アニャルル 5


 

 艦内の重たい空気がのしかかる。
 藤堂が押さえていることで今はまだなんとかなっているが、みな怖れているのだ。


 ゼロが見つからない。
 ルルーシュがいない。


 浅い呼吸を繰り返してなんとかパニックを抑えているが、気を抜けば叫びだしてしまいそうだった。
 それでも握りしめた拳が震えるカレンが何より腹が立つのは、目の前でC.C.が悠然としていることだ。
 八つ当たりしたくて仕方ない。
 だが同時に、動じていないC.C.がいることでカレンも醜態を曝さずに済んでいることは否めない。

 

 

「ルルーシュは本当に生きているんでしょうね!?」

 

 

 ゼロの私室を我が物顔で占拠する女は馬鹿にした顔でカレンを見やる。
 うんざりだと顔に書いてあった。


 うんざりなのはこちらのほうだ。
 またブーツを投げ出して。
 部屋の主のいない部屋が一瞬で荒れる理由はこの一年で十分に実感しているが、それにしてもルルーシュは彼女に甘すぎる。
 せっせと脱ぎ散らかしたものを片付け、食事を与え服まで選んでやり、同じベッドで寝ていると知った時はどうしようかと思った――思ったが、すぐに自分が口出しすべき筋のことではないことを悟った。カレンはゼロの親衛隊長ということになっているけれど、ゼロの仮面の下を知っているけれど、結局それだけでしかないのだ。騎士団とは別の扱いをしているC.C.には何も言えない。そもそもゼロではなくてルルーシュのすることなのに何故カレンが心乱されているのだろうか。そこに思いあたった時、惨めな気分になった。

 

 

「だからあいつは生きてるとそう言ってるだろう」
「じゃあどこにいるのよ!?」
「知らん」

 

 

 役立たずめ――嘘だ。
 彼女が保障してくれるから辛うじてまだ声が震えるだけですんでいるのだ。

 

 彼女の言葉はささくれ立った神経を刺激することしかできないけれど、彼女がいなければカレンは崩れ落ちて途方にくれてしまっていたに違いない。
 ゼロがこの場にいないのはカレンの責任だ。
 誰が否定してもそれはカレンにとって真実であるなら意味がない。
 慰めの言葉など欲しくない。


 向かったのに、ランスロットでさえ押していたのに。
 助けることができたはずなのに。

 墜落していく艦。
 ゼロが見つからなかった。

 とばされたのか。
 それとままさか一緒に落ちたというのか。


 ゼロがいない。
 それは恐ろしいことだった。
 ゼロがいる。と、それだけで成り立っている組織がゼロがいなければどうなるかは既に実証済みだ。
 知っているからこそ怖くて仕方ないし、どんな手を使ってでも阻止しなければならないと思う。

 

 迎えにいけるものだったら何度でも迎えにいってやる。
 でも、本当に失ってしまったら。

 

 

 

 ―――――考えたくない。

 

 

 でもわかってしまう。

 


「生きてるだけじゃ意味がないのよ! わかってるの!? もし敵の手に捕らえられていたら」

 


 あの男が、枢木スザクが一体どんな手にでるか――あいつはルルーシュを恨んでる。
 また捕まっているにしろいないにしろ、怪我をして動けないかもしれない。
 すぐにでも飛び出して行きたいのに、共犯者を名乗る女に焦りがないのが感に触る。

 

「わめくな。喚いたところで何も」


 解決しない。
 そんなことはわざわざ言われずとも知っている。
 けれど人間、せざるを得ないことってあるだろう。
 どうしても抑えきれないものってあるだろう。

 1人死んでいないという確証を得ているからといって、この落ち着きぶりのほうがカレンには異様に見える。少しでも不安げな顔をすればまだましなのに。


 だがふと彼女が言葉を止めたのが気になった。


「おい」
「何よ」
「帰ってきたぞ」

 

 端的な言葉の意味が身体に浸透するにはしばし時間がかかった。

 

「ルルーシュだ」
「もっと早く言いなさいよ!」

 


 こうしてはいられない。
 走りでたカレンの後をC.C.もゆっくりした足取りで追った。
 まったく若いことだ。


 だが思わず複雑な顔をしてしまったのは、耳と尻尾が見えそうなカレンにではない。

 

 

 

「あれもどうにかならないのか」

 

 

 笑う気配に肩をすくめた。

 

 

「今度は何をひっかけてきたんだ」



























 騒然としていた。


 確かにゼロだったから、艦に迎え入れたのだけれど。


 緊急事態だと幹部以外追い払われた格納庫では戸惑いに声がでなかった。

 ゆっくりと後からきたC.C.だけがなんでもないことのように笑った。

 

「また随分と大物を釣り上げたものだ」


 確かにそれは大きかった。
 大きかったけれどそんな問題ではない。
 そんな問題ではないけれど、果たしてどこから問題にすべきか。

 

 何故ならそれは……。

 

 なんだろう。


 何、といっていいのだろう。
 ナイトメアフレームだ。
 それは確かだ。
 見たことがある。と、いうか、正面にあったのは半日ほど前の話だ。
 そう、正面だったのだ。
 横ではない。


「なんで、敵がここに入ってくるのよ!?」
「で、でも、カレン、ゼロが入れろと言ったんだ」


 詰め寄るカレンに扇がしどろもどろで答える。
 彼としても納得がいっていないのだろう。
 ナイトメアを見ては視線を泳がすことを繰り返していた。


 しかもゼロはそのナイトメアの手に乗せられている。
 ナイトメアが兵器であることを理解しているのか、あの馬鹿は。
 簡単に握りつぶされてしまう位置に、敵の手の中に。

 金色のナイトメアのときも思ったけれど、あれも彼の味方だとでも言う気だろうか。
 まったくC.C.ではないが、どこでひっかけてくるんだと完全なる皮肉でカレンは思った。


 そのゼロは何を思ったか降ろせではなく、コックピットに近づけるようパイロットに指示をだした。
 素直に従うそのナイトメアはなんの余興だろうか。
 あの機体は、敵なのに。
 カレンを海に落としたのに――この場合直接の原因であるかないかは関係ない。
 もうダメだと覚悟までしたのに。

 それなのになんでそんな優しい声で言ってやるのか。
 あなたの騎士は私じゃないのと叫びたかった。
 そんなこと言える立場じゃないのは理解していたし、そうだ、それにあれはルルーシュなのだ。
 そんなことを言えば皮肉げに笑われるにきまっている。

 だからカレンは不快感をすべて押し殺して紅蓮へと後退をはじめる。
 カレンは騎士だ――ゼロはそんな言葉を使わなかったけれど、親衛隊長として認めてくれたということは事実上そういうことなのだとカレンは理解していた。
 ならば、カレンはカレンの勤めを果たすまで。

 ゼロはあのナイトメアを信用しているのかいないのか、そこまではわからない――利用しているだけかもしれない。
 けれど事実がある。
 あれは、少なくとも半日前まで敵だったものだ。
 ここにきて暴れられたら、ここに集まっている生身の人間は無事ではいられない。
 暴れないかもしれない。しかし暴れるかもしれない。
 守ることがカレンの、務めだ。

 

 

 ゼロがコックピットから何やら引き揚げた。

「ほう」 

 C.C.が笑いを含んだ感嘆の声をあげる。
 他のものは声すらでない。
 カレンも思わず足を止めた。

 だって。
 それは。

 


 また手に乗り、ゆっくりと降ろされるゼロ。と、それ。

 

「祝杯でもあげてやるべきか?」

 

 やわらかい大地の色の髪がゆるやかに波打ち、閉ざされた瞳は見えない。
 華奢な、少女。

 

 ナナリー・ヴィー・ブリタニア皇女。

 


「その声、C.C.さんですか?」


 緊張も脅えも含まないかわいらしい声で応じた皇女にざわめきが広がった。
 しかも顔見しりだという――C.C.はゼロではなく、ルルーシュの共犯者だ。ならば妹と面識があってもおかしくはない、が。
 そうなると彼女は仮面の下に気づいてしまうのではないだろうか。いや、仮面をとったのだろうか。ならば彼女がリラックスしている様子に説明がつく。
 もっとも納得できるのはC.C.とカレンだけだ。


「久しぶりだな、ナナリー」


 しかもC.C.は皇女殿下に向っていつもの調子で話すのだ。
 どういうことかと混乱が広がるのは当然のことである。


「思ってたよりも元気そうだな」
「はい。よくしてくれた方もいらっしゃったので。C.C.さんもお元気そうでなりよりです。お兄様と一緒にいなくなってしまわれたので、心配してました」


 よくしてくれた方「も」という言い方にゼロの肩がピクリと動いたことに気づいたのはカレンだけだろう。
 他のものはみな、皇女とC.C.から目が離せない。


「では、わたくしのことは覚えてらっしゃいますか?」


 すっと進み出たのは神楽耶だ。
 まさか彼女まで面識があるという。
 これはカレンも知らなかった。
 隠されていたのか、言う必要もないと思われていたのか不明だけれど。
 気持のいいものじゃなかったのは確かだ。
 いや、戦争になる前に、皇族としてあっていたのかもしれない。


「皇 神楽耶ですわ、ナナリー殿下。といっても数回しか顔をあわせてはいませんが」
「ええ。覚えています。ご無事だったのですね。スザクさんは神楽耶さんのお話はされませんでしたから」
「薄情者ですわね」


「おい、ゼロ! どういうことだよ!?」

 ついに玉城が苛々した調子で叫んだ。
 ブリタニアの象徴である皇女と、味方と認識していた女たちとの親しげなやりとりが気に入らないらしい。
 それもそうだろう。
 ルルーシュにしてみれば保護の対象であるナナリーは、事情を知らない騎士団にとっては捕虜でしかない。
 しかも自分たちの作戦は失敗したにもかかわらず、敵の手を借りて――敵でないと仮定したとしても、知らない人間だ――ゼロ一人で攫ってきてしまった。

 

「作戦は常に複数用意しておくべきだ」


 対するゼロの答えは短い。
 さらに玉城はわめくが、どうやら相手にする気はないようで、皇女に気を取られている間にいつのまにか降りてきたパイロットを振り返った。
 少女、だった。
 おそらく神楽耶やナナリーとそう年がかわらないぐらいの。

 子供があのナイトメアを操縦していたというのか。
 それを考えるとぞっとした。


「俺達に一言の断りもなしかよ、ゼロ!? しかもこの後の作戦も聞いてないんだぜ!」


 玉城がゼロに向っていく。
 扇が止めようとしたが、振り払った。

 

「ふーん。これが皇女様ねえ」


 近づいて、ナナリーの顔を覗き込んだ。
 気配を感じてナナリーがびくっと震える。
 その時だ。
 反射的にカレンは走り出した。
 考えてのことではない。
 身体が殺気に反応した。


 ナイトメアのパイロットの少女だ。
 そこまでゆっくりとした動きだったのが冗談のような動きで、ふいにゼロに迫った。
 だめだ。
 間に合わないっ。


 玉城が無遠慮に伸ばした手が皇女に触れるか否か、その瞬間に。

 


「汚い手で触るな、ゲス」

 

 玉城の身体がふっとんだ。
 ゼロではない――とりあえずそのことにはほっとする。


 意外だったのは、その彼女がゼロを振り返ったことだ。


「な、何しやがる!?」
「殺しても?」

 ゼロに対して、親愛の情すらうかがわせるような声音だった。


「あれでも一応幹部だ。ここはこらえてくれ。玉城には私から注意しておこう」

 騎士団員よりも少女を気遣ったゼロの言葉にさすがに扇が副司令として進み出る。

「ゼロ、彼女は」


 答えたのは彼女自身だ。

 

「私は守りたいものを守るだけ。今のところは皇女と」


 ちらっとこちらを見られた、と思ったのはカレンの思い込みだったのかもしれない。
 彼女は全体を見渡したのだから。
 探るように。
 牽制するように。

 

「ゼロ、あなたを」
「頼もしい限りだ」


 ゼロが笑い、彼女はそれ以上を語らなかった。
 なんとも言えない空気の中、C.C.の言葉がきこえたのはカレンだけだった。

 

「あるべき姿に限りなく近く、果てしなく遠いな」

 

 憐みさえ含んだ声だった。

 

 

fin







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【言い訳】(反転)
そしてカレルル
ハーレム万歳!!ルルーシュは女の子に愛されればいいと思います!唯一の心残りは神楽耶様×ゼロが書けなかったことですが……。神楽耶様が嫁にほしいです。お婿にもらってくれるならそれでもいいです。愛してます
しかしそろそろスザクに餓えてまいりました。
ほら、根っからのスザルル派だから!
以下に私の中では恒例と化してしまっているおまけです。本編の中に組み込むことも考えたのですが、本編以上にアーニャがしゃべらない(もうタイトルの意味が)ことと、あと特定のキャラに若干厳しいものになっているので自粛しました。
特定のキャラとはくるるぎさんですが。が!あの、私、私、枢木卿を愛しておりますのでっ!アンチじゃないので!!話の流れと、言わせたい言葉のせいで結果的にそうなってしまいましたが、大好きなのでそれだけはご理解くださいまし。




おまけ