4. 猫

「みゃう!」




 変な声が出た。

 青くなってばっと口を押さえ蹲るが、一度でてしまったものはなかったことには出来ない。
 しかも聞かれてしまった相手は聞かなかったことにしてくれるような優しい人間ではない。


「うわ、すごい」


 むしろ面白がって嬉々として傷口を抉るだろうことは火を見るより明らかだった。
 立場が逆だったら臨也でもそうする。

 そんなことは百も承知だが、だからといって諦めて黙って甘んじていられるかと言えばそれとこれとは別問題だ。
 楽しそうな笑いを含んだ声に、ぎぎぎと音がなりそうなほどそろそろと振り返れば案の定、満面の笑みを湛えた悪魔がそこにいた。

 はは、と乾いた笑いを零してみるが、やはりそんなことでごまかすことなど出来なかった。


「臨也さん本当に猫になっちゃったんですね」
「あ、やっ」


 しみじみと言いながら黒い尻尾を根元から先まで撫であげられ腰が砕けた。
 ひくひくと頭の上についたこれまた黒い獣の耳――いわゆる猫耳というやつか――が震え、息が上がる。


「はっ、も、勘弁、してくれないかな。帝君」


 絞り出した声は明らかに慾に染まって揺らぎ、どこか湿っぽい。



「臨也さんって案外馬鹿なんですね。そんな言い方じゃもっとしてって言ってるみたいですよ?」
「ん、ふ……ぁ」

 さわ、と耳を撫でられて、腰に熱がたまる。
 耐えきれずに縋りついた細腰をまだ大人になりきっていない手が愛おしげにさする。

 かたかたと震えるそれに、うっそりと満足げな笑みを刷いて。
 滑らかな毛に覆われた耳に舌を這わせ、甘噛みを繰り返せば、そのたびにびくりと腰が引きつり喉がなる。
 感じているとわかる仕種が何よりもその人間にはないはずのそれが飾り物でないことを示すが、こんなものは今までなかったはずだ。


 しかも、だ。
 どうやらこの耳と尻尾は性感帯であるらしい。
 しっとりと唾液で濡れた耳に息を吹きかけてやるだけで、切なげな声が上がる。
 睨みつけられても紅い瞳が涙に濡れていれば怖くなどなかった。



「しかしすごいですねーこれ。神経通ってるんですよね。どうなってるんですか?」
「知らな、っ、……や、んん!」


 答えなどもとから求めていないのだろう。
 わかるとも思っていないに違いない。

 疑問の形をとりながらも尻尾をその手で弄び、悲鳴をあげさせては答える隙すら与えない。


 全くいい性格をしていると思う。

 池袋という街に慣れるに従って、出会った当初は確かにあった初心さを脱ぎ捨て。
 こんな子供にいい様にされる日がくるとは思わなかった。

 誤算だった。
 もとより面白そうな人材と目をつけていたが、短期間で思っていた以上に化けた。
 ただ、特別に目をかけて優しく柔らかくその成長を導いてやっていたつもりだっただけに、まさかこちらに牙をむいてくるとは思わなかったが。


 いや面白い。


「楽しそうだね、帝人君」
「はい、とても楽しいです」


 素直に頷いてみせる一見鈍臭そうな少年が、まさか非日常の気配を嗅ぎつけ臨也に近づき、その秘密を暴き写真をたてに脅してくるなんて誰が想像できたろう。
 これだから人間というのは面白い。面白い、が、少しだけ悔しい気もして、臨也は縋るついた手を帝人の首にまわした。


「可愛くなくなったね」


 熱を持った吐息を耳元に吹きかけるように言ってやれば頬に赤みがさした。
 なるほどまだ幾分か可愛らしい側面も残っているらしい。
 経験値の差か。
 攻められるのは慣れていないのか。その反応に若干気分も浮上して、調子に乗って尻尾をふよふよと揺らし、腕に巻きつける。
 やわらかな毛が肌を撫でる感触にひくりと腕が揺れた。


 そのまま主導権を取ってしまおうと思ったのだが、しかし流石にそこまで甘くはなかった。
 そもそも急所が曝されてしまっている時点で臨也の分が悪い。


「ぁ、あ……っ」
「臨也さんは、可愛いですよ」
「ヒ、ぁ……、ダメ、それだめ」

 仕返しと言わんばかりに擦りつけた尻尾をとられ、口に含まれるとたちまち思考が溶けてしまった。
 舐められ吸われ、腰が撥ねる。
 まるで性器を愛撫されているような、ダイレクトな快感だった。

 けれど決定的ではない。
 ズボンの前はもうはちきれんばかりに勃ち上がり、苦痛を訴える。


「苦しそうですね。脱がしてあげます」


 親切ごかしてズボンと下着を膝まで引き下ろされた。
 その間もずっと尻尾を弄られていれば抵抗できずに肩にしがみつくしかない。


「ああもう下着がびしょびしょですね。イきたいんですか?」

 頷くのは癪だ。
 けれど今は決定的な刺激が欲しい。
 既に限界まで煽られ身体の奥がじくじくと疼く。

 葛藤に動く事が出来ず、しがみ付いた手に力がこもれば、くすりと耳元で笑い声が聞こえた。


「いいですよ。じゃあ、イかせてあげます」


 だが、そう言って帝人が触れたのは前ではなく尻尾。
 尻尾をつかむと濡れそぼった先端を後腔に押しあてられ、臨也は驚きに目を見開いた。



「自分で気持ち良くなってください。ね?」
「ま、っ!」


 にっこりと笑い、しかし手は容赦なく尻尾を臨也の中にゆっくりと押し入れた。



「あぅ、あ、や、や、やあぁぁ!」


 つぷり、と侵入してきた尻尾を自分できゅうと締めつけて。
 いいのは尻尾なのか、中なのか。
 どこからきているのかもわからなくなるような壮絶な快感に襲われて、臨也は身体を震わせ、知らず大粒の涙をこぼしながら達した。


「あれ? いれただけでイっちゃったんですか? 駄目だなあ。面白いのはこれからなのに。ほら、もっと入るでしょ?」