アニャルル 4


 
「こっち」


 大人しくアーニャの後ろをついていく。
 誰かに会うようならギアスを使わなければならないと思っていたが、アーニャの案内で歩けば不思議なことに誰とも出会わなかった。


 アーニャを信用したのかと言われれば、自分でも眉を歪めたくなるのだが、少なくとも、彼女の協力を疑っていない自分がいることがどうにも不思議な感覚だ。
 理屈でなく直感で、彼女は味方だと――普段直感ではなく論理を重要視するルルーシュにとって、自分の行動はなんとも心許ないものであった。
 信じたいという甘さなのかもしれない。

 

 どちらにしろ、馬鹿なことをしている事実は動かしようがない。

 


 時間に関わらず政庁の中は煌々と灯りがついている。
 だがさすがに夜中となれば人は少なくなっていた。
 とはいえ全くいなくなるわけもない。
 警備の人間をどうするか――やはりギアスしかないか――と考えていたルルーシュにアーニャのほうは何も心配していないようだった。


 そして実際確かに……、拍子抜けした。


 中にいても目立たない格好ということで最初メイドにでもなるかと言われて丁重に辞退した上で、現在軍服を身につけアーニャの数歩後ろを歩いているわけだが――。
 感心すべきはラウンズの名前の大きさか。
 それとも上には絶対服従の体質をあざ笑うべきか。
 最初の侵入さえ果たしてしまえばあとはとてもスムーズだった。

 

 足を止めるよう要求されるどころか声をかけようとする人間すらいないのだ。

 

 

 

 ルルーシュを租界に下ろしてから先に一度政庁に戻ったアーニャは、セキュリティーを甘くした上でルルーシュを招き入れた。
 こんなことをすれば君の立場がと言ったルルーシュにアーニャは淡々と答えた。
 

 

「ラウンズに執着はない。私は守りたいものを守るだけ」

 


 ルルーシュ。
 あなたを。


 ナナリー皇女殿下を。


 守れればいい。
 場所はどこでも構わない。


 ここで初めて騎士団に来る気かと問えば――その時までルルーシュは彼女の言葉の本質を理解していなかった。
 無理もない。
 何せ彼女は絶望的に言葉が足りない。
 ナナリーを逃がすことに関してのみ、協力してくれるのかと思っていた。


 何を今更とむしろ変な顔をされた。

 


「私は戦力。ルルーシュを守る。ルルーシュは私を最大限活用すればいい」

 

 騎士団への入団には特にこだわってない。
 立場などどうでもいい。
 勝手に守るから、横から排除しないで。
 側にいることだけ許して。

 その代わり、2人を守ることに反しない限りルルーシュの希望を叶えると。

 

 その言葉に偽りは感じなかった。
 だから本当にわからないのは、何が彼女を駆り立てているかだ。


 子供の頃のことは記録にはあっても、記憶にないのは確認済みだ。

 疑いをまだ完全に消すことはできない。
 けれど彼女の導きで、今ナナリーがルルーシュの手の届く範囲にいるのは事実なのだ。
 これで裏切られても、おそらくルルーシュはアーニャを恨めないだろう。

 

 

 盲目の皇女がプライベートエリアの入り口が開く音に敏感に反応した。

 言葉が、でてこない。


 何を、言えばいいのか。
 ここに来るまでにさんざん考えてきたというのに、いざ目の前にして言葉をなくした。

 

 

「どなたですか?」

 

 ナナリーの声の中に警戒心をみつけて心が痛んだ。
 ここは、ナナリーが自分で選んだここは、やはり心休まることのない場所なのだ。

 

「私は準備を」
「え、アーニャさん?」


 まだすることがあるとすぐにきびすを返す彼女に、ルルーシュは軽く頷いた。
 彼女は彼女の決めた役割をこなすと言っている。
 ならばルルーシュはそれに報いるべきだ。
 こんなとこまできて怖じ気づくなんて許されないのだ。

 

「ナナリー」

 慣れ親しんだ音だというのに、声が震えてしまった。
 それほどまでに否定された衝撃は大きかったのだ。それはルルーシュをではなかったけれど。
 なんても勝手な話だ。

 


「お兄様!? お兄様なのですか!? ほん、………とう、に?」

 

 部屋の前の警備には、ギアスを使った。
 アーニャは一瞬目を見張り、けれど、何も問わなかった。
 いざとなれば彼女にもこの力を使うことになるだろう。
 だから、ルルーシュは彼女を試したことになるのだろう。

 

「ああ、ナナリー。本物だ」


 膝をつき、手にふれてやる。
 ぱたと落ちた涙に、頬を拭ってやった。


「お兄様。お兄様、お兄様。会いたかった」
「俺もだよナナリー。ずっと会いたかった。遅くなってごめん」

 

 そっと額に唇を落とす。
 愛おしい。
 溢れる感情はそれだけだ。

 

 ルルーシュの、すべて。


「迎えに来てくださったのですね」
「ナナリー」
「違うの、ですか?」


 不安に揺れた声が胸を締め付けて、思わず抱きしめる。

 

「ナナリー。大事な話があるんだ」




 

 躊躇っているような時間はなかった。
 すでに覚悟は決めた。
 拒絶されたなら、彼女のために散ろう。
 それがルルーシュに残された、最後の出来ることならば。

 

 この子が愛おしい。
 ルルーシュの、全てだ。
 ナナリーのためなら、なんだって。

 

「ナナリーは総督に……」
「違うのですか!?」


 言いかけた言葉は普段の彼女からは想像がつかない激しい声によって遮られた。

 激しい、あるいは絞り出すような悲痛な。


「お兄様はまた私を置いていってしまわれるの」
「ナナリー。ナナリー聞いて欲しい。そうじゃない」
「嫌ですそんなのいやです」


 細い折れてしまいそうな指が、どこにそんな力がと思わずにはいられないほど強く、ルルーシュの腕を握る。


「置いていかないでください。私を独りにしないで」

 呼吸が乱れてくるのに焦ってルルーシュはナナリーの頭を抱え込んだ。


「置いていったりなんかするものか」


 ナナリーが、ルルーシュを置いていってしまわない限り。
 まだ。
 置いていけない。

 いつかはと確かに思っていたけれど、こんな彼女を見てしまえば、駄目だ。


「ただね、教えて欲しいんだ。ナナリー」
「お兄様?」
「君は、総督になるんだろう?」
「だから……? だから傍にはいてくれないのですか? ごめんなさい」


 ごめんなさい。

 叱られた子供が捨てられまいと本能的に泣いてすがりつくように。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 お兄様が皇族がお嫌いだと知っていたのに。

「ナナリー」
「ごめんなさい許してくださいごめんなさい」


 何より恐れていたと知っていたのに。

 

「だってそれしかわからなかったんです!」


 かたかたと震える身体を、どうして離してやることができただろう。

 

 それでも、もう、時間がない。

 

「ナナリー。聞いて。謝らなきゃいけないのは俺のほうだ」
「許しますなんだって許します! だから、だからっ」


 手をはなさないで。

 

「俺が、ゼロだ」

 

 空気が止まった。
 だけど長くは続かない。


 窓の外、風の音に時間がきたのを知った。

 

 一度、身体を離した。


「俺がゼロなんだ。一緒にくるという意味がわかるかい?」


 賢い子だわからないはずがない。
 彼女の望んだ世界には相容れない存在。混乱を招く者。

 それが、その先のために必要だと思ったからルルーシュが作った存在。
 けれどナナリーにとってはどうだろう。

 

 考えるまでもない。

 


 間違っていると、言ったばかり。


 優しい世界にと彼女は願う。
 そのための行動さえおこそうとした。
 自分の、意志でだ。


 離れて、窓をあけた。

 

 外に、可翔型のナイトメアができる限り衝撃をあたえないように、ゆっくりとおりたつ。
 大きな機体だ。
 威力も、防御力もある。


 アーニャ・アールストレイムの専用機。
 モルドレッド。


 少なくとも、こんな時間にこんな場所にあっていいものではない。
 だから、本当にもう時間がないのだ。

 

「ナナリー。俺達が選べる未来はいつだって限られてしまっている」


 けれど。
 それでも。

 

「お前が最善だと思う道を」

 

 無理につれては行けない。

 

 蒼白な顔をして、ナナリーが何を思っているかはわからない。
 けれど苦しんでいることは、わかる。


 こんな顔を、させたいわけではないのに。
 他ならぬルルーシュ自信がさせているだなんて。
 ただ笑っていて欲しかっただけなのに。

 自分が許せない。

 

 なにもかも上手くいかない。

 


「ナナリーの未来はナナリーのものだよ」

 

 ルルーシュの未来は。


 二度も否定されたルルーシュの生は――一度は実の父親に。二度めは唯一と信じた友人に。

 それでも生きていないルルーシュの未来を、そんなに価値のあるものではないけれど、ナナリーに。
 捧げたい――自分という個に意味がないと知っているから。
 受け取ってもらいたい――独りよがりでも、偽らぬ本音。

 


 だからルルーシュは手を伸ばすことしか出来ないのだ。
 無理矢理身体を抱えてさらってはいけない。
 ナナリーから手をのばしてくれないと届かない。


「ルルーシュ、時間」


 アーニャもタイムリミットを告げる。

 

「お兄様!」
「連れて行ってあげることも、できる」


 だけど強制はしたくない。


「でもそれはナナリーの決意を踏みにじってしまうものだから」

 


「いや! お兄様が一緒じゃないとなんの意味もありません! 置いていかないでください」


 手が、のばされた。

 

「連れて行って!」

 

 伸ばして、前にぐらりと揺れた身体をルルーシュは今度こそ力強く抱き上げた。

 

「ごめん、ナナリー。愛してるよ」


 それは免罪符ではない。

 

 

 君が選んだ未来を踏みにじることを。

 

 願わくば。

 

「お兄様しか、いらなんです」

 


 許さないで。

 


 そんなことを言わずにもっと、わがままになって欲しいのに。
 それを与えてやれない己が何より許せないから。

 









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【言い訳】(反転)
ルルナナルル?何が悪い?(開き直った)
だって、だって、だってだってナナリーが好きなんだ。そういえば昔ナナリーとユーフェミアの対比小説を書きたかったんだけど……。今は昔(終了)
しかし何が困るって本編でナナリー奪還後どういう風に動いていく心づもりだったのかルルーシュがあかしてくれなかったことです。私は基本頭弱いので、ナナリーをどういう風に使えばいいのかさっぱり考えつきません。やっぱりあれかなあ。シュナイゼル兄上がチェスに負けるのと同じぐらいありえないから、考えてなかったのかな(え)