「はぅ、……あ、ぁっああ!」
技巧もあったもんじゃない乱暴な突き上げに、声をあげてシーツにしがみつく。
本当は全く関係ないのだろうけれど、手を離した瞬間に、全てを持っていかれてしまいそうな気がして、死に物狂いでしがみついた。
尻をわし掴みにしてただひたすらに努張を抽送する男にとってはきっと、この身体が人間のものであろうが人形であろうが大して変わりはしないのだろう。
嬲る言葉もなく、だが逆に愛の囁きもなく、愛どころか名前を呼ぶ声すらなく、一心に欲望を放つことだけを求めてるこの男にとっては。
荒い息遣いだけが背中から聞こえる。
どんな顔をしているかは、この体制では確認できない。
けれどだいたい想像がつく。
きっと汗で金髪を頬に張り付けながらも不機嫌そうにきゅっと眉を寄せているのだろう。
想像すると少し笑えた。
そんなに嫌な相手でも、穴があって出し入れ出来れば快楽を追えるものらしい。ついでに適度な締め付けなんかがあればなお好都合だ。
だがそんなに嫌ならやめれば、と言ってやったことはない。
それこそこの関係が始まってから一度も。
そのことにこの男が気づいているのかどうかは知らない。
始まりは……、あれはなんと表現すればいいのだろうか。
勢いで――。
違う。
ノリで――。
違う。
間違いで――。
いや、間違いと言えば間違いなのだろうけど。
偶然――。
ああ、これが近いかもしれない。
いつも通りの喧嘩。
追い詰められ、振りかざされた拳。
まともに当たれば全治2カ月は覚悟すべきその威力は身をもって知っている。
よっぽどの変態以外、普通の人間なら素直にあたりたくないと思うはずだ。
しかし肩を壁に縫い付けられ、逃げ場なんてものはどこにもなかった。
後ろは無理、横は無理、前も無理。
自分が動くのは一切無理。とくればもう相手に動いてもらうしかない。
そうとっさに判断して、彼の首を引き寄せた。
拳を振りおろしている最中でベクトルがこちらに向いていたのがよかったのだろう。
ふいをつかれた彼は驚くほど簡単に引き寄せられてくれ、そのまま重ねた唇に、全ての動きを停止させた。
目を白黒させる彼は正直可愛かったが、そこで悪ノリをしてしまったのは、こちらも喧嘩で気分が幾分か昂揚していたせいだろう。
そこでやめていればただ唇がぶつかっただけでキスなんて意味は持たなかったに違いないのに、つい、で舌をねじ込み、確信犯で口内をむさぼった。
舌を噛み切られてもいいと、理性を投げ捨てて思った。
だって。
だって仕方ないじゃないか。
ずっと欲しかったのだ。
欲しくて欲しくて、喉から手がでるほど欲しくて。
けれど絶対に与えられないものだと知っていたもの。
紛い物だとしても差し出されれば自制などきくはずがない。
ああこれは死ぬなと死さえ覚悟しながら舌を絡めた。
何故彼がその時そのままノってきたのかは今でもわからない。
舌を噛み切って、顔を殴り、腹に膝を埋めてボロ雑巾のようになるまで嬲り、ポイと捨てて帰る。それが正しい反応だったはずなのに。
どうして、の理由はきっと何かあるはずなのだが、聞いていないからわからない。
たぶん、たまたま最近抜いていなかったとか。
偶然好みの女の子を見かけた後だったとか。
そんなどうしようもなくくだらない理由には違いない。
破壊衝動と性衝動はひどく似通っているのだと思う。
それこそ簡単に変換することができるくらい。
あるいは、取り違うことができるくらいに。
そのままセックスになだれ込み、気がつけばもう何回目だろう。
両手じゃ数えきれなくなってしまった。
馬鹿みたいなことをしていると自分でも思う。
それこそ、している最中から終わった後、家に帰って次に会うまでずっとそう思っている。
けれど駄目なのだ。
顔を見てしまうともう、駄目。
後悔、反省、そんな言葉は霧散する。
そしていつもの繰り返し。
セックスに愛の言葉はない。
だって愛がないから当然だ。
いたわりもない。
だって好意がなければあるわけもない。
情だってない。
これはただの性欲処理だ。
わかってる。
それでいい。
彼とセックスをしている。
身体を重ねてる。
肌に触れてる。
それこそが奇跡みたいなことなのだ。
これ以上は望まない。
ただし、一つだけ条件をつけた。
体位はバックのみ。
獣の交尾のみ。
彼が何故と聞く前に、お互いの顔みてセックスなんて反吐がでる。っていうか萎えるでしょと言ってやれば納得したのかなんなのか。
女に慣れない童貞がビデオや本で見たままに、いろんなことをしようとせまってくるかと思いきや、意外にもおとなしく俺の頭を押し付けて背中で腰を振っている。
いや、意外でもなんでもないか。
大きらいな俺の顔なんか見れば、彼こそとたんに萎えてしまうに違いない。
「アっ…………ん」
そんなことを考えていたら、抱え込むように一際強く突き上げられ、強張った手に絶頂を迎えたことを知る。
「…………っ」
精子が注ぎ込まれる様子をイメージして少し楽しくなった。
卵子と対になるためわざわざ減数分裂でつくられて、来るべき日のため蓄えられ、ようやく精管を通って己の勤めを果たそうと思ったらそこには何もないわけだ。
まあもっとも、その前に日本製の薄くて性能の良いゴムに阻まれるわけだが。
他人の身体をつかった自慰っていうのはどうなんだろう。
右手よりも少しは気持ちが良いのだろうか。それともただ、殺したいほどに憎らしい奴を捩伏せなぶることが出来るという精神的快楽が追加されるだけなのか。
どちらがうれしいのかと言えば、後者の方がうれしいなんて考える己は気でも狂っているのだろう。
どんな理由であるにしろ、理由がある方がいい。
俺、である理由であればなおいい。
正直なんで彼がこの関係を続けているのかまるでわからないのだ。
彼が犯るではなく殺るを選択してしまったとたんに泡と消えるこの関係。
気まぐれでなかったことにされかねない交わり。
やめられない理由があるというなら、それはある方がいいではないか。
ずるりと硬度を失った性器が抜き取られる感覚に身体が震えた。
「ぅ、はぁ……」
掴まれていた尻を離されて、支えを失った身体が力無くシーツに沈む。
浅い呼吸を繰り返して息を整える。
背中でライターのカチリという音が聞こえた。
タバコに火をつける音だ。いつものことであれば見なくてもわかる。
最低だよシズちゃん。嫌われる男の典型例だよと言ってやろうかと思ったが、虚しくなってやめた。
扱いがおざなりなのは相手が臨也だからだ――わかってる。
きっと本当に好きな女になら、こんな態度とらないに決まってる。
人並みはずれた怪力と抑えられない暴力のせいで『コワイヒト』『アブナイヒト』のイメージが固まってしまっているが、その心根は意外にも優しい。それを知っていることに若干の優越感を感じることもあるが、基本その優しさが自分に向けられることはない。しかし、惚れた相手になら、きっと、遺憾なく発揮するのだろう。化物が人並みの優しさを体現できるかは、そんなことは知ったことではないが、きっと、おそらく、精一杯に優しくしようと努力するには違いない。
もっとも、今現在そういう相手はいないようだし――いたら なんて相手にしているはずがない――今後現れるとしてもそれはもう盛大に邪魔してやる予定だが。
愛する人なんか、見つけさせてやらない。そんなことさせるものか。
俺を愛してくれないのなら、いっそ愛なんて知らないままでいればいい。
こちらに向ける視線を汗ばんだ背中に感じながら呪いを吐く。
憎々しげな視線にこめられた感情の仔細までは知らないが、何を考えているのかはだいたいわかる。早く出て行けだとか、目障りだとか、あるいは性衝動が過ぎ去って我に返ったところで大嫌いなノミ蟲を捻り潰したくなったのか、自己嫌悪に苛まれているのか。だいたいそんなところだろう。ともかくも物騒な賢者タイムにこれ以上の長居は無用だ。
タバコ一本分。
それが己に課したタイムリミット。
本来ならシャワーでも浴びたいところだが、もうそんな猶予は残されていない。せめて目に見える汚れだけでもとシーツで乱暴に身体を拭い、一本目を吸い終わると同時に疲労を訴える身体に鞭打って安物のベッドを降りた。
とたん、一瞬の眩暈。
それを軽く瞼を伏せてやり過ごし、散らばった服をかき集める。
カチリと二本目に火をつける音がした。
背中に纏わりつく視線に妙な高揚感すら感じながら、そちらは一切振り向かず、手早く服を身に着けた。そんなに情熱的に見られると、期待に添うようストリップでもしてやりたくなるが、残念、もう脱ぐものがない。
二本目が終わる前に部屋を出る。それは、彼のボロアパートであってもラブホテルであっても同じ。
一緒に朝を迎えることなどありえない。もし、俺の家であればどうなるのか……それはやったことがないからわからないが、それだけはやる気もない。
そんなことをされればチェックメイトだ。
この関係は、まるで初めからなかったかのように、消えてなくなりさるだろう。
そんなことはさせない。させてなるものか。絶対に。
偶然とは言え、せっかく掴んだ暴力という形以外の関係だ。たとえ真に望むものとは違ったとしても、それが手に入らないことはわかりきっているのだから、それに少しでも近しいものを望んで何が悪い。しがみついて何が悪い。
VネックのTシャツにスラックス、それから黒いコートを羽織って後ろに手を振った。
顔は見ない。
否、見せないと言った方が正しいか。
「じゃあね〜シズちゃん」
返事は忌々しげな舌打一つ。
それにくすりと笑ってみせて、ワンルームのボロアパートを出た。
パタンと味気ない音を立てて閉まったドアに、ため息とともに寄りかかりそうになるのを慌てて回避しようとするが、そのとたん胃の中を素手でかき回されるような吐き気に襲われ、両手で口元を押さえて蹲った。
「うっ……」
しかしこんなところで醜態を晒すわけにはいかない。こんな、いつ彼に見つかってしまうともわからないところで。
口元を押さえたまま浅く呼吸を繰り返す。
タクシーを呼ぼう。家まで持てばそれでいい。
頭の中では冷静に考えながら、しかしついてこない身体は忌々しく、それでもなんとか引き摺るようによろよろとアパートの階段を下りる。
ここを離れること。それが何をおしても遂行しなければならない最優先課題だ。
胃が痙攣し、酸っぱい胃液がこみ上げる。
乱れた呼吸の合間に何度かえづいた。
それでもなんとか通りに出る頃には表情だけでも繕って携帯を取り出した。
家に帰ってすぐにトイレに齧りつく。
いつものことだ。
肌を重ねた後にはいつもの…………。
気持ち悪い(主に私が)
セックス嫌いで全く気持ちよくなれないけど静雄繋ぎとめるために毎回やって、そのたびにおえおえ吐いてる臨也さんに興奮する。
………………本当にすみませんでした。続きます(エ
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