婚約話おまけ2(同居話) 2

 スザクは直情型である。
 それは自分でもよく自覚していることだった。
 外では穏やかな人格を被るよう心がけてはいるが、簡単に頭に血が上るし激情のままに行動してしまうことも多い。
 そうでなくてもあとから考えればよせばいいのにと思うようなことを、よく考えもせずに行ってしまう。


 わかっては、いる。
 自覚はしている。
 それがよくないことも。

 そしていつだって後からものすごく後悔するのだ。
 やらないでする後悔よりも、やってする後悔のほうが何倍もましではないか、という言い訳は残念ながらこれには当てはまらない。
 あてはまることもないわけではないけれど、とにかく今日のは違った。


 海より深く後悔する典型的なパターンだ。














 夕飯時、ルルーシュの作った煮しめに醤油の味が濃すぎると文句を言った後の話だ。

 こればかりは家庭で味が違うからなと言ってルルーシュは味噌汁を口に運んだ。
 ふと、疑問に思った。
 知った風に言われてついつい納得しそうになってしまったのだけれど。


「ってなんでお前が日本の家庭の味をかたるんだよ」


 日本人じゃないだろ――名前も外見も明らかに違う。片親がそうだとか、あるいは昔から日本に住んでいるとなればまた話は別だが、ルルーシュの場合両親ともに典型的なブリタニア人であったし、日本に来たのは高校入学時だったと聞いている――と言うと、ルルーシュは何故かうっとつまった。

「う、うるさい」

 あからさまに動揺した言葉が返ってきて、あれ? と思った。
 てっきりすました顔してうんちくでもこねてくるかと思ったのに。

「今和食は練習中なんだ。それでレシピを見ても書いてあることがそれぞれ全く違うし」
 少し頬を染めて早口にそんなことを言う。
 そういえば、この味噌汁にしたって最初のころスザクは、白がいいたら薄いたら今度は濃すぎるたら、さんざん言った覚えがある。いつのまにか『いつもの味』になってしまっていて忘れていたが。


「文句があるなら」
「いや食うけど。できれば今度作るならもう少し砂糖いれて」


 これはひょっとして……、あれだったりするのだろうか。


「砂糖?」
「砂糖。あと鶏肉な、骨つきのにして最初に醤油で煮るんだよ」
「わかった。今度やってみる」


 こくんとうなずく。
 こういうところは素直で可愛いんだけどなと思う。

 本当にそれだけだったら可愛いというのに、その前に『文句があるなら食うな』とすかさず入るところが全くもって可愛くない。言っている内容自体もそうだが、食うなはないだろ、食うなは。バイリンガルでもないくせに訛りのない日本語を使うのは感心するが、何故口調がやけに乱暴なのだろうか。
 本当に可愛くない。いや、今のはちょっと可愛かったけど。
 総合的にみて、ちょっとしか可愛くない。

「そういえば」


 そんなことを考えていたスザクはあまりに無防備だった。
 日常の何気ない会話の中で身構えていろというのもなかなか無理のある話ではあるが。
 話題をかえるための前置きに、ああと気のない返事をしたスザクは、次の言葉に。

「今日バイトの帰りに変質者に出会ったんだ」

 盛大に噴いた。

「っ! げほっ」

 つまった。喉にこんにゃくが詰まった。
 げほげほ咳きこむスザクにルルーシュがタオルを差し出した。


 何かが違うと思った。
 いろいろと間違っているだろうと思った。

 何故ノリが『今日道端でばったり知人に会ったの』ぐらいのノリなのか。
 出会ったってなんだ、出会ったって。確かにそうそう遭遇するものでもないが、遭遇したいものでもないだろう。

 少なくとも『出』はいらない、と思ったところで自分も相当おかされてるなと思う。
 そんな問題ではない。

 遭遇したこと自体が問題であるし、この様子だと何かされたとかではなさそうだが、変質者に遭遇したことを夕飯時に思いだしたように語るのも変な話だ。
 まっすぐ警察へ行けよ――帰ってきた時間から考えてどこかによっていたはずはない。
 そう怒鳴りそうになるのを抑えて、先に事実確認をしようと試みる。


「どんな奴だった」
「どんな? そうだな、年齢は30後半、身長170前後、少し小太りで、たれ目に低い鼻、唇は薄かったかな。ああ、頭が後退ぎみで危なかった」


 危なかったのはそこではない。
 そもそもそんな特徴を聞いているのではないのが何故わからないのか。

 いや、変質者を特定するためにはかなり有益な情報だろうが、少なくともスザクが聞きたいことではない。
 スザクが聞きたいのは、種類だ。
 一口に変質者といっても色々ある。いったいどんな奴だったのか、具体的には何をされたのか。

 詰め寄って揺さぶってやりたいのを必死に抑える。


「そうじゃ、なくて」
「まあ話は最後まで聞け。服は黒のコート一枚」


 露出狂か。
 汚いものを見せるな目が腐る、と実際に見たわけではないスザクが奥歯をかみしめる。
 その場に居合わせたのなら、絶対に歯の2,3本折ってやったものを。

「すぐ逃げたんだろうな」

 まさかルルーシュでもそこまで考えなしではないだろうと恐る恐る聞いたスザクだったが、ルルーシュははてと首をかしげた。

 ものすごく嫌な予感がした。

「なぜ逃げるんだ? 遠まわりになるだろう。別にナイフをもって襲ってきてるわけでもあるまいし。横を通って帰ってきたよ」


 ルルーシュはごく当たり前の事実を告げるように淡々と言う。おそらく彼女の中では本当に当たり前のことでしかないのだろう。だが、危機管理がなってなさすぎる。

 ここで頭を抱えて絶叫してもおそらく誰もスザクを責めなかっただろう。
 しかしスザクはこらえた。
 額に手をあて、天井を仰いだが、絶叫だけはこらえた。

 そんなことをしてもルルーシュには何も伝わらないことだけはわかったからなんとかこらえた。


「それは絶対じゃないだろ! おそわれてたかもしれないんだぞ!」
「ただコートの前を広げただけだったよ。どうだ? と聞くから」


 だけじゃないではないか。


「………………なんて答えたんだ」

 嫌な予感は断続的に続く。

 そもそも普通の女子高生ならその時点で走って逃げているはずだ。
 足がすくんで動けなかったと仮定しよう。
 それでもそこで「どうだ?」の感想は絶対に返さない。

 けれどもこれがルルーシュだということになると、どうしよう頭が痛くなってきた。
 本当は聞きたくないような気がしていた。
 しかしここで聞かなければあとを引く。

 スザクの内心の葛藤など全く知らないルルーシュはなんだと言う。


「なんだお前、私の感想が聞きたいのか?」


 違う。
 どちらかというと聞きたくない。


「安心しろよ。お前の方がずっと立派だったから」


 にっこりと笑顔で言われた。
 遠くでカランカランと何かが転がる音がした。
 安心ってなんだろう、と半ば放心したまま考える。


「お前いつ見たんだよ」


 もはや自分が何を言っているのかすらわからなくなってきた。


「いつって、いつも出したまま寝てるだろうが、ソファーで」
「はあああぁ!?」


 もう叫ぶしかなかった。
 爆弾発言ってこういうことを言うんだろうなと思った時点でこれは現実逃避だ。
 記憶にない。
 そんなことしていない。
 寝ていると言ったのだから、意識はないし記憶もないだろうが、絶対にそんなことはしていない。
 だって記憶にない――いけない。混乱しすぎてわけがわらない。

 いやでも本当に素っ裸で寝た覚えなどなければ、確かにソファでうとうとしていることだってあるけれども、そんなに寝ぞうは悪くないはずだ。というかもうこれは寝像の問題ではない。


「だから、思わず言ってしまったんだ」


 ルルーシュはスザクの様子など気にしない。
 何故スザクが恐慌状態に陥っているかも理解していないらしい。
 若干不思議そうに見つめてはいるものの、とりあえず話を続ける。


「もう少し運動した方がいいですよ。割れてる方が格好いいと思いますって」


 割れてってどこかだっ。
 …………………………え、あれ?
 どこだろう。
 ちょっとわれにかえった。


「お、前」
「スザクは割れてるものな、腹筋。お前細身に見えてしっかり筋肉ついてるよな」
「……………………腹筋?」
「腹筋。私も割れないかな」

 どこの話だと思ったんだと聞かれて絶句する。
 その様子を見てルルーシュがふうんと笑った。
 にやりと嫌らしげな笑みに、性格の悪さがにじみ出ている。

「ばっ……。くそ」


 怒鳴りかけてやめた。
 ここでそんなことをすればルルーシュにさらに笑われるだけだ。

 しかし普通そう思うだろう。
 というか、露出狂が何を露出しているのかという時点から「どうだ?」の答えとしていろいろと間違っている。確かに素直に答えろとは絶対に思わないけれども。
 露出しがいがないよなと同情的なことを思うが、これはこれ、それはそれ、だ。
 見つけたら半殺しにしようと心に決めた。どうやって見つけるかは置いとくとして、だ。そうじゃないとおさまらない。


「割れるわけないだろ。全く運動してないくせに。お前太るぞ。ああ、いや、ルルーシュの場合はもうちょっと太ったほうがいいな。抱き心地が悪そうだ。骨があたって痛いって絶対」


 俺ならごめんだと言うと箸が飛んできた。
 これは先がとがっているのでなかなか凶器だが、避けてしまえば問題はない。
 ただし食事に使うものを投げつけるというのはどうかと思うが。
 と手元に視線を落として自分の箸もないことに気がついた。
 ああ、とすぐに気づく。
 先ほどのカランカランという音は、どうやら箸を落とした音だったらしい。


「私もお前みたいな汗臭い奴はごめんだ」

 失礼な奴だ。ちゃんとマメにシャワーを浴びている。

「はっ。露出狂もかわいそうに。相手がこんな男女じゃな。露出もしがいがないな」

 つい、言ってしまった言葉だった。
 言ってしまってしまった、と思う。
 これはさすがに殴られた方がいいだろうと腹に力を入れるが、しかし鉄拳は降ってはこなかった。


「まったくだな。しかし私でよかったと言うこともできるか。女の子は怖いだろうからなあ」


 むしろしみじみと言ったルルーシュに、スザクは今度こそ溺れるぐらい深く後悔した。
 ここまでルルーシュが危機感をもっていないのは、半分はもともとの性格だろうが、おそらく半分は、魅力がないと言い続けたスザクのせいだ。
 だからといってルルーシュが少女である事実がなくなるわけではないのに。
 愕然としたスザクは言葉を探すが、自分が何を言いたいのか、何を言っていいものかわからない。


 だから、仕方なく溜息をついて立ち上がった。
 箸を洗おう。
 ついでだから二人分。





























 ルルーシュはスーパーでバイトをしている。品出しでも別によかったのだが、人がいないということでレジ打ちのバイトだ。

 接客業は決して向いていないとは思わないのだが、いろいろと面倒だなとたまに思う。
 それでもそんなことをおくびにもださずに、営業用のスマイルを張り付けて手際よく人を捌いていった。
 この時間はレジがかなり混むため時間との勝負なのだ。冷凍食品をもって並んでいる人をまたせるわけにはいかない。


「いらっしゃ……、スザク」


 珍しいものを見る目で見てしまったが、手だけは順調に動いている。便利なものだ。
 何しにきたと言いかけて、買いだしだと当たり前のことに思い当った。私服なので一度家に戻ってからわざわざ来たのだろう。
 そんなことをせずともルルーシュが買って帰るのに。

 何故スーパーでバイトをしているかといえば全てはそこに終結する。もちろん従業員割引目当てだ。他にないだろう。
 バイトはやはり生活に密着した、というか、自分に関係のある場所で行うのがいい。
 本をよく読むルルーシュは本屋でもよかったが、なぜスーパーになったかといえば簡単なことだ。
 本はなくても生きられる――たまに活字中毒で欠乏症に陥ることすらあるが、まあそれはそれとして。
 食材はなければ死活問題だ。
 食費の出費は抑えれるのであれば抑えたい。もちろん生活のレベルを落とさずに、だ。主婦はいろいろと大変なのだ。


 それをスザクも知っているから買い物はいつもルルーシュにまかせてくれているのに。


「何か足りないものでもあったのか?」


 そういえば今日はスザクが食事当番だ。

「そういうわけじゃない。ルルーシュ、あと10分ぐらいで上がりだろ」
「あ、ああ」

 では何しにきたのだろう。少なかったので袋の中につめたのは、海苔の佃煮とプリン。なんだろう、甘いものでも食べたくなったのだろうか。いやそれにしても、なんだかわざわざ買いにくるようなものではない気がする。海苔の佃煮が好きだったとは知らなかったが。ルルーシュも嫌いではない。ただし、最初のほうはいいが、途中から飽きてくるのだ。おかげでいつも1/4ほど残ったまま冷蔵庫で熟成されてしまう。

 釣銭を渡してやるとスザクが言った。


「じゃあ、そこらへんで待ってるから」


 本当に、何をしに来たのだろうか。






 母へ
 男子という生き物がわかりません。
 スザクが突然バイト先に迎えに来るようになりました。
 変に周りに冷やかされるのですが、まあ、荷物持ちがいることはいいことだと思います。
 結構たくさん買っても文句言わずに持ってくれるので大変助かります。
 が、なんでわざわざ来るのかがさっぱりわかりません。
 あとはこれといって変わったことはないです。
 ではまた。


 ルルーシュ









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【言い訳】(反転)
スザクさんがむくわれないとおっしゃいますが、こいつは自業自得だと思います。
っていうか若干下ネタでほんとすいませんosz
あとどうでもいいんですが煮しめはうちの味です。。。。。最高にどうでもいいです。枢木さんは京都かなとか思ったんですが、調べるのが面どよくわからなかったのでうちの味です。スルーしていただけると助かります。