3. 裸エプロン




 何故こうなったと自問したところで事態が好転するわけでもなかったが、それでもせずにはいられなかった。

 何故こうなった。
 どうして。
 何で。


「津軽、すごい可愛い」


 きゅっと抱きついてふわっと笑うサイケの方が可愛い。
 可愛い、が、何故だろう、可愛いで済ませてしまってはいけないような気がするのは。
 いやでも可愛いは正義だと誰かが言っていた。


「サイケ」


 サイケは可愛い。

 もうそれだけでいいじゃないかと現実逃避で己を納得させ、サイケの背中に腕をまわした。
 ああ、サイケの匂いがする、と一瞬ほわんとした気分になりかけたのだが、その瞬間にぎゅっとむき出しの尻を掴まれて津軽は身体を硬直させた。

 可愛らしいピンクのエプロンを一枚だけ。

 それが今、津軽が身につけている全てだ。
 つまるところ俗に言う裸エプロンというやつで、後ろで紐を交差させ、結ぶタイプのそのエプロンを身につけているということは、必然的に尻は無防備に空気にさらされていることとなる。

 素肌をさわさわと触られる感触に改めて自分の格好を自覚させられて泣きたくなった。
 津軽津軽これ着てお願いとサイケに頼まれて、そのフリルのついた明らかに男性向けではないデザインに些か抵抗を覚えたものの、お願いお願いと津軽の名を呼ぶサイケがあまりに可愛くて、軽く了承してしまった数十分前の己を恨むが、でもだって、つけるだけだと思ったのだ。
 まさか素肌の上に着ることを強要されるとは誰が予想できたろう。
 思い浮かべているものにかなり大きな差異があったものの、しかしそれでも一度自分で了承してしまったものだ。
 サイケの期待に満ちた視線を一身に受けてしまえば今更嫌だとも言えなかった。


 だがやはり早まっただろうかと空調の利いた生ぬるい風が素肌を撫でるたびに思う。


「津軽、なんかやらしいね」


 さわさわと津軽の肌を堪能しながら、頬をうっすらと上気させてサイケが呟いた一言に津軽は泣きたい気持ちになった。
 そりゃこんな格好をしているのだからある程度性的な印象を与えてしまうのは仕方ないことだとしても、大の男がこんな格好をしても見苦しいだけではないか。

 それこそサイケがするのなら――。 


 想像してみた。


 フリルエプロン姿のサイケ。

 エロ可愛い。
 本当に、サイケがすればいいのに。
 お願いしたらやってくれないだろうか。



「んー、津軽のお尻すべすべもちもち。あ、なんかサイケえっちな気分になってきちゃったな」



 ね、と顔をあげたサイケとばっちり目があったが、サイケの裸エプロンなんかを想像していた津軽は反応が遅れてしまった。


「え、あ」
「津軽、したい」
「な、何を?」

「津軽とえっちしたい。ね、しよ?」


 他でもないサイケからのお誘いだ。
 いいでしょう、と言われてしまえば首を縦に振る以外に選択肢はない。


「サイケ」


 そっと名を呼び唇を寄せれば、首にまわされた手がぐっと津軽の頭を引き寄せて、サイケの方からぶつかるようなキスを送られる。


「津軽、大好き」

 サイケが己の名を呼ぶ。
 その声に酔ってしまう。

 キスをしながらコートを落とし、シャツの中に手を潜りこませようとしたところでしかしサイケから制止がかかった。


「待って津軽。ダメ。そうじゃないの」


 え、と手を止めた津軽を引きはがすと、サイケは津軽をくるりと後ろ向きにし、テーブルに手をつくように言った。


「今日はサイケがするの。大丈夫、優しくするから」

 ふわりと、ふわふわと、天使のように微笑んで、悪魔のような台詞を吐く。

 いや、サイケだって男だと、抱かれるのではなく抱く性なのだということは津軽だとてわかっている。そういう衝動が起きても自然なことだと思う。
 だが、だけど、だ。
 津軽だって男なのだ。
 いくらなんでもこの格好で抱かれるのは勘弁願いたい。


「あ、や、サイケ」
「駄目なの? 津軽はサイケのこと嫌いなの?」


 じわっと涙をためてそう言われてしまえば否とは言えなかった。
 好きだと迫って抱いた身であればなおのこと。


「好きだ」
「サイケも津軽が好きだよ。津軽に抱かれるのも好き。気持ちいもん。だから津軽にもサイケと同じくらい気持ち良くなってもらいたいの。ね、大丈夫、ちゃんとゆっくりするし。あ、そうだ。痛くないように、えっと、あれ使おう」



 そう言ってサイケが冷蔵庫に向かうものだから津軽はさっと青くなった。
 嫌な予感どころではない。案の定取り出されたのは食料品である――冷蔵庫なのだから当然だが――マヨネーズだった。


「こないだ静雄と臨也君が使ってたんだー」
「ま、待ってくれサイケ、っ」

 だが制止は間に合わなかった。
 満面の笑みでマヨネーズを手に取ると、サイケはその指を津軽の後腔にあてがった。


「ひ、サ、イケ、まっ」


 冷蔵庫で良く冷やされてひんやりとしたマヨネーズにまみれたサイケの細い指が、ぬるっと津軽の中に入ってきた。
 思っていたほどの圧迫感はなかった。
 むしろ油分のぬめりのせいで思っていた以上にすんなりと入ってしまったことがショックだった。


「大丈夫だよ、津軽。怖くないよ」


 宥めるように言ってサイケが津軽の背中に唇を落とした。


「ほんとは津軽の顔見たいんだけど、臨也君がね、初めては後ろからの方が楽だって教えてくれたから。ごめんね?」


 ごめんねと言葉だけで謝りながら、指は非情に遠慮なくぐちゅぐちゅと卑猥な音をたて、津軽の中を蹂躙する。




「ん、くっ……あ」

「ここ? ここが気持ちいいの? なんかこりこりしてる」





 前立腺をくいくい押されて津軽の足から力が抜けた。