いつも通り鬼ごっこしてたり
「いーざーやぁああああああああああ」
獣の唸り声のような声がそこらじゅうに響き渡ったあとの展開は早かった。
「あっははははははははははは、しずちゃんってば、ひ、わ、い」
早かった、とは言っても。
「あ〜あ。はじまっちゃった」
「はあ」
展開などいつもと同じなのだ。
もはや『また』なんて言葉を接頭語につけることすら億劫になるくらい繰り返された行為であれば、慌てることも止めることも、というかそもそも手はおろか口さえ出す気にならず、とりあえず僕のようにぼやいてみるか、あるいはお隣の彼、ドタチンこと門田京平のようにため息をつくことぐらいしかやることがない。
「ごめんねえ、ご飯中に」
とりあえずへらっと笑って隣に腰を下ろし、弁当を広げることにした。
一応一緒に食べるつもりだった、というか珍しく愛しのセルティが手ずから作ってくれた弁当を昼休みじゅう時間をたっぷりかけて自慢しようと思っていた折原臨也こと諸悪の根源が、高らかな笑い声とともに走り去ってしまったので、代わりにドタチンに聞いてもらおうと思って。
ドタチンも一緒に食べてた静雄が臨也を追いかけていってしまって一人なので丁度いいだろう。
少なくとも彼は根が性悪な臨也とは違ってとてもいい人なので僕を邪険にせず最後まで聞いてくれるだろうことを考えると、この場合最高の人選とも言える。
そう考えると邪魔な臨也と静雄を排除できてとても運がよかったのかもしれない。
「いや、岸谷のせいじゃないだろ」
「そう?」
なんだかそうまっすぐに言われると若干ながら罪悪感が芽生えてしまう。買ってきたパンを持って自動販売機の前で臨也が何やら考えるそぶりを見せた時、なんとなく、なんとなくだけど、また何か静雄をからかうネタでも探しているのかなと思った我が身としては。更に臨也が屋上に行こうとうっすら笑みを浮かべながら言い出した時にはすでにこうなる予感はしていたのだけれど、もうめんど、あ、いや、下手につついてこちらに火の粉が降りかかってはたまらないと自己防衛に走ってしまった僕を許して欲しい。
またどこかで破壊音がして、ドタチンの顔が曇った。
「また何か壊したな。あいつら、少しはおとなしくできないのか」
「まあねえ。でも今回のは完全に臨也が悪かった、っていうかまあ、いつも結構臨也が悪いんだけど」
自動販売機の前で悩みに悩んで臨也は飲むヨーグルトを買った。
昼食がパン一つなんて少なすぎるとなんて今さら言わないけれども、バランスぐらいは考えて野菜ジュースとかにした方がいいよと親切心で言った僕に対し臨也は、「今日の気分は白だから」とかなんとかわけのわからないことを言った。飲み物を色で選ぶのがまず変だ。
「今日の気分は白。白なんだけど、牛乳よりは豆乳、いや、ヨーグルトかなあ。とか考えるとアイスの方がいい気がするんだけど、どう思う?」
「は?」
「さっき自販機の前で臨也が言ってた言葉」
「………………………………確信犯か」
ドタチンが頭痛がするとでも言いたげに額を抑えた。
ここまでくれば臨也が静雄に何をしたのかなんてわざわざ語る必要もないことだろう。
行儀悪く歩きながらパックの飲むヨーグルトを飲んでいた臨也は、屋上で静雄を見つけるとにやりとしか表現できない顔で笑って、静雄の前で無駄に事故を装って――装ったところでわざとなのはまるわかりだ――紙パックを握りつぶした。
白くべたつく液体――牛乳だとかアイスだとかいうのはまさにそこにこだわったのだろう。気持ちが悪いほどに性格が悪い――は静雄の顔めがけて飛び散った。
髪に、頬に、襟元に。
無駄なコントロールの良さを遺憾なく発揮して、局所的被害で済んだがだから何の救いになるというのだろう。
標的となった静雄ははじめ何が起こったのか把握できなかったのだろう。
きょとんとした無防備な顔をさらすものだから更に臨也の性質の悪さを煽ることになるのだ。
はじかれたように笑い出した臨也に、対照的に静雄の顔は凶悪に歪んでいって、静雄の手の中でまるで小枝のように箸がぽきっと折れた。それは短距離走のスタートの合図によく似ていた。
獣が唸る。
臨也が預かって、と投げてきたパンを受け取った時にはその姿は見えなくなっていた。とはいっても視界から消えてしまっていたというだけのことであって、怒声と罵声、笑い声と悲鳴、それから何より物が壊れる音から現実世界からログアウトしたわけではないことは確かだった。いっそもう本当に消えてくれれば世界は平和に、とまでは言わないが、少なくとも世界の一角、来神学園が今よりも大幅に平和になることは間違いない。
「あれがあいつらのスキンシップなんだろうが」
「いや、その見方はちょっとポジティブすぎやしないかい?」
「せめて怪我をしないように出来ないものか」
「ああそうだね、毎回毎回手当に走る僕の身にもなって欲しいものだよね」
走ってないけど。主に歩いてるけど。
「静雄は回復が早いからまだいいが、折原の方は普通の人間なんだ」
真っ当な心配がまぶしい。
「そうだよね。臨也なんか唯一良いところが顔ぐらいなんだから、せめて顔を殴るのはやめてあげたほうがいいよね。痛々しくて思わず同情しちゃいそうになるし。うっかり同情なんてしてみなよ? その後三日は自己嫌悪で眠れないよ」
「岸谷……お前、本当に折原の友達か?」
ドタチンにあらたまった顔で聞かれ、僕は少し首をかしげた。
「さあ?」
そんな曖昧な言い方をすれば彼の顔が曇ることはわかりきっていたけれど、僕はそう答えた。
「岸谷」
「僕と臨也は中学の時からの付き合いで、おそらくこれからもこの縁は続いていくと思うよ。臨也が僕を新羅って呼ぶ限りは、よっぽどのことがないかぎり僕から縁を切る気はないからね。ああ、臨也が私の大切な人に手をだしたらその限りではないけど」
「それは友達じゃないのか?」
「どうなんだろう。僕はそもそもこれまでの人生の中で友達って少なくてね、友達の定義なんてよくわからないんだよ。まあ少なくとも臨也は僕を友達とは表現しなかったよ。だから例え僕が臨也を友達だと思っているとしても、両思いじゃない友達は友達って言えるのかな?」
「……折原はなんだって?」
何、と言われても困る。
だって臨也はまた例によって例のごとく、言葉を無駄にひねくりまわして説明するのもめんどくさい言い回しをしていたんだ。
だから。
「そんなことよりドタチン、今日の僕の弁当を見てよ。これはね僕の愛しの――」
臨也に直接聞けばいいと思う。
私の趣味で臨也が踏まれてたり
「いいざまだな? 折原」
「いっつも見下してた俺らには踏まれる気分は? なあ折原君?」
勢いをつけて頭を踏まれ、口の中に土が入る。
「げほっ」
げほ、ごほっ。
咳が止まらない。酸素だけが一方的に絞り出されて、土が吐きだせない。
じゃりじゃりとした土の触感が気持ち悪くて、というかただでさえ吐き気がしていたのに、バカーズの不細工面で更に気分は最悪、胃のむかつきは最高潮。
今なら吐ける。
できれば井上君あたりに向かって吐きたい。
「あ? なんだよその目。反省の色が全く見えないじゃねえかよ! せっかく這いつくばってんだからよ、みじめにごめんなさいとでも言ってみろよ」
「むかつくんだよ、てめえよぉ。いっつも気色悪く笑いやがって」
笑い方にまでけちをつけられなきゃいけないのか。
なんて横暴な。
「なんとか言えよ」
むちゃ言うな。どうしてもこの可憐な声が聞きたかったら、頭を地面に押さえつけてるお友達と交渉してみるとか頭を使え。この脳なし。
ああもうなんていうか、本当に馬鹿だ。
こいつら本物の馬鹿だ。
愚かだ。
こういう馬鹿には虫唾が走るけども、でも、この馬鹿も、人間だ。シズちゃんとは違う。化け物じゃない。馬鹿な人間。人間だからこそ、馬鹿。
ふふ、と笑う。
人なら愛せる。大丈夫。
その愚かなところを愛してる。
自分たちが不利になれば尻尾をまいて逃げるくせに、少しでも優位に立てばすーぐに調子に乗って。
ああもう本当に、可愛いじゃないか。
肩の揺れに気付いた一人が臨也の顔をけり上げた。
「何笑ってんだよ。気持ちわりぃ」
鼻の奥が熱い。
鼻血でもでているのかもしれない。
口の中も鉄くさい。蹴られた拍子に傷つけてしまったらしい。
これ以上体内から血が減るのは勘弁だっていうのに。
「くく、あは、あは、あははははははははははははははは」
その愚かさ、踏み潰したい。
でもただ踏み潰すだけじゃおもしろくない。
だって、それだけなら反応は目に見えているもの。
わかりきってることをしてもつまらない。
予想外の出来事が欲しい。
まだ見たことないものが見たい。
人間の可能性が知りたい。
どうしよう。
どうしてくれよう。
どういう風に壊してみようか。
お前たちは玩具決定。
「ちょ、こいつやばいよ。なんか薬とかやってんじゃね」
「あん? やばいのはもとからだろうがよ」
「そりゃそうだけど」
髪をつかまれ無理やり立たされる。
「ちょっと黙れよ、変態」
正直変態は褒め言葉だと思う。
だって変態って人間ってことだ。
人間以外の動物で変態なんて聞いたことない。そもそも人は人以外の動物の性行動について、性癖なんて言葉をつかわない。変態なんて存在しない。
そして、結局人間はみぃんな、変態だと思う。
「が、はっ」
男の手が臨也の喉に絡みついた。
くっと少しでも力をこめられればすぐに息ができなくなる。
「そうだよそうやって黙っとけよ。黙ってれば結構綺麗な顔してるんだしよお」
至近距離で鼻にかかる息がなによりも不快だと思っても、唾をかけてやることすらできない。
近すぎて焦点が合わないのが理由ではなく、朦朧としてその顔がはっきりとしない。
原因だけははっきりしている。さっきから低酸素状態が続きすぎた。
酸素を運搬する血も足りなくて、それに酸素自体も足りない。
ああ最悪。
「俺たちさあ、お前のせいでほんっとうに色々迷惑を被ったわけよ? だからそろそ今までのつけ、払ってもらうぜ? もちろん金じゃねえ。殴っても殴っても殴り足りねえ。もっと屈辱的な。つまりさ、身体で払」
最後まで聞き終わる前に視界がブラックアウトした。
お約束な感じにアッ――な展開だったり
「それは、許さないよ。ってゆーか、せっかくいいところだったのに邪魔してくれちゃって。ちょっと責任とってよね」
言われた言葉は日本語じゃないみたいに理解できない。
ちろっと薄い唇を舐める赤い舌だけを知覚していた。
「この、クソビッチ」
詰れば何が楽しいのがけらけらと笑う。
さわさわと頬をなでる細い指にどんどん変な気分になってきて、その手を止めようと腕を持ち上げたところで唐突に口をふさがれて瞠目した。
「ん、んんん」
引き離そうとするが唇をなめられ歯列を割って侵入してきたぬるっとした感触が、更に奥の舌を絡め音をたてて吸いつくその手練手管に慣れを感じる。
腰にダイレクトに響く言いようのない感覚にずっと続く混乱も大きく作用して、息が上がり力の入れ方を忘れる。
陶酔するように伏せられた瞼を縁取る睫毛がふるふると揺れているのをみてこみあげてきたのは恐怖に近い焦燥だ。
喰われる、と本気で思った。
この目の前のわけのわからない動物に、ではなく、この変な空気に飲み込まれてしまう。
まずい、と思って肩を押せば力の差は歴然としているので簡単に離れたが、あとを引く銀糸に、邪魔をされて不服そうに見上げてくる瞳に、思わず壁になついた。
それを見て、臨也は指で見せ付けるように口元をぬぐい、口角をあげた。
「やだなあ、シズちゃんってばこんなもんで腰砕け? やっぱ童貞には刺激が強すぎたかな。じゃ、ま、口止め料ってことで」
「てめ、ふざけっ」
「シズちゃんがさあ悪いんだよ。あんな横暴な登場してくれちゃって、おかげで彼らもう使いものにならないじゃん。責任とって相手してよ」
指がシャツのボタンにかかる。
片手で一つ二つ手慣れているのか元来器用なのか、いとも簡単に外してしまい、はだけたシャツの隙間に手が潜り込んできた。
「ああ、やっぱいい筋肉してるね」
すっとなぞる指の動きに肌が泡立った。
「下も、さ」
身体を密着させ、素早く股間をきゅっと掴まれて息がとまった。
悪魔だ。
こいつは悪魔だ。
意味がわからないし、言葉も通じない。
「ほら、もう反応してる。そんなに気持ちよかった?」
そうして今度は掌返したようにやわやわと触れられ、服の上からのもどかしい刺激に一気に血液が下半身に集中したのが自分でもわかった。
なんだこれは。どうしてこうなったと考えるについて答えはでない。
「男って可哀想だよね。大っ嫌いな相手にこんなことされても欲情するなんてね。ねえ、そう思わない?」
「い、ざや。やめっ」
情けない声がこぼれてる自覚はあったが、自分の意志ではどうしようもなかった。
止めようと肩に置いた手に力を込めると、とたんに臨也の顔が歪んだ。
「いった」
「あ、わりぃ」
そういえば肩を負傷していたのだった。
だが、その苦痛にあえいだ一瞬の表情に、何より劣情を覚えた。
そうなるともう我慢も何もできなくて、本能の命じるままに手を伸ばし、腰をつかんで引き寄せて胸を鷲掴み、首筋に顔をうずめて思いっきりかみついた。
「あ、ああ、やっ、いた、い……から」
しなった身体を組み敷いて。
「シズちゃ――――――」
基本的には「臨也」「男装」「高校」で誰もが思いつくような話になってます(笑)
裏コンセプトは逆レ臨也君が返り討ちにあわずにシズちゃんを襲うための条件を検討しよう
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