妊婦ルル 5/6

注意:別人注意(今更)

















 危機意識が薄いのか。
 それとも相当自信があるのか。


 悪くすればここで一戦あるかもしれないと構えていたスザクにとって、これは拍子抜けしたというのが正直なところだった。
 偽装した招待状。
 堂々としていれば問題ないだろうという気楽なジノの言葉通り、特に足止めをくらうことなく、むしろ不安になってくるくらいにあっけなく会場の中に入ることができた。
 名簿の確認もないのかと聞けば、確認されたくない人たちの集まりだからないのだというが……、それならもっと厳しく取り締まられているのではないだろうか。

 更にこちらにはアーニャもいる。
 子供がいれば目立つのではという危惧もしていたのだが、さすがに場慣れしている。
 違和感なくとけこんだ彼女に注目する人間はいなかった。
 どうやら各々自分のことに忙しいらしい。

 

「今回は一応合法だからなあ。後ろめたいとこなんてありませんよーってアピールしてるんだろ」


 ジノが気のない様子で言う。
 実際どうでもいいのだろう。
 余計な手間が省けてありがたい限りだとそれだけだ。


「合法? どこが?」

 ぐるりと見渡して。
 眉をひそめたスザクにジノが苦笑する。


「だってただのパーティーだし。賭博についても届出があって正式に許可おりてるしさ」

 肩をすくめる彼の横にはカードを配るディーラーがいる。
 けれどスザクが追求したいのはそこではない。
 グラスをさしだしてくる少女のひどい格好に――だってバニーガールの格好だ――盛大に不愉快になるが、彼女自身に非はない。
 むしろ彼女たちはまぎれもなく被害者だ。
 感情を押し隠して礼をいい、グラスをうけとった。


「どうみても未成年じゃないか」

「変態」


 アーニャがぼそりと言う。


「世界各国どこでもいるからなあ、それ」

 それを、見逃すことは正義ではない。
 しかし今回の目的は別にあるのだ。
 作戦をぶち壊すことはできない。
 それに、今回の任務の完了は、そのまま彼女たちの解放にもつながる。


「一度許可がおりれば役人がわざわざ視察に入ることもないし、まあワイロもあるだろうかやりたい放題だよ、基本」

 当然の光景だと理解しているジノももちろんおもしろく思っているわけはない。


「賭けについても今日のメインは違法だしな」


 中央の人だかり。
 どうやら本日メインの出し物は、今からはじまるらしい。

 初老の男に連れられた少女が、ふわっと席に座った。


「何故?」

 首をかしげたアーニャにジノが丁寧に説明する。

 まあ長々と説明をはじめたジノには悪いが簡略化してやるとこうだ。

「つまり賭けてるのが金じゃないところがね」
「ふうん」

「……けてだな、あっちの男が………って、最後まで聞けよ。せっかく説明してるんだから」
「長い」


 子供への説明は短くわかりやすくが基本だ。
 ろくに聞いてもらえもせずふられたジノががっかりした様子で中央を見やる。
 いちいち大げさだ。


「ってゆーか、もう一つの問題として、あの代打ちの女の子……」


 代打ちがでてくるということさえ事前の情報にはなかったのだろう。
 しかも少女という選択。
 気づいた事実に唖然となっているジノの横で、アーニャも思案げに見つめていた。


「未成年じゃ」
「そうだね。僕にもそう見える」


 ある程度距離があるせいで手元の駒の動きまでは見えないが、この位置からでも彼女の美貌はよくわかる。
 真っ黒な髪はまっすぐに腰まで流され、同じ色の長いまつげが瞬きをするたびにパサパサゆれる――のを確認できたのは、主にスザクの視力によるものである。
 バイオレットの瞳には余裕が見え、白い肌に映えるピンクの唇が笑みをつくる。


 正面から見れば、大抵の男が心奪われてしまうこと必至の、まさしく絶世の美少女という言葉のふさわしい姿がそこにはあった。

 だからこそ、ここにきて不安げな声がもれるのだ。


「なんだって代打ちにあんな子連れてきたんだ? 黒のキングといえば、一応この世界では名の通った打ち手だぞ。しかもあんな顔してるんだ。負ければどうなるか」


 一目瞭然だ。


「彼はそんなに強いのかい?」
「顔も正確もいまいちどころか、いまごぐらいだけど、チェスの腕に関しては」


 神妙にうなずいたジノにスザクはふうんと適当な相槌をうった。
 何かぶっちゃけ、こっちから聞いておいてなんなんだが、どうでもいい。


 その態度が不満だったのだろう。

「もういい」

 そう言って足を踏み出したから、スザクは腕をつかんで引き止めた。


「ちょっと」
「私の仕事だ、スザク。既に突入の準備は整ってる。あの男を捕らえるためにきたんだ」
「まだ封鎖が終わっていない。捕らえるのは一人じゃないんだろ。逃げられる」
「逃がさなければいいだけの話だ。とり返しのつかないことになってからじゃ遅い」

 頭に血が上ってしまっているとまでは言わないが、変な使命感でも芽生えてしまったらしい。
 たしかにジノの言うとおりのことをなす能力はある。
 あるが、それならなんのための作戦だ。効率は悪くなるし、本来なら必要なかった余計な犠牲がでてしまう可能性も高い。


 それに、そんな心配は無用というものだ。


「彼女が部外者とは限らない」
「資料にはなかった顔だ」


 まったくなんて罪作りな少女だろう。
 腕をつかんでいても気にせず足をすすめようとするジノに、スザクは一度彼女に視線をやってからため息をついた。


「ジノ、つまり君は彼が勝つと思うんだな」
「応援してやりたいけどまず無理だ」
「そうか」


 うなずいて、笑ってやりたいような衝動にかられた。


「なら僕は彼女が勝つほうに賭ける」
「は?」

 本気かと聞いてくるので微笑ってやった。


「僕が勝ったら、そうだな何をしてもらおうか」


 要は封鎖が終わるまでジノを足止めできればいいのだ――スザクの仕事ではないのだが、世話がやける。


「じゃあ私も」

 そこで少女のほうにかけるとアーニャまでが参戦の意を表明してきたのには驚いた。
 賭けはしないと言うかと思っていたのに。
 二人して彼女を見つめ、問いかければアーニャはゆっくりと口を開いた。


「何で女の子のほうが勝つと思うんだ?」
「別に。ジノが男にかけるって言ったから」
「………それだけ?」
「悪い?」

「いや、…………別に」

 

 あまりといえばあまりな理由にジノが若干あっけにとられたように彼女をしげしげと見つめていた。


「何してもらおう」
「……………スザクも、そんな理由なのか?」

 イエスともノーとも言わずに肩をすくめてみせた。
 毒気を抜かれたらしい彼が肩をおとした。


「なんか、…………いや、わかった。後悔するなよ。私が勝ったらスザクは何をしてくれるんだい?」
「何でもいいよ。そうだな女装でもしてみせようか?」
「じゃあそれでいこう。二人でメイドさんな。その代わり私がまけたら何でもすきなこと一つずつ言っていいぞ」


 何か今日のバニーか何かで間違った道にでも目覚めてしまったのではないかと不安になる方向に話がすすんでしまったが、これで目的はうまく達成されそうだ。
 おそらく1勝負終わることには封鎖も完成するはずだ――彼女があまりにも早く決着をつけようとしない限りは。


「一戦終わってからでも、彼女に危害を加える前にとりおさえればいいんだろ。大丈夫さ」

 

 

 

 そうとも。

 だって彼女が、負けるはずなどないのだから。

 

 

 

 






















 

 

 ――チェックメイト。

 

 この言葉を宣言するのはいつだって爽快感がある。
 ルルーシュの声はそんなに声量があったわけでもないのに、会場に響き渡った。それは会場が静まり返っていたからだ。


「ば、ばかな」

 

 この結末を彼女以外でまさか予想していた人間はいるまい。
 信じて――たのかどうかはやはりいまいち不安なところなのだが――託した男でさえ、宣言した瞬間に目を見張ったくらいだ。
 おいつめて、勝敗がルルーシュに傾くに従って信じられないものを見る目でみられるのはなかなか気分がよかった。

 一瞬無音に限りなく近く静まり返ったあたりは、一秒ももたずにざわざわと反動のようにいっきに騒がしくなった。
 もちろん内容なルルーシュのことだ。
 あるいは負けた男についての。
 とった白い駒を指でもて遊びながらキングと呼ばれる男を見やる。


「私の勝ち、ですね」


 わかりきったことをもう一度。
 青くなって、赤くなった男に忙しいことだと思った。


 だから、こんなことを言う言い出すだなんて。




 ふっと、キングが一瞬笑った。

 そしてわざとらしく肩をすくめる。


「困ったな。こんな噂が広まっては私の面子がたたん」

 今更な話が飛び出たところでルルーシュも顔をゆがめた。

「言いふらすような趣味は……」
「違うよ、お嬢さん。君がしかけたいかさまの話をしているんだ」


 想定外のことに腰をうかさずにはいられなかった。
 馬鹿な。
 彼は何を言っている?
 優秀な頭脳は、理解することを拒む。
 負けたショックで冷静な判断も失ったか。


「いかさま!?」
「いけない子供だ」
「なっ」


 言葉もでないとはこのことだ。

 チェスでいかさまを主張するなんて。
 自らの恥を上塗りするだけだと理解していないのか。
 この世界にだってルールはある。
 しかもそのルールにのっとったものだと最初に言い渡してきたのは彼のほうだ。
 汚いという言葉ではすまない。
 卑怯という言葉でさえ言葉に失礼だ。

 ふざけるな。


 この一言に尽きる。
 くだらないといってしまってもいい。
 なんて見苦しい。
 この男は今の一言で完全に信頼を失ったのだ。
 勝ち続けていたためにそんなことすらわからなくなったか。


 だが、とらえるための人を呼ばれれば、どう言い訳をするのかはある意味では見物だが、今後不利になるのは彼でも、今危険なのはルルーシュだ。

 

「拘束しろ」

 後ろに控えていた黒いスーツの体格のいい男に言い放った。

「さて、証拠をつくろうか」


 なんて奴だ。
 人間の風上にもおけない。
 プライドはないのか――いや、プライドは無意味に高くもっている。だからこその暴挙だ。
 だがプライドの向いている方向が、ルルーシュのそれとはあまりにも違いすぎる。


「ちょっと待ってくださいっこれはあまりにも」
「逃げなさい!」

 立ち上がったルルーシュに、ベルネットが叫ぶがもう遅い。
 ルルーシュが訓練をうけた男二人がかりでこられて抵抗できるわけがない。
 ふりまわした腕は全く無意味だ。
 簡単に捕らえられ、後ろ手で拘束されて、テーブルに押し付けられた。


「汚い!」

 

 

 

 

 

 

 








「そこまでだ」

 叫んだルルーシュの声に重なるように軽い金属音して、冷たい声がキングの声を遮った。
 キングの後ろから銃を突きつける男の姿があった。
 金髪碧眼の若い、ルルーシュとそう年は違わないだろう男だ。
 パーティーに相応しい礼服が長身にとてもよく似合ってる。
 キングも感触で銃を突きつけられていることを感じるのだろう。固まったまま言葉を生み出そうとしては失敗し、パクパクと口を動かしていた。

 


 何者だろう。


 キングの敵、ということはわかるが、それはそのままルルーシュの味方を意味するわけではない。

 


「な、何のつもりだ」

 

 ようやく声に出されたのはそんな間抜けな言葉。

 

「お、お前たち何をしている!さっさとこの男をどうにかせんか!」
「少しは頭を使ってしゃべるべきだな。そこの奴ら、動いたら撃つぞ? そっちもその娘をさっさと放せ」

 

 爽やかに、まるで凶器など持っていないかのような気軽な口ぶりで告げる。

 それはそれとして、あんな腐った人間に使用される人間も苦労する。
 従わざるを得ない命令にルルーシュを拘束していた手がはなれた。


 味方、だろうか。
 ルルーシュは考えながらゆっくりと立ち上がって埃を払った。


 ここは礼を言うべきか。
 おかげで拘束は解けたが真意はわからない。態度を決めかねて青い瞳を見つめるとふっと笑った、気がした。一瞬だけ。

 


「私はナイトオブスリー。ジノ・ヴァインベルグ」
「ら、ラウンズだと!?」

 


 ナイトオブラウンズ。
 帝国最高の騎士の称号をもつ12人の1人。


 この男が………。


 たしかに華やかに雰囲気をまとっているけれど、どこにでもいる青年に見える、ルルーシュと年もそう変わらないだろう彼が、あの、ラウンズ。
 まるで別世界の存在の名前にルルーシュの思考もコンマ3秒ほど停止した。
 そしてすぐに今までの倍以上の速さで回転しだす。


 敵か味方かと問われれば、法を破っている後ろめたいことも多いルルーシュにとってはどちらかといえば敵に近い。
 だがあまりに立場が上すぎる彼らがルルーシュなんか小物に目を付けるとは思わない。
 思わないが、ルルーシュが危惧するのはわざわざ目をつけるつけないの問題ではなく、ついでだからと一緒に捕まってしまうことだ。
 彼は今のところルルーシュに敵意を抱いていないことはわかるが、あまり長い間接していたくはなかった。

 


 さっさとふけてしまおう。
 同じく解放されたベルネットの姿を眺めながら思う。
 彼の目的がキング1人というならば危険はなくとも、このままの流れでは騒ぎになることは必至。
 巻き込まれるのはごめんだ。


 どこかで隙を見つけなければとルルーシュは心待ち足を引いた。

 

「テロリストへの資金提供の疑いにより貴様を拘束する」

 


 ざわ、と当たりに動揺が広がった。
 当たり前だ。ここに集まっているのは臑に傷を持つものばかり。
 叩かれれば喘息の発作がおこるくらいには埃がでるに違いない。


 一泊おいて。
 爆発したのはパニックだ。
 ラウンズの目的はとりあえず今のところキング1人だ。
 さらにラウンズといえども1人しかいない状態でここにいる全員を捕まえることなど不可能。
 考えつく結論は皆同じ。

 

 ばっと入り口に視線があつまったところで騒音の中でもよく通る声が響いた。

 

 


「突入! この場の全員を拘束せよ!」

 

 懐かしい声な気がすると頭の片隅をよぎったが深く考える前に、流れ込んできた軍人に気を取られ、そんなことを感じたことすら忘れてしまった。

 

 目的はキング1人ではないのか。
 一斉検挙。
 網を張られたか。


 ルルーシュは今日はじめてここにいる者達と関わりをもったのだから、まさかリストにルルーシュの名前まで乗っているとは思えないが……。
 だからといって場所が場所であるし、やっていたことがやっていたことだ。
 なんとも運が悪い。
 なにも今日を選ばずともよかったではないか。
 舌打ちどころではない。
 とりあえず礼を言わなかったのは正確だ。

 

 

「全員動くな!」

 


 鋭い警告が発せられるが、人間パニックに陥れば何をするかわからない。
 しかも集まっている人間の種類が問題だ。
 突きつけられた銃に全員が動きをとめる前に銃声が響いた。

 

 最悪だ。
 これを最悪といわず何と言おう。

 これでここが戦場と化すことは確実。

 

 ……………いや、ルルーシュにとってはむしろ都合がいいかもしれない。まだ混乱のほうがチャンスがある。
 頭の中で建物の見取り図を引っ張り出し、あらかじめ何かあった時のために調べておいた逃走ルートを確認した。

 

 間髪入れずに三回。
 女の悲鳴が響き、怒声と叫び声が重なった。
 相手の軍人たちも相当面倒に思っていることだろう。


 動くなと言われたことなどすでに頭にない。
 みな自分だけは助かろうとバラバラに駆け出した。
 出口に向かうもの、奥に逃げようとするもの、軍人に向かい銃を向けるもの。
 いくつもの銃声が重なって聞こえた。
 ルルーシュとラウンズの青年――ジノといったか――の間にも人が流れ込んできて、川が隔てるように姿が見えなくなった。


 だがさすがは訓練された軍人だけはある。
 指揮が的確なのか拘束される人間は、見る間に増えていく。

 

 だが。
 ふと気づいた。
 ルルーシュが逃げまどっても抵抗もしていないせいだろうか。否、これは理由にするには足りない。


 何故か。
 何故かルルーシュは軍人たちの手が拘束しようと自分にのびてこないことに気づいた。

 

 何故?
 さっきジノ・ヴァインベルグが放せと言ったことに関係があるのか。
 この中人間を振り分けるのは困難を極めるから、無差別に拘束が行われているだろうに。

 

 いや、考えるのは後でいい。
 見逃してくれるというのならそれに甘えよう――この場から降りた途端に拘束されるおそれもあるわけだが。

 


 それでも阿呆みたいに突っ立っているわけにはいかないと、ルルーシュはくるりと向きを変えた。
 ベルネットの姿は見えない。
 彼は……、いや、今は自分を優先すべきときか。
 この分ではせっかく賭けに勝ったというのに話が流れてしまうかもしれない。

 

 まったく、本当に、なんと間の悪いことだろう。

 

 

 スカートを翻し、進もうとしてルルーシュはふと感じた抵抗に足を止めた。

 後ろ。
 少女が1人。
 ルルーシュのスカートをつかんでいた。

 

 濃いピンクの髪の年は14、5といったところか――ロロと同じぐらいに見えた。
 ふんわりとした、それでいて露出の多い、髪より少し薄いピンク色のドレスを着た少女。


 親とはぐれたのだろうかとまず思った。
 だがスカートを捕まれていれば如何ともしがたい。
 ここでおそらく正しい行動は、手を振り払って自分の身の安全のために動くことだ。
 こんなところで他人の身などかまってられない。
 それはひとえに自分のためだけではなく、お腹の子の安全のためにも。


 なのに。
 じっと、見つめてくる瞳があまりに真っ直ぐで。
 ルルーシュの足はそこに縫いとめられてしまった。

 

「えーっと、親とはぐれたのか?」
「来てない」


 少女の声は平坦で簡潔だ。

 

「ここにいて」

 淡々と。


 願いではなく、そこに不安はなく。
 正直困惑していた。


「俺はいかないと」
「怪我する」


 これは……心配されてるのか。
 こんな子供に?
 どうにもしっくりこなくて首を傾げた。

 

「逃げれない」
「君は?」


「頼まれた」
「は?」


 やはり簡潔すぎるまでに簡潔に告げられた言葉は、ルルーシュの優秀な頭脳をもってしても難解だった。

 なんといっても絶対的に情報量が少なすぎる。

 

 

 

 

 
















 さすが、と言うべきなんだろう。
 事態はみるまに収集されていった。
 なんともあっけない。

 完全な包囲。
 圧倒的な戦力。

 そもそも、パーティー会場の人間と、突入準備万端だった者たちでは気持ちの持ち方が違う。
 逃れることのできた者は見当たらず、ぞろぞろと連衡されていくのをルルーシュはただ見送ることしかできなかった。
 ある意味で捕らえられていなかったのはルルーシュだけと見ることもできたが、ルルーシュのスカートをつかむ少女の力は想像よりもはるかに強く、遅れて焦りだしたルルーシュがひっぱろうが何しようがどこ吹く風だった――ロボットか何かか。
 これが最も意味がわからなかった。

 配膳の少女たちも参考人としてか連れて行かれているのだ。
 ここに残されている理由は――。


 1つ、思い当たってまさかと首を振る。
 彼女も軍の手の者か。


 ……………いや、まさか。
 こんな少女が?

 軍もそこまで人手不足でもないだろう。
 というか、それなら何故わざわざここで足を縫いとめるのか。
 ルルーシュのこともさっさと引き渡してしまうはずだろう。
 彼女は「頼まれた」といったが、それもわからない。誰に、何を。何ををたとえばルルーシュを捕まえることだとしよう。だとしても、こんな微妙な捕まえ方を指定されるとは目的がわからない。拘束ではなく、ここで待っているようにと、それだけ言っているようなものだ。

 

 一方のキングもさっさと引き渡されたらしい。
 ナイトオブスリーの姿もいつの間にか離れたところにあった。

 人がひいていく中、がらんとした――この表現は正しくない。実際はテーブルやいす、料理に観葉植物と、さまざまなものが転がってみるに耐えない光景が広がる。確かに閑散とはしていたが――会場にある姿は4人。
 ルルーシュと、少女、ジノ・ヴァインベルグ。


 それからジノの隣に彼よりは背が低い茶色の髪の男の後ろ姿が見えた。

 一言二言、ジノと言葉を交わして男がくるりとルルーシュのほうを振り向いた。

 

 

 

 あれ?

 


 と思った。

 

 ふわっと色素の薄い柔らかそうな髪が揺れて――触りたい、なと。
 翠が真っ直ぐにルルーシュを捉えた。
 綺麗な色だと、最後まで思うことはかなわず、「きれ」の時点で全てをかき消したその言葉は――。


 名前は。

 

 

 驚きの発散の仕方がわからなくてルルーシュが大きく目を見開く。

 

 

「す、すすす」

 

 どもった。

 

「スザク!?」

 

 ついでに声がひっくり返り、外に出ようとしていたジノがばっと振り返った。
 戸惑った声が聞こえた気がしたが、今はそれどころじゃない。


 ルルーシュがびっくりし過ぎて醜態をさらしている間に彼の足が短い距離だというのに一秒の時間が惜しいといわんばかりに走り出していたから。
 繰り返すが短い距離なのだ。

 その時には既に翠は目の前にあった。
 文字通り、目と鼻の先、5センチもあいてないところに。

 


「ルルーシュ!」


 だが声とともに視界から消えてしまって、かわりに触りたいなと思ったくるくるの髪が頬に触れて。

 

 

「ほぁああ!?」

 

 自分からでた素っ頓狂な声にも構ってなどいられない。
 人間急には止まれない。
 ぶつかられたとしか思えなかった衝撃に悲鳴があがった。
 だがバランスを崩すこともなく。
 いやむしろ後ろではなく前に倒れるかと思った。
 それは背中に回された腕のせいだ。

 

 きゅっと力を入れられて…………、正直死ぬかと思った。

 


「す、すざ、く、いたいっいたいって、ちょっと力緩めろ!」

「あ、ごめん」

 


 慌てて叫べば腕の力は緩めら、右が下にさがって腰を支えた。
 支えた、というのだろうか。
 左は外され片手だけだというのに拘束されている気分なのは何故か。


 腕が放されたことによって身体が落ちたから自分が背伸びなんか無理な体勢をしてたことを知った。
 あいた左手がルルーシュの髪を絡めとる。

 


「ルルーシュ。本物のルルーシュだ」

 

 髪からそっとおりて頬を撫でる。それから顎を持ち上げられた――背伸びさせられたことにも思ったがやっぱり背が伸びてる気がする。再会した当初はルルーシュと殆どかわらなかったのに、やはり成長期か。なんだか悔しい。
 視線を避けることなど赦さぬと言わんばかりに顔を固定されたので、ぼんやりと、見つめてくる翠を眺めながら疑問を零した。


「スザク、なんでお前がこんなところに?」
「それはこっちのセリフだよルルーシュ!」


 いつのまにか手をはなしていたらしい少女の横に外に出るのをやめたらしいジノが並んで、「知り合い?」と尋ねたが、「知らない」と冷たく返されていた。


 スザクは自分のことだけに気がいっていて答える気がないのか、あるいは耳にすら入ってないのか――知り合いということは見たらわかるとは思うが。

 

 

「僕は仕事!」

 

 ああそうだった。
 幼なじみの彼は、気がつけばブリタニアの軍人なんかになっていて、いつの間にかナイトメアに乗るようになっていて。
 ルルーシュとは遠い世界のお姫様の騎士になり。、大罪人であるゼロを捕まえた。
 その功績によりラウンズなんかになって日本を離れた雲の上の人だ。
 キングをとらえたのがラウンズであれば、一緒にスザクが来ていてもおかしくはない。


 きちんと情報は整理されているはずなのに、いまいちうまく繋がっていなかったのは不満そうにルルーシュに詰め寄る様子が半年前、危ないからゲットーには行かないでとすがりついてきた子供の顔だからだ。

 


 変わってないことに心底ほっとしている自分を自覚して、はじめて不安だったことを知った。
 雲の上に行ってしまったからといって、スザクはスザクなのに。
 あまりに離れすぎていた距離はマイナス思考にしか働かなかった。
 けれど彼は今ルルーシュの目の前にいる。


 紛れもない――――スザクだ。
 軍人だとか騎士だとか、そんなものの前に友達の、スザクだ。


「俺だって仕事だ」

 だから、口うるさいと知っている彼に苦笑するしかない。

 

「仕事って………違法じゃないか。賭けチェスはもうやらないって言った」

 確かに言った。
 けれど世界は動いているのだ。
 状況が変わった……と言っても石頭は納得しないだろうが。


「うるさいな。優等生め」
「ひ、ひどい。君は約束を破った上に心配していた僕の心まで踏みにじるんだね」
「そんな大げさな」

 

 うるっと瞳を潤ませたスザクにあれ?とルルーシュは首を傾げた。
 ああその目で真っ直ぐ見つめないで欲しい。
 全てを放り投げて謝ってしまいたくなる。
 あれ、何が引っかかったのだったか――まったくいけない傾向だ。

 


 ああそうだ。
 今スザクは心配していたと完了形で言わなかったか。

 

「心配、していた?」
「当たり前だろ。ロロから連絡があったよ。ルルーシュがいなくなったって。相当取り乱してた。ロロまで何かあったらいけないし、ルルーシュがいつ帰ってくるかわからないからそこにいるようにって説得したけど、そうじゃなかったら海に飛び込んで探しに行きそうな勢いだったよ。僕だって聞いた瞬間息が止まるかと思った」

 


 死んでたらルルーシュのせいだなんてむちゃくちゃなことを言われる。

 

「こんな所で君に会うなんて思ってなかったけど、この2ヶ月間生きた心地がしなかったんだよ?」

 

 本当にによかったと繰り返して、ルルーシュの肩口に顔をうずめたスザクに仕方がないなと腕をまわして背中をぽんぽんと叩いてやった。
 まさか連絡が彼にまで行ってるとは思わなかったが心配させたのなら申し訳なく思う。

 

「変な事件に巻き込まれたんじゃないかとか、大怪我してるんじゃとか、誘拐かもしれないとか。いろいろ考えて」
「悪かったよ。この通り俺は元気だよ。だから心配しなくて……」

 


 ……………………この通り?

 

 ちょっと待て。
 今更ながらに、自分の格好を思い出してスザクの背中に回した腕が固まった。
 上から長い髪、化粧を施した顔に紅をはいた唇。
 黒のドレス。
 当たり前だが女物のそれからは胸もくびれもよくわかる。
 華奢なパンプス。

 

 これは……………、もう手遅れだが実際はとてもまずい状況ではなかろうか。

 

「もうこんな危ないことはしないで」


「あ?」


 うるさい。
 思考の邪魔をするな。

 ええっとなんだったか。

 

「賭けチェスはもうしないよね? 今度こそ約束してくれるよね?」
「わかった、わかったから」


 ちょっと黙っていてくれ。

 ルルーシュは学校で男の格好をしていた。
 スザクもそれについて何か不自然なことを言ってはいなかったから、おそらく男と思っていたはずだ。


「約束する?」
「ああ」
「よかった。約束してくれなきゃ僕、何をしてしまうかと思ったよ。もう危ないことはしないでね?」
「ああ」

 

 けれど今のルルーシュの格好は女にしか見えない。
 それでよくルルーシュと同定できたものだ。
 学園でやった男女逆転祭のせいだろうか。

 

 ではそもそもスザクは今のルルーシュをどう認識しているのか。

 


 男?

 


「僕と一緒に来てくれるよね?」
「ああ」

 


 それとも既に女とバレて……?
 いや、そんなまさか。
 けれどルルーシュの格好について驚いた様子はなくて。
 追求を後回しにしただけだろうか。

 ならばなんと言ってごまかそう――何故か正直に告げる方向ではなく、騙し続ける方向に思考がいく。

 

 だって、そうだ、騙していたのだ。
 嘘をついて。
 バレたらきっと軽蔑される。
 本当だったらもう遅い状況だろうが、幸いにもスザクもちょっと真っ当な状態とは言えないようだし。
 これならなんとかごまかしがきく――――かもしれない。


「これからは一緒に暮らそう」
「ああ」


 少ない希望にかけるべきか。
 素直に言って許しを請ったほうが早いか。
 嫌われたくはないのだ。
 だってスザクはルルーシュの特別だから。


 どうしよう。

 

 

「よかった」

 


 うん?

 

 思考に気をとられていたため、あからさまになおざりな返答を返していたルルーシュは、言われたことが、自分が言ってしまったことが、一体何を示しているのか頭の仲に入ってくるのがとても遅かった。
 もしかしたら無意識に拾わないようにしていたのかもしれない――わかりたくなくて。


 時既に遅し。

 ってたぶんこういう時に使うのだ。


 あれ?
 自分は今何を言ってしまった?

 おそるおそる顔をあげてみたが、スザクはルルーシュの肩口に頭をうずめてしまっているので表情の確認ができない。

 

「あ、あの、スザク」
「うれしいよ、ルルーシュ」 
「ちょ、きけ」


 遅くも焦りだしたルルーシュの言葉など、既に言質をとってしまったスザクが取り合う気は全くないらしい。

 他にも問題が山積みだというのになんということだ。
 1つも解決しないどころか、すごいスピードで増えてる気がする。


「スザク!」
「言ったよね。今更なしはなしだからね。一緒に暮らそうね」


 今回のルルーシュの暴挙は相当スザクの血を上らせたらしい。
 多少――多少か疑問だが――横暴だろうがなんだろうが、これ以上はなんとしてでも阻止すうと、全身が語っていた。
 だがこんなだまし討ちはなしだろう。
 ここでなんとかして取り消さなければ、明確なビジョンがあいにくと想像できないのだが、目も当てられないことになってしまうような危機感を持った。
 だからスザクの手が首の後ろをなでて、背中がざわっとしたのも、そのままちくっと一瞬何かを感じたのも、今は気にすべきことじゃないと無視して、急いで言葉を考えた。


「待て、ちょっと待て。とりあえず落ち着け。俺は」
「僕は落ち着いてるよ。落ち着いてないのはルルーシュのほうだろ」

 ようやく顔をあげたスザクは、気持ちがいいくらい良い笑顔を浮かべていた。


 なんか。
 性格が悪くなった。
 けれどここで負けたらおしまいだと、とにかく思いとどまらせようと言葉を捜すルルーシュの世界が、唐突にぐにゃりとゆがんだ。

 

 

 

 

 

 
















 ふっと、まぶたが落ちて、腰にまわしていた腕に重みがかかった。
 くたっと力の抜けた身体にほくそ笑んで抱えあげた。
 言質はとったことだし、ごねられると面倒だったので薬を使わせえもらったが、腕の中におさまった身体は、思った以上に愛おしい。なんかちょっと体型がかわった気がする。相変わらず細い手足をしているのだけれど、女の子の格好をしているからだろうか、曲線がなめらかになっている気がした。

 すぐそばで信じられないものを見る目で見つめてくる同僚のことなど気にしない。


 まさか奪ったはずの記憶が戻ってしまったのかと少し疑わないでもなかったのだが、スザクへの態度を見る限り本当に違うみたいだ――演技を疑ってみてもいいが、ルルーシュは基本的に突発的な出来事に弱い。頭が空回りしている状態でスザクをだましているとは思えなかった。が、まあいい。あとで全て聞かせてもらおう。

 

「あ、あの、スザクさん?」
「何? ジノ」
「いえ、貴方は本当にスザクさんですか」
「は?」


 何を突然わけのわからないことを言っているのだ。
 しかもその変な口調はなんだ。
 いぶかしげな視線をおくれば、びくっと身体をふるわせた。
 そんなおそろしい姿を見せた覚えはないが。
 実際にアーニャは携帯を向けてはシャッターを押して満足している――見世物にされるのは良い気分ではないのだが。


「だ、だって、今のは絶対おかしいって! 顔も声も別人だろ。は、まさか二重人格!?」

 一人で楽しそうな彼はもう放っておこう。


 人間なのだから裏表ぐらいあるだろう。
 効果的であれば使い分けるし、そもそも仕事仲間とルルーシュは違う。
 付き合いの長さも抱く感情も。
 もちろんそれが純粋な友情でないことぐらい百も承知しているが、それってそんなに重要なことだろうか。


「行こうか」
「もしかして今日の任務に同行したのってその子が目的だったのか?」
「そうだよ。ああ、引き止めておいてくれてありがとう、アーニャ」
「っていうか知り合いだったなんて卑怯じゃないか?」


 おいていかれそうになって騒ぎ立てるのはやめたらしい。
 数歩でおいついてスザクの肩をたたく。

 

「どこが? 僕はルルーシュの実力を知っていたけどキングとかいう男のことは知らなかった。ジノは彼女を知らなかったかもしれないけど、男のことを知っていた。フェアだろ」
「あー、まあそうだけど」


 でもなんだか納得がいかないらしい――そんなことスザクの知ったことではない。


「なあ、恋人なのか?」
「いや、友達だよ」




 

 はっと鼻で笑う声がした。




 

「よく言う」


 落ち着いた女の声は、アーニャのものではない。
 背後からだ。
 でもまさか。
 この場にいるのは4人のみのはず。


 3人同時に振り返ったその先に。


「女?」


 ジノの驚きの声をあげた。

 

「え、マジ? どこから?」


 緑の長い髪。
 まとった深いスリットのはいった黒いドレス――同じ黒でもルルーシュのものとは随分趣が違う。
 人をくった笑みをうかべる若い、女。

 いそいそと隠れるようなタイプではなさそうな堂々とした態度は、本当にどこから沸いたのか。


 誰か、は知っていた。
 実際に見るのは2回目だ。
 あのときは何者か知らなかった。

 今ならわかる。


「魔女か」
「ほう、あの男から聞いたか。それともV.V.か。いや、答える必要はない。特に意味などないからな」


 一見年下に見えるがこれは人とは違う時間を生きる魔女だ。


「ルルーシュを取り戻しにきたのか」
「そうだといったらどうする?」


 挑発的な物言いに、ルルーシュを片手で抱えなおして銃をつきつけた。


「無駄だ。私はそのおもちゃじゃ死なん」
「やってみないと」
「こんなつまらん嘘などついてどうする」

 ここのピザはいまいちだった。本当にこの女は何をしにきたんだ。
 眉をかすかに動かしたが銃口をずらさなければ彼女はもういいと手をふった。


「好きにしろ」
「ルルーシュは渡さない」

「安心しろ。今日は迎えにきたわけじゃない」 

「なら何しに来たんだ」
「さあなんだろうな?」
「おまえっ」

 


 更に厳しくなった表情に魔女は楽しげに笑う。
 嫌がらせに来たのか。

 

「まあ待て。私が来たのは、お前に言いたいことがあったからさ」
「俺に?」


 自然一人称が昔のものに戻っていた。


「私はなあ、枢木。別にお前が個人として嫌いじゃない」
「俺は嫌いだ」


 だってこの魔女はルルーシュをゼロにした。
 もっと安全な所にいれたはずのルルーシュを、殺人者にした。
 多くの人間の命を不条理に奪い、ユフィを殺したルルーシュは、最愛の妹を失うという罰を受けた。
 それは突き詰めていけば誰のせいか。
 魔女以外にはたどり着かない。

 

「だが邪魔だとは思っているよ。お前はいつだってルルーシュの最大の障害だ」


 おそらくそれは真実だ。
 けれどこの女にそれを突きつけられるのは我慢ならなかった。


「だから共犯者として私の最大限の親切は、お前を排除することだ。だろう?」
「殺しに来たのか」


 確認で口にすれば、今度は彼女のほうが不愉快そうに鼻を鳴らした。


「そのつもりならもっと早くやっているさ。私はルルーシュが大切なんだ。お前を殺せばそいつが泣くからな。愛されてるな?」


 だから殺しはしない、と。

 

「さっき取り返しに来たのかと聞いたな。ここはお前に預けてやるよ。私はルルーシュの選択を尊重しよう。まあここで取り返してもしばらく使い物にならないしな」
「なに、を」
「そのうちわかるさ。その時のお前の反応を是非とも生で見てやりたいな」


 ルルーシュが使い物にならない。
 おそらくスザクが……関係することで。
 更に魔女はルルーシュの選択と言った。
 確証はないが、もしかすると今回の逃亡劇も関係しているのかもしれない。
 けれども情報が少なすぎる。
 どれだけ考えようと謎かけのような魔女の言葉の真意を読みとれそうにはなかった。彼女としても少ない情報に振り回されているスザクがみたいだけで、丁寧に教える気などさらさらあるまい。

 

「今日のところは大人しく帰ってやるよ。ただし、お前がルルーシュが選択し、私が尊重したものを叩き壊すのなら、その時は私がもらう。私はルルーシュを泣かしたりしないからな。ああそうだ。もちろん使い物になる時期になったら迎えにくるから首を洗って待っているがいい」

 

 明確な期限を告げず、言いたいことだけ言い終わったらしい彼女はスザクの横をするりと通り抜け、出口に向かっていった。

 

「それまでせいぜい大切にすることだ」

 


 何故か。
 止めることができなかった。

 

 

 もう二度とくるな。
 心の奥底から呪った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 二度と来るな。


 指に、力が入った。

 

 重たい音がしてと女の身体が床に倒れた。

 

 これで、安心して寝れる。
 そう思ったのに、息を飲んだ。
 頭を打ち抜いたのに。
 確かに血の海が広がるのに。


 魔女。
 確かに魔女だ。
 否、化け物だ。
 一度伏せた身体がゆっくりと起き上がっていく。
 B級ホラーを見ているような気分だった。

 


「…………気が変わった」

 

 

 くるりと振り返ってすっと目が細まった。
 はじめてだ。
 女の視線に、気圧されたのは。

 


「次にくる時は腹の子も一緒にもらっていくことにしよう。じゃあな、枢木スザク、それまで元気で?」

 

 

 頭の中が、真っ白になった。
 











「こ……………………ど、も?」







魔女の高笑いが聞こえた――気がした。







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【言い訳】(反転)
さあ、これからが本番ですね(前置き長い)あと1話で終わる予定……なの、ですが………………これ以上スクロールバーが小さくなったらどうしよう。
upが遅くなった理由はいくつかあるんですが、ええっとブログにて。
そういえば調子にのって書いてしまいましたが、ジノの罰ゲームをどうするかな。
一つ、補足させてください。ちょっといれこむシーンが難しくて省いてしまったのですが、ベルネットさんは枢木の息がかかってます。とはいっても部下というわけではなく「よきにはからってやるから女からもちかけられる取引に乗れ」って言ってるだけです。だから最初に「気をつけて」って言ってるんですよ(情が沸いた)っていう伏線が回収できなくて涙目。わざわざそんなことしたのは劇的な再会を演出するためでしたが、ジノに…………。一応大きな矛盾がでないようにはまとめたつもりなのでこの設定は忘れてもらって大丈夫です。というか混乱するから、あえて言わないほうがよかったかも(苦笑)