一瞬の痛み。 こぼれた悲鳴。 痛みは麻痺し。 そしてずくずくと膿んだ。 腕がなんとなく重いような気がしてルルーシュは目が覚めた。 左腕が、重いのに感触がない。 なんだと起きぬけの回らない頭でぼんやりと考える。 目の前にふわふわの茶色い髪。 これは見覚えがあるし、心覚えもあれば現状把握は少し楽になる。 首元に顔をうずめるようにしているので顔は見えないが、枢木スザク以外の何かであるわけはないだろう。 これを許すのは彼だけだ。 万が一、憶が一、他の誰かで可能性があるとすれば何故かベッドをともにするはめになっている無粋な同居人だが、彼女はあいにく緑のストレートであるのでこの場合の条件にはまったくあてはまらない。 しかしそれにしても首にあたる髪がくすぐったい。 くせ毛だからだろうかと考えて、何を馬鹿なことを考えているのだと自分が情けなくなった。 髪が首にあたればくすぐったいに決まってる――あるいはちくちくとして痛いか。 ストレートだとかくせ毛だからという問題ではない。あってやわらかいか硬いか、ワックスをつけてるかつけてないか、痛んでいるか痛んでないかからの違いだ。 こんな馬鹿みたいなことを口にだせば辛辣な同居人から幸せボケだと嘲われるに違いない。 その場合、その現状把握を否定できないルルーシュにはかなり分の悪い戦いとなるだろう。 否定するのは簡単だ。 だが否定したくないとなれば…………、ああもうどうしようもない。 しばらく我慢してみたが、くすぐったいと一度気にし始めてしまった感覚はそこから離れてはくれない。 仕方がないか、と本当は好きにさせといてやりたかったのだがと、珍しくも甘い寛大さをみせてやるつもりであったのだが、やはり好きにさせてやるにしてもお互いが心地よい状態でいたほうがよりよいに決まっていると理屈をこねて我慢の限界はすぐにきた。 原因のわかりきった気だるさをほんの少しだけ振り払い、ルルーシュはみじろいだ。 いや、みじろごうとした。 意志の形から察することができるように、実際にそれはなされなかったわけだが、原因はといえばこれまた目の前のふわふわの髪に起因する。 この駄犬が。 常よりもほんの少しだけ険の殺がれた悪態を心のなかでつく。 力の加減ってものを知らないのか。 あるいは寝ているから無意識だとでもいうのか。 とにかく自分に備わっている力というものは自覚してこそその価値があるのだとそろそろ理解してくれないものだろうか。 それともそれすらできないほど頭が軽いのか。 これでもかというほど何が彼をそんなに駆り立てるのか強く、ただ強く回された腕のせいでルルーシュは身じろぎ一つできないという現実に今はじめて気がついた。 そして横むきにされた身体の下、必然的に敷かれてしまった左腕の存在に。 重い。 当たり前だ。 人一人分の体重がかかっているのだから。 感覚が鈍い。 原因は単純明快。 血が巡っていないのだ。 全くもって忌々しい。 今まで纏っていた甘い空気の半分ほどを消滅させ――ただし残りの半分を完全に消し去るまでにはいかなかったところに本心が見え隠れする――ルルーシュは盛大に舌打ちをした。 何が忌々しいって、こんな日の朝ぐらい好きにさせてやろうというせっかくのルルーシュの優しさをあえて自ら無に帰そうとする駄犬の行為がだ。 そして甘さだけをただ与えてくれはしない無粋さ。 今を望んでいるのが本当は自分なのだということを理解しているが故に、わざわざ自覚させあえて自分に崩させる男の存在。 結局のところ無意識かの身体的不調に起因するのではなかろうかと思われないこともないが、色々と責める理由だけを掘り起こし、サツマイモのように一株でずるずると引き出したルルーシュは全ての原因をスザクに押し付け、自分はといえばさっさと次の行動に思考を巡らせた。 どうにか現状を打破せねばなるまい。 いかに甘く痺れた空気が心地よかろうと、痺れさえ感じない腕の存在は問題だ。 かといって引き抜こうにも動けない。 原因を引き剥がそうとすれば…………。 どうしろというのだ。 抱きしめるというより拘束されているような気さえしてくる。 腕の上からがっちりと回された、自分のそれより太い腕。 下敷きとなっている左腕だけではなく右腕をも使えないとはなんたることか。 足はといえばしっかりと絡まれこちらも動かせない。 犬を撤回して蛸にでもしておくべきか。 抱きこまれるというよりは絡みつかれる。 愛というよりは執着。 プラスして昨夜求められた身体は常にもまして力が入らないというのに。 なんだかい色々と腹がたってくる。 あとはせいぜい使えて口ぐらいか。 とはいえ喉もさんざん酷使されたのだ。 起こせるほどの声量が出るか否かの問題の前に、朝ということもありだいたいにしてまともな声がでるかという問題が立ちふさがった。 ああそう。 こういう使い方もあったか。 最後の手すら絶たれたかと思ったが、よくよく考えてみれば口の使い方は一つではない。 悪いのはスザクだ。 口以外他に使いようがないほどにきつく拘束してくださったスザクのせいだ。 口だけでも使えるようにしてしまった甘さのせいだ。 悪いな、と一人で嘯いてみたりはしたが、正直なところ驚くほど罪悪感はなかった。 歯並びのよい自らの歯をちらっと嘗め、ふわふわの茶色い髪に唇を寄せた。 そしてゆっくりと――。 穏やかな朝。 まだ目覚めるには少し早い時間。 昨日夜更かしした者にとってはなおさら。 すがすがしいと言いたいがまだ空気は冷たい。 そんな静かな朝に。 一つの悲鳴が響いた。 Next |