笑いながら君が言った


 異なる摂理。
 異なる時間。
 異なる命。



 覚悟はあった。
 もうずっと昔から。
 望みを叶える為ならば。
 自分の持ちうる全てをかける覚悟が。
 業を背負う覚悟が。



 人とは違う理。



 それがどんなものであろうと。




 自分などどうなってしまってもよかった。
 大切なものが守れるのなら。






 ピリッとした痛みが肌を走る。

 肩口へのそれは甘い痛み。
 結果を知らぬほど無知ではなく。
 しかしあえて止めようと思えない倦怠感にそっと吐息をこぼすだけにとどめた。


 それに。
 あえてとがめる必要もなければ。



 後ろから腰に回された腕に力が込められる。
 もともと強く、離すものかと我が侭な子供の意思が見え隠れするほど強く抱きしめられていたというのに、更に。
 壊されるのではないかと不安になるくらいに。

 この体力バカ、と今でなければ言っていただろう。
 自分の力を自覚しろ。
 抱き潰す気か。

 気だるい雰囲気と甘い鈍痛、まどろみに誘う声、それから直接的な人の体温。
 こんな状況でなければ。
 しゃべるのも億劫で、それでもいいかと思えるめずらしい寛大さは咎めるだけの気力体力といった問題よりも満たされていることにあるのだろうと自覚はあった。

 幸せと、一くくりにしてしまうのは難しい。
 言えないこと。
 隠していること。
 嘘。
 それらなしではもう立っていられないぐらいに依存した今のこの不安定な状態はきっと、一般的な幸せなんかには入らない。

 しかしそれでも。
 手に入らないと諦めていた、手に入れるべきではないと戒めていた、切望していたものが手の中にある。
 それがどんなに忌避すべきことであっても。
 満ち足りた気分になることさえ罪とののしられるだろうか。
 自分がしでかしたことへの自覚はあっても、深層意識まで操れないのが人間だ。
 罪悪感とともに暗い慶びに浸る。


「ルルーシュ」

 掠れた声が名前を呼ぶ。

 何故そんなに辛そうに?



「スザク?」

 肩に埋められた頭にそっと手をのばしてやわらかい感触を堪能する。
 彼が顔をあげる気配はない。
 血を吐きそうな声で名前を呼びながら、また力の入った腕を引き寄せて。
 本当に殺してしまいたいのだろうか。
 一瞬詰まった息をゆっくりと吐き出した。

「スザク?」

「ルルーシュ。……なんで」


 疑問の形をとりながらおそらく答えなど求めていないのだろう、辛うじて聞き取れた声はその大きさに反して、世界の滅亡を前にしたような絶望を叫んでいた。
 
「なんで…………、君は」

 先ほどと全く同じ場所。
 同じような、けれど少しだけ強い、甘い痛みがもたらされた。
 強く吸い、歯を立て。
 もう充分色づいてしまっているだろうそこに、何故だか彼はひどく拘る。


 君は、なんなのか。
 先の言葉はない。
 ただ絶望と、哀しみが伝わってくるのみ。


 何がそんなに哀しいのか。
 何がそんなに彼を苦しめるのか。

 わからないのが哀しくて、悔しくて。
 そして少し、怖かった。
 哀しいのに慶びは衰えず。
 悔しいのに幸せは波打ち。
 ヒドイ人間だと、そんなことは今さらなのに胸にささった小さな棘は、小さすぎるが故にとれそうにない。





 王の力がお前を孤独にするだろうと魔女が言った。

 覚悟はあった。
 どうなってもよかった。
 自分など。


 自分は。



 なのになんで。

 苦しんでいるのが彼なのか。
 自分などどうなってもよいと思えるほどに大切な彼なのか。
 自分の望みは一体どこにいってしまったのか。


「ルルーシュ。何で君は」


 代価が彼によって払われるというならば、誰の望みが形になるというのだろうか。



「僕のものになってはくれないの」



 どうしてスザクが孤独に打ちひしがれるのだ。


「どこにもいかないで。お願い…………だから」



 ヒドイ。

 やはり尚幸福の腕の中に抱かれながら、すでに働かなくなった思考の片隅でそんなことを思ったのを覚えている。





【補足】
この話の捏造設定について。おいおいわかるように書いていくつもりですが、わかっていないと読む気になれない人、内容によってはうけつけないかもしれないとの警戒をもたれる方、とりあえず設定だけ知りたい方は反転をお願いします。
もしもギアスに副作用(?)があったらというお話。C.Cのように怪我をしてもすぐ回復する身体です。死ねる死ねないまで掘り下げることはありませんが。
マオの驚異的な回復力を果たしてブリタニアの医学のせいだけにしていいものかとの疑問から生まれた話。でも全然関係ない気も……。




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