冷たい雨の中、震える華奢な身体はしかし寒さ故ではなく。 長時間雨の中にいたせいだろう体温を奪われて冷え切った肩を抱きしめたのはしかし愛しさ故ではなく。 押し付けられたそれに応えたのは、そこれそ寒さでも愛しさでもなければまして同情ですらなかった。 最低だと思う。 男として。 人として。 拒めなかった。 拒むわけにはいかなかった――卑怯者の言い訳。 ただ流されることを選んでいた。 では突き放せたのかと問われれば、Noと答えるしかない状況をつくったのは彼女で、そういう意味では彼女も卑怯であったかもしれないが、そんなものは大した問題ではない。 弱った彼女が優しさを求めて何が悪い。 正常な自己防衛機能だ。 彼女に自覚があろうがなかろうが――実際そんなことを考えての行動ではなかっただろうが――有効な戦略とも言えよう。 問題は全て自分に終結した。 それはそうだ。 ルルーシュの問題は全てルルーシュのものなのだから。 彼女の問題が全て彼女の問題でしかないように。 罪悪感かといえば、それは違う。 ふっと浮かんだスザクの顔に、自分がどこまでもどうしようもない人間だと突きつけられた。 ごめんスザク。 裏切りたいわけじゃなかった。 彼女を送って家に帰ればそれはもう真夜中の時間になる。 キスをした。 でもそれだけだ。 それ以上でも以下でもなく。 それだけ。 ただ事実があるだけ。 温もりを、傷ついた心を癒す優しさをと求める彼女に、ルルーシュ・ランペルージが与えられる最大限の優しさを与え、同時にそれ以上の裏切りを与えて帰ってきた。 それ以上にはなりようがなかった。 だって彼女は。 結局のところ切り捨てることの出来る人間なのだ。 そう、切り捨てることが出来なければならない人間。 ナナリーの幸せを、と望んだ。 他の何を犠牲にしても、と。 自分の感情なんてそんなものはいらない。 必要ない。 他の全てを犠牲に出来ることが必要だった。 覚悟はもうした。 今さら、傷ついたりなんかしない。 被害者は笑いたくなるぐらい簡単に加害者になりえるが、加害者が被害者面をするのは滑稽だ。 消せない空虚感。 消せるわけがない。 だってもともとないのだから。 それほどまでに大切だったのか。 自問する。 たぶん。 大切だったのは優しい空間。 彼女だから、ではない自分は酷い人間だ。 そう酷い人間なのだ。 だからどうした。 これではダメだ。 あらためて思う。 優しい世界は、箱庭ではいけない。 たった一つのパーツがなくなったくらいで壊れてしまうもろい箱庭ではいけない。 大きな世界全てで優しくならないと。 スザク。 そっと名前を呼ぶ。 彼は切り捨てられるか? 問いかける。 答えは否。 だって彼はパーツではない。 世界の一部だ。 でも彼は。 こんな酷いルルーシュを、認めない。 家――といえば語弊があるかもしれないが、少なくともそこはルルーシュが帰る場所という意味ではまぎれもなく家だった。仮初であっても――クラブハウスの前に一つ、影が見えた。 誰だろうと考えると同時に答えは出ていた。 彼以外にこんな酔狂な人間を考えられなければ。 「ルルーシュ」 若干低めに聞こえた声はルルーシュの名前を正確になぞった。 「スザク。どうしたんだこんな時間に」 「それはこっちの台詞だよ」 お互いにどうしようもなく不自然だった。 なんでこんな時間に。 なんでこんな所に。 何をしに。 「来るにしても中に入ってろよ。外は寒いだろ」 「ねえ、ルルーシュ」 スザクは人の話を聞かない。 それ以上に彼の中で優先順位の高いものが存在するときは。 昔からの傲慢さの一端を見る。 それ以外が彼の中で、どうでもいいもののカテゴリーに強制的にいれられるのだ。 たとえ他の人間にとって大切なことでも、優先させるのは自分の大切なこと。 彼は簡単に他を切り捨てる。 同じことをするルルーシュを認めないくせに。 「こんな時間まで何してたの?」 「…………シャーリーを」 嘘をつくのは慣れている。 大きな嘘をたくさんついている。 これ以上重ねたくないというのはなんてくだらない偽善。 そんなものじゃなかった。 小さな嘘はすぐばれる。 スザクならば尚のこと。 ルルーシュの変化を目ざとく見つけるだろう。 普段は天然のくせに、どうしてこういうところだけ鼻がきくのだろう。 隠す覚悟がそれほどないから。 小さな嘘はすぐばれる。 大きな嘘は、ばらさない。 墓までもっていく覚悟があるから。 たぶん、そういうこと。 「家に送ってきた」 ふぅんとどうでもよさそうにスザクが頷いた。 どうでもいいなら何故聞くのだろう。 「優しいね、ルルーシュ」 わざとらしい言葉。 哂っているようにしか聞こえない。 突きつけられる罪――けれどそこまでスザクは意図していない。 「遅くなった言い訳は、いいや。シャーリーと出かけてたの? 何があったとかも、別に聞く必要はなさそうだけど」 特に何もなかったんだろうしと、根拠は一体なんだろう。 「でもね、ルルーシュ。送っていくのって、そんなびしょ濡れにならないとできないことなんだ?」 「ちょっとした事故があったんだ」 笑ってみせる。 事故? 一体どれが。 「君、今自分がどんな顔してるか知ってる?」 「あいにく鏡がないからわからない」 とにかく入れ、ここは寒いと促せばスザクはゆっくり首をふった。 明日も朝から軍にいかなきゃいけないからもう帰るよと。 ならなんでこんな時間までこんな所にいると問い詰める前に、一度待ち始めたら帰ってくるまで粘りたくなったと答えが返ってきた。 最近会えなかったから、と。 それにしても遅すぎる。 「君は……」 言いかけてとまった言葉。 ふいに真っ直ぐにあわさった視線。 外せなくなる。 呪縛のようだ。 けれど縛られたのはルルーシュだけ。 スザクは何事もないように動き。 そして掠めるように唇を奪っていった。 「酷い顔だよ、ルルーシュ。本当は抱きしめてあげたいんだけど」 「なんだ、濡れるのが嫌か? 正しい判断だ、やめておけ」 「抱きしめたら君が壊れる気がする」 「力加減を間違えなければ問題ないさ」 どうでもいい言葉で流してしまえ。 「優しくしないで、ひどくして」 「スザク?」 不穏な言葉に似合わない真剣な顔。 戸惑いよりも疑問が膨れ上がる。 何が言いたいのだろう彼は。 「そう言ってる」 「…………馬鹿か」 もう一度唇があわさった。 今度は深く。 濡れた音は雨に全てかき消される。 腕がまわることはなかった。 帰るよ、と奪うような口づけをした彼はその口で言う。 優しくしないで。 ひどくして。 ぬくもりはいらない。 でもどこまでも優しかった。 優しくしないでといっているのに。 なんて酷いやつだろう。 【言い訳】 今さら感たっぷりでお送りしました(死) なんのことはない。なんか昔のものが発掘されたんです。 しかし絶対的に説明が足りないこの電波な小説はなんだろう。 ……たぶん途中で飽きたんだろう(ダメじゃん) |