思いがけない訪問者に驚かなかったわけではない。 けれど、淑女たるもの素直に表情をあらわにしているようではいけない。
例によって外生きようの笑顔を瞬時にかぶった。 呆けた顔など見せられるわけがないではないか。 だてに表情一つが命にかかわる世界に身をおいているわけではないのだ。 もっともそうは言っても今はその実力を発揮する機会のない日蔭者の身だけれど。 三つ子の魂百まで。 身に付いた技術に鈍りはない。いいことだ。
「ミレイさん!」 「スザク君」
訪問者と言ったが、ここはリビングなのだから彼が来たところで本当はおかしくなどない。 彼も今では列記としたアリエス宮の住人なのだ。 だから驚いたのは彼が来たこと自体ではなく、彼が一人だったことにだ。
出会って3日で習性を判断すべきではないのだろうが、少なくともミレイはスザクがルルーシュのそばをはなれているのを見たのは初めてだった――もちろん一日中べったりひっついているなどありえないことなのだが、ミレイが見かける時はいつも彼はルルーシュをおいかけていたので。つれない態度で冷たく、時には暴力的に追い払われているくせにへばりついているのはもはや尊敬に値する。 絶対にマネしたくない。 彼はマゾに違いない。
大事な幼馴染の婚約者をそう評価して、ミレイは彼にお茶をすすめた。
いつもならばこの時間にはミレイのほかにルルーシュとナナリーもいるはずなのだが、朝食が終わってすぐルルーシュがでていってしまい、妹もしたいことがあるとかで部屋に帰っていってしまった。 言わずもがな。ルルーシュがでていったのはさっさとスザクから離れるためだ。徹底しているのかムキになっているのか。あがくよりも受け入れるほうが楽なのにと思ってしまうのは悪いことなのか。 すすめられるままに腰をおろしカップを口に運ぶ姿は無害に見えるのに――ミレイには物足りないほど。
でもルルーシュにあてがわれた人柄としては及第点といったところだろうか。
「相談があるんです」
一口飲んで、切り出された言葉だって、なんともいじらしいではないか。 内容はだいたい予想がつく。
「ルルーシュのことね」
というかそれ以外何があるというのだ。 その件の彼女は朝食中一度もスザクの方を見なかった。 不自然な視線の運びの意図はあきらかで、あからさまな子供のような行動はやられているほうはたまったものじゃないかもしれないが、傍観者から言わせてもらえればなんとも微笑ましいものだ。 反対にちらちらとルルーシュを気にして、声をかけようとしては撃沈するスザクの様子もまたいいものだ。
恋せよ少年。
う〜んいけない。 自分が少し老けた気がする。
「ええ、ちょっと昨日、怒らせちゃって」
カップの中身に視線をおとして溜息をつくが、別に怒らせていなかったとしても別段態度に変化はなかった気がするのはミレイだけなのだろうか。 いやいや少年の心意気に水をさしてはいけない。
へたっと耳を伏せる仔犬はご主人さまの無視攻撃が相当こたえているようなのだから――本当に犬のようだ。犬の正しいしかり方を知っているだろうか。悪いことをした犬ではなく、物の方をしかるのだ。バカ犬はおこられていることもかまってもらえていると理解するらしい。
「謝りたいんですけど、こう、何か……」
うしろめたそうに言いよどむのは、若干姑息な手だと思っているからだろうか。 何か、贈り物をという言葉は意訳してしまえば、ご機嫌をとれそうなものはないかと聞いるのだ。
「懐柔策を聞きに来たの?」 「……ええ、まあ。いろいろ考えたんですけど」
ルルーシュのことをよく知らないから何がいいかわからなくって。 その言葉を裏返せば、全然知らない相手に好きだのなんだの主張しているということになるのだが。
その気持ちはミレイにはわからないでもないのだけれど、なんでも理屈詰めで考えなければ気が済まないルルーシュにとってはおそらく気持が悪いものでしかないに違いなに。 これはひとえに生き方の違いなので誰に非があるわけではないのだが、見ていて切なくなってしまう。
好きという感情は理屈ではない。 知っているから、どこkが好きで、どこが嫌いだから、総合的に「好き」―−そんなこともないとは言わないけれど、でも恋ってそんなものじゃないだろう。 好きだから知りたいのだ。
「本当はアクセサリーとかが定番なんでしょうけど。ルルーシュは喜んでくれそうにないし。というか僕に手に入れられるものなんて、ルルーシュにとってはおもちゃみたいなものですよね。お姫様だし」
僕に買えるようなものになんか見向きもしてくれないのだろう。 そういう彼は日本ではいいところの坊ちゃんではなかったのか。 なんで金銭感覚がそんなに庶民的なんだろう――あとで聞くところによると言えの方針とかで、自分の交際費は自分で捻出していたらしい。バイトは主に体力仕事だそうな。
それはそれとしてまあ結論はあっているが、理由は違う。 そもそもルルーシュは自身の身を飾り立てるものに興味がないのだ。 パフォーマンスをよく理解している子ではあるから、必要な時に必要なものは身につけるけれど、それを愛でることはない。ただの道具としか認識していない。
おしえてやろうかと思ったがやめた。 こういうのは人に教えてもらっても楽しくない。 自分で見つけて新たな発見の喜びとして味わわなければ。
しかしそれに、と続けた彼にミレイは、あれ、と動きを止めた。
「身につけるものを送って今の時点で変に勘ぐられてもどうしようもないですし。甘いもの、ケーキとかプリンとかアイスとかどうかなって思ったんですけど……。以外と懐柔されてくれそうなんですが、それじゃあだめなんでしょね」
あれ?
「餌付けだと本当にただ懐柔するだけになってしまいますよね。すぐになくなってしまいますし。形あるもので、目につくもので、身につけないもので、さらに受け取らざるを得ないものって何かないですか」
……………………………………何が。 どこが。
仔犬だ。
条件をあげていく男の目は冷静だ。 そう、男の目だった。 それも、かなり厄介なタイプの。
急いで自分の評価を書き換える。 無害だなんてとんでもない。 まいった。
これを仔犬と思うだんなんて、ミレイももうろくしたものだ。
これは、だめだ。 ルルーシュに、あんな純情な子に、勝ち目なんかない。 どう考えてもない。 手に余る。
こんなことを堂々と言うなんて、ただのバカか、それとも相当自信があるのか、何かを狙って爪をといでいるのか。 相談なんて何の話だ。 試されている。
カタっとコップが音をたてた。
お前は敵か。 味方かと。
ミレイは外を示した。
仔犬の皮をかぶった化け物め。
「おそろしい子ね」 「へ?」
しかも天然ものか――どうなんだ。これは。天然なのか、作っているのか。ああ、どちらにしても微妙すぎる。
だが、ここで怯んでは名がすたるというものだ。 何事も力一杯楽しむのがポリシーだったはず。
ともすれば歪みそうになる口元はカップでかくして、笑顔をつくる。 外を、しめしてやった。
ひぃっ。
思わず口をつきそうになった悲鳴をあわてて呑み込んだ。 こんな情けない声は出せない。 特にナナリーの前では。
しかしきちんと呑み込めたのか、それとも音にならなかっただけなのかは定かではなく、ルルーシュはひくっと体を震わせて、息をのんだ。
それでもそんな姉の様子をナナリーは敏感に感じてしまったらしい。
「どうかしましたか?」
こてっと首を傾けて不安げな表情を見せたナナリーに、ルルーシュは目の見えない彼女を安心させるようになんでもないよとことさら優しく言った。 が、視線は『それ』に固定されてしまって離れない。
『それ』――なんだろう。 あれはなんだろう。
「お姉さま?」 「バラ、が…………」
バラが。 巨大なバラの花束が…………、走ってくる。 足がはえてパタパタと、まっすぐに――。
いやまて。 バカな。 バラが走ってたまるもんか。
冷静になれ冷静になるんだ。 あれは無機物だ。 ぶつぶつと言い聞かせるように呟いて、なんとか現実的な応えをはじきだす。
あれはバラだ――何をいまさら。
だめだ。 相当混乱している。 大きさがアホみたいに規格外なことになっているが、ただのバラの花束、の、はず、だ。
花束というにはリボンも何もないむき身のそれはただの束であったが、花の束なのだから花束には違いない。 花束の下に見える足は、人がもっている証拠だ――そうとも生えてたまるか。 しかもチノパンなんてどこの笑い話だ。ホラーにすらならないではないか。 大きすぎるそれをかかえているせいで上半身が隠れてしまっているのだ。
距離が近くなってかかえている腕も見えてきた。 ここまでくれば誰なのかもわかるというものだ。 というか、あらゆる意味で奴しかいない。
枢木スザク。
ルルーシュのふざけた婚約者。 無駄に醜態をさらしてしまったことが忌々しいが、それというのも全部奴が悪い。
原因が同定されてしまえば、驚き疑問もすべて飛んでいってただ忌々しさだけが結晶化されていく。 だいたいなんだってあんな馬鹿でかいバラの花束を作ったのか。 かかえるのだって大変だろうに、前もろくに見えていないだろう状態でよくもまあ躓きもせず走れるものだ。 パタパタなんてかわいらしい擬音のくせに、絶対秒速10Mはでていた。 100M程の距離を10秒程度で縮めたのだから間違いない。
「ルルーシュ!」
目の前でバラの花束がしゃべった――頭が痛くなってきた。 声ははずんでいるが、息がはずんでいないことに頭の片隅で反対だろとつっこんだ。
「スザクさん!」
これはまたうれしそうな妹の声にぎょっとする。 いつのまに仲良くなったのか。
「ナナリー」
しかもスザクまでもナナリーを呼び捨てにするなんて。 許可した覚えはない。
「バラの香りがします」 「うん。いっぱいつんできたんだ」
「何色ですか?」 「赤だよ」
突っ込みどころは他にも腐るほどあったはずだが、親しげな二人の様子にすべてふっとんでしまった。 なんということだ。 むざむざナナリーを男の毒がにかけてしまうだなんて。 母に顔向けができない。 すみやかに、一刻も早く、排除しなければ――すでにまともな思考回路ではない。
「スザク!」 「ルルーシュ、これ君にプレゼント」
はい、とさしだされて今度こそ固まった。
「君には赤いバラが似合うと思ったんだ」
のほほんとそれこそ小さなスミレでもさしだすような素朴なノリで言われるが、現実に視界を覆い尽くしているのは派手なバラだ。 見えないから想像でしかないが、当の本人はひまわりでも背負ったような満面の笑みを浮かべているに違いない。 まとまりのない組み合わせにこめかみがひくついた。
「昨日怒らせちゃったから……。ごめんね」
おそらく……きっと、たぶん、花束をもって、謝りにきた婚約者の態度というのは世間一般の価値観に照らし合わせると、ほめられたことに分類されるのだろう。 だが。 これでどうして「ありがとう、うれしいわ」なんて言えるだろうか――そもそもルルーシュが言うと仮定しただけで鳥肌がたった。 あ、悪寒までしてきた。 頭が痛い。 めまいがする。 風邪かもしれない。 今日は大人しく寝ておこうか。
結論がでたところで一言だけ言わせてもらおう。 大きく息をすって。
「馬鹿か!」
怒鳴った。
「ルルーシュ?」
どうしたの? 何か悪いことした? と顔を見なくてもわかる、ぼけっとした間抜け面をさらしているに違いない。 全く腹が立つ。
「ルルーシュ? じゃない、大ボケが! これはいったい何の真似だ。ふざけてるのか。それとも本気か? 本気なら頭おかしいだろ。だいたいなんだこの大きさは」 「僕のルルーシュへの気持ち」
ぬけぬけと恥ずかしげもなくよくそんなことを言えるものだ。
「いらん!」 「ひどい」
ひどくない。 断じてひどいのはルルーシュではない。 むしろひどいのはスザクの方ではないか。 悪意すら感じる。 ずいぶんときつい態度をとっている自覚はあるが、こんな陰険な嫌がらせのような方法に訴えてくるとは思わなかった。
「棘で指をさせてって言ってるんだな。お前の気持ちはよくわかった」
だいたいプレゼント用なら棘ぐらいとってくるのが常識のはずだ。
「……あ。ごめん、ルルーシュ」
今気づいたというように――今気づいたんだろう――しゅんとうなだれたスザクになんだかルルーシュの方が悪いことをしている気分になってきた。 悪くないのに。 正論しか言っていないはずなのに。 冗談じゃない、と思う。
「お姉さま……」
思うのに。 なのに! ナナリーにまで責めるような声で訴えられなきゃならないのか。
「っくそ」
舌打ち程度じゃこの気持ちはおさまらない。
「…………咲世子さんに」 「へ?」 「咲世子さんに言って、家の中に飾ってもらえ!」
受け取るわけじゃない。 そこに放置されても処分に困るから、処理方法を示しただけだ。
さすがにとってきすぎたらしいとようやくスザクが気付いたのは送った相手に支持されたとおり、棘をとる作業に手をつけてから5分ほどだってからだった。
咲世子が一緒に手伝ったくれているが、先が長い。
なかなか減らない。
理由はもったいないから、でしかなかったがそれでも突き返されずに一応うけとってもらえただけでも快挙なんだろう。
うん。
そう思うことにした。
これ以上を望むのは、それは高望みというものだ。
とわかってはいるけれど、わかってはいるのだけれど。
このバラをルルーシュが持っている姿が見たかったなと未練がましく思ってしまうのは仕方ない。
ミレイに花を贈ったらどうかと言われ、彼女に似合う花を一生懸命選んでいる時は、ルルーシュに喜んでもらえること、たとえそこまでいかなくてもせめて、受け取ってもらえることが目的だったはずなのに、いつのまにか自分の楽しみのためになってしまっていることにスザクは気付かない。
そっと溜息をつきながらぱちっと小さな棘を折る。
ルルーシュの棘もこうやって簡単に折れてくれたらいいのに。
いや。
もしかして実は少しずつ折れてきているのかもしれない。
ポジティブに考えよう。
ただ、量が多すぎて1個とれてもかわったように思えないだけで。微量すぎて実質何も変わらないだけで。
……………………………………。
しかし!
しかし、だ。
千里の道も一歩からというありがたい格言もある。
どんなことでもあきらめなければきっと終わりがあるに違いない………………はずだ。
まあ若干気の長い戦いになるかもしれないが。
「おわりませんねえ」
見事なタイミングの咲世子のセリフにすいませんと小さくなって謝る。
彼女も他にやらなければならないことがたくさんあるはずなのに、スザクにつき合わせてしまって本当に申し訳ない。
一応一人でも大丈夫だと言ったのだが、二人でやった方が早いだろうと言う彼女の言葉は確かにありがたかた。
突然おしつけられた主人の婚約者はその主人に歓迎されていないのだから、よけいな仕事だけ増やすスザクの存在は疎ましいだけなのではないかと思うが、こんな手間までかけさせてしまって心の中で罵倒されてたらどうしよう。
せっかくの同郷の人なのに嫌われるのは悲しい。
何故日本人がこんなところで働いているのかと思えば、どうやら日本と侵攻の深いアッシュフォードに雇われていたのをミレイがつれてきたらしい。
ルルーシュの友人にはハーフの少女もいるし、意外と縁が深いのはなんとなくうれしい気がする。
それでなくても日本人だからという理由で蔑視されないのはありがたい。
そういえば他国にいながらにして畳を見ることになるとは思わなかった。
しかしながら使いどころがないらしく放置してたてかけられていたのにはさすがに泣いた。
ルルーシュいわくムダに部屋数はあるらしいので、一部屋ぐらい和室に改造してもいいだろうか――ひそかな野望だったりする。
「でもどうしてこんなにバラをつんでこられたのですか」
単調な作業中、戯れに話しかけられて朱雀は苦笑した。
「いっぱいあげたかったんです」
でも多すぎましたね、さすがに。
しかももともとこの家の庭のものなのだから、あげるも何もルルーシュのものだ。
「お庭から?」
「ええ、ミレイさんがどうせ枯らしてしてしまうか雑草化させてしまうからと言って」
これだけ広い家、庭にまで手をまわすほど余裕はない。
好きなだけもっていくいといいわと言ってくれたミレイは、本当は庭を放置してしまうのは忍びないのだけどといってさみしそうに笑った。
手がまわらないのだ。
ひろさはあるくせに、暮らしているのはスザクもあわせてたったの6人なのだ。
現在とてもキレイになっているのは、どうやらつい先日勝手にされたという。
それをルルーシュはどうやらキレイな庭は嫌いではないが自分のテリトリーで勝手なことをされたのを面白く思っていないらしく、このままだったらルルーシュに全部かりとられてしまうと言ったのはさすがに冗談――だと思いたい。
「もったいないですね。こんなにキレイなのに」
「ええ。ですがルルーシュ様はもっと実用的なものを好まれるので」
花より団子ということだろうか。
「花が嫌い?」
「いえ、そんなことはありませんよ」
バラとルルーシュとの組み合わせがどうにも諦められない。
絶対似合う。
賭けてもいい。
そんなことを考えてはいたけれど、咲世子の提案には神妙に頷いておいた。
「食べれるものを育てると喜ばれるかもしれません」
「トマト……付近から挑戦してみようと思います」
でもやっぱり諦めきれませんでした。
一本だけ、こんどはちゃんと棘を折ってさしだしたスザクを座っているルルーシュが睨むように見上げた。
「なんだこれは」
「一本だけでも君に受け取ってもらえないかと思って」
できる限り、心意気だけでも伝わるようにまっすぐに瞳を見つめながら言った。
「お前、めんどくさいやつだな」
「うん。ごめんね」
それは自覚している。
でも変わる気はない。
さしだしたままじっと動かずにいれば、ルルーシュは疲れたようにこめかみを押さえた。
「受け取るまで動かない気か」
「受け取ってくれないかな?」
苦笑する。
じっと30秒ぐらいだろうか、スザクを見つめたルルーシュはふいに手をのばして、バラをかすめるようにとっていった。
「もらってやる」
仕方がないから。
「ありがとう」
Back Next
【言い訳】(反転)
サブタイトルは「襲い来るバラ」です(自重しようか)
じゃあ、あれでもいいです、あれでも別に。ツンデレ。
家庭菜園をするスザルルを妄想してほくそ笑んだのは私だけでいい。
|