光源氏スザク 2/3

注意:あいかわらず紫式部による源氏物語とは根本的に違います。
    紫の上計画!!と主張してみますが、それもあやしいところです。






 嫌いだ。

 と、思う。
 それはもはや世界がここにあるのと同じほど確かな事実だった。

 嫌いだ。
 穏やかな笑顔で手を差し伸べてくる男が嫌いだ。


 この気持ちは一生消えることはないだろう。
 けれど、彼が自分の保護者を名乗る限り、この関係ももはや消えることはないのだろう。


 差し出された手は暖かくて。
 抱きしめる腕は大きくて。
 ルルーシュ、と自分の名前を呼ぶ声は甘い。

 

 大嫌いだ。
 ずっと、ずっと大嫌いだ。


 でもここはとても居心地がよくて。
 はやくしないと、手放せなくなってしまう。

 

 

 

 

 

 


「ただいま」

 


 夜11時。
 今日は遅かった。

 国の最高権力者である皇帝の専属騎士、ナイトオブラウンズとして仕えるスザクの帰宅時間はまちまちだ。
 一定した任務ではないから休みも不定期だし、出勤時間も、帰宅時間も一定しない。


 ドアの開く音にルルーシュは読んでいた本をソファにおいて、玄関に向かった。
 帰って一番、スザクはルルーシュを抱きしめる。
 抱きしめて、かかえあげる。

 何のことはない。
 小さな子供や動物を見たときにだっこしてくなるのと同じもの。

 ルルーシュは10歳になった。
 だからこんな子供みたいなことはもうやめて欲しいと主張してはいるのだが、そのたびに「え、何言ってるの? 子供じゃないか」と悪意ゼロで言われる。


 反論なんか耳にたどり着く前にヴァリスで打ち落とされてしまっているに違いない。
 強固な守りだ。
 嫌になる。

 
「もう子供じゃない!」
「かわいいなあ」
「聞けよ」

 終了だ。
 会話にすらなっていない。
 話がこれ以上進むこともない。
 わざとやっているんだと思う。

 なんか最近諦めた。


 事実、片手でひょいと抱えあげられてしまうスザクにとってルルーシュは子供以外の何者でもないのだろう――馬鹿力め。成人女性ぐらいなら片手なんじゃなかろうか。
 こうなれば子供でないと認めるまで大きくなるしかない。
 5年続いている習慣は、身体にしみついてしまっていて、おそらく出迎えるルルーシュに対しての条件反射で行われている。
 あと何年続くのかと考えて頭をかかえた。
 やめてもらえる気がしない。
 スザクより大きくなるようなビジョンがいまいち想像できないし、たとえそれで暴れたところで軍人なんて職業についているこの男の腕を抜け出せる状況もちょっと異常だ。
 それこそルルーシュもラウンズぐらいに上り詰める必要があるだろうが、自分の才能の向き不向きぐらい知っていた。
 幸か不幸か。………不幸か。


 いつもと同じように、軽々とソファまで運ばれて、髪をくしゃっと乱された。

 だがそこでスザクがちょっと眉をよせた。

「ん?」

 ルルーシュはこの微妙にとまった笑顔を知っている。
 何だ。
 何をやってしまったのだろうか。
 これは、うざったい説教の始まる前兆だ。

 本気で怒ると本能で身体が萎縮してしまうほど恐ろしいスザクだが、説教モードは別に怖くはない。
 ただとてもうっとうしい。
 あと長いし、細かいし、しつこい。
 基本的に普段からスザクは口うるさいし、やけに変なところにこだわるのだから、あえてそれを助長して喜ばしいはずがない。
 なので最大限に避けたいとは思っている。


 さて今度は何をしてしまったのか。
 帰って家にあがり、ソファまで運ばれて頭をなでられる短い間で彼の気に障ったことは何だ。

 家が汚かったか。
 そういえば最近玄関の靴棚はノータッチだった。
 埃でもたまっていただろうか――いや、そこを気にするのはスザクではなくむしろルルーシュのほうか。
 スザクはそういうところは大雑把なので、さすがにそんな小姑みたいなことはしない。

 あるいは些細な体重の変化でも感じたのか。
 ルルーシュをかかえあげるのはどうやらスザクにとっては体調チェックでもあるらしい。
 どんな精密なセンサーがついているのか、やれ減っただのやれ減っただの――増えてる時は別にいいらしい――少しの変化で騒ぎ立てるのだからやってられない。

 体重なんて一日でも上下するのだから、過敏すぎる。
 常々抗議はしているが、頭が固い。
 夏の暑い日など一般的に食欲が落ちるだろう。
 なのにそうなってしまうともう大変だ。
 成長期なのに体重がおちるなんて!と大騒ぎするだけわめき散らして、そのうち僕に子供を育てるなんてやっぱり無謀だったのかなやらこのまま減っていって消えちゃったらどうしようやら、アホはことを言ってはおちこみだす。
 同じ家の中に灰色の空気がうようよしだすので、さらに食欲がなくなる悪循環だ。
 それを5年も繰り返しているのにどうして毎年やるのか。学ばないのか――スザクに言わせればルルーシュこそが学ぶべきだと。

 けれど最近は食事の量は安定している。
 

 では何だ。

 

 スザクの基準は論理性にかけている感覚的なものなので、頭で考えて必然性をもとめるルルーシュには理解し難い。
 変なところにスイッチがあるものだから、本当に天災と同じだと思う。

 


「髪が濡れてるね」

 そこか!


「今シャワーをあびたばっかりだったから……。今からかわかそうと」
「今あびたってもう11時だよ! 子供は早く寝ないと」
「子供じゃ」
「成長期なのに。身長が伸びなくなってもいいの!?」


 さも重大なことのように叫んでから、スザクははたと気づいたようにルルーシュを上から下まで視線をおろした。さらにまた上に戻ってくる。

 

「まあ僕はそれでもいいかなあ」


 何だそれは。
 しみじみと、心の底からそう思っていますというように言われる言葉は、頭からおさえつけられるようなそれよりよっぱど反抗心を誘うのは何故なんだろうか。

 

「もう寝る!」

 スザクが帰ってくる前に読んでいた本をひっつかんでわめき、あからさまに荒々しく立ち上がった。
 先ほど子供ではないと言ったばかりなのに、これでは本当に子供でしかない。
 瞬間自己嫌悪に沈んだが、一度口にだしてひっこめることもできない。

 寝室に行こうと足をすすめたはずなのに、ちっとも進まずすとんと身体がおちて驚いた。
 肩に手をおかれただけ、だったのに。


「スザク?」
「寝るなら先に髪乾かそうね」

 

 幼い子供への言い方に頭に血が上って――ルルーシュも大概学ばないが、スザクは人の神経を逆なでするような言い方しかできないのだろうか――座った姿勢のまま足をふりあげた。
 もちろん蹴らしてくれるわけもない。
 すっと身を引いてそのままタオルをとりに言ってしまった。
 行き場のなくなった足は空をきり、バランスをくずして、ルルーシュはソファから見事に落ちた。
 鈍い音がした。
 正直背中が痛い。


 なんだかすごく切ない。
 色々と恥ずかしくて、消えてしまいたいと思った。


 るんるんとバックに花でもしょっていそうな笑顔でタオルとドライヤーをもって戻ってきたスザクが、ソファの上ではなく下に座り込んでいるルルーシュを目に留めて、驚くでもなく言い放った。


「落ちたの? ホントに君は運動神経が悪いよね」


 消えてしまいたい。
 いや、スザクのほうこそ消えてしまえばいい。
 消えてなくなってしまえばいいのに。
 人類のために。

 
「うるさい」
「しょうがないなあ」

 のばしてくる手にさわられたくなくて、近くにあったクッションをなげつけた。
 こんなやわらかいものしか手近になかったのがとても残念だ。
 もっと硬くて威力のあるものを投げつけてやりたかった。
 やわらかいし、威力もスピードもないし、避けられるどころか息子とのキャッチボールを楽しむようにほがらかにうけとめられてしまう映像は吐き気がするほど気分が悪い。


「これ嫌い?」

 嫌いなのはお前だ。

「新しいの買う? あ、ビーズクッションにしようか」


 どうしてそんな話になったんだろう。
 とんでもない思考回路に唖然としていたら今度は反応がおくれた。
 ひょいとソファにあげられた。

 コンセントをさしこんで、楽しそうにドライヤーの準備をする様子にルルーシュは全てのやる気を吸い取られてしまった気になった。

 もういい。
 好きにするといい。

 今は。
 今はせいぜい幸せな夢を見るといいさ。
 夢は幸せであれば幸せであるほど壊れたときが辛いのだから。


 ぱさっとタオルをかぶせられて、わしゃわしゃとふいていく手はやさしくはないが丁寧だった。
 ドライヤーをかけられて、大きなモーター音と、それと鼻歌。
 のんきなものだ。

 特に話題がふられなかったのでルルーシュは黙っていた。
 こうしているとわからなくなる。

 おそらくスザクにとってルルーシュは玩具だ。
 育成ゲームであり、攻略ゲームであり、着せ替え人形。

 なのに髪で遊ぶ手は、本当の親のように優しいのだから酷い人間だと思う。
 勘違いさせるようなことをする。
 それでいて、それが勘違いであるということもつきつける。
 更にその上で勘違いしろというのだ。
 でも勘違いする奴なんかいらないから、勘違いしたら捨てるよと。


 ひどい矛盾。
 遊ばれている。
 わかってる。
 それもかなりの手間暇かけて。


 何がいいのかと聞いたことがある。
 スザクは一切悪びれることなく顔と答えた。
 聞いたことはそんなことじゃなかったのだけれど。


「スザク」


 なんとなく沈黙が耐えられなくなって口を開いた。
 自分でも聞こえるかどうかの声だったのに、地獄耳は「なあに?」と聞いてくる。
 聞こえないことが前提だったので、特に話題があるわけではない。

 けれど「よんだだけ」なんて寒気の走ることはいえない。


 とっさにでてきたのは――バカみたいなことだ。


「夕飯、レンジの中に入ってるから。あたためて食べて」

 食べて。
 お願いするような言い方。


「あと、洗ってふせといて。じゃかったら水をはっておいて」


 嫁か。
 それとも家政婦か。
 家族ごっこにつきあってやる義理はないといいながら、律儀に役割を演じているルルーシュは、じゃあ何だ。


「今日は何かな。ルルーシュの作るものは何でもおいしいから毎日楽しみだよ」


 夜、いくら遅くなろうと起きて待っている自分は何なのだ。
 なにをしている。
 何のために生きている。

 

「麻婆豆腐。丼にしてある。あと卵のスープと野菜炒め。足りなかったシューマイも」
「豪華だね」

 

 今日はたまたまスザクの帰りがおそかったから、このような形をとっているが、なるべく待って一緒に夕飯をとっている――あまり襲いと身体に悪いとまた文句を言われる。
 放っておいてもそれなりのものを自分で作って一人で食べるだろう男のために。


 律儀に待つルルーシュにスザクはとてもうれしそうに微笑う。
 その顔をみるたびに気持ちの悪い何かが腹にたまっていく気がする。
 どろりとした、色のない何か。

 違うと必死に否定するルルーシュは自分を滑稽だと思う。
 食事を作るのはそれくらいしかすることがないからだ。
 それに2人で別のものを作るのはとても効率が悪い。
 食事だって一緒にとった方が全部一緒に洗えて効率がいいではないか。

 それに。
 それに。
 それに、油断させておいたほうがいい。
 牙などぬけてしまったと判断してくれなければ、隙を見せない男にはかないようがない。
 あと。
 それから。
 それからと必死な自分がいっそ哀れだ。


「一応風呂もわかしておいたから」
「ありがと。ルルーシュはいいお嫁さんになりそうだね」
「俺は男だ」
「僕もう君がいないと生きていけないよ」


 うそつきだ。
 いなくなっても生きていけない要素のほうが見つからない。
 本当にそうなってくれたら、もっと楽なのに。
 そうじゃないからルルーシュはこんなに苦労しているのではないか。


「一回生活レベルをあげるともう下げられないよね。いなくなったら飢え死にしちゃうなあ、きっと」


 嬉々としてやってくれる女がくさるほどいるくせに何を言うか。
 いや。
 家族ごっこは所詮この部屋の中だけなのだから、何も間違ってはいないのか。


「さて。おしまい。あいかわらずさらっさら。うらやましいなあ」

「もう寝る。はなせ」
「うん。お休み、ルルーシュ」


 よい夢を。

 返事をせずに寝室に向かった。

 

 

 

 

 

 


 もう限界だ。
 これ以上は狂ってしまう。

 

 寝室に入って、ベッドにはいらずチェストをあけた。
 一番下。
 誰でもあけることのできるところ。
 鍵もない。


 そこに入っているのは、ルルーシュがここにきてから、いつだって1つだけだ。
 黒光りする不吉なフレーム。
 大きさは開いた手よりも大きいくらい。

 5年前、スザクにつれてこられたとき、持っていたもので唯一残っているものだ。
 残されたというべきか。
 子供の手には大きすぎた、今でも大きな、でもスザクにとってはおそらく小さい拳銃。
 それでも昔より随分軽く感じるようになった。

 残されて、場所までおしえられ、いつでも触れるところにおいてある武器。
 触っていたからといって、とがめられることもない。
 スザクは本当に、何を考えているのだろう。


 勘違いせざるを得ないほどあまやかされて、そのまま信じそうになってしまう愚かな自分を最後の最後でひきとめるのは、これだ。
 これがあるおかげで最後の一歩を踏みとどまれる。
 これがあるからあと一歩なのに、手を伸ばすのに、届かない。

 

 真意はどこにあるのだろう。
 まさか危険なときに自分の身を守るために使えという意味ではないだろう。
 忘れるなと言っているのだろうか。
 彼がまぎれもなく敵であることを。
 殺せといっているのだろうか。
 死んでくれる気もないくせに。
 絶望したら芯でいいとでも?
 わからない。
 そもそもスザクの考えることなどわかったためしがない。

 生きている世界の理が違うのだと思う。


 手段を目の前にぐるぐる悩んでいるルルーシュを楽しんでいるのだろうか――ああ、それもありえそうだ。
 悪趣味だ。
 最悪だ。
 最低だ。

 知っているだろうか。
 悩んだ末には結論が待つことを。

 

 

 終わりにしよう。
 くだらないごっこ遊び。
 スザクだけのゲーム。
 5年も続いたのだ。
 もういいだろう。
 もう限界だ。


 実際いいころあいだと思う。
 ルルーシュがスザクに噛み付くことをやめて久しいし、スザクはスザクでルルーシュを甘やかすことしかしない。
 何か事件がおこったわけでもない普通の日。
 前兆もなければ警戒もされていない――と思う。
 これで警戒されているというのなら、そのレベルは今後これ以上さがることはないだろう。
 確信にいたるほどには、ルルーシュは待った。
 
 本当は抵抗されてももろともしないぐらいの体力をつけたかったのが、そうなれる保障もなく時間もかかるし、警戒されてしまうかもしれない。
 あるいは殺す前に捨てられてしまうかも。

 小さくて、力もなくて、スザクのために食事を作って、風呂をわかす。
 スザクはルルーシュを抱きしめる。
 今なら、今ならあるいは。
 衝動的なものではない。
 ずっとずっと、考えていたことだ。
 考え続けていたことだ。

 


 黒い銃を抱きしめる。
 これは、母のものだった。
 本国をおいたてられ、逃げた先で、ブリタニアの軍人に理由もなくそこにいたから殺された。
 母だけなら逃げ切ることもできただろう。
 ルルーシュを、逃がすために。生かすために。
 殺されたのだ。

 だから母からもらった形見でもあるこれは、とりあげられなくて、意外であったし、泣きたいほどうれしかった。
 殺すためじゃなく、ただ触れることが純粋にうれしかった。


 生きるためにもらったもの。
 母の願い。
 では自分は今、はたして今生きているだろうか。

 息はしている。
 物も食べる。
 寝る。
 でも飼われているこの状態で、真実生きているといえるのか。

 これは母の望みか。
 ――否。
 だから。
 終わりにしよう。
 今日。
 これからルルーシュが生きるために。


 殺す。
 殺すのだ。
 スザクを殺す。

 照準をさだめて、引き金を引く。
 それだけ。

 

 復讐という意味で、ルルーシュにとってスザクはとても都合のいい人間だ。
 自分たちを捨てた上に母をも奪っていった憎むべきブリタニアの人間。
 軍人。
 さらに最高の騎士の一人に名を連ねるスザクは象徴ともいえる。
 またある意味ではルルーシュの人格を無視して、さらってきて、閉じ込めている最低の人間だ――これはもしかしたらある意味では正しくない。

 必ずスザクと一緒だけれど外にまったく行かないわけではないし、人と全くあわせてもらえないわけでもない。スザクのいないところで会ったことはないけれど、ロイドや、ジノに、アーニャ。親しくなれるほどの機会をもらうことはできなかったが、そこまではルルーシュも求めていないのでどうでもいい。
 一人で外に行ってはいけないと言いつけられてもいなかった。
 安全の名目で家に鍵はかけられているが、それは内から簡単にあけられるものだ。
 学校に行くかと聞かれたこともあった。
 本国の学校なんか行かないといったのはルルーシュで、むしろ自分から閉じこもっているようにしか見えないかもしれない。

 何も知らない人間は嫌ならさっさと逃げればいいと言うだろう。
 でも考えてみて欲しい。
 同時ルルーシュは5歳だった。
 道端に捨てられれば生きていくはとても難しかった。
 今みたいに、心が生きる死ぬの問題ではなく、現実的な問題として食べる、域をするという物質レベルの話で無理があった。

 更にスザクは自分に鍵を渡さなかった。
 鍵をかけずに外にでると物騒だとか、そんなことは出て行くルルーシュには関係ない。
 だから問題はそんなことではなく、鍵がないから。
 締め出されるのだ。
 たとえ買い物目的だろうと、家から外へ出て行ったのだからお前なんかいらないと言われればそれで終わりだ。

 学校に関しても、もしかしたら被害妄想なのかもしれないけれど、それを話題にだしたとき、スザクは笑っていたのに怖かった。目が笑っていなかった。
 まさか行くなんていわないよねと音にされなくても、あれは脅しだ。

 

 今、ルルーシュは10才になった。
 おそらく今なら一人で外にでても、なんとか生きていけるだろう。
 ならば、今出て行くだけでいいじゃないかと人は言うかもしれない。
 でもそれでは何の意味もないのだ。
 そんなことをしてもきっととらわれる。
 彼にじゃない。
 彼の存在にだ。

 いつつかまるかとおびえて暮らさねばならなくなる。
 むしろスザクは探さないかもしれない。
 でも探すかもしれない。
 全て、かも――わからないこと。

 逃げるのは駄目だ。
 捨てられてもいけない。
 スザクを殺さねば、ルルーシュは生きていない過去に縛られたままだ。
 全てを断ち切るために。
 殺す。

 決意は固い。
 今度はもう手はふるえない。

 


 ベッドの中でそれを抱えて丸くなった。
 いつもと同じように。
 少しでも不自然さを見せぬように。

 特に仕事がなければ1,2時間。あっても4時間ほどでスザクはくるだろう。
 このベッドに。
 ルルーシュの隣に。

 人肌恋しいのか、何度やめろと言ってもスザクはルルーシュを抱え込んで寝る。
 狭いからベッドを買えといったのは、ルルーシュ用のベッドをという意味にきまっているというのに、スザクはにこにこ笑ってクイーンサイズを買って来た。
 キングだとうちには大きすぎるし、ダブルでもいいけどクイーンのほうがのびのびできるよね。ルルーシュがおっきくなっても大丈夫だよ。
 一人で寝かせる気が全くないことを悟って早々に諦めた。
 まあ冬はいい。
 暖がとれるのでむしろありがたいぐらいだ。
 だが夏はどうなんだ。
 暑い。
 文句を言ったら空調を強められて風邪をひいた。
 踏んだり蹴ったりとはまさにこのことではないか。
 これも諦めて、いつかここで殺してやる。無防備に寝ているところを率先してさらしてくれているのだ。これを利用しない手はないと思って耐えた。

 


 スザクは基本ルルーシュを甘やかすし、たいていの希望はかなえてくれるが、それはあくまで基本であり、たいていでしかない。
 最優先されるのはいつだってスザクのルールだ。
 妥協はない。
 徹底しているというよりは大人気ないと思う。

 


 最初パジャマの下、腹に入れていた銃がその後、ズボンの中、足首のところを経て、枕の下でおちついてから30分ほどだろうか。
 おこさないよう気を使ったスザクが音をたてないように近づいてくるのがわかった。


 まだだ。
 まだ。
 焦ってはいけない。

 今銃口を向けてもなんの意味はない。
 じとりと手に汗をかいているのを感じた。

 失敗すれば。
 失敗すればどんなことになるか、想像がつかなかった――だからこそおそろしい。

 寝てしまってからだ。
 いくら反射神経がよかろうと、緩急しきって意識がなければどうしようもない。
 昔から多くの用心たちが女によって寝室で殺されたように――ルルーシュは女ではないが。

 気づくな、余計なことをするなと願うことしかできないから必死に願った。
 自分の頭の真下にあるわけだが、変に位置をずらされたりすればバレてしまう。

 どうしよう。
 心臓の音が大きい。


「ルルーシュ」


 起きているのがバレたのかと思って、心臓がとびでそうに大きくはねた。
 呼ばれた名前に反応してしまいそうになるのを抑えた。

 だがどうやら呼んでみただけだったらしい。
 おちつけと少し我にかえってから、鳥肌がたっていることに気がついた。
 ぞわりとした悪寒が今更ながらに襲ってくる。
 いとおしげにルルーシュと呼んだ声は、それに含まれていたものは、あれは愛情なんかではない――得体の知れないもの。
 5年、一緒にいるけれど、スザクが腹の中で何を飼っているのかルルーシュは知らない。
 知りたくもなかったし、知る前に器ごところしてしまえば関係のないことだ。


 するりと身体をベッドにすべりこませてきたスザクは、何度か位置をかえて納得してから、ルルーシュへと後ろから腕をまわして抱え込み、本格的に就寝のスタイルをとった。
 首筋に呼吸を感じる。
 そのリズムがかわるまで、じっと待つ。

 なんとなく深くなったかなと思ってから、まだ待って。

 

 

 


 そろそろ頃合だろうか。

 腕だけでかかえこまれているので、どうにか寝返りをうてることは確認済み。
 身体を反転させ、枕の下から銃をとりだして。


 ルルーシュはスザクの額に銃口をあてた。
 この至近距離なら、即死だ。

 大きく息をすって、はやくなりがちな呼吸を整える。

 

 

「おやすみ。スザク」

 

 さよならのかわりに。
 さっきの返事を。

 

 


 ゆっくりと。

 

 

 


 引き金をひいた。

 

 

 


 カチッ。

 

 

 

 音がなったと思えば手首に激痛が走った。
 遅れて頭が事態を理解する。


 失敗した。

 

 銃弾の発射音ではなかった。
 硝煙の臭いもしない。


 玩具ではなく母の銃であることは確かだ。
 なら、答えは一つだ。
 自分が、バカだったということ。


 どうして確認しなかったのだろう。
 与えられたことに驚きすぎて、入っているものと思い込んでしまうだとか、あきれてものも言えない――弾が入っていなかった。普通の家では当たり前のその行為は、どこかネジのとんだ酔狂なスザクがしたと思うだけで悪意を感じる。

 

 薄暗い部屋の中で、色を深くした翠が、ルルーシュを捉えていた。

 

 ぐっと手首への痛みが増して、銃が落ちる。

 

「子供がこんなもの扱ったら駄目だよ。怪我しちゃうから。危ないよ」


 銃がおちると共に、ふんわりと微笑まれて、口調もやわらかかった。
 感情が読めなくて。
 頭ごなしにしかられるよりも、よっぽど怖い。


「っぁ、い、った、いたい、スザク」


 微笑まれても、手首への力はそのままだった。
 絶えかねて悲鳴をあげたルルーシュにスザクはきょとんとした。

 それからようやく気づいたように「ああ、そうだった」と何でもないことのように言って手をはなす。


「あとになっちゃったかなあ。ごめんね?」


 暗くてよくわからないけれど、痛みから察するに、明日の朝には酷い色になっているだろう。

「でもルルーシュが悪いんだよ?」


 そっと手首をとられてさわられただけで走った痛みにびくりと震えるが、スザクは気にせず手首をなでた。
 何度も。


「弾を」
「入れてるわけないでしょ」


 当然のように言われて泣きたくなる。
 これは、確かめなかった自分が悪いのだけれど。
 失敗したときの次の手を考えていなかったのも。
 あるいは最初からナイフを使っていれば。

 

「まあ君に怪我がなくてよかったよ」


 相変わらず手首にさわりながら、そんなことを言う。

 

 まさかと思ってぞっとした。
 許すのか。
 許して、明日を今日と同じものにしてしまうつもりか。

 

「こんな時間まで起きてたことに対するお仕置きは明日ね。これは」


 スザクは落とした銃を拾った。


「大目に見てあげる。何か嫌なことでもあったのかな? 君がこんなものを持ち出すほど苦しんでたのに気づかなかったのは、保護者である僕の責任だものね。明日、休みをとるから。ちゃんと話しあおうね?」


 頭をなでられて。
 力をいれずに抱きしめられて。
 ごめんねとまるでスザクが悪いかのように謝られた。

 


 いけない。
 これはいけない。
 最悪だ。
 日常にくみこまれてしまった。
 一大事としておこした行動は、これでは無に等しい。

 なかったことにされたほうがまだマシだった。
 あったことをなかったことにするのは不可能だ。
 必ず歪みが生じる。
 そこをついて、無視できなくなるまで繰り返せばいい。

 

 なのに許すという。
 消化してしまうという。
 日常に組み込むというのだ。
 昨日と同じ今日のために。

 

 憎い。
 憎しみだけが残って、苦しい。

 

「でも今日はとっても遅いからもう寝ようね」


 繰り返しても意味がないから繰り返すこともできない。
 おそらく何度も繰り返しても変化は一つも得られない。
 意味がない。

 

 昨日と、一昨日と、そして明日と同じように、スザクはルルーシュをかかえこんで、今度こそ目をとじた。
 無造作に銃を置いて。

 


「ずっと起きてたのか」


 既に抵抗する気力すら折られて、ぽつりとつぶやいたルルーシュにスザクが言う。


「うん? だってルルーシュの様子がおかしかったから」

 わからないわけないでしょと。
 いつも見てるんだから、と。


 言われるたびに吐き気がこみあげてきた。


 スザクは何だ。
 ルルーシュの何だ。


 保護者?


 ふざけてる。
 親はあんな声で子供を呼ばない。
 そして子供はおやすみと言って銃をつきつけない。





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【言い訳】(反転)
年齢による書き分けが出来てないですorz 次また時間がとんでラストになります。
私はこういう恋愛感情をどこかで取り違えてきてしまったような薄暗い話が意外と好きなんですが、読んでるほうとしてはどうなんでしょうか。やっぱりラブラブのほうがいいんでしょうか……。せっかくアンケート派生で書いてるので、もしよろしかったら何か言ってやってください。