんなところとスザクが言うのは、忘れていた、廊下だった。
 それこそこんなところでまさか夢の中のスザクに身悶えていたとは言えない。


 あのだとかそのだとか意味をなさない言葉を口のなかで呟いたルルーシュが最終的にだした答えが「うるさい」だったものだからスザクの眉が不機嫌そうにつり上がるのも当然というものである。


「お、俺がどこでなにしてようがお前には関係ないだろうが」
「は? お前日常会話すらできないのかよ」

 スザクじゃなくても聞いただろう当然の疑問を尋ねただけだと言われ、ルルーシュはぐっとつまる。
 確かにその通りだ。
 挙動不審なのは明らかにルルーシュのはうであり、スザクとの関係は決して良好とは言いがたいが互いの存在を完全無視するほど冷えきってはいない。
 円滑――とは言い切れなくても。何せことあるごとにぶつかり合う。少なくとも食事中に他愛のない会話くらいするし、家事の分担だってしっかりしている。理由は不明だがルルーシュのバイト先にやってきては荷物持ちもしてくれる。惜しむらはルルーシュを女性であると認識しない無神経なところだが、意識されても困るのでそれもむしろ好都合と考えるべきだ。とまで考えて、ルルーシュはふいに恐ろしい事実に気付いてしまった。
 もしかして、もしかして、なのだが。
 あくまで可能性の話でしかないのを前提に。
 ルルーシュはまさかスザクと居るこの家を居心地が良いと思ってはいないだろうか。



 いやまさか。
 そんなまさか。
 まさか、だ。
 そんなはずはない。


 湧き上がった恐ろしい考えを全力で否定する。


 だって、だってあれだ。
 スザクは乱暴者だし、すぐにルルーシュを馬鹿にするし――自分のほうが何億倍も馬鹿のくせして――何故かいつも――というほどでも最近はないかもしれないけれど、それはひとえにルルーシュの努力の成果だ。忍耐力を誉めて頂きたい――喧嘩になるし。


 突然黙り込んだルルーシュにスザクはため息をつくと、ルルーシュが周りが見えていないことをいいことに手に持っていた封筒をひょいと取り上げた。



「なんだこれ」
「あ、おい」



 はっと我にかえったルルーシュが取り返そうとしてももう遅い。
 ルルーシュが開ける気にすらならなかったそれをさっさと出して中に入っていた手紙らしきものを広げてしまっていた。
 とりあえずカミソリではなかったらしいことにはほっとした――それでスザクが怪我をしようものならさすがに気分が悪いではないか。スザクの怪我自体はどうでもいいことだとしてもそれがルルーシュ宛てであるならば庇われたようで嫌だ。とても嫌だ。


「ルルーシュ・ランペルージ様」


 本当に手紙らしい。
 なんて悠長に考えている場合ではない。



「ばっ、スザクお前人の手紙を勝手に読むな。失礼だろうが」

 あわてて伸ばした手はスザクに見もせずに掴まれた。

「突然お手紙さしあげてきっと驚いていらっしゃることでしょう」


 なんということだ。
 本当に内容までまともではないか。


「が、もうこの溢れる思いを黙って抱え込むことなどできそうにありません。あなたが好きです」


 と思ったのも束の間。
 スザクの顔がどんどん険しいものになってきた。

「好きすぎておかしくなりそうなのです。あなたの声、あなたの真っ直ぐな瞳、さらさらの髪、魅力的な唇、細い首に長い指、白い太もも。あなたはまさしく女神です」


 間違えた。
 やはり嫌がらせだ。


「そんな女神を汚すようなことは僕にはできません。だからただ一つだけお願いがあるのです。あなたを陰からでいい、そっと見守ることを許してください。いつもあなたを見ています」



 しばらく2人して言葉がでなかった。
 まだ途中のようだが、ここまででも読み切ったスザクはある意味すごい。
 先ほどとは違った意味で寒気に襲われる。


「スザク。お前の実家は確か神社だったな」
「ああ」
「お祓いとかできるのか」
「とりあえず犯人殺してくる。気持ち悪ぃ」


 ルルーシュはそのまま破り捨てようとしたスザクを止めた。


「待て。それは重要な証拠物件だ。それから物騒な決意はしまっておけ。この程度なら大した害はでないだろう」


 考えたのだが、やはりただの嫌がらせだと思う。
 きっとルルーシュを怯えさせたいのだろう。


 普通に考えてこの手紙は非現実的だ。
 本当にこっそりルルーシュを見たいだけなら手紙をだす必然性がない。
 世間にいうストーカーであるならば、まさかそんな物好きもいないと思うのだが、そうであると仮定するならば、だ。スザクとルルーシュが同居していることを知らないはずがなく――特別公にしても面倒なので外でその話題をだしたことなどないが、ストーカーなら家くらい調べるだろう――知っているならばそれについてノ―コメントといのはどうにも考えづらい。


 ならばこれはルルーシュの過剰反応を期待した嫌がらせととるのが最も論理的である。


「まさかそれ、本気でいってないよな」


 唖然と顔に書いたスザクに笑う。
 ついでに手紙も取り返した。


「お前は知らないだろうが、生徒会副会長なんて役職についてると思いがけないところで恨みをかってることも多いんだ。ほとんどが逆恨みだがな」

 直情的なスザクにはわからない陰険な世界だろうが。


「いちいち過剰反応する必要はない。実害がでる場合のみ冷静に対処すべきだ。お前は頭に血が上りすぎだ」
「実害がでてからじゃ遅いんだ」
「もちろんだ。だがその手紙には脅しが書いてるわけでもなし。現実的に考えろよ、スザク。人一人に一日中張り付くのは結構な仕事だぞ?」

 思うのだが、それでどうやって暮らしていくのだろうか。
 経済的にも体力的にも精神的にも無理がある気がするのだが。

 スザクが何か反論しようとしてから口を引き結んだ。
 目つきがやけに悪い。
 まっとうな人間として気分が悪くなるのは当然のことだろうが、ここは納得して笑って流すのが大人の対応じゃなかろうか。



「ほら、お前だっていつまで廊下につったってるつもりだ」


 いくぞと背をむけたが、動かないのでルルーシュは仕方なく腕を引っ張ってリビングに連れ込んだ。


「なんか飲むか。何がいい?」


 いれてやると親切で言ったルルーシュにスザクは返事をせずに壁をにらみつけていた。
まったく仕方がない。
 アールグレイでいいだろうか。
 いれるだけいれて飲まないようならルルーシュが2杯飲めばいいか。


「………な」


 肩をすくめてキッチンに向かおうとしたルルーシュの後ろでスザクが何か、呟いた。
声が低すぎてうまく聞き取れなかった。


「なんだって?」
「そうだな、ああそうだよな」


 もっていた鞄をソファーに投げるように放り、忌々しげに吐き捨てた。


「こんな色気のない女をストーキングするような物好きなんかいるものか」


 色気のない――それはことあるごとに言われている言葉だが、何故か今日は趣が違う気がする。 
 嘲るように言うならわかる。それはそれで非常に腹立たしいが。

 でもなんだってただでさえ不愉快なセリフを怒ったように言われなきゃならないのか。ルルーシュこそ被害者であるのに、八つ当たりなど冗談ではない。
 理不尽さにむかっとした。


 そもそも今日のルルーシュはもともと機嫌がよろしくなかったのだ。
 不機嫌とは方向性が違うのだが、著しく不安定だった。
 いつもならそんなことを言われても臨界点を越えてしまうことなどなかったはずなのに。
 頭の中には夢でみた子供のスザクがいた。
 あれも乱暴者だったし口が悪かった。
 でも、こんなに嫌な奴じゃなかった。



「性格も悪いし、口うるさいしな。何よりかわいげがない。この分だと一生彼氏なんかもできないんじゃないか」


 ぷちんと切れる音が聞こえた気がする。
 欲しいだなんて思っていない――そう返すべきだったのだ。それが事実なのだから。
 けれど、ルルーシュの口からでたのはまったく違う言葉だった。


 夢の中、子スザクは今よりずっと可愛かった。
『ルルーシュみたいな可愛くないことばっかり言う奴、絶対嫁の貰い手ないぞ』
 だから。
『仕方ないからオレが貰ってやる』

 ずっと、可愛かった。


 ……………いや、まあこれはこれで腹が立つが。
 だが今よりマシだ。
 外面ばっかりよくなって中身は悪化しているだとか最悪ではないか――あくまでそれが夢だということを忘れてルルーシュは思った。


「……………るか」
「何?」
「賭けるか、スザク。いいだろう、お前がそこまで言うのなら彼氏の1人や2人作ってきてやるよ。できなかったらお前の奴隷にでもなんでもなってやろうじゃないか。そのかわりスザク、俺が勝ったらお前、指輪を貢げ」


 胸倉を掴んで迫ってやった。
 目は据わっていた。
 スザクが気圧されるほど。


「な、なんでいきなりそんな話になる」
「なんだっていい。期限は3日だ」


 完全にどこかが切れていた。





























 ああ、スザクだ、となんの疑問もなく思ったのと同時にルルーシュはそれが夢だと悟った。
 だってそのスザクはルルーシュが知っているスザクではなかった。
 もっとも似ても似つかないというほどではない。
 面影はある。
 ふわふわくるくるの茶色の髪に、大きな新緑色の瞳、わんぱくらしく頬に傷なんか作って、白い胴着で走っていた。
 太陽の下、走り回るから肌は健康的に焼けている。

 年は10前後だろうか。
 ああ可愛らしいなと今現在と比べるからこそしみじみと思う。
 特にサイズとか。
 ルルーシュの力でも数秒くらいなら抱えられそうではないか。
 まったく現在のスザクは可愛くないったらない。
 押しても引いても倒れやしないのだから。対してルルーシュは手を掴まれただけでも転べる。

 どうせならこの頃会いたかったとルルーシュがぼんやりと思ってルルーシュは言った。



「待てスザク! 1人で先走るなったら。君は人を思いやるってことをしらないのか」


 いや、違う。
 ルルーシュが言ったわけじゃない。
 ルルーシュだけれども、ルルーシュじゃない。
 つまり、夢の中のルルーシュがひとりでにしゃべったのであって、ルルーシュ自信が意識して言った言葉ではなかった。

 改めて自分の視界が低いことに気がついた。
 自分の声が今よりずっと幼いことにも。


 なんだ、と思う。
 ルルーシュも小さくなっているならばどちらにしろ抱えるのは無理じゃないか。
 少し残念だった。
 少しですんでしまうのは、ここで現在のルルーシュだったとしてもそれが叶わないことがわかるからだ。
 夢とは常に不合理なものであるが、どうにもこの夢の中ではルルーシュは観客に徹しなければならないらしい。


 もつれそうになった足を止めて荒い息をつく。



「何やってるんだよルルーシュ、早く来いって」
「もう、知らない。君は先に行けばいいだろ」



 ぱたぱたと引き返してきたスザクがルルーシュの手を掴めば、ルルーシュは顔をそむけて拗ねたように言う。
 なんだかめまいがした。
 夢なのだから何でもありとはいえこれはひどい。知らない子供の頃のスザクを捏造しているあたりからかなりひどい。


「なんでだよ? ルルーシュがこなきゃ意味ないだろ?」
「だったらもっとゆっくり歩いてくれ」


 ぜぇぜぇ息をあげるルルーシュをスザクは不思議そうに見つめる。


「ルルーシュ。なんでそんなに足遅いんだ?」


 そういうお前はなんで大きかろうが小さかろうが関係なく人の神経を逆なでするのがうまいんだろう。
 やっぱりスザクはどこまでいってもスザクなのだと妙に納得してしまった。



「君が速すぎるんだ。遅い訳じゃない」
「現実を見た方がいいと思うけど。まあいいや、後少しだからさ」


 そう言って、人の話をなんだと思っているのかスザクはルルーシュの手を引いて走り出した。


「ば、ばかスザク。もう」
「しゃべりながら走ると余計疲れるって」


 あんまりな子供にルルーシュが唇を引き結んだ。

 まったくもうなんなのだろうこの生物は。


 実際ものの数分で目的地には着いた。
 ほらみろと得意げに胸を張るスザクの向こうにはなんの変哲もない光景しかなかったのだが。
 せいぜい一面にクローバーが絨毯のように広がっているくらいだ。

 だからどうしたんだと乱れた息のままルルーシュは胡乱げにスザクを見やった。


「白爪草だ」
「………………で?」
「好きだろ?」
「何が」
「女って花が好きなんだろ」


 そう言われれば白い花も混在しているが。
 好きだろと決めつけられても意図がわからなけへば混乱は増すばかりだ。


「まあ…………嫌いじゃない」
「何? ルルーシュは花の冠とか作らねえの?」
「だから、何がどうなってそんな話になったんだ」


 え〜とひとりで不満げな声をあげるスザクにちょっとは人の話を聞けと怒る。



「だって母さんが遊んでやれっていうから」


 それはたぶん違う。
 一緒に遊んでおいでくらいの言い方だったはずだ。
 勝手に意味をねじ曲げないで欲しい。


「女って何が楽しいのかオレ知らないし」
「それは人それそれだろう。ちなみに家の中がよかった」
「それじゃオレがつまんないだろー」



 なるほど、折衷案だったらしい。
 そう考えるとスザクにしてはまともな選択肢だ。
 一生懸命考えてくれたらしい姿にさすがのルルーシュも冷たくあしらいすぎた罪悪感が沸いてくる。

 まったく、とスザクに聞こえない声でぼやいた。
 そんな言い方をされればこれ以上は何も言えない。



「そんなんだからもやしなんだ」


 ひたすら不満げにぶつぶつ文句を言い募が、スザクには絡まずに、ルルーシュはスザクの隣を通り過ぎた。
 そのままクローバーの絨毯の上に降り立つ。


「まあせっかくきたし、冠の作り方とやらを教えてもらおうか」
「…………帰るのが疲れるから面倒なだけだろ」
「なっ、失礼な」
「ていうか作り方知らないのかよ。お前ほんとに女か?」
「〜〜〜〜っ」


 スザクとはなしていると文句を言い切る前に次の文句が湧き出てくる。


「いいか、スザク。今のは完全な男女差別だ。君の勝手な思い込みを押しつけないでもらいたい。まったくもって時代錯誤な考え方を」
「ちょっと待ってろ」


 ざっとルルーシュの隣にジャンプで降り立つと、スザクはそう言ってしゃがんだ。
 ルルーシュの講義は聞かないことにしたらしい。
 白爪草を一本折る。


「聞け、スザク。これは大切なことだぞ」
「あ〜も〜うるさいなあ。ルルーシュみたいな可愛くないことばっか言う奴、絶対嫁の貰い手ないぞ」
「余計なお世話だ!」


 顔を真っ赤にしてルルーシュは怒るがスザクは全く気にせず、つんだそれで何やら作っているようだった。


「っていってもオレも作り方なんか知らないもんな」
「じゃあ何作ってるんだ?」
「ん〜」


 手先は器用なほうではないらしい。
 四苦八苦しながらようやく四本目でルルーシュを見上げてにっと笑った。

「手だせ」
「手?」
「そう」


 だがルルーシュから差し出す前にスザクが引っ張ったので倒れ込むようにしゃがむ羽目になり、視線が同じ高さになった。


「仕方ないから」

 輪を作った茎がルルーシュの右手薬指に通される。


「オレがもらってやるよ」

 先程とは違った意味でルルーシュの頬が染まった。


「失礼な奴だな君は!」
「なんだよ不満なのか」
「物事にはふさわしい言葉ってものがあるのを知らないのか!?」


 照れ隠しなのだと思う。
 責め立てるようにいえばスザクもさすがにむっとした表情になった。


「ザンテイなんだよ。大人になったらもっとちゃんとしたのやる! フサワシイコトバってやつもその時言ってやろうじゃんか」


 色々突っ込みたいことはあった。
 だけど、何もでてこなかった。


 切り替えがはやかったのはむしろスザクのほうだ――きっと何も考えてないからに違いない。


「よし、せっかくだし四つ葉のクローバー探そうぜ」
































 スザクは目の据わったルルーシュが、家を飛び出すのを茫然と見送った。


「え?」


 自分の頭の回転がそう早いほうではないことは自覚しているが、ちょっとこれはどんなに考えても理解できそうにない。

 賭けろとルルーシュは言った。
 しかも何を賭けるのかすらスザクには選択権がなかった。

 なんだそれはと理不尽さを噛み締める。
 ルルーシュ本人は自分が何を言っているのかわかっているのだろうか。

 もう一回ルルーシュの言った言葉を反芻してみよう。



『賭けるか、スザク。いいだろう、お前がそこまで言うのなら彼氏の1人や2人作ってきてやるよ。できなかったらお前の奴隷にでもなんでもなってやろうじゃないか。そのかわりスザク、俺が勝ったらお前、指輪を貢げ』



 賭け。
 彼氏。
 奴隷。
 指輪。


 全てに対しちょっと待ってくれと言いたい。
 何がどうなってそんな結論が導きだされてしまったんだろうか。
 賭けだの奴隷だのはまあ、勢いだとしても。
 彼氏ときたのはおそらくスザクのせいだが。
 何故、指輪。

 いや、今はそんなことに頭をまわしている場合じゃない。
 ルルーシュを追わなくては。
 買い物に出かけたとかなら問題はないが、あの自棄になったような出て行き方は危なすぎる。
 めったなことをしなければいいがと思えば思うほど嫌な予感は増していく。
 ルルーシュは変に行動力があるから困る。

 話の流れについていけなかったとはいけスタートで出遅れてしまったことを心の底から後悔した。
 だがここで反省している時間も惜しい。
 スザクもルルーシュを追いかけて家を飛び出した。













 できる。
 自分にだってできるはずだ。
 そうともできないはずがない。

 念仏のように繰り返しながら常よりも乱暴な足取りでルルーシュは夜の街をゆく。


 たかだか彼氏だ。
 みんないるではないか。
 子孫を残すという生物の根元にかかわる事柄なのだ。
 今現在存在する人全てがそれに基づく。
 ルルーシュが世間一般よりも劣るなど、そんなことすらできないなど、そんなはずはないではないか。

 今までルルーシュがそういったものに縁がなかったのは何もルルーシュの魅力がなかったからではない。
 断じて、ない。
 あえて手をだしてこなかっただけだ。
 今はまだ時期ではないと。

 その気になればすぐにできる……はずだ。



 そりゃあこんな短期間でとなれば難易度はそれなりに高いだろう。
 しかし。



 スザクの言うとおり可愛げのない女かもしれない。
 しかし、だ。
 そんなことは第一印象ではわからない。
 必要がないから可愛いらしい態度をとっていないだけなのだ。
 初対面の人物であれば猫の一匹や二匹、三匹でも大盤振る舞いで十匹でも華麗にかぶってみせようではないか。


 顔は、母に似ていると評判なのだからそんなに悪くはないはずだ。


 それに女だったら誰でもいいという男が意外と多いのを知っている。
 もったいないからとりあえず付き合ってみるというのも。
 告白されて好きになるというのも。
 人は好意に弱い。

 そんな低レベルな男で手を打つというのは些か癪に触るが何せ時間がない。
 スザクの付き合う女性のレベルと比べると見劣りしてしまうというのは許し難い屈辱ではあるが、もちろんレベルの高い男であるほうがいいに決まっているけれども今回は妥協も致し方あるまい。いや、そもそも人間の価値というのはそう簡単に推し量れるものではない。


 要はできればいいのだ。
 スザクにルルーシュの能力をみせつけられればいい。
 今は恋人に割くような時間の余裕はないし、特に縋る人が欲しいようなこともないのでスザクに見せたらさっさと別れればいい。


 となれば学校の関係者は面倒だから除外すべきだ。
 物わかりの良さそうなタイプか、もしくはノリの軽いタイプ。
 会わなければ自然消滅するくらいの気楽な相手がいい。





 問題はどこで調達するか、だが






 丁度都合のいいことに、三人組の男がコンビニの入り口横でたむろしていた。
 染めた髪にピアス、お世辞にも格好いいとは思えないだらしのない格好、何を勘違いしているのかそこに個性などというものは皆無だ。日本人特有の右へ習え精神の権化は、ある意味で頭が単純思考な分扱いやすいともいえる。
 とりあえずこれでいいかと手頃なところで手を打つことを決め、ルルーシュは三人組に近づいていった。
 こういう手合いは特定の相手がいる可能性も高いが、三人もいれば1人ぐらい彼女なしもいるに違いない。


「おい、そこの」


 先手必勝とばかりに高圧的に声をかけたルルーシュに、三人の視線が同時に集まった。


「あ?」
「女?」
「んだよ?」


 純粋な疑問が半分、残りは不快と虚勢か。
 ジャンルじゃないので本当は自信なんてなかったが、それでも自分ならできるはずだという根拠にもならないそれを拠り所にルルーシュは精いっぱい艶やかに笑ってみせた。


「お前ら、誰でもいいんだが、私と付き合わないか?」
「は?」





 あまりに唐突すぎたため、しばしきょとんとした間抜けな顔を見るはめになってしまった。
 だが、ようやく飲み込んだ一人がふいに笑いだした。


「へえ? 逆ナン? いいねえ、美人は大歓迎だ」

 立ち上がって顔をのぞきこむ。
 思わずひいてしまいそうになったが、ここでひるむわけにはいかない。
 なんとか踏みとどまって笑顔をはりつけた。

「ちょ、おい、変な女にかかわんなって」


 おくればせながら状況が飲み込めてきた一人が注意を促したが、歓迎と言った男はとりあわない。
 今にも舌舐めずりしそうな勢いでルルーシュとの距離を縮めてくる。


「何言ってんだよ。馬鹿かお前。女に恥かかせちゃあ、いけねえよなあ?」

 そんなこと少しも思っていないに違いない。
 笑い方がいやらしくて不愉快だった。
 髪にふれられて殴り飛ばしたくなる。

 何故スザクにあんなことを言ってしまったのだろうとすでに後悔しはじめた自分が何よりもなさけない。
 自分から言い出したことではないか。
 絶対に放棄はできない。
 負けを認めることは許されない。
 だから絶対にスザクに負けを認めさせるのだ。でなければ家にだって帰れない。

 平気だ。
 平気なはずだと必死に繰り返す。

 本当にこんな男を選ぼうだなんてまさか考えているわけじゃない。
 スザクをやりこめるだけの小芝居なのだから。
 結果のためには何かを犠牲にするのはやむを得ない――それは真理のはずだ。
 

 浅く息をはく。
 だってこれ以上スザクに暴言をはかれるのはごめんなのだ。
 そのたびに、どうしようもなくイライラする。
 あんな奴に良く思われたいだんあて思ってはいないけれど、あんなことを言ったくせに、裏切り者――否、だから、あれは、夢だ。もうどうかしている。
 駄目だ。
 完全に頭に血が昇ってしまっている。冷やさなければ。

 だが、落ち着けと念じるまでもなく、ルルーシュはざあっと血の気の引いていく音を聞いた。
 男の腕が腰にまわり、引き寄せられる。
 抗えなかった。
 男と女の力の差。


「こいよ。かわいがってやる」


 耳にふきこまれるようにささやかれ、全身の毛が逆立った。
 嫌だ――何より生理的な嫌悪を先に立つ。
 指先が冷たくなっていく。
 吐き気がに襲われて、めまいとともにただただもう嫌だと思った。
 後悔。そんな言葉では言い表せられない。
 気持ちが悪い。
 ああ、なんでこんなことをしているのだったっけ。

 はやくも心が折れた。
 笑ってしまう。
 開始何分だろう。


「い……」

 嫌だ。放せ。
 想定内の事であるにもかかわらず、シミュレーション済みにもかかわらず、言うべきでない言葉があふれだしそうになった。
 もしかしたら、いやだと言葉になってしまっていたかもしれない。
 かき消されて聞こえなかっただけで。


「すいませんお兄さん。本当に申し訳ないんですけどこの子、返してもらいますね」


 空気を読まないというべきか、良心的にさわやかなと表現してやるべきか、穏やかな声とともに、ぐいっと真逆の力が加わった。
 ふいうちだったせいかもしれない。
 簡単に、一瞬で。
 気づけば知ったにおいに抱きとめられて、身体から力が抜けた。


「てめっ」


 さすがに男の形相が一転した。
 当然だ。
 自分の獲物をわけもわからないうちに奪い取られたのだから。

「何す」
「この子ちょっと頭弱くて。ご迷惑かけてしまったようですいません。あ、保護してくださってありがとうございます」


 聞きなれた声に安心している場合ではない。
 なんてことを言うのだと抗議しよう上を見上げ、声を失った。

 スザク、と音を失ったまま、唇だけが形どる。


 にっこりと笑顔はやわらかい。
 しかし視線が、深く、暗かった。
 おそらく夜のせいだろうが。


「ほら、行くよ」

 声だけを聞くならば学校の彼だ。
 ただし強引さは家での比ではなく驚いた。

「は? ふざけんなさよてめえ」

 スザクはとんできた拳を難なく受け止めた。
 パシッと音がしたが、スザクの表情はかわらないため、どれほどのものだったのかは定かではない。
 むしろ、うけとめたまま動かないスザクよりも殴りかかってきた男の顔色が次第に悪くなってきた。


「す、すざ……」
「賭けは僕の負けでいいから、帰るよ」

 頷く以外にルルーシュに何ができただろう。
 予想された罵声はなく、スザクがもはや興味もないように手をおろせばうめき声とともに男の腕が力なく落ちた。
 ほんの数十秒の間にいったい何が起こったのか。
 だが確かめる前に、ひきずられるように背を向けるはめになったためにわからない。
 しかし少なくとも引き留める声は一切なかった。

 頭が弱いなどと言うから面倒だとか判断したのだろうか。
 だとすれば失礼きわまりないが、バカなスザクにしてはレベルの高い機転のきかせかたである。
 少し感心した。
 関心したので失礼な言いようには目をつむってやってもいい。

 だからむしろ納得いかないのは突然の敗北宣言の方だ。
 勝手におしつけた了承もきちんととっていないような賭けだ――ちゃんとわかってる。
 真面目にやるのも馬鹿らしいと、そういうことだろうか。
 そうかもしれない。
 頭に血がのぼったルルーシュでさえ正直くだらないと思うのだから、冷静なスザクにしてみれば気でも狂ったかとそういう心境だろうことは想像にかたくない。


 しかも実際は負けたのはルルーシュのほうだ。
 あの男の手をうけいれられなかったのだから。
 そう、負けて、助けてもらって。
 それでお前の勝ちだと言われても納得でいるはずがない。


 腕を引かれて、夜道を歩きながら考えた。
 こんな賭けは賭けとは言わない。

 負けを認めるのはかなり嫌だが、勝ちを譲られるのは腹が立つのを通り越して情けなくて、虚しい。



「スザク」


 長く続いた居心地の悪い沈黙を打ち破ろうと、珍しく緊張した面持ちで名を呼んだルルーシュに返されたのは、しかし沈黙だった。
 怒っているのだろうか。


「すざく」


 腕を振り払おうとすれば力が強くなったので足を止めた。
 すざくはといえばそこまでしてやっと、ルルーシュを見た。
 責めるわけではなく詰るわけでもなく、ただ見た。
 ルルーシュはひたすら居心地が悪い。
 後ろめたいからだけでなく、スザクが考えていることがわからなくて。


「すざ」
「指輪だっけ」
「それはっ」


 いらないと言おうとしたのだけれど、スザクの声音が外向きのものから戻っていないことに気付いて言葉を失った。
 理由がわからない。
 落ち着かない。
 声は柔らかくても、これは怒っているからなのか――判別不能だ。

 だって結局ルルーシュはスザクのことなんてほとんど知らないのだ。
 突然婚約者などといって降って湧いたように引き合わされて数ヶ月。
 学校ではただのクラスメート。一応学校の方針としてなにかしら部活動に参加しなければならないためスザクも生徒会に籍を置いてたりもするが、あらゆる部活に駆り出されているのだからまともに活動できる暇などない。いても体力仕事がある時は便利だろうが書類ばかりの最近の仕事はスザクはなんの役にも立たないし、居る方がむしろ迷惑なのだ。
 家でも内容のある会話をするのは食事時くらい。
 沈黙のほうが気まずいからというそれだけの理由でどうでもいいことを話して。
 それだけ。

 それで何がわかるというのか――何もわからない。
 何も知らない。
 ルルーシュの手をひくこの男は誰だ。
 何だ。


 婚約者なんて言われたがお互いに納得していない。
 恋人なんてありえない。
 家族ではない。
 ただの同居人。
 つまり、他人だ。
 その他人に何を理不尽に押し付けられるだろうか。
 そんな権利、ルルーシュにはない。


「それは忘れてくれ。どうかしてた。そもそも賭は俺負けは負けだろ」


 まだ3日たっていないけれど。もう。無理だ。よくわかった。一生できないような気もしたが、それがわかっただけでもよかった。


「でもわざわざ指定した理由があるんだろう?」



 スザクはじっとルルーシュを見つめていた。
 これは誰だろうと考える。
 枢木スザク。
 今ルルーシュの前にいる彼は、普段家で見せる姿と理由はわからないが、違う。
 やわらかい笑みを浮かべる外の姿。
 ルルーシュにとってはただのクラスメート。ただの他人。
 だからかもしれない。
 ここにきてやっと、違うのだということが素直に自分の中に入ってきた。
 あの彼は、夢の中の男の子は、目の前の男とは違うものなのだ――あれは妄想に誓い。


 ただの他人だと思ったからだろう。


「大した理由じゃない。むしろくだらないんだ」

 それが特に関わりのない学校のスザクだったからこそ、笑って言えた。

「ただ、昔もらった大切な指輪をなくして機嫌が悪かったんだ」


 それらしく話してみれば、本当にそうだった気がしてきた。
 いやたぶん、本当にそうだったのだろう。
 少しニュアンスが違うだけでやっていたことは。


「スザクに言ったって仕方ないのにな。それにあれは」

 夢だし。


「なくなって当然のものだから」

 花だし――花は生物だから枯れるのだ。
 それは自然のものであれば当たり前で、動揺するようなことではない。


「悪かった。八つ当たりだ」


 スザクと呼びながら、スザクじゃないと思うから素直に謝れるというのも妙な話だ。そもそもだとすれば謝れる相手が違うだろう。


「じゃあ、欲しいものがあったってわけじゃないんだ」
「ああ、それに賭けはどう見ても俺の負けだろ?」
「え?邪魔しちゃって悪かったなあと思ってたんだけど」


 飄々と告げるスザクにあれ、とひっかかった。
 てっきり助けてくれたのだと思い込んでいたのだが。


「な、ならなんできたんだ?」
「心配だったからに決まってる」
「スザ……」


 やっぱりおかしい。
 ルルーシュを大切にするスザクなんて気持ち悪い。


「指輪でもバックでも何だっていいよ。それで君が納得してくれるなら」
「いや、でも」
「3日も続けられたら僕の心臓がもたない。だから僕の負けだ」


 なんだか、色々と納得いかない。


「俺はもう続ける気はなかった。途中放棄だから俺の負けだ。でなかったら引き分けだ。お互い何もなしか、どうしでも貢ぎたいんだったらお前もなにか望みを言え」


 こちらから言い出したことなのだから、それくらいの責任はとる。
 本当は迷惑をかけてしまったから、何もなしにしばらく家事当番を受け持つぐらいが妥当なんじゃないかと思うのだが。
 スザクの返事を待つルルーシュに、スザクはおもむろにため息をついた。



「ならもう少し危機感って奴を学べ。このままじゃ俺の身が危ない」
「…………は?」


 がらっと変わった口調はいつものスザクものだ。






「僕、君のお父さんに脅されてるんだよね。娘に何かあったら許さんって。あの様子じゃ東京湾に沈ませられかねないな。だから今日みたいなことは困る。君は危なっかしい」



 悪いと謝ること以外何ができただろう。
 何故かとても悲しい気持ちになったのだけれど、理由はよくわからなかった。





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【言い訳】(反転)
裏切りません
え、や、その、話の展開的に。もー皆さんの想像どーりに進んでいきますよ! 王道っていいよね!
もうなんていうかわざわざ続きを書かなくてもいいぐらいに何のひねりもない展開でございます。
もうちょっとルルーシュの危機をひっぱりたかったのですが、疲れてやめました。おかげでやすっぽいことこの上ないorz