最悪だ。
この一言に尽きる。
最悪だ。
どこがって最悪じゃないところが見つからないのが最悪だ。
まさか自分が、自分たちがたかが一機のナイトメアにしてやられるだなんて。
土足で頭を踏まれた。
アーニャはナイトメアなわけではないから痛いだとかそんな問題ではなく、屈辱を、そんなことを許してしまった自分自身が許せない。
更には一時的にとはいえ戦闘から弾き出されるだなんて。
信じられない。
一時的なんて言葉慰めにすらならないではないか。実質的に最後まで指を加えて傍観者でいることを強制されたのだから。
通信から同僚のふざけた声が聞こえてきた時は、味方ながら殺してやろうかと思った。
本気で思った。嘘じゃない。
思ったが、機体が動かなかったのだ。
忌々しい!
「本気だしときゃよかった」
余りにも楽しそうな声だったから、機体が動くようになったらまず一番にジノを海に叩き込んでやろうと決めた。
海水に浸かったことで整備班が泣くかもしれないが、ジノ本人は大したダメージを受けないだろうことだけが残念だ――精神的ダメージもだというところが更に気にくわない。
少しは怒ったり不機嫌になったりすればまだ可愛げがあるものを――どうしても年上としての尊敬を抱けないのはアーニャのせいではなく、ジノのせいだ。とアーニャは思っている。
やっぱり生身を突き落としてやるべきか――普通に楽しそうに泳いでる姿が想像できてうんざりした。
いつもかつでもへらへら笑っているこの男は、その人格形成の裏に大した挫折もなくここまで育ってきたことが伺えて、意味もなく冷たくあたってしまいたくなる――自分の幼さだから抑えなければとは思っているのだけれど。
機体の行動を制限されてしまい、何もできないからイライラとそんなことを考えるアーニャの前で、抹殺リストの最上位に躍り出た赤いナイトメアと枢木スザクのランスロットが一進一退の攻防を繰り広げている。
スザクと自分たち2人の最大の違いは敵パイロットの実力を知っていたか否か、そこに尽きるわけだが、そんなものは言い訳にもなりはしない。
戦場で敵に知り合いがいること自体が最大の汚点なのだから。それはつまり、おとせなかったことを意味する。
怒涛の攻撃に若干スザクが押されてるようにも見えるが、2人とも墜ちていく艦に焦りが見える。
総督が乗っているのだ。スザクの心情は推して測ることができる。
だが敵パイロットの焦りは……、あそこに敵にとって何より大切なもの、そうゼロが中にいることを示す。
つまり、盲目の少女は今、二重の意味で危険にさらされているわけだ。
なのに自分は助けに行くことができないだなんて。
なんたる失態。
なんたる屈辱。
ナナリーの、あの心やさしい皇女の今を思ってアーニャは更なる苛立ちを噛みしめた。
可愛らしい少女だ。
一途で真っ直ぐ前を見つめることのできる子。
彼女の経歴は知識では知っているが、それ以上の苦しみがあったのは確かで、それでも心配させまいと、他人を思って微笑ってみせることのできる彼女は強い。
だけど弱い。
見えない世界。
動かない足。
一人で生きていくことのできない身体。
ブリタニアが位置付ける確かな敗者。
でも彼女は顔を下げることはなかった。
強い少女だ。
だから好感を……、否、それ以上の好意を抱いていた。
年が近いこともあるのかもしれない。
今まであまり同年代に囲まれず、いたとしても親の権力を自分のものを勘違いしていたり、外見のことにしか興味がなかったり、己に大した魅力などないことを理解せず――もしかしたらあったのかもしれないが、魅力の意味を履き違えているところで大きく減点だ――思い上がった、しゃべるのも億劫な者たちばかり。
その点彼女は違う。
己を見つめることができる。
過信はしない。
けれども必要以上に卑下もしない。
何が彼女をそこまで強くしたのだろう。
聞いたことがある。
愛おしげに紡がれる「お兄様」
嫉妬してしまいそうなほどに甘く、そして切なく。
兄に恥じないように。
その言葉を聞いてアーニャの決意はかたまった。
枢木などに任せておけるものか。
ナナリー皇女殿下は、私が守る。
なのに、なのに目の前で危機に晒される彼女がいるのに、指を加えて見ているしかないだなんて。
しかも原因は己の過信だというのだから苛立ちも最高潮になろうというものだ。
モニターを睨みつけるアーニャの前で先に切り上げたのはランスロットのほうだった。
もう時間がない。
このままでは本当に海に叩きつけられてしまう。
唐突に機体を翻したスザクに、赤い機体は追いつけない。
スザクが艦の側面を破った。
力技だが、彼の人間性はおいておくとして、ナイトメアの操縦に関しては申し分ない。うまく皇女を助けることができるだろう。それは想像でも期待でもなく、確定事項だ。
怪我をしていないだろうか。
怖い思いをしているに違いない。
彼女はなんとしてでも助けなければならない。
口惜しいのは、それを自分の手でできないことだ。
ああ、あと少しで、動けるだろうに、それでは間に合わないのだ。
ランスロットが再び姿を現した。
その手に、小さな少女の姿を確認してアーニャも詰めていた息を吐いた。
と、視界の端。
黒いが、小さな黒が、それでも確かにアーニャの目をとらえた。
何故か、迷わなかった。
操縦桿を慣れた手つきで動かしたのは無意識に近かった。
「アーニャ? どうした?」
アーニャの突然の行動に、ジノが当然の声をあげた。
けれど、自分でもどうしてこんな馬鹿げた答え方をしたのかわからない。
理由はなかった。
気づけば口からでていた。
「なんでもない。先に帰っといて」
何でもないわけがない。
論理性にかけている。
それでも、宙になげだされた「それ」を、ジノとスザクとそれから敵の死角になるように受け止めた。
なるべく、衝撃がかからないように、そんなことにさえ気を使った行為。
自分が信じられなかった。
理由がわからない。
自分のことなのに、何がしたいのかさえ霧がかったようによく見えないのだ。
こんなことは初めてだ。
何かに突き動かされるという感覚を初めて知った。
だがこのままではいられない。
これからの行動は、自分で決めなければ。
そう思うのに。
そう、思ったのに。
信じられない。
そっとそれをもったまま、アーニャは機体を止められなかった。
「アーニャ、どこ行くんだ?」
「気が済んだら戻る」
何とも、どことも、言わなかった。
「引き上げだ、深追いは」
「わかった。戦闘はしない」
「……もしかして、機嫌、悪い?」
赤い機体とは別進路をとった。
パイロットは半狂乱に違いない。
だがそんなこと知ったものか。
今さらなことを聞いてくる同僚は不愉快だし――これで機嫌がよかったらどこの変態だ。変態め。してやられたくせにへらへら笑って、マゾか。そうじゃないかとは思っていたけれどやっぱりマゾなのか――モニターを切った。
残された音声は、苦笑する。
「やりすぎるなよ。建物壊したりなんかは洒落にならないからな」
なるほど。
ならば無人島でも探そう。
都合のいいことにこのあたりには人の住めない小さな島がごろごろしている。
ジノがとめないのは酔狂だからだ。
事実、割って入った声は不信感に溢れていた。
「アーニャ、君は一体何して」
スザクだ。
「気晴らしだって。ほら、踏まれてぶち切れてんの」
代わりにジノが説明してくれた。
あたっていないが、もうどうでもいい。
本当のことがばれたほうがよっぽど厄介だ。
「そんな勝手な行動は」
まったく。
正しい反応だ。
アーニャとしてもスザクにもろ手をあげて賛成したい。
もちろん自分が傍観者の立場であったなら、だが。
だが今はそうも言っていられない。
なぜなら、抱えているのは爆弾に他ならないからだ。
「ちょっと目をつぶってやれば、燃料もあるしすぐかえってくるって」
「だけど」
「察してやれよ。アーニャにとってはじめての敗北ってわけだ。思うところだってあるだろ」
「だからって仮にもラウンズが示しのつかない行動は」
もう聞いちゃいられなかった。
どちらの言い分も勘にさわる――ジノに関してはフォローしてくれているわけだが、アーニャのことなら全てわかっているといわんばかりの兄貴面がうっとうしい。
アーニャはためらないなく通信も切ってやった。
どうせおいかけてくることもない。
スザクは今、もっと大事なものをかかえているのだから。
徒歩でも距離だけで考えるなら数時間で一周まわれてしまいそうな小さな孤島――なかなか難所みたいなところもあるので、実際に回ってみるともっとかかるだろう。
近場だったのでとりあえずそこにおりたって。
まさかアーニャがそれを、彼をさらっていっただなんて敵も考えてはいなかったのだろう。
追いかけてくる様子はなかった。
あるいは思い当たったときには既に遅かったか。
砂浜におりたつ。
悩んだのだが、どうやら意識を失っているようだったので、そのまま彼――そういえば性別をはっきりと言及されたことはなかったが、彼、でいいのだろうか。まあいい。便宜上彼としよう――を砂浜にそっと横たえた。
人間は弱いのだ。
少し乱暴に扱えばすぐに壊れてしまう。
意識がとんでいるらしいのは、飛ばされたショックだろうか。
受け止めたときに殺しきれなかった衝撃のせいだろうか。
見たところ外傷はないようだが、内臓まではわからない。
痛めていなければいいのだが。
何せここには何もない。医者も、器具も――もちろん他に人のいないところにきたくてきたのだが。
一応救急セットは持っているが、それで対応できるには限度がある。
死んで悔やまなきゃならないような人間ではないが、それでもこんなところで死なれても困る。色々と。
しかしながら、モニター越しにじろじろと眺めるために連れてきたわけでもない。
受け止めたのは反射だったが、すぐに連れていかずにこんなところまで来てしまったのはアーニャの意思だ。
見てみたかった。
話してみたかった。
像としてではない、彼にふれてみたかった。
ただの、好奇心だ。
だって連れていけば彼はさっさと殺されてしまうだろう。
たとえ殺されないとしても、アーニャがその中身にふれることはできないに違いない。
相手は意識を失っていたが、銃と拘束具――常備されているサバイバル用の縄だが十分だ――をつかんで、さっさとアーニャも砂浜におりた。
これが、と思った。
これが、ゼロ。
イレブンの希望。
意識がないせいか随分と頼りなく見える。
もちろん映像で知っていた姿だが、これが、大国に反逆するため、何十万という人間の命を背負った人間だといわれても、あまり実感がわかない。
だがまあ、なんだって結局はそんなものなのかもしれない。
人はどうしても過剰に像をつくってしまうものだから。
とりあえず彼が持っていた銃は奪った。
拘束は、悩んだがしなかった。
武器のない相手におくれを取る気などない。
それよりも早く、ただ早く、顔がみたかった。
仮面に手をかけた。
黒いさらさらの髪。
瞳はふせられていて、わからない。
口元も、マスクで隠されていてわかりづらい。
でも、わかる。
わかった。
「……うそ」
息をのまずには、いられなかった。
だって彼は――。
マスクをおろす手がふるえた。
知っている。
この顔を、自分は知っている。
面識はない、と、思うのだが、定かではない。
でも、ようやくわかった。
アーニャを突き動かした何か。
ああ、これはもう運命だ。
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【言い訳】(反転)
アニャルルと表記しながら、堂々とアニャナナでお送りしました(え)
や、あ、あの、だって、小説版がアニャナナだったって聞いたから!まだ読んでないのをいいことに妄想を繰り広げてみました。はやく読みたいものです。
しかしアーニャもナナリーもかわいいなあ。大好きだ!
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