婚約話 5

 気分が悪かった。
 絶好調に悪かった。
 機嫌も悪かった。


 人相が悪くなっていることは百も承知だ。
 それから、やけに好戦的になっていることも。



 こんな顔じゃルルーシュに会えない。




 昔から激情を抑えるのは苦手だ。
 それでも世渡りの術を見いだせなければ簡単に潰されてしまうから、穏やかな人格を被る技術は身につけたけれど。
 必死になってやってるうちにそれが性格と自分で自分を騙せるぐらいにはなってしまっていた。裏を返せば自分をだまさなければ、演技すらできなかったということだ。
 だがやはり本性は昔から何も変わっていないということなんだろう。


 乱暴で粗暴で自分勝手。



 わかっている。



 しかもこんなにも簡単にはがれてしまう仮面など、何の意味があるのか。



 ルルーシュに会いたいなと思って自嘲する。


 何がルルーシュに会いたい、だ。

 その感情はうそではないが。
 結局のところは自分が情けなくて腹が立って耐えきれなくなったから、女の肌に慰められたいだけだろ。
 そうやってすぐに女に逃げる。
 目をそらすためだけに。


 ルルーシュには会えない。
 せめて、頭が冷えるまで。

 今ルルーシュの顔を見たら、変に八つ当たりをしてしまう。
 衝動をおさえる自信がないのだ。

 何をするだろう。
 抑え込むのだろうか。
 暴言を投げつけるのだろうか。
 どちらにしろルルーシュを泣かせるまできっとやめない。

 最低すぎる。

 だからせめて、と外にでてこないルルーシュをいいことに、ひたすら庭を回り続けるのは自分のための防衛策だ。
 こんなくだらない衝動なんかでこれ以上ルルーシュに嫌われるのは、いや、それより深い問題だ。ルルーシュに切り捨てられるのは、ごめんだ。

 ルルーシュを傷つけたくない。何より他でもないスザクが。
 信頼されているだなんて思いあがってなどいないけれど、信用される可能性を無に帰すのも避けたい。




 厄介な自分の性にいらだちがさらに増長されていく悪循環。








 ルルーシュを襲った女の素性は結局わからなかった。
 追いかけたけど、捕まえたけれど。

 女は死んだ。

 飛びかかったスザクを撃退するよりも、自分の口を封じてしまうことを選択した。



 あっけない。
 あまりにもあっけない拍子抜けする最後。


 確かに捕まえた、と思った瞬間に、笑った女の顔をスザクは一生忘れないだろう。
 任務は失敗したけれども、並々ならぬ決意を宿した瞳が、すべてを語っていた。
 己の主人のために死を選べる喜びを。自分の死期を自分で選ぶ満足感を。
 主人の命を果たせなかった無念を抱いていたけれども、それ以上にそこには暗い悦びがあったのだ。

 スザクがそれを悟った時には既に遅かった。

 ものの数分で、物言わぬ死体となった。




「死んだのか」




 己を取り戻したルルーシュの硬質な声が上から降ってきた。
 唇をかみしめたスザクとは対照的に、ルルーシュは女を一瞥すると面倒だとだけ呟いた。
 どうせ死ぬなら敷地の外にでてから死んでくれればいいものを、と。
 家の中で死なれたら色々と手間がかかって仕方ない、と。

「君は、」


 何を言おうとしたからわからなくなって喉がひきつれた。



 何も思ってないのか――そんなはずはない。危険にさらされたのは彼女だ。
 死への動揺はないのか――ブリタニアの皇族は、人の命など駒にしか思っていないというのは、ルルーシュにもあてはまってしまうのだろうか。
 言いたいことはそれだけか――スザクに言っても仕方ないと判断されたのだろうか。


 感情をうまく言葉にできないスザクを一瞥したルルーシュは、意外と柔らかい声でスザクを促した。


「いつまでもこんなところにいても仕方ないだろう。それは咲世子さんが片付けるから、スザクは中に」


 死体見下ろす目が冷え切っていることに対しては何も言うことはない。
 それはルルーシュの命を狙ってやってきていたのだから。
 しかし。
 死に対する概念は。


「ルルーシュは、君は人間が嫌いなのかい」

 男だとか、女だとか関係なく。
 C.C.の言った意味がわかったような気がした。

 ぴくりと指先が動いた。
 しかし表情は動かなかった。



「嫌いだよ」

 静かな真実。
 だからお前も嫌いだと。


「だがそれとこれとは話が別だ。お前は中に入って手当の必要がある。それはすでに死んでいるから手の施しようがない」


 ぐずぐずするな。
 さっさと入れ。
 不機嫌な言い方に気づくの遅れたが、心配、されている…………らしい。
 確かにそろそろ神経がやっと我に返ったのか、熱に痛みが付随してきている。
 そこまで深い傷ではいが、血はさすがに止まらず服がひどいことになってしまっていた。
 痛々しげに見つめるのは、純粋に血が苦手だからか、それともスザクだからなのか――少しは、内側に入れてもらえているのだろうか。



「いつまで死体を眺めてるつもりだ」


 趣味が悪いなと言われた。


「気にならないの? 彼女が、誰の命で動いていたのかとか。ルルーシュを殺そうとした理由とか」

 まっすぐに見つめれば、かえされたのは嘲笑だった。


「くだらないことを聞くな」


 肯定でも否定でもない。
 だが、スザクが立ち入ることを拒否していることも、自分から積極的に動く気もないことだけは明らかである。
 いらっとした。
 小さく、確かに不愉快だった。


 戦いをすべて投げ捨てた敗者は、逃げるだけなのか。


「ながめてて何がわかる?」
「何か、証拠とか」
「あるわけないだろ」


 それに。




「どうでもいいさ、そんなもの」

 聞こえるか聞こえないかの大きさでつぶやかれた声だったが、スザクの優秀な耳はしっかりと捉えた。
 やはり。諦めているからか。



「なぜ?」
「藪をつついて蛇を出す必要が?」

 ルルーシュが守る箱庭は、決して前には進まない。
 変わらないことを是とするか。


「でもそれじゃあ!」
「スザク。何故私をかばった?」
「それを聞くの」
「守るためというのか? 私を? なら私も言おう。すべては守るためだと」

 でもそれは人をではない。
 箱庭を。
 現在を。
 維持することを。
 変化を回避して。


「なかったことにする気かい?」
「そんなことわざわざしなくても、なかったことになるさ」

 ここはそういうところだ。
 悟った言い方は、諦めしか見えなくて。





 はっきりと不愉快だった。











 ひたすら前を見つめて歩いていたが、歩く以外することがなければ自然に血は頭に行ってしまう。
 思い返しては消化できずに苛立ちが加算され、スザクは壁を蹴った。



「きゃっ」




 悲鳴が聞こえた。


























「きゃっ」


 風を切る音。
 頭の上を何かはやいものが通り過ぎて、風圧に髪が舞った。
 続いてがんっと大きな音をたてたところで驚いてバランスを崩し、反射的に悲鳴をあげてしまった。それまでピクリとも動くことができなかったのだ。













 その日は天気がよくて、だから行こうと思った。


 皇族といっても、せいぜいディスプレイとしての役割しか求められないユーフェミアは基本的にそう忙しいわけではない。
 例えば学校に通わせてもらえるほどに。



 学校は楽しい。
 勉強はあまり得意ではないけれど、勉強だけが学校ではない。行事だってあるし、部活もある。
 身分を気にせず付き合ってくれる友人は一生の宝になるだろう。

 ただそれで、ルルーシュと会う機会が確実に減ってしまったことだけが残念なのだけれど。
 一つ年上の腹違いの姉は、一緒にくらしていないせいかあまり姉という感覚がなく、友達のように思っている。
 いや実の姉であるコーネリアも忙しく、同じ家族だというのに何日も見かけないことも多いことを考えると、やはり年が近いせいだろうか。ルルーシュがユーフェミアを特別妹扱いしないせいかもしれない。
 もちろん不満はないし、むしろ何の遠慮もなく前から向き合ってくれるルルーシュの存在は大切だ。
 それでなくてもルルーシュとナナリーが大好きだ。
 

 だから本当はもっと頻繁に会いたいのに。



 わかりきっていたことだけれど、母はユーフェミアがルルーシュと会うことにいい顔をしない。
 というか、はっきりと会うなとさえ言われた。


 自分が誰なのかを考えろと――ユーフェミア・リ・ブリタニアだ。貴女の娘だけれど、貴女の持ち物ではない。ましてや貴女自身ではない。
 あの娘が何なのか考えろと――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。下賤のものなどと、貴女が言う資格はない。たかが100人もいる皇帝の妻の1人だというだけの貴女が、皇帝の血の流れる彼女を愚弄するなど。


 マリアンヌ王妃が生きている頃はよかった。
 姉も彼女になついていたから、くっついていけば堂々と会えたのだ――母は姉の行動を止められない。姉は早くに自立してしまい母の手の届かないところにさっさと行ってしまったから、その反動もユーフェミアにすべてきてしまっているのだろう。
 今は王妃も死に、姉も多忙な身。妹たちを気にかけてはいても、実際に行動できる機会があまりにも少なすぎる。



 しかしユーフェミアはそれでもおもだっては戦わなかった。
 だって堂々といけないのならば、隠れてこそこそ行けばいいのだ。
 ルルーシュはユーフェミアを心配して止めるけど、そんなことをすれば引きこもりのルルーシュはユーフェミアに会ってくれなくなってしまう。だから多少強引でも仕方ない。



 そうやって身を滑らすのは秘密の通路だ――管理の行き届いていないアリエス宮への進入経路。そんなに大したものではないが、一カ所、細身のユーフェミアなら通れる隙間がある。
 ルルーシュは怒るが、こんな危険なものを放置しているルルーシュが悪い。
 半分は傾向を促すためにもユーフェミアはそこを使う。
 残りの半分は秘密になんだかわくわくするからだが。
 帽子にサングラス。
 変装も完璧。
 多少怪しいかもしれないが気にしない。



 そこから入り、庭をつっきって適当な窓から入れてもらうと待ってるのはルルーシュの呆れた顔だ。



 少なくともいつもはそうで、今日もそうなるはずだったのに。 


 庭に進入したとたんに衝撃が襲った。
 痛みはないから風圧だけなのだろうが、帽子がとんでユーフェミアは悲鳴を上げて尻餅をついてしまった。衝撃でサングラスもずれた。


「え!? あ、わ、ご、ごめん!」



 焦った声が上から降ってきた。

 首をあげると少年のひどく狼狽した顔があった。
 見たことない顔だ。
 誰だろう。
 どうしてこんなところにいるのだろう。
 ルルーシュが部外者を入れるなんて考えられない。でも、ユーフェミアの知らない部内者などいただろうか。


 少年はわたわたと手をさしのべてくる。


「怪我はない? こんなところから人がでてくるとは思わなかったものだから!


 年下だろう。
 くるくるの髪と大きな緑色の目が幼い。


「どこか痛いところ、あぁどうしよう」


 混乱している様子があまりに必死だったものだからなんだか可愛くて思わずくすっと噴き出してしまった。



 ああ、そうだそういえば思い出した。
 そういえばルルーシュはこのあいだ婚約したとか話を聞いた。
 こそこそとした逢瀬を守ろうと、気のないふりをして母の目のあるところで情報を集めることができなかったものだから詳しくは知らないが。

 まさかと思ってまさかと否定した。




 実際大して気にとめなかったのは、押し付けられたものだということが明白だったからだ。
 だってそんな相手をルルーシュが受け入れるはずがない。
 アリエス宮にさえ入れてもらえないのだろうと決めつけていたし、何より年上だったはずだ。
 ならばルルーシュの友達だろうか。


 ユーフェミアは少し考えてからその手をとった。
 アリエス宮にいるのはルルーシュの信頼を受けている者か、そうでなければルルーシュを害するために侵入した者かの2つに1つ。
 彼は、ルルーシュの敵には見えなかったから。



 予想以上に強い力で引っ張りあげられた。

「ほんとにごめん。でもなんでこんなとこから?」


 とんでしまった帽子を渡されるが、髪を中にしまうのはなかなかたいへんなのだ。崩れてしまった髪に被るのは諦めて、サングラスもとった。
 中に入ってしまったのだからもう必要もない。


 それからありがとうと笑ったら、少年は「え」のような「げ」のようなうめき声をあげたので失礼ですねと軽く睨みつけてやった。



「ユー……フェミア様?」
「はい。わたくしの名前はユーフェミア・リ・ブリタニアですが、あなたは誰で
すか?」
「……………枢木スザクです」


 やはりその名前に聞き覚えはない。



「くるる?」


 耳慣れない不思議な響きだ。
 顔立ちからもブリタニア人でないことはわかるが、どこの人だろう。
 それにしても言いにくい。


「スザクで結構ですよ」
「スザクは何故ここにいるのですか?」


 疑問を口にだせば意味がとれなかったのかぱちくりと一瞬あっけにとられたような顔をしたスザクだったが、すぐにあーともうーともつかない声をあげ、さんざん迷ったあげくに簡潔に答えた。


「僕は、散歩を」


 簡潔に。




 アリエス宮で散歩。
 まあ、斬新といえば斬新かもしれないが。
 こんな草木の生い茂ったところを散歩するのは大変だろうにと思って、あれと気づいた。
 違和感を感じる暇すらなかったのだが、少しこないうちに随分と印象がかわったものだ。
 雑草はなく、整備された道がある。
 自由に生えた名もわからない木はなくなり、キレイな花が道をつくっていた。
 あまりの代わりぶりに自分が今どこにいるのかわからなくなってしまったほどだ。


「あら? 私間違えてしまったかしら?」
「ユーフェミア様?」
「ユフィと呼んでくださいな」


 お忍びなのですと唇に指をあて、秘密ですと言えば枢木スザクはあっけにとられた顔をした。

 何度か葛藤があったようだけれど、

「ユーフェミア様は何故こんなところに?」

 結局敬称をつけたスザクに駄目ですよと言う。


「駄目です。ユフィって呼んでくださらないと返事はしませんよ。はい、練習です。せーのっ」
「ユ………………………」



 スザクが頭を抱えた。 
 のせられそうになった自分に落ち込んでいるらしい。
 強情ですねと面白くなく思うが、当初の目的を忘れてはならない。
 ユーフェミアはルルーシュに会いにきたのだ。
 可愛らしい男の子には未練が残るけれど仕方ない。
 スザクにはまた日を改めて、今度はスザクに会いに来よう。
 短い時間でユーフェミアはスザクを気に入ってしまった。


「ところでスザク、ここはどこですか?」
「迷ったんですか? ユーフェミア様」
「ユフィです」


 すかさず訂正を入れる。

「私はアリエス宮にきたつもりだったんですけど」
「アリエス宮ですよ?」
「おかしいですね。アリエス宮はもっと…………」
「もっと?」



 もっと荒れていたというべきか。
 もっと寂れていたというべきか。
 あるいはもっと背が高かったというべきか。もちろん雑草の。




「ユーフェミア様?」
「ユフィです。あ、そう! もっと冒険心をくすぐる感じでした」
「ユ」
「ユフィです」
「フライングですよ」


 顔を見合わせて、二人同時に噴き出した。
 ユーフェミアも声をあげて笑う。
 スザクなんか涙がたまっていた。



「ユフィ」
「よろしい」


 今度こそ愛称で呼んでくれたスザクに満足して、意外と素直なスザクが可愛かったから弟にほしいなと思った。
 ずっとルルーシュが羨ましかったのだ。ルルーシュには妹がいて、ユーフェミアにはいなかったから。
 まさか姉に不満があるわけじゃない。大好きだ。そんなのとんでもない。
 でも弟か妹がいたらもっといいのにな、とずっと思っていたのだ。



「アリエス宮はそんなに変わったの?」

 敬語もないので優秀だ。


「スザクは知らないの?」
「僕がきた時にはもうこんなだったよ」
「いつ来たの?」


 ユーフェミアが前回訪れたのは2ヶ月も前だ。
 そのあいだに更にあれるならまだしもひとりでに綺麗になるなんてありえない。
 人的要因が加わったのは確かだが、まさかルルーシュがそんなことをするとは思えなかった。
 ルルーシュは確かにきれい好きだし、嫌いな言葉は散雑とばかりに片っ端から片付け、C.C.の後をひたすらおいかけるような人間だけど、ルルーシュが気にするのは基本的にルルーシュの手の届く範囲だけだから。
 庭は範囲外だったはずなのに。



「まだ一週間たってないんだ。庭が整備されたのは僕が来る直前らしいけど」
「じゃあこれはスザクのためですか?」
「違うんじゃないかな。ルルーシュは嫌がらせとか言ってたけど、ミレイさんはパフォーマンスって言ってたかな」


 パフォーマンス。
 それは誰かに見せるということだ。
 でも誰に。


「一週間と言いましたけど、スザクはアリエス宮に滞在しているの?」
「そうだよ」


 なんでもないことのように言うが、スザクはそれがどれだけすごいことか理解していないのだろうか。


「でも。何のために?」



 聞けばスザクはうっと詰まった。
 今のどこに心を抉るセリフがあったのかは疑問だが、どんどん下がっていく視線は思うことがあるのだろう。



「スザク?」
「あえていうなら…………ルルーシュと仲良くなるため、かなあ」



 全然駄目なんだけどねとついたため息は重かった。



「仲、悪いの?」


 でも、と思う。


「嫌われてるんだ」



 でも、それはおかしい。


「変だわ」
「何が?」



 だがそれには答えずに、ユーフェミアはスザクを眺めた。
 上から下へ。
 そして下から上へ。
 少し距離をとり、背中にまわり。

 やはり、変だ。




「本当に嫌われてるの?」


「嫌いって言われたよ」
「ルルーシュは、わたしにここには来るなって言うわ。でもルルーシュはわたしが好きよ?」
「それとは違うよ」
「いいえ、おんなじです」


 何故ならスザクは追い出されてないではないか。
 ルルーシュは嫌いどころか、なんとも思ってない人間さえ中にはいれない。
 許されるのはいつだってルルーシュの大事なものだけだ。


 仮に、嫌いでもスザクを中にいれなければならない事情があったとしよう。
 でもそしたらルルーシュは普通なら2日もせずに追い出すはずだ。
 それは絶対に逆らえないやり方で。
 2日もあればルルーシュにとっては十分なはずだ。


 でもスザクはいる。
 それが全てではないかとユーフェミアは思った。



「スザクはルルーシュが好きですか?」



 それはユーフェミアの中では特に大した意味をもたない確認でしかない。

「好きだよ。一目惚れなんだ」



 はっきりと言われた言葉はとても素敵な響きをもっていたのに、スザクの顔が曇って心配になった。

 スザクはどこか苦しげに宙を睨む。



「悩み事?」
「ちょっと、ね。色々上手くいかなくて」

 その顔は全然ちょっとじゃなかった。
 見てるだけで苦しくなるような。
 だから――。


「そう。じゃあ」


 いいことを考えた。





「今からユーフェミア・リ・ブリタニアの青空相談室を開催します!」




 なんでも言いなさい。

 解決してくれるのと絶対に信じてない調子でスザクが言うから、声高に宣言してやる。

「いいえ!」

 自信を持って。

 残念ながら内容も事情も何も知らないがユーフェミアが安請け合いはできない。
 けれど、できることはないかと言えばそれもまた違うだろう。

「ユ、ユフィそれって」
「でも、一緒に悩んであげます!全力で」

 だから何でも言いなさい、と。



「それって何か意味あるの?」
「もちろんです。1人より2人のほうがいい案がでる可能性が高いですし、それに私がスザクの倍悩みますからスザクはどうでもよくなるはずです」


 昔ユーフェミアが悩んでいたのは、ピンクと黄色、どちらのリボンをつけるかというとても小さなことだったが――でもその頃のユーフェミアにとっては一大事だった。ルルーシュとナナリーに会いに行くのだ。変な格好は絶対にできないし、リボンの色がナナリーとかぶってしまうのもなんだか嫌だ。どちらの色だったら、ルルーシュからいつものように可愛いねと言ってもらえるのかと考えれば考えるほど悩んでしまって、結局決まらずぐずりながら行ったら、行った先でルルーシュがナナリーの帽子を選んでいた。部屋中並べてうんうん唸っているのを見たら、なんだかどうでもよくなってしまった。


 他のことについても言えるが、基本周りが過剰に反応していると、自分は意外と冷めてしまうものだ。



 それはユーフェミアにとっては真理だったが、ルルーシュほど説得力のある話し方ができないユーフェミアの言葉でスザクが納得したとは思わない。
 しかし目を見て心をこめて話せばきっと伝わるはずだと信じるユーフェミアの気持ちが通じたのか――は定かではないが、話してもいいかなという気持ちにはなってくれたらしい――スザクは口を開いてくれた。






「僕はルルーシュのこと、何も知らないんだ」




 出会って一週間もたってないから。


「事情も理解してないし、ルルーシュが僕を歓迎してないこともわかってる。そんな僕なんかが言っていいことではないことも」
「ルルーシュに言いたいこと?」


 それならユーフェミアもいっぱいある。
 もっと会って欲しいとか、もっと外にでて欲しいとか、泣かないで、とか。いっぱいある。
 そのほとんどを実際に言っている。
 そう、ほとんどだ。


「言う資格がない」

 全てではない。



「矛盾してるのもわかってるし、ルルーシュは僕よりずっと賢いから、僕なんかが言っても……それはすでに却下されるにたる理由があるはずなんだ」


 一つ、言えなかったことがある。
 言えなくて、呑み込んで、自分に嘘をついた。


「でも見ていて、腹が立って。自分のことじゃないし、自分が言うのがどんなに不条理かも頭ではね、わかってるんだよ。本当に。でも。言ってしまいたくなる」




 後悔している。
 でもその時は、そう言うしかなかったのだ。


 これでいいのよと。


「諦めるな」


 大丈夫よ。


「逃げるな」


 間違ってないわ。


「戦え」


 逃げることは悪じゃない。




 だって。
 だって、そう言うしかなかったのだ。
 ぼろぼろに傷ついたルルーシュに、戦えなんて言えなかった。
 諦めるななんて、苦しめなんて言えなかった。



 でもずっと言いたかった。




 戦って。




「僕は、無責任だ」



 ユーフェミアはたまらなくなってがしっとスザクの両手を掴んだ。



「ユフィ?」
「スザク。ダメです。それは、言いたいことは、言わなきゃダメです」


 言わなければ後悔するものは、言わないと本当にあとをひくから、なんて言って。
 経験だと告げる己に何様のつもりだと思った。


 本当は自分ができなかったから………違う。したくなかったことをスザクに全部押し付けてしまおうとしているのだ。
 無責任で卑怯。
 それでもと願うのは傲慢でしかない。



「でもユフィ、それでルルーシュが危険に晒されるかもしれない」
「ルルーシュは今だって十分危険ですから、あまり変わりませんわ」


 なんて。
 本当になんて無責任なのだろう。



 だからせめて、笑って言おう。
 ルルーシュも、スザクも無責任な女を嫌えるように。



「それに長期的な危険より、ちょっと度は増しても短いほうが守りやすい。とは考えられませんか?」

 ルルーシュだっていつまでもナナリーを危険にさらしたいわけがない。
 あの時は耐えられなかったことでも、きっと今なら大丈夫だ。
 ルルーシュは強い。
 ただ、踏み出す時期がわからないだけ。



「協力は惜しみません。情報がないと言うならば、私がもてる限りスザクにあげますから!」


 だからっ。
 あの時ユーフェミアが切り捨ててしまったもう一つの道を。



「ルルーシュを助けてあげて、スザク」
「僕は」
「それが友達ってものでしょう!?」






 けほっとスザクが咳こんだ。


























 にやにやにやにやにやにやにやにやにやにやにやにや。



「………………………なんだ」




 にまにまにまにまにまにまにまにまにまにま。



 ルルーシュの沸点は只今最高潮に低かった。
 たぶん水素くらいだ。
 箸が転がっても笑えるのが女子高生なら、鉛筆の転がる音で怒鳴り込みに行けそうなほど。
 とはいえ、さすがに表情くらい取り繕えなければ皇族なんて因果な商売はやっていられないし、プライドがあるのでこんなことで激昂することはない。またわざと煽られているのがわかってのってやるのもシャクだ。 

 もっとも無意識に青筋が一つ浮いていたが、煽っているC.C.はあえて指摘しなかった。
 自分の感情に振り回されているルルーシュなどめったに見れるものではない。
 これを逃すなんてもったいないことを彼女がするはずないではないか。


 ルルーシュの執務室のソファに我が物顔で寝転がり、何をするでもなく気持ちの悪い笑みを浮かべながらルルーシュを見ている。



「用事がないならでていけ、邪魔だ」

 これは先ほどから何度も繰り返しているセリフだ。


「邪魔はしていない。いるだけだ」


 そしてこれもまた定型文。
 確かにC.C.は自分で言うとおり、何をするでもなく転がっているだけだ。珍しくちゃちゃを入れるわけでもなく、ピザを作れと壊れた目覚まし時計のように繰り返すわけでもなく、また物理的に絡んでくることもない。
 ただ、見ているだけ。

 それが何より邪魔だと思うのはルルーシュが神経質すぎるのだろうか。
 いや、そんなはずはない。
 この人を馬鹿にしたような質の悪い笑い方のせいだ。
 また何にも言ってこないというのも気味が悪い。

 わかっているともと言わんばかりに盛大に見下されている気分になるのは思い当たる節があるからだろうか――だがそんなんじゃないと否定したら負けな気がする。そもそもC.C.は何も言っていないのだ。話題を限定するのは二重にも三重にも危険だ。
 危険すぎる。


「ならなんでこんなところにいる。自分の部屋に帰れ。こっちはお前に構っていられるほど暇じゃないんだ」
「結構だよルルーシュ。私はお前を見ているだけでいい」
「何がおもしろいのかわからんな」

 睨みつけるが効果はない。
 にやにやと笑みを濃くしただけだ。


「わかってないなルルーシュ。こんな楽しいことはないさ」
「何が言いたいのかはわからないが、お前の趣味が最悪に下劣なのはわかった。私には理解できん」


 ああ、間違えた。
 これは修正液でどうにかなるからまだいいが、こういう時は何をやってもうまくいかない。


「春だな」
「夏だ。とうとうボケたか」


 春なのはお前の頭の中だけだ。



「いい季節だよ」
「暑くて死にそうになるから私は嫌いだ」



 もっとも、ルルーシュは寒いのだって苦手だが。
 もう地球の気候自体が身体にあわないと思う。


「だれが夏の話をしてる。春だ春」
「だからなんで春の話になるんだ」


 どこから沸いてきたとなんだかんだで構ってやっている自分にうんざり気味で尋ねれば、C.C.は肩をすくめた。


「お前は比喩表現も知らないのか。春だよ春。発情期」


 そんな直接的な言葉ではなかったはずだが。
 せいぜい恋の季節といったところだったはずだ。
 品のない女に眉をしかめるが、これが変わることなどないだろう。



「発情期、ね」



 ただ今回の場合は言い得て妙だなと思いながら窓の外を見る。

 確かに春だ。
 もうなんていうか周りの空気があからさますぎる。
 背景がピンクにしか見えなくなってきたところで視線を外す。



 全く、いいご身分とはこのことだ。



 さすがにいつのまにと言わせてもらいたい。
 窓の外、ルルーシュの婚約者である枢木スザクと、腹違いの妹のユーフェミアがしながら歩いてるのがばっちりと見えている。
 逢い引きとは隠れてするものではないだろうか。


 自分のことなどどうでもいいと蔑ろにされているようで、さすがにあまりいい気分ではない。
 いや、何を考えているのか。
 自分で言ったではないか。
 誰と付き合おうが構わないからルルーシュのことは放っておけと。

 何を、苛つくことがある。


 正解は何もない、だ。
 むしろ安心して喜ぶべきことだろう。


 あまりにも早い心変わりだったが、所詮男などそんなものだ。
 手に入らない可愛くないものと、難易度は低くてしかもずっと可愛らしいものとくればこれはもう比べることでもない。



 昨日の一件で愛想がつきたということも考えられる。


 ルルーシュを庇って刺客に刺されたスザクにルルーシュはなんといったか。
 馬鹿なことを、と。
 それは誰かが自分を庇ったことに、ルルーシュのかわりに血を流したことに動揺して口をついた言葉だったが、嘲るような言い様は、庇った人間にとってはどれだけ不愉快だっただろう――その時はそこまで頭がまわらなかった。
 更には他でもないルルーシュを庇って怪我をしたのに、労る言葉ひとつなく、ああそういえば謝罪も、まだ。




 こんな人間愛想がつきるのが当然の反応なのだ。
 これでまだ同じ台詞が言えたら――好きだとか、可愛いだとか――マゾを通り越した変態か、あるいは罠か、どちらしかないではないか。



 だがあとで………。
 遅くなってしまったが謝罪と礼は言わねばならない。




「いい変化だと私は思うぞ」
「ああ。これでつきまとわれることもなくなると思うと清々しいな」


 書き終わった書類を積み上げながら平然と言ってやると、何かしらからかうようなことを言ってくるかと思ったC.C.は一瞬無表情になった。
 その反応は想定外だった。
 何か変なことを言っただろうか。



「……………………ルルーシュ」

 声が低い。


「署名欄を間違えてるぞ」
「っ」


 指摘に急いで確認すれば、C.C.の言った通りでもうため息もでてこなかった。書き直しだ。
 全部!



「お前もしかして自分が苛ついてる理由もわかってないとか言うんじゃないだろうな」
「昨日の件で虫の居所が悪いだけだ。第8皇子のげすっぷりには反吐がでる」


 多少言葉が汚いのは勘弁してもらいたい。
 書類の書き直しなど醜態すぎて死にたいほどに腹が立つ。




 C.C.が天を仰いだ。


「枢木スザクのことだ。お前、奴をどう思ってる?」
「軽い男だな」


 そうだ、昨日、ルルーシュにキスなんかしたくせに。
 そのくせ今日はもうユーフェミアに心変わりしているなんて。

 もともと信用していなかったはずなのに裏切られたような気持ちになってるルルーシュが滑稽だった。



「ただ、昨日の身のこなしは評価できる」


 スカートだったのが絵にならないが、よくもまあ反応できたものだと思う。
 それに二階から平然と飛び降りるのだから驚く。
 今更ながらにあの身体能力を惜しく思う。もう、彼がルルーシュのためにそれを発揮することはないだろうが。それとも、目の前で危機に陥れば、好きでなくても身体が動くタイプなのだろうか。




「C.C.?」


 突如押し黙った彼女に疑問を覚える。



「………いや。私は今教えてやろうかどうかでとても悩んでいる」
「何の話だ」


 さっさと言えと言うが、C.C.はソファから緩慢に起きあがると話題を変えた。


「ルルーシュ。第8皇子と言ったのは確かか?」


 昨日の刺客の話だ。
 それが何か関係あるのだろうか。
 訝しみながらも軽く頷く。


「ああ。咲世子さんが調べてきたから確かだろう」

 彼女の能力については未だに未知数な部分が多いのだが、どうも代々続く由緒正しい工作員の家系とかで大変優秀な人材だ。
 多少……天然なところもあるが、訓練された技術をもつ彼女は信頼に値する。


「どうする気だ」
「潰すさ。せっかく人が大人しくしてやっているのにわざわざ仕掛けてくるなんて馬鹿な奴だ。これからの平穏を守るためにも見せしめは必要だ。潰したところで罪悪感を覚えなくて済むようなげすだしな。まったくありがたいよ」
「何故だ」


 ルルーシュはC.C.の言っている意味がわからずに聞き返した。
 何故も何も今言った通りだろうに。



「お前は今まで潰しはしなかっただろう。せいぜい警告だけだったはずだ」


 もちろん警告と言っても口で言っただけでどうにかなるような話ではない。
 多少は持っていったものもある。
 例えば汚職の証拠だとか、死んだ人間の首だとか――それを世間では脅しという。この世界には叩けば埃のでる相手が多すぎる。



「なのに何故今回だけ手を変える」


 ルルーシュは手を止めてペンを置いた。
 机の上で手を組む。


「私ではなかったからだ。狙われてるのが私だけなら、何かあるのが私だけなら、今回も穏便にすませる用意はあった。だが今回怪我をしたのは私ではなく、私の庇護下にある人間だ。もともとあいつには警告をしていたはずだ。私のものに触れたら今度こそ容赦はしないと」


 ナナリーしかり、ミレイしかり。
 一度宣言したことだ。
 成さなければ舐められる。
 今度こそナナリーに被害が行くかもしれない。



「だがあいつが狙っていたのはルルーシュお前であって、枢木スザクなど視界にすら入っていなかっただろう」
「それでもだ。事故?イレギュラー?そんな言葉は許されないんだよ。完璧に出来ないぐらいなら死んだ方がいい」
「それは枢木スザクをお前のものだと認めるということか」
「…………少なくともアリエス宮にいる限り私の庇護下の人間だ」
「お前が言ったのは、私のものに手を出すな、だったが?」



 人の揚げ足ばかりとる性格の悪い女をねめつける。


「自分のものだと認識しているからそんなに不機嫌なんじゃないのか」
「そんなんじゃない。私はただ」
「ユーフェミアと枢木スザクが一緒にいる様子を見てどう思う? 苛々するんだろう? 腹が立つのだろう? 裏切られたようで悲しいんだろ?」
「違うっ。私はっ」



 立ち上がった表紙に椅子が倒れて派手な音を立てた。



「盗られた」

 ひくっと喉が引きつった。


「と、思わなかったか?」



 枢木スザクはルルーシュのものではない。
 ルルーシュにはスザクのすることに干渉はできない。
 スザクにそう言ったはずだ。
 ただの、パフォーマンスでしかないと。見かけ上の責任だけを果たせ。それ以上の権利はないと。


「返せ、と思わなかったか。腹が立ったのはユーフェミアにか枢木にかどっちだ」



 わからない。
 C.C.が何が言いたいのかわからない。



「横にいるユーフェミアが羨ましいか」
「そんなものっ、あるはずないだろ」


 ルルーシュにはスザクに、なんの権利も持っていないのに。



「お前の感情は嫉妬と何が違う」



 スザクを傷つけられて逆上したくせに





「お前は基本甘すぎる。自分のほだされやすさを自覚していないのか」



 馬鹿にするように、だが同時に、まるで保護者のようにC.C.が言った。

 もうなんと言っていいのかわからず、それでもようやく返そうとした言葉は、しかし結局のみこまれてしまた。


 パタパタと大きくなっていったあとに続いた大きな声によって。





「ルルーシュ! どうしましょう。私はスザクが弟に欲しかったのに!」





 ルルーシュは突発事項に弱い。
 今回も頭が見事に空回りをし、反射的に叫んでしまった。


「スザクなんかにナナリーはやらないからな!」


 おいついたスザクがなんとも言えない顔になった。









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【言い訳】(反転)
なぜかやけにこの話だけ長くなってしましました。ええ、すべて私の計画性のなさが原因ですとも(開き直るな)
私はもともとユフィが得意ではなかったもので(ここら辺はいろいろあるんですが)、ずっと書いてこなかったんですが、今回とても都合のいい方向に昇華することができたように思えます。うん、ユフィもかわいいよ。
そういえばこの話をメールで送ったところ感想が「ここでナナリーがでてくるあたりスザクに同情する」だったんですが、他に突っ込むところは本当になかったのか。
…………………………よし、ないということで