国があれば軍がある。 それの存在意義は国防か侵略か。 何に重点を置くかは国によって異なるかもしれないが、とにもかくにも守るため、という大儀がはずされることはない。 よっていつ何時何がおこっても対処できるよう、軍には常に人が配置されているものである。 24時間体制で。 とはいっても時代は便利になったもので、24時間経営のコンビニが数百メートルおきに存在すればだからなんだという話ではある。 とにかく24時間経営、もとい24時間体制の軍において、だがもちろん昼間のほうが活気に溢れているのは仕方のないこととして、殊更に閑散とした場所があった。 特別派遣嚮導技術部。 通称特派。 無駄に画数が多い正式名称で呼ぶものはめったにいないが――だからこその通称だ。 第二皇女が総督として治めるエリア11において第二皇子直属という一種特殊な命令系統に属するその部署は、確かに軍ではあったが、比較的自由がきくという面においても異様な特殊さを持っていた。 問題は上に立つ人間だ。 取り仕切る人間一人で雰囲気などがらりと変わる。 大きな組織ですらそうなのだから小さな組織では言うまでもない。 ロイド・アスプルンド。 まがりなりにも伯爵家の人間、貴族であるのだがそんな貫禄など一切見せない彼への評価は大筋において一致している。 一番オブラートに包んだ表現が、とてもユニークな方。 変わった人だということすら通常とはまったく反対の方向に失礼にあたりそうだと、そんなことすら考えさせてしまう彼は変人ならばいいほうで、奇人がスタンダードといったところだろう。 常人には理解しがたい感性の持ち主である彼は、それゆえ部下にとっては友達にはなりたくないタイプでも上司としての評判はそれほど悪くない。 無理だと思われることを要求されて途方にくれることはあるけれども――彼であれば可能なのかもしれないが、みんながみんな彼ではない、否、彼でありうる人間など彼一人だということを自覚してほしい――思想や行動への制限が極端に少なく、力あるいは権力をかさにきることがない点はとても気楽ではあった。 今日も今日とて愛しのナイトメアフレームを心ゆくまで愛でたところで解散命令がでた。 外装と武器のチェック改良その他が今日の仕事であれば、デヴァイザーは特に必要もなく休みであった。 そして当然のごとくデヴァイザーがいないとなればテストはまた後日となり、ひと段落ついたところで解散だ。 あとは主任が好きにプログラムをいじっていたがそれは下手に手を出せる仕事ではない。 テロへ備えなくて大丈夫なのか。 こののんびりとした空間は一体なんだ。 本当に軍なのか。 これが軍で大丈夫なのか。 不安な点がまあまあ見られるが、好都合、といえば好都合だったに違いない。 人には休息が必要だ。 最後の一人だった男もいくら奇人とはいえそれに違うわけにもいかず。 帰ったのだろう、電気は消され空気は静まり返っていた。 静寂の支配するその場に一筋の光が差し込み、そして一定のリズムで刻まれる足音が響く。 忍びこむというには堂々としすぎているが、軍服を纏わないその恰好でここまで誰にも咎められずに入ってこれてしまったというのはどうなのだろう。 パスワードをためらいなく打っていく様子は確かに部外者には見えないが。 ただ不自然な姿だった。 男か、女か。 男にしては華奢。 女にしては柔らかみにかける。 どっちともつかないその人間を便宜上彼としよう。 少年――あるいは少女――であることは間違いない。 誰もいないその中で迷いなく真っ直ぐと進んだその足が止まったのは、主任が愛の全てを注ぐ白い騎士の前だ。 かつん、と音が止まる。 白い騎士は動かない――電源の入ってない機械はただの資源の塊か、あるいはゴミの塊だ。 見上げる顔は暗闇ではっきりとしない。 先ほど入ってくるときに開けたドアの隙間から入ってくる光が唯一の光源となっているが、その力はたかがしているというもので、足元を照らすだけだ。 何を思っているかもわからない。 そっと触れる手は暗闇にあっても存在を主張するほどに白く。 光が、増した。 そしてしぼられた。 少年の足は動いていないが、新たな音源がだんだんと大きくなる。 少年は焦りも、振り返りすらしない。 どこをどう見てもイレギュラーな存在であるというのに。 見つかってもどうにかなるという自信があるのか。 それとも、どうでもいいのか。 あるいは電気すらつけないような不審者であるが、本当は関係者だとでもいうのか。 「こ〜れはこれはあ、お久しぶりですねえ?」 後から入ってきた男が慌てもせずに、楽しげな声で歌うように言いながら少年のほうへ足を進めてくる。 誰だと確かめるまでもない。 この癖のある人をなめたような喋り方をする男は一人だ。 そう何人もいてはたまらない。 「出来れば会いたくなかったがな」 不機嫌なアルト。 冷えた空気を揺らすその声はそれでも澄んでいた。 「つれない方ですね」 「お前につられてどうする」 「こんな時間に不審者と間違われますよ?」 自覚はあるのかそれには答えずにはっと鼻で笑った。 その様子にロイドは目を細めて笑い、少年の顔を覗き込むように前に回りこむ。 「ランスロットに会いに?」 「そう」 「僕には?」 甘さにでも侵されそうな言葉だが、かわらず空気は冷え冷えとしている。 なんの意味も持たない言葉だとお互いにわかりきっている。 言葉遊びにしてすら出来の悪いそれは、鋭い眼光に黙殺された。 お前にそれだけの価値があるならと、付け加えられた言葉に嘲笑が似合う人だと思う。 「わざわざ危険を侵してまで?」 「人一人いない状況をつくりだしといてよく言う」 少年は話が前後し飛んでもロイドのペースにのまれ崩されるということはないようだった。 気の置けない態度に付き合いの長さが伺える。 「あれ、僕ってなんなんでしょう」 奇人。 変人。 一応人であるはずなのだが。 決まっている、とくつりと少年が笑った。 「付属品だろ、これの」 白の騎士。 ランスロット。 の、付属品のロイド・アスプルンド。 事も無げに言い切った。 「ねえ、枢木准尉」 「はい!?」 いつもつかみ所なくへらへらと笑っている上司からの、突然の比較的真面目な顔での呼びかけに、枢木スザクは思わず背筋を正した。 こんな滅多にないことが、と。 つまりは何かしでかしただろうかと不安に突き落とされたわけだが。 数値は落ちていなかったはずだ…………たぶん。 少なくとも面談が始まるほどいつもと何かが違った覚えなどない。 だとすると上から何か言われたか。 それとも…………駄目だ。 何が起こってもよほどのことがない限り変わらない人間の突然の変貌は心臓に悪い。 おかげで何も思いつかない。 「君どう思う?」 「何が、ですか?」 「付属品」 「は?」 端的なしかも予期し得なかった何の脈絡のない言葉の意図を読み取れるほどスザクは彼と親しくはない。 かといってそれが幼馴染の言葉であっても理解するのは難しいかと思われる。 やはり先の予測がつかない単語に枢木スザクは途方にくれた。 視線を彷徨わせるのは、無意識にセシルを探しているのだ。 「とぉ、パーツ」 セシルと目が合った。 たぶん彼女は聞きなれた、けれど愉快とは程遠い言葉に反応したのだろう。 もう意味がないと、ごめんなさいと謝って咎めることはやめてしまったけれど、彼女は仲間とでもいうべき少年をナイトメアのパーツ扱いする上司を決して肯定することはなかったから。 「って、どっちがいいと思う」 「ローイードーさ〜ん? もうちょっと考えてしゃべっていただけますか? その頭は飾り物じゃないんでしょう。デリカシーがないんです。本人に何言ってるんですか」 「違うってセシル君」 何かを背負って登場した特派最強とよびなわされる彼女にあわてて否定の声が入る。 「誤解だよ! 枢木准尉の話じゃなくて」 「あら? じゃあなんの話なんですか?」 「僕のこと〜」 やはり意味がよくわからなかった。 そのうちまあいいかと納得して自己完結され、ハイ戻った戻ったと呼んだくせに追い払われて困惑したスザクはセシルと顔を見合わせた。 悪い人間、ではないと思う。 だがどう頑張っても理解できないだろう。 こんなところでしみじみと実感してしまった。 |