「私、アスランが好きですわ」 なんで戦闘艦にこんなものがと思うほどに高価な茶葉と、やはりこれまた戦艦には不似合いな柔らかな微笑みに誘われたアスランが快く頷いたのは、きっとキラやカガリもという予想のもとにだったのだが、その予想に外れて席についたのはアスランとラクスの二人だった。 懐かしい、そしてどこか、どうしてか寂しく感じる風景。 二人きりの茶会。 前回のそれからは、一言では言い切れないほどいろいろなことがあった。 次の約束は、しなかった。 次などもしかしたらないのかもしれないというのは不吉な予感で、それはやがて確信にかわった。 …………はずだった。 なのに二人は穏やかな雰囲気の中で対面していた。 言葉にできない寂寥感にひたるアスランに、紅茶を口元に運びながら、ラクスは唐突に言った。 まるで思い出したとでもいうように。 なんでもないことのように。 クッキーはいかがですかに続けて全く同じ口調で言われたので、アスランは思わずそうですかと流してしまうところだった。 いや、それともそのほうがよかったのだろうか。 それが特に深い意味をもたないものだとしたら。 前にキラに対して同じコメントをされた時も困惑したものだが、今度もアスランははラクスの意図をつかむことはできなかった。 だから曖昧な笑みをうかべた。 自他共に人付き合いが下手だと認められる彼は、それぐらいしかできなかったのだ。 正確には。 「それは……、ありがとうございます」 それはとても無粋な言葉なのだろうが。 「恋愛感情で、ですわ」 ふんわりと笑って付け加えられて、なんとも言えない気分になる。 彼女に特別な感情を抱いていることを否定する気はない。 だが、特別とは何も恋愛感情だけをさすものでもあるまい。 愛しいと思うのは親愛に近い。 なくしたくない、かけがえのない人だと思うのは仲間だから。 あるいは尊敬と言っても間違えではないだろう。 婚約者時代も、少しばかりの方向性は違っても残念ながらそれが恋愛感情であった覚えはない。 確かに婚約にも、将来たとえ本当に結婚しても、否やがあったわけではなく素直に受け入れたのだが、何故今になって、婚約が解消されてからその言葉がでてくるのだろう。 理解ができなかった。 どうするべきなのだろうか。 アスランはその優秀な頭脳を使って考えた。 考えた、のだが。 ただいかんせん向き不向きというものが存在した。 それにすんなり答えがでるのなら人間関係で戸惑うことなどないのだ。 少なくともこんなには。 考えても答えはでそうになかった。 だからアスランはやはり曖昧な笑みをうかべてみせるしかないのだ。 苦笑のような。 「あなたは……キラが好きなのかと思っていました」 あるいは自嘲のような。 「ええ好きですわ。けれどそれはあなたが私にむける思いと同じようなものです」 はっきりと、全てを見透かす彼女はアスランを見つめていた。 彼女は、ラクスは本当に全て知っているのだろう。 アスランの心に誰がいるのかも、全て。 知られているのならわざわざ隠すものでもない。 公言するものでもないが、彼女が真剣な気持ちでアスランの前に座っていれというのなら、こちらも真摯な態度で臨まなければ失礼だ。 だからアスランは誰にも告げたことのない思いを口にする。 躊躇いがないはずがなかった。 けれどラクスを信頼しているから。 口の中が乾いていることに気がついた。 それでも緊張はする。 「俺は……。俺は、キラが好きです」 それこそ不毛な思いと知りながら。 けれど理性ではどうしようもないから恋なのだ。 「キラは私を好きなようですわ」 「ええ、知っています」 とてもよく。 ずっと見てきたのだ。 その目がどこをむいているかなど。 キラはアスランのことなどなんとも思ってはいない。 「きれいにな三角形になってしまいましたわね」 全部一方通行。 ぐるぐる回って。 回り続けて。 終点はない。 けれど。 それでもアスランは、愛し続けるのだろう。 それはもはや予感ですらなかった。 「何故今日突然このようなことを?」 「知っていただきたからです。私の思いを」 そして、と言って彼女はそっと瞳を閉じた。 「伝えてしまいたいという私の我が侭です」 「ラクスは強いですね」 アスランがキラに気持ちを告げる日はこないだろう。 親友だと笑ってくれるキラの隣で、欲望にまみれた思いを必死に隠して生きるのだ。 それだって告げるだけの勇気もないような思いのくせに。 「いいえ、ずるいだけです」 そうしてアスラン、とそう呼ぶ彼女の声は出会ったころからちっとも変わらない。 「アスランはとても真面目な方ですから、私が思い告げれば悩んでいただけるでしょう? 少しでも私のことを考えてくれるでしょう」 キラのことだけではなくと言われてしまえば言い返しようもなかった。 そういえばラクスにどれだけキラの話をしただろうか。 それくらいしか話題を知らなかったということもあるのだけれど。 今考えてみれば確かに礼を失していたかもしれない。 軽く自己嫌悪に陥る。 いつだってキラのことばかりだ。 うっとうしいほどに。 それは自覚している。 「私、キラの思いを受け入れようと思いますの」 ラクスはアスランを好きだと告げたその口でそんなことを言った。 衝撃と、それから彼女の意図が今度こそ全くわからなくて、アスランは息を呑んだ。 そして、ラクスがキラを愛していないと知ったとき、どれほど自分が歓喜していたかを知った。 なんと醜いのだろう。 キラの幸せを祈ろうとそれだけを思ってきたはずなのに。 結局自分のことばかりなのだ。 「汚い女だとお思いでしょう。詰っていただいても構いませんわ」 もちろんそれは、アスランが自分に正直になる限り喜べる自体ではないはずだ。 けれどキラのことを思えばどうだろう。 キラがそれで幸せならばと考えればどうなのだろう。 キラの思いが受け入れられることに、キラが喜ぶだろうことに友人として賛成の意を示すべきなのか。 それとも、騙されるキラを思い反対すべきなのだろうか。 もはや事態はアスランのキャパシティを超えてしまっていたと言ってもいい。 ただ苦しくて、何が苦しいのかがわからない。 「キラの隣には私が立ちます」 凛とした宣言の裏で、ラクスは何を思っているのだろう。 「あなたがキラ以外も見ないのは承知の上です。けれど私がキラの隣に立てば、自ずと視界に入るでしょう。私を嫌ってください。恨んでください。憎んでください。それで結構です。アスランがキラのことを考えるたびに私のことも思ってくださるでしょう。私はとても醜い女です」 彼女は何故、そんなことを微笑って言えるのだろう。 「私はキラに愛を囁くのでしょう。きっと平然とした顔をして」 苦しくて。 「それでも私は、アスランを思っています。忘れないでください」 どうしようもなく苦しくて。 「憎んで嫌ってください。そして私のことを考えて」 何がどれぐらい苦しいのか。 それが一体誰の苦しみなのかさえわからないぐらいに。 穏やかな空間は、未だ、こんな事態になっても穏やかなままだった。 場違いなのはアスランとラクスのほうなのかもしれない。 けれどそれでも二人はただ、カップと皿がぶつかってたてるカチャリという高い金音ぐらいでしかないのかもしれない。 |