妊婦ルル 2/6

注意:恋愛観や結婚観について不愉快な表現があったらすいません。が、一つの考え方としておおらかな気持ちで読んでいただけると助かります。

















 ルルーシュが学校にこない。

 何をしてたのかは聞かなかったから知らないけれども、去年あたりから年下の幼なじみの女の子は休みがちになった。
 それまでは決して真面目な生徒とはいえなくても、学校にはちゃんと来ていたというのに。


 隠したがっていることと隠していることは違う。
 ミレイは隠したがっていることは暴いても、隠していることを暴くような悪趣味なまねをする気はなかった。
 だから何をしているのと聞いても、まあちょっととごまかしにすらなっていない言葉にまあいいわと頷いてきたのだ。

 知りたいと思わないわけではなかったけれど、普段人を振り回している分、やっていいことと悪いことの区別は誰よりも明確にしているつもりだ。

 

 そのかわり助けを求めてきたらこのミレイ・アッシュフォードが全力で助けてやろうと決意した。

 

 したが実際は特に求められることもなく、ルルーシュの生活態度は元に戻った。
 相変わらず授業中は寝てるし体育をサボってはヴィレッタ先生においかけられたり、悪友と共に学校をぬけだしたりしているけれど、その程度なら可愛らしいものだ。
 モラトリアムを謳歌しているようで大変結構。


 けれど最近、またルルーシュが変だ。
 変とは言っても以前とはまた違った様相で。


 前は苦悩しようが弟にそれを悟らせるようなことはしなかった。
 ともすれば過剰なんじゃないかと言いたくなるようなルルーシュの弟への愛情は有名で、弟に対してのみ目つきも声も甘いものとなる彼女が、その溺愛する弟を心配させるような態度をとるはずがない。

 だというのに今回その信用はいとも簡単に崩壊した。
 例え学校をサボろうが弟には遅くなると電話を入れ、例え熱がでてしんどかろうが心配ないよと微笑む彼女が、だ。
 部屋に閉じこもってでてこないという。
 たまに大きな音がしたりもするから部屋の中にいるのは確実だというのに、声を、他でもないロロが声をかけても一切返事がないというのは確かに異常だ。

 

 

 

 

 助けを求めてきたロロにミレイは力強く頷いた。
 任せなさい。
 このミレイ・アッシュフォードがルルーシュ・ランペルージを見事ひっぱりだしてみせるわと。

 こんな時でないと頼ってくれない水臭い兄弟のために一肌脱ぎましょう。
 そうだ今やらずにいつやるというのか。
 なんのための、友達なのか。

 

 気合いを入れるためにきゅっと拳を握った。

 

 

 

 















 

 

 

「ルル?ルルーシュ、ルルちゃん!あけてルルちゃん!」

 

 返事はない。

 

「あけなさいルルーシュ・ランペルージ」

 

 まあ期待はしていない。
 ただの通過儀礼だ。

 これででてくるようならそもそも問題になどなってない。


 さて次はどうするかなんて考えない。
 このミレイ・アッシュフォードをなめてもらっちゃ困る。
 対策済みだ。


 何を隠そうここはアッシュフォード学園。
 理事長の孫なのは何も猫祭りをひらくためのみにあらず。
 取り出しましたは鍵の束。
 もはや越権行為を超えて犯罪に近いが気にしない。


 それはどうせ許されるだろうという甘えではない。
 これで嫌われるならそれはそれで受け止めようではないかという覚悟だ。
 ここで行動しなければ後悔する。
 後悔は自分には似合わない。
 百歩譲っても行動した上での反省でなければ。


 あらかじめ確認してあった部屋の鍵を差し込んだ。
 ここにロロはいない。ミレイだけだ。
 だから、全ての責任を負うのも、ミレイだけだ。

 

 ゆっくりと回せば、今まで固く閉ざされていたのが冗談のように簡単に開くようになってしまったけれど、ここで忘れてはいけないのは、もともとは閉ざされていたということ。
 


 大きく息を吸って、更に頬をたたいて気合を入れた。
 けれどやはりいざ入ってみれば、入り口で足がとまった。

 


 暗い。


 昼間だというのに。

 遮光カーテンなのが悪いのか。
 今度無断で取り替えてやろうかと本気で考える。
 こんなことのために、こんな風に閉じこもるための遮光ではないのだから。
 少なくとも次の誕生日プレゼントはハート柄の薄いカーテンで決まりだ。
 
 ルルーシュの姿は見えなかったが、どこにと探す必要はなかった。
 ベッドの上の不自然な盛り上がり。
 部屋の主はどこまで地下にもぐりたくて仕方ないのか。


 いけない傾向だ。


 誰だって落ち込みたくなる時というのはある。
 あるが、だからこそ、そんなときにこの姿勢はよろしくない。

 人は太陽の下で生きていくようにできているのだ。
 植物のように光合成まではできないけれど、身体のリズムを調節したり大切な役割を担っている。
 暗闇で栽培するもやしはおいしいけど、あんなに白くて不健康そうではないか。
 ホルモンバランスは崩れてしまうし、何より、暗い場所にいればネガティブ思考に拍車がかかる。

 


「おーい、ルルーシュー」


 とりあえず声をかけてみた。
 もちろん返事はない。


 さて。
 次にいこう。

 

 ミレイはかぶっている布を、勢いよくひいた。


 下からあらわれた数日ぶりの彼女。
 膝をかかえて頭をうずめて、ピクリともしなかった。
 突然の環境の変化にさえ指一本動かさなかったのだから重症だ。
 次に何がおこるかもし予測していたからだとしても、ここまでされたら普通ピクリぐらいは動くだろう。


 寝ているのかと、両手で頬をはさみこんでぐっと上にひきあげた。
 寝てはいない。
 けれど目がうつろだ。
 光がない。

 

 そろそろ本気で決着をつけなければなるまい。
 ミレイはルルーシュをおこしに来たわけではないのだ。
 目的はこれからだというのに、その前段階でいつまでも躓いてはいられない。


 大きく息を吸い込んだ。

「ルルちゃん!!!!!」

 

 音量はマックスで。
 しかも耳元だ。

 

「…………イ?」


 くらえと言わんばかりの攻撃に、よかった。ようやくルルーシュが反応した。
 ゆらっと瞳が動いて、やっとミレイをとらえた。
 今はじめて気づいたといわんばかりの様子に少し脱力する。
 声はしばらく使っていないかったせいだろう。ほとんど聞き取れなかったが、唇がミレイと動いたのがわかった。

 安心はまだできない。
 けれど、確かな一歩にほっとした。

 

 


「ミレイ」

 こんどはちゃんと、聞こえた。

「何?」

「ミレイ」
「どうしたの?」
「――――っ」


 何かを言おうとするのに言葉がでてこなくなったのか、何度か名前を繰り返しては喉をつまらせる。


「ミレイ、ミレイ、ミレイみれいみれいみれっ!」


 やっと現実に引き戻されてきたらしいのはわかるけれど、いつもの凛とした姿はどこにも見当たらない。
 カタカタと震えだした指に気づいて、そっと手をとる。
 その震えがどんどん身体全体に伝染していくのを見て、抱きしめたくなった。


 だから抱きしめた。

 

 言葉よりも必要なのは、体温だと思ったから。

 

 

 

 

 

 


「ミレイ、は」


「ん?」

 


 頭に胸をおしつけてやって、細いからだに腕をまわすにはかかえこまれた膝が邪魔だったから、いっそのこと引き倒してやった。
 ベッドの上でただ抱き合って、ルルーシュが落ち着くまでただひたすらに待った。
 どれくらい時間がたったか。
 震えが収まった後、ぼーっとしていた時間がとても長かった気がする。
 でも必要な時間だったから、ミレイは惜しまなかった。


「婚約者がいるだろ」

 

 突然の話題は、話の核心をつくものだろうか。
 それとも話をそらすためのものだろうか。

 ふと思って、考え直す。
 どちらでもいいではないか。
 ミレイは彼女の望む話をしてやればいい。
 それが立ちなおるきっかけとなるのなら。

 抱え込んだものを、苦痛をひきずりだすことだけが治療ではない。
 根本的なものを解決しなければ意味がないと偉そうなことを言ってくれる人もいるけれど、ミレイはそうは考えない。
 人なんて生きていれば多かれ少なかれ何かしら抱え込んでしまうものだ。
 それは白日のもとにさらせばいというものではない。
 誰もがみな、簡単に昇華できるのなら、誰も抱え込んだりなんてしないのだから。
 

 それに、それはおそらくミレイの役目ではない。
 ミレイではきっと、傷を膿ませてしまうだけだろう。
 だから私は私のできることをしよう。


 目をそむけるだけでもいいではないか。
 抱え込んだ荷物を一緒にもってやれなくても、転んだとき、手をひっぱって立たせてやることぐらいはしたいのだ。

 

「お互いの利害が一致しただけで、恋愛感情はないけどね」
「嫌いなのか?」
「嫌いじゃないわ。でもそれだけ。あ、おもしろい人だって思ってるけど」


 会ってすぐにプロポーズされた――結局保留になったが。
 そこには甘い言葉も、切なくなるような感情も、培った時間も、一切なかったけれど、ある意味でお互いの感情は確かにそこにあって。
 恋人として付き合いたいような種類の人ではなかったけれど、何より興味深い人であったし、結婚は別に、いいかななんて思えた――気持ちが真摯でないといわれたら、謝る他ない。もっとも、相手もそうなのだから謝るならお互いに、だ。

 

「辛いか?」
「どうかしら。そういうことは考えたくなかったから、あんまり考えてこなかったからなあ。だって私のすべきことなのよ。好きな人と結婚したからっていって幸せになれるわけでもないし。私はどこまでいっても私にしかなれなくてね、私として生きることを、放棄できなくて」


 でなければとっくに逃げ出してるはずだ。
 行動力には自信がある。


「私であることは、そこに付随してくるいいことも、嫌なことも全部私のもので、嫌なことだけ投げ出すなんてこと、私はしないわ。ケチなの。誰にもあげたくないもの。嫌なことも、いいことも」
「さんざん見合いを蹴ったくせに?」

 痛いところつかれて苦笑する。

「時期を選んでただけってことにしといて。みんなと学生、したかったの。何の憂いもなく全力で」


 だから。

 

「だからね。あの人で本当によかったって思ってる。最後までやっておいでって言ってくれたから。変な人だけど、おもしろい人だし、感謝してるし……。男としても一番マシな人だったしね」

 

 ほら、顔も悪くないじゃない?
 なんていうと変な顔をされた。
 失礼な子だ。


「何だかんだいって優しい人だってこともわかる。きっとうまくやれるわ。……あっちが放棄しない限りね。家族に必要なのは、だってほら、恋愛感情じゃないじゃない」

 違う形の愛情だと、そう思ってる。
 むしろ恋愛感情は、悪とは言わないが、時に家族を壊すことがある。
 必要なのは信頼で、長続きさせる秘訣は対等であること。お互いを尊重すること。諦めないことと諦めること。踏み切るのはノリと勢い。
 燃えるような感情はいらない。
 いつくしむこと。世界を、美しいと思えること。


 それはそう考えざるをえない人間の考えだと言われるかもしれない。
 否定する人間を否定する気はない。
 だが、そう考えざるをえない人間と認めてくれるのなら、そう考えざるをえないのだと納得して放っておいて欲しい。

 

「子供は?」

 子供は、なければ嫁ぐ意味がないのだが。

 

「それが私の役目だからね」
「好きな人の子じゃなくても?」
「馬鹿ね。そこはたいした問題じゃないわ。大事なのは私の子だってこと」


 逃げてるのだろうか。
 こんな考え方こそ糾弾されるべきものなんだろうか。
 好きな人の子を産みたいって気持ちは、ミレイだって女だからわからないこともない。
 けれど許されてないのだ。
 だから、わかりたくない。

 

 

「ごろごろ産んでやるわよ」

 


 笑顔は無理に作ったものじゃない。

 幸いなことに子供は大好きだし、育てる楽しみも知ってる。
 自分でいうのもなんだがいい母親になる自信がある。


「男の子も女の子もすっごい素敵な子になるわ。だって私の子だもの。たくさん産まないと人類にとって大きな損失ね」
「…………はた迷惑な」


 はじめてルルーシュが笑った。


「にぎやかっていうかうるさそうだな」


 うるさい――上等じゃないか。
 私の人生はこれからもきっと楽しい。

 


「じゃあ、好きでもない人に抱かれるのは?」


 ふっと瞳がゆれて、もしかして思った。
 どんな格好をしていてもルルーシュは女の子だ。
 あってはならなことがあったのか、と。
 だが、なんとなく違う気がして、つかみかかる衝動を抑えた。
 そんなことがあったのなら感情は過去に行くはずだが、ルルーシュの意識は未来に向いてる気がする。
 もちろんそれからの何か、を憂うことは十分ありえることだが、過去への感傷を全て消し去るわけがない。
 過去をふまえての未来だ。
 だからおそらく違う。
 まあ、話の流れからくる当然の疑問なのだろうと、踏み込んで傷つけないと決めた己を律して笑顔を保った。

 

「あら、好きよ?」
「そうじゃなくて」
「ええ、わかってる。でも、必要な儀式だから、まあ、仕方ないかなあって。妥協できる人だから婚約したわけだし」


 苦笑。


 これを言ってしまっていいのだろうか。
 きっと女としての自覚が未発達のこの少女に。
 ミレイの感覚はミレイの特殊な環境において培われたものだから、他の人に適応できるものではないだろうし、すべきものでもないと思う。
 ルルーシュには本当に幸せになってもらいたいと思っているのだからなおさらのこと。
 自分のことを棚にあげて何を言うかと思うかもしれないが、恋愛して、好きな人と結婚して、心から欲しいと思って可愛い赤ちゃんを産めばいい。

 

 まあいいか。
 一つの考え方として、知っておくのも悪くはない。と結論つけた。
 何かあったときに少しは慰めになるかもしれないし。
 いや、何かあっては困るのだが。


「あれはただの行為よ、ルルーシュ」

 愛だとか夢あふれたことを叫ぶ幸せな人たちもいるけれど。
 そう思いたい人は思えばいい。
 ただ押し付けるなと。
 自分を必要以上に傷つける主張は有害だから、信じたい人だけ信じればいい。


 つきつめていけば、息をするのと同じ、行為。
 自発的にするから違うだろうといわれれば、じゃあ勉強とかスポーツとかにでもしておけばいい。
 したい人がやることで、したくない人もやらなきゃならないときには渋々やること。  逃げたい人は、あらゆる手をつくしたら逃げられるだろうが、そこまでの情熱がない人や、それ以上の利益を見込んでいるものは……結局やる。

 本能は恐怖するかもしれない。
 けれど所詮は一つの、手段だ。


「できなかったら?」
「そうね。孤児院からでも引き取ってくるわ。血が流れてることだけが子供である絶対の条件でもないし。ま、ホントは寝てる間にでもできててくれないかなあって思わないこともないんだけどねえ」


 ちゃかしていったら、ルルーシュの目が大きく見開かれた。


「怖いだろ、それ」
「バカねえ、女であることの最大の利点は、自分で産んだ子は絶対に自分の子ってことよ」


 これは自信をもって言い切れる。


「まあなんていうか、あの人なら外で子供作ってきても、気にしない気もするんだけど」


 もっともそんな賭けみたいなことをする気はないけれど。
 しかし彼のあの情熱はどうやらミレイではない一つの方向にしか向けるつもりがないみたいだから、むしろ彼のほうに協力する気があるのだろうかと不安になるというものだ。家をほっぽりだして研究者なんかやっているのだ。婚約もうるさく言われて渋々のようだし。責任を果たす気があるのか相当あやしい。
 そうなるとやっぱり養子だろうか。
 あるいは適当に男見繕って産むべきだろうか。
 悩みどころだ。

 だがまあ、今そんなこと考えても詮無いことではある。

 


「ミレイ」


 名前を呼ばれて、その時考えようと結論付けて顔をあげた。

 

「ごめん。ありがとう。明日は学校に行くよ」

 

 瞳には、いつのまにか意思の光が宿っていて。


「助かるわ。仕事がたまっちゃってるんだもの」
「ちょっと、会長!!」


 怒られて、仕方がないじゃなぁいと肩をすくめた。


 一泊置いて。

 

 

 

 やっと。

 

 

 


 ルルーシュが声をあげて笑った。

 


 






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【言い訳】(反転)
会 長 が 好 き で す !!
ちょっと中だるみ(いえ私はミレイさんを書いてるだけで楽しかったですが)次もおそらく話的にはそうおもしろくないシーンかと(え)
せっかくのホラーネタなのに(待て)ルルーシュ的救いが早いのはどうだろうと思ったんですが、さっさと開き直ってもらうことにしました。
えーっと、個人的目標としてスザルルにもっていきたいので。。。