日本占領から7年。 あの時10才だった少年たちは17になった。 17だったものは24になり、24だったものは31になり、さらに言えば81だったものは88になったわけだが、そこまでくるとあまり変わらない気がしてくる。 運命に翻弄され、ただ流されることしか出来なかった力なき幼き少年たちは、7年という月日の中で成長し、世間からは高校生と一くくりにされて評価されるまで年を重ねた。 7年。 長いとみるか。 短いとみるか。 だがまだ子供だ。 自分たちがどう認識していようが、いかに教師に君たちは大人だと煽られようが、力を持たぬ子供なのだ。 だがしかし、同じ子供とはいえ7年前とは違う。 大人になりかけた、形を変えるために今まさに不安定な子供たち。 少年から青年への過渡期。 多感な時期だ。 自己を確立し、性を自覚し……。 「おい、ルルーシュ」 そう、性を自覚し。 「ルルーシュ」 「……なんだうるさい」 あえて俗的な言葉で表現したい。 お前はやりたい盛りの青少年、もとい性少年だろうが。 心の中で盛大にC.Cは罵った。 下品なのは百も承知だ。 だがそれを言ってもまだ足りないと思う実際。 大きめのベッドはゆっくりと身体を休めるためのもの。 それがいけなかったのかもしれない。 男は床で寝ろ。 部屋の主人の許可などいらぬと彼のベッドを占領したC.Cは当初そう言い放った。 だが主人――ルルーシュ・ランペルージは床で寝る、ソファで寝るといった妥協案に折れるということ自体を不愉快に思ったのだろう、屈してなるものかという意思が見え隠れした態度で所有権を主張した。 だが、だからといって女を床に追いやれるほど非人道的な人間ではない。 妹以外の人間に興味などないとでも言わんばかりに見せているが、実際は冷酷になろうとしてなりきれない甘さの残る、そう、本当は優しい人間だということなどC.Cはとうの昔から知っていた。 その結果どうなったか。 妥協案に屈するという妥協案を取れなかった以上選択肢は極端に限られる。 その一として、部屋を移る――これはさすがに無理がある。C.C用の部屋を用意するのも困難であるし、ルルーシュがわざわざ部屋を移動する理由を無理矢理つくりだしたところで不自然さが浮き彫りになってしまうからだ。 あるいはベッドをもう一つ入れる――これも無理だろう。常識的に考えて。 どこにベッドを二つも必要とする一人部屋の男子高生がいるというのだ。 ソファベッドというものも世の中には存在するが、ルルーシュは部屋が狭くなるのをよしとしなかった。 となればどうなるか。 残る方法は一つだった――探せばもっとあるのかもしないが、ルルーシュ曰くのこんなくだらないことに時間を割くのを早々に放棄してしまえば最も簡単な方法はとにかく一つだった。 ベッドの半分で寝る。 ルルーシュの優しさは半分を開けてやるところまでだった。 それはいい。 それはいいのだ。 お互いに特に寝相も悪くなければ、横にいて蹴り飛ばしたくなるようなむさくるしい男でもないことも評価しよう。 ある意味問題だと思わないでもないが彼は標準よりも貧弱――細めであったので、ベッドの大きさもあり寝るには充分だった。 それは確かだ。 ベッドは寝るところだ。 それも確かだ。 間違っていない。 間違ってなどいるものか。 手を伸ばせば抱え込んでしまえる距離に異性がいて、それでもなおかつそこは寝る場所だ。 ああそうだとも。 断じて間違ってなどいない。 だがしかし。 一言ぐらい言わせろ。 「お前は枯れ果てたじじいか?」 電気を消してベッドの上に男女が一人ずつ。 出てくる言葉がこれ。 ムードも何もないのはお互いさまだが、主たる原因はルルーシュにあるとC.Cは主張したい。 何の脈絡もない言葉であったが、ルルーシュは途端に顔をしかめた。 その次に出てくる言葉が不満なそれだと誰にでも予測できるだろう。 「寝てる人間をわざわざ起こして言う言葉がそれなのか? もっと建設的なことに頭は使え。くだらないこと言ってないでさっさと寝ろ。最低でも俺を寝かせろ。こっちは疲れてるんだ」 絶対に原因はルルーシュだ。 声を大にして主張したい。 隣に寝てるのは美少女だ。 枯れ果てるにもほどがある。 これだけ無防備でいてやっているというのに手の一つもだせないとは。 これだから童貞は。 それとも最近の若者はみんなこうなのだろうか。 そういえば最近読んだ本に、筆写の教授が学生に尋ねるシーンがあった。 やむを得ず友人である女性と同じ部屋で一晩過ごすようなことになったらどうするかと。 筆写は手をださずにはいられないだろうと言ったが学生は平然とした顔で、友人ならそのようなことは一切しないする気になどならないと答えたそうだ。 まったくもって嘆かわしい。 動物の本能は子孫を残すことにあると遺伝子にも組み込まれているはずなのに、このままでは人口増加問題は何もしなくても時期に解決していくだろう。 戦争やテロが横行し、毎日のように人も死んでいることだし尚更に。 食糧危機はまぬがれそうでなによりだ。 長々と語ってやれば嫌そうな顔がいっそう歪みを増した。 顔には安眠妨害だと堂々と書いてあった。 もちろんだからといって気にかけるような性格などあいにくもちあわせてなどいないが。 「相手にしたら面倒な女に手をだすほど馬鹿じゃない。だいたい内面的な可愛らしさにも色気にも欠ける」 お前程度の女では意欲がそそられないのだと全く持って失礼なことを言ってくれる。 無駄な体力を削ってもいいと思えるような魅力をそなえてから出直して来い。 「その度胸がないだけだろう、童貞坊や。失敗するのが怖いのか?」 「だからさっさと寝ろと言っている」 「私はなかなかの美人だと自負しているが?」 ナルシストではないが、自分をわざわざ卑下するほど卑屈でもない。 正当な評価だろう。 ルルーシュは鼻で笑う。 「外見なら鏡で充分だ」 こっちはナルシストのようだ。 自家発電か。 倒錯的な嗜好があったとは知らなかった。 「お前やっぱりどこかちょっとおかしいんじゃないか? 健全じゃないぞ、少なくとも」 こんなにいい女がこんな傍にいるのに何も感じないとは。 あるいはこんなに傍いるから麻痺してしまったのか。 ならば可哀想なことをしたと同情してやったほうがいいのか。 「何で人間じゃないものに魅力を感じなかったことで欠陥品扱いされなきゃならないんだ。異種間じゃ子供は出来ないぞ? 馬とシマウマを掛け合わせるようなものだとしても、できても生殖能力に不安があるな。せめて人間になって出直して来い」 「可哀想にな」 理屈を弄り回して、自分の不能ぐあいを正当化している男に同情してやった。 きりっと奥歯をかみ締める忌々しげな顔は本当にいい。 足で踏みつけたような優越感がある。 さらにそれがエベレストのように高いプライドをもつ男なら尚更だ。 彼としてはこちらの神経を逆撫でしているつもりだったのかもしれないが、人外であることは事実であり、今さらそんなことで煽られるような幼い精神構造はしていない。 どちらにしろ年頃の青少年として問題があるのはルルーシュのほうだ。 眠気もあいまって――そういえば今日は学校に行って黒の騎士団の活動では軍と一戦交え、本当に疲れているのは確かなはずだ――機嫌悪化の一途をたどるルルーシュは、一言吐き捨ててシーツを頭まで被った。 「お前に手をだすぐらいならスザクのほうがよっぽどマシだ!」 眠かったのだろう。 自分が何を言っているのかわかっていないのかもしれない。 「おい、問題だぞそれは。わかってるのかお前!? 妹に不潔だと叫ばれるぞ?」 妹という単語にピクリと反応したが、頭を出してくる気配はなかった。 ため息をついて。 見えないことをいいことににやりと笑った。 「お前、そういう趣味があったんだな」 しみじみとした風に言ってやる。 「言葉の綾だ! ものの喩えだ! それぐらいお前が問題外ってことだ!!」 シーツを被っての声はくぐもっている。 ああもう本当に。 可愛い奴だ。 虐めがいがあっておおいに結構。 自分の失言で眠れなくなっているとさらに楽しい。 「おやすみ、ルルーシュ」 最高の笑顔で言ってやったのに、残念ながら不機嫌な声はかえってこなかった。 おやすみ、ルルーシュ。 いい夢を。 |