三月うさぎとティーパーティー



 きゅうぅんと音が鳴った。

 鳴った先をしばし見つめてサイケは考えた。


 しばらく考えて、はたと顔を上げるとぱたぱたとパンダのスリッパを鳴らしながら臨也に駆け寄った。


「イザヤ君イザヤ君−」


 机に乗り上げてパソコンと臨也の間に顔を突っ込む。
 そんな破天荒な行動にもそろそろ慣れた臨也はといえば、驚くことはせずため息もつかず、ただ手を止めた。


「何? 暇ならゲームでも」
「お腹が空いた!」



 なんでもいいがとりあえず一人で遊んでいろ言ってと追い払おうと適当に指を指していた臨也は、サイケの言葉に言葉を止めて眉を寄せた。


「は?」


 おや、賢いはずの彼が聞き返してくるとは珍しい、もしかして聞き取れなかったのかなと余計な気をまわして、サイケはもう一度繰り返すことにした。


「お腹が空いたよイザヤ君!」


 親切心で音量を上げて。

 臨也はそんなサイケの顔をまじまじと見つめると、今度こそ大きなため息をついて頭を抱えた。



「あー、ご飯なら昨日食べたでしょ」
「今日も食べたよ。何言ってるのイザヤ君」


 一日三食だよ。朝もお昼も食べたよ。忘れちゃったのと半ば本気で心配するサイケの前で、臨也の身体はずるずると突っ伏していくものだから、サイケは本当に調子が悪いのかと慌てた。



「え、ちょっと大丈夫? 臨也君しっかりして!」
「どうしようシズちゃん、俺もう駄目かもしれない。君を殺せなかったことだけが心残りだ」
「イザヤく−ん!」


 安っぽい芝居を――サイケは本気だったが――一通りうった後、臨也はむくりと起き上がってもう一度ため息をついた。



「ねえサイケ、昼飯食ったの覚えてるんだったら話が早いや。今は何時だ?」
「1時」


 くるりと頭だけ時計に向け、だいたいの数字を読み上げた。
 臨也はうんそうだねと軽く頷く。


「で、昼を食べたのは何時だった?」
「12時……半ぐらい」

 そうだねともう一度相槌を打って。


「思い出してくれてうれしいよ。じゃああっちでゲームでもするか本でも読んでて」


 強制的に話を終了させるべくサイケの頭を机の向こうに押し返した。


「イザヤ君、サイケお腹が空いたんだよ?」
「気のせいだよ」

 そのなおざりな扱いにぷくっと膨れて見せても臨也はあくまでそっけない。


「イザヤ君のいけず」
「……そんな言葉どこで覚えてくるんだか。だいたいさっきお腹いっぱいって言ってたじゃないか」
「うん。でもお腹が鳴ったよ。お腹が鳴ったってことはお腹が空いてるってことなんだよね?」



 最近学んだことを得意げに披露する。
 しかし臨也は褒めてくれるどころか、サイケから視線をそらしてあーだのうーだの唸りだした。


「サイケ、腹が鳴るのは腸が動いているからだ。空腹度とは直接関係しないんだよ」
「えー、でも」
「前に食べた物が丁度腸を通過して腸が動く時間と空腹感を覚える時間が重なってるからそう言われることが多いだけで、空腹だから鳴る、満腹だから鳴らないってものじやないんだ。腹が空くって感覚が理解できないなら血糖値で判断してくれ」
「うん?」
「あーわかったわかった。それも次のアップロードに組みこんどくよ。お前はただ腹が鳴るのと空腹は別物って覚えてればそれでいいから」


 わかったかと言われてわかったと答える。
 サイケはあまり賢くないけれど、物は全然知らないけれど、記憶するのは得意だ。
 臨也は乾いたスポンジが水を吸い込むようにと表現したけれど、でもサイケは知っている。
 スポンジは、水がなければずっと乾いたままなのだ。
 サイケをぽちゃんと水に落としたのは臨也。
 水が水であることを教えてくれたのは臨也。


「あーもーほんと何も知らないとはいうけど生理的なものまで教えなきゃならないのか? くそ、新羅め。面倒なもの押し付けてくれて」

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 力なくぼやく臨也の頭にサイケはそっと手をのせた。
 黒い髪は、サイケとまったく同じはずなのに、どうしてかサイケのそれよりずっとキレイに見えた。
 さらさらしていて、あと、少しひんやりしていて。
 とても気持ちがいい。


「………………何?」
「よしよししてあげる。そしたら臨也君が元気になるんだよ」