Scarborough Fair (甘楽ちゃん)



 人は2種類に分けられる。
 男と女だ――これはとてもわかりやすい。身体的特徴か、あるいは遺伝情報か、あるいは本人の意識かという問題はあれど、一度基準を定めてしまえばあとは作業でわけてしまえる。
 勝者と敗者だ――どこの時点で決めるかによって変わるだろうし、逆転も転落もおこりうる人生の中でそんなものを定める意味など無きに等しいとしても。
 正直者と嘘つきだ――正直者など存在するのか不明だが。人は己をすら騙す。

 正直分けようと思ってしまえばどれだけでもわけられる。

 人間以外も同じだ。


 例えば物事という実体のないものを分類してみよう。
 メジャーなところで、有意義な事と無駄な事、楽しい事と楽しくない事、それから、単純な事と複雑な事。



 さて、では今はどうだ。
 物事を2種類に分類するのが前提条件なのだから、全ての事象が必ずどちらかに振り分けることができる。今という時間軸においても必ず。


 考えるまでもない。
 大変有意義だ。
 ただし楽しくはない。
 そしてとても、単純。


 次に何をしようかと考える必要すらなく、足に少しずつ力を加えながら思った。
 暇だ。
 つまらない。
 飽きた。



「あぁ、あ、いたいよ」


 両手、両足首を縛り、折り曲げた足を限界まで開いて恥部を露出する男。
 そう、男か女かと言えば男。
 勝者か敗者かと言えば、社会的に見てこの男は勝者に入るらしい。
 縛った手と足は後ろで繋がっており、のけ反るような体制で荒い息を吐くこのぶざまな男が勝者。
 苦痛に喘ぎ、己に許しをこうこの男が勝者。


 ああ、それはなかなか面白い。
 今はどうみても敗者としか思えない男が、つい半日前には何人もの部下に怒鳴り、威張り、命令していたのだと思えば、半日後にはまた頭を下げられ、人を顎で使い、権力にものを言わせているかと思えば。
 思わず笑いもこみあげる。



 そうとも人はそうでなくては。

 一方に見えて実は他方。
 こちらだと分類されたが心のうちでは。
 私は本当は違うのに。
 あちらがいい。あちらに行きたい。でもこちら側でもいたい。


 そういう矛盾。
 矛盾こそが人を人たらしめる。

 簡単に分類され、そして未来永劫かわらない。
 人がもしそんなモノに過ぎなかったら、興味など1ミリたりとも抱けなかったに違いない。



 こんなに愛せなかったに違いない。


「痛いの?」
「はっ、ああぁ、あ、はい、いた、い、です」



 正直者か、嘘つきか。
 もちろん嘘つきだ。



「うそ」


 駄目だよ嘘ついちゃ、と努めて穏やかに笑いながら言ってやる。
 笑いながら更に力をこめる。




「もう許し…………っ」
「もう許して? やめて? 違うよね? 違うでしょ? ほら、素直になりなよ」


 男の瞳を覗き込みながら硬くなった肉を踏み潰す。
 かえるがひしゃげたようなうめき声がした。

 男の目にちらりとあらわれては消える屈辱。
 この私がこんなことを、という屈辱に、あってはならないことに手を染めている背徳感に、純粋な肉体的快楽に。
 屈することそのものへの希求。


 汚い身体曝して、汚い顔を涙や鼻水や涎でさらに汚して。
 頭の中はいやらしいことで一杯。
 本当に汚い。
 どこまでも汚い。


「ねぇ?」
「ふお、お、あ、あああああああぁぁあぁ」



 一度緩めた足で擦るように先を撫でたあと、圧迫の消えた身体が安堵に弛緩するのを見計らってもう一度強く踏んでやった。
 まるで女のように喘ぎ――ただしその声には可愛いげの類は一切ない。野太い男の声に見いだせるものなど、いっそ悲壮とも言える気持ちの悪さだけ――倒れ込むように前屈みになった男の影になって足が視界から消えたが生温い感触に、何が起こったかのかは瞬時に知れた。


 これはとても単純なことだ。
 結果も何も見えきった、それこそ何をすればどうなるか誰にだって簡単に予想のつく、単純すぎる程に単純なことだった。
 コップを傾ければ水が零れる。例えばその程度のこと。



 なのに、訪れるべくして訪れた結果に駆け登ったのは言いようのない嫌悪感だった。
 反射的に足を蹴りあげる。


 足で顔を蹴られ、両手両足を拘束された身体は無抵抗に床に転がった。
 それでも男ははあはあと息をあげながら恍惚に浸っていた。



「汚い」



 粘性のある白濁した液体をまとわりつかせた己の足を目をほそめて眺めたあとにぽつりと呟く。
 そこでやっと男は顔をあげた。



「甘、楽ちゃん」
「汚い。見て、すごく汚い。べたべたする。気持ち悪い。誰のせい?」
「あ、わた、わたしが」


 怯えたように声を震わす男を見て不思議に思った。
 この男は何が怖いのだろう。
 悋気か――怒られるのが怖いなんてまるで子供のよう。
 あるいは怒気に不随する暴力か――言わせてもらうが瞬発力には自信があっても純粋な力には自信がない。肉体へのダメージの与え方は知ってるが、そのこと自体を男が知ってると思えない。非力な少女と映っているだろうに何が怖いか。
 では失望や嫌悪といった感情か――でももとから好意など抱いていないのだから、評価など一切かわらないのだが。


 でも、だが、怖いというなら宥めてやろう。
 客の望むようにしてやること、それが今の仕事なのだから。



「そう、アキラさんが汚したの。甘楽ちゃん、イってもいいよって言ってないよね?」
「甘楽ちゃん」


 無理な体制からなんとか身体をおこした男の顔の前で足をひらひらと揺らす。
 白く細い、かといって細すぎることはなく、足首はきゅっと締まりなだらかな曲線を描く、我ながらパーフェクトな美脚だ。


「許可なく勝手にイくなんて、駄目だよね? アキラさんは駄目な大人だね。それとも駄目な犬かな? しつけが必要だなあ。悪いことした子には罰をあげないと」




 自分で蹴り飛ばしておきながら戻ってこいと指示すれば、ぬそぬそと蓑虫のように男が身体をくねらせながら近づいてきた。
 その顔がどこかほっとしたような、そして明らかに慶びをたたえているのは何を期待しているのか。
 この変態が。


 足が十分に届く位置で止まれという言葉のかわりに汚れた足を男の顔にひたひたとぶつけた。



「そうだね、まず綺麗にして? 汚したのはアキラさんだもん、ほら、自分でやったことの後始末は自分でしないとね」



 舐めろ。

 そんな直接的な言葉を使わずとも通じる。
 いや、たとえ布で拭き取るよう意味をこめたとしても、そんな風には受け取らなかっただろう。
 要は舐めたいのだ。
 この変態は。


 ぬめっとした感触が親指から脚の裏へと這う。
 生ぬるい口腔へ含まれた足の指から濡れた音がする。
 気持ち悪い以外の感想はない。強いて無理やり付け加えるならくすぐったい。



 虐められたい。
 蔑まれたい。
 虐げられたい。
 踏まれたい。
 罵られたい。



 何がいいのだろうか。
 ギャップだろうか。
 そこに何を見出だしているのだろうか。
 愛?


 痛いのが嫌いな自分には――大抵の人間はそうだが――いまいちよくわからない感覚だが、踏んでほしいと望まれたら踏んでやるし出血大サービスで縛ってもやるし、罵って欲しいと言われたら軽蔑の眼差しをプラスすることも忘れない。なんてサービス精神。自分に感動してしまう。

 勘違いされてもあれなので言っておくが、客の需要にあわせているだけで、それが出来るからやっているだけで、別に趣味なわけじゃない。
 詰ったりなぶったりも、逆に縛られたり殴られたりというのも好きじゃない。
 特に痛いのなんて大嫌いだ。


 でもまあ、セックスは、好きだ。
 特にその人の人間性を剥き出しにするセックスが好きだ。
 取り繕う余裕なんか全て剥ぎ取って、社会の中で被っている猫を殺し、理性と自制を捨ててしまって。
 どうしようもなく、いっそ感動的なまでに利己的己の本質をさらけだし、裸にひんむいた人間は、だってなにより愛らしいではないか。
 心の柔らかなところをいとも簡単に触らせてくれるのだから。
 そっと撫でて擽って、くちづけて舐めてほお擦りして引っ掻いてえぐって握り潰す。
 苦痛も快楽も狂気に繋がる。


 ゾクゾクするよねと昔友人に言ったら、なんだか失礼な言葉を返された気がするけどなんだったか。
 でもそう、あれは相手に同情することはしなかった。

 まあ、当然か。
 利用されてるのはこっちのほうだ。
 抑圧された自我を解放することを人は望み、だからその場を与えてあげる。
 ギブアンドテイク。


 罵られたい。


 だったらとっても良い方法がある。



 隠した本音を妻に娘に言ってやればいい。
 あるいはこの男の写真を一枚家族に送るくらいは協力してあげるのもいいかもしれない。


 きっと溺れるほどの暴力と、窒息するほどの侮蔑が手に入るだろうに。
 でもこの男はそれをしない。
 選ばない。
 出来ないといって縋り付く。

 出来ない?
 何故?

 拒絶されるのが嫌だから?
 嫌われるのが辛いから?
 受け入れられないのが怖いから?


 可哀相な人たち。


 抑圧され、圧迫され、歪んでしまった人たちの欲望を解放してあげて、己の本当の姿を見せてあげているのだから感謝されこそすれ憎まれるなんてありえない。
 みんな愛してくれる。
 面白いくらいに愛を語る。
 自分自身への愛に陶酔する。
 そうでもしなきゃ何も愛せない、ああどこまでも可哀相なヒトたち。
 救ってあげる天使なワタシ。
 なんちゃって――今のは流石に自分でも寒かった。



 まあとにかく、気持ち良くて楽しいし、お金と情報もらえるし、その上人間観察まで出来るんだからセックスは大好きだって話。






ページ数の関係で冬コミ発行本から削除したページをもったいないのでうp
甘楽ちゃんって絶対身売ってるよね!!ビッチだからね!!!っていう設定(活かせてない)