枢木スザクの最終学歴は小学校中退である。 もちろん彼が望んでそうなったわけではなく、かといって望まずいじめなどで学校に行かなくなり引きこもり生活を続けたせいでそうなったわけでもなく。 一重に世界が悪かった。 そういうしかないだろう。 子供だったのだ。 世界に翻弄されるしかない、子供。 戦争が起こった。 どうして呑気に学校に通えるか。 終戦後、学校に通うという選択肢は、なかったわけではない。 しかしながら彼は選ばなかった。 代わりに軍に赴いた。 勝者であるブリタニア人であったならば事情は違ってきただろうが、彼の国は、かの国に敗れた。 スザクの選んだ道が名誉ブリタニア人となることであれば、学校に通えと言ってくれる人などいようはずもなかった。 だから。 きっと不可抗力ではないにしろ、仕方のないことなのだ。 どうしても授業についていけないのは。 歴史はわかる。 一応言葉とストーリーだから。 とりあえず覚えればよいのだということは少なくとも理解した。 なんの予備知識がなくてもどうにかならないわけじゃない、基礎がないから苦労はするとしても勉強さえすれば、授業で習ったことさえとにかく頭につめこんでしまえばどうにかなる。 というか暗記科目は一応どうにかなりそうだという見通しがたった。 国語はといえばセンスの問題であるからして、今さらあがいても仕方がない。 こればっかりは勉強してすぐにあがるというわけでもなければ、自分の運と勘に頼るしかない。 実際的に問題作成者との相性まで関係するのだから諦めも早々につくというものである。 よって文系はいい。 いいとしよう。 問題は多々見えないこともないが、とにかくいいとしておこう。 そう、もう一つに比べればまったく問題に見えないほど問題ないからいいのだ。 問題は、理系。 基礎の積み重ねが物を言う理系。 知識がないと解けない理系。 理系の中でもましなのは生物か。 何故ならあれは暗記科目だから。 中でも最も問題なのは、数学。 問題文の意味すらわからないのは、それは読解力のせいなのか、数学の知識に欠けるせいなのか。 それすらわからなければ完全に、お手上げだった。 枢木スザクは理系か文系か体育系かと問われれば、とりあえず体育系と答える人間である。 身体を動かす事に関しては自信がある。 最終学歴小学校で、他の人たちが勉学に費やす今に至るまでの時間を無為に過ごしてきたわけではないと主張するためにも、自信があると言えるぐらいでないと困る。 とはいえ頭を使うのが全くだめだというわけでもない…………と思われる。というか思いたい。たとえ数学がもはや暗号にしか見えなくても。 頭の回転は悪くないと回転数が一般の7倍ぐらいはあるのではないかと思われる幼馴染も保証してくれたので、そこは信じたい――その言葉がなぐさめや身内贔屓でないことを祈るばかりだ。 そんなスザクは今高校に通っているのはとある人物の計らいであるのだが。 17歳は学校に通うべきとの言葉、間違っているとは思わない。 その慈悲の心に感謝しこそすれ、まさか恨むなどと恩知らずなことをするような彼ではなかった。 なかった。 の、だが。 たまに。 どうしてかたまに。 あくまでたまにだが。 重ねて恨んでなどいないということをもう一度言っておく。 たまに。 自分は一体何をしているのだろうという哲学的問題が降ってくることがある。 大概はまあ出来ることを、すべきことをしよう、それでいいじゃないかという答えにたどり着くのだが、幼馴染などは考えるだけ無駄だと一笑に付した――きっと意図としてはスザクと同じなのだろうが、言い方を少し変えただけでも印象は全然違うのだからおもしろい。 何をしているのだろうとの命題が降ってきてから答えにたどりつくまでの時間はそう長くない。 例えば今日も早かった。 「……え?」 久しぶりに学校に登校したばかりだというのに、おはようとあいさつしただけでスザクの運動機能および思考は一時停止した。 目の前には頭を抱えながら奇声を上げる、クラスメイトがいる。 「リヴァル、今なんて?」 「だーかーらー。今日テストだって! すっかり忘れてたあ!! あーっ! 勉強してないっ」 ちなみにスザクは忘れていなかった。 知らなかっただけだ。 知らなかったのだから忘れようがない。 ルルーシュはと幼馴染に視線を彷徨わせれば、彼はくるくる回りだしたリヴァルを一瞥し鼻で笑ってみせてくれた。 顔立ちがきれいな人間がやるととても映える。 思わず傅きたくなるのはどうしてだろう――なんのことはない。現実逃避だ。 「大丈夫だろ。勉強してても出来ないんだから」 「そうですね! 勉強しなくてもできる人はいいですねっ!」 冷たい友人の言葉にリヴァルが自棄になった調子で叫ぶ。 どうでもいいがクラス中に響いているのだが、いいのだろうか。 まあいつものことだ。 特に気にしている人物もいないが。 「ルルーシュは勉強したの?」 ちなみに教科は数学。 リヴァルではないが、スザクにしても知っていたら勉強しただろうが、勉強したところで何がかわるとも思えない点においては仲間である。 「いや?」 「だってルルーシュも最近あんま学校きてなかったし」 つまり知らなかったらしい。 思わず眉間に皺がよってしまうが、今追及するのはやめておこう。 そんな場合じゃない。 「余裕なんだね」 まあ当たり前だろう。 彼は昔からとても頭がよかった。 頭がよかっただなんてそんな表現しかできない自分の頭の悪さにちょっと落ち込む。 そんな陳腐な言葉じゃ到底言い表せないのに。 そんな彼の成績は中の上という話だが、それは彼が手を抜いているからに決まっている。 直接尋ねたことはないが、信じる信じないの問題ですらなくそれを事実としてしまうぐらいには彼を知っているつもりだった。 目立つわけにはいかないという理由も知っていればなおのこと。 勉強しても成績なんてかわらない。 ある意味彼もそうなのだ。 もちろんスザクやリヴァルとは全く反対の意味ではあるが。 範囲はここ、と開かれた教科書に書かれている記号の羅列。 これはなんだろう。 悪魔でも召還するのだろうか。 一体自分は今ここで何をやっているのだろう。 降ってきた命題。 「さっさと諦めるのが正解なのかな」 今日も答えは早かった。 このまま順調に毎日が続いていけば――ただの仮定だ――最終学歴が高校になるのかもしれないが、それは本当にそうなのだろうか。 自分はきっと卒業できない。 よって最終学歴は一歩譲った、高校中退になるのだ。 半ば確信のようにスザクは悲観した。 「諦めが早いですね、スザク君?」 「リヴァルはやればできるから諦められないんだよね? 僕はやってもどうせできないから仕方がないし」 ね、と笑って言ってやれば、どうしてかため息をついたのはルルーシュだった。 「そうやってまた課題を増やす気か、お前は」 そしてその課題を手伝わされる身にもなれ。 嫌そうに、でも心底思っているわけじゃないことはわかる。 もちろん彼に迷惑をかけていいだんなんてスザクは思っていないし、どうにかしたいと思ってはいるのだけれど。 いかんせん実力がついてこなかった。 「ほら」 小さな紙を渡された。 「何?」 「最低限覚えとく公式。意味なんて考えるな。とにかく覚えてあてはめろ。テストって言っても小テストだと。範囲的にそれだけ覚えれば、そしたらどうにかなるはずだから」 「え、ルルーシュ俺には!?」 「いくらだす?」 友達の優しさが身にしみた。 とにかく覚えよう。 記憶は苦手じゃない。 ………………………………はずだ。 ところであてはめ方がわからないんですが。 aのところにあてはめるべきなんですか? それともxにあてはめるべきなんですか? その場合bってナンデスカ? テストまであと10分。 |