人間だから、誰にだって好き嫌いはあると思うし、相性というのもあると思う。
hydrangea
ラウンズメンバーとは仲良くやってるかと聞かれたら、スザクはそう前置きをして言うだろう。
正直ナイト・オブ・テンとはあまり相性が良くないような気がします、と。
これは遠まわしがスタンダードな日本人としては最上級の「嫌い」の表現だ。
ただしラウンズなんてものは個人の実力においてのみ選ばれるのであり、基本は個人主義――協調性を求めるのならば軍隊をこそ用いるべきなのだ。
仲がよかろうが悪かろうが、だからどう、ということでもない。
ただ協力しろと言われた時に足を引っ張り合うような頭の悪い輩ならばラウンズを名乗る資格はないというものだ。
それはわかっている。
わかった上で、思うのだから仕方ない。
枢木スザクはルキアーノ・ブラッドリーが嫌いだ。合わない。かかわりたくない。
まず信念があわない。
それから協調性のなさといえばスザクをこえるものがあるし、人を殺すことを楽しんでいるような節さえ見える。彼も仕事は、被害が多い。最終的に目的さえ果たせばいいのかと言えば笑って肯定するだろう。それとも人が死ねば死ぬほどいいとでも答えるだろうか。なんいせよ生理的に好きになれない。
彼の話し方から真剣味を感じることは皆無で、彼自身もスザクをよくは思っていないだろう。いや、好き嫌いの問題ではない。おそらく、見下されている。
それで好感情を抱けという方が無理がある。
更に言わせてもらえれば部下がすべて二十歳前後の女性だというところにもなんとなく鼻につくいやらしさを感じる。
オレンジという色もどうかと思う。
吸血鬼と呼ばれて喜んでいるだなんて変態だ。
基本的には坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。
だもんだから、基本スザクはブラッドリー卿とは必要最低限しか関わらないようにしている。
最低限の礼儀は守るが、それ以上話していれば不愉快な気持ちになることはまず間違いないことがわかりきている。
今も角の向こうから彼の声が聞こえたスザクは思わず一瞬眉をひそめてしまったが、それも瞬時に消し去り挨拶だけして通り過ぎようと思った。
触らぬ神にたたりなしではないが、かかわらなければ問題も起きないのだから。
だが、その足が止まってしまったのは、もうひとつの声にも聞き覚えがあったからに他ならない。
「なんの御用ですかブラッドリー卿」
感情の起伏のみえない固い声は、まだ庇護を必要とする少女のものだ。
ぴくりと自分でも意図せず反応してしまい、もう足は進まない。
こんなことは趣味じゃないと思いながらも、声は聞こえるが姿は見えない位置で立ち止まってしまえば盗み聞きに他ならない。
けれどナイト・オブ・テンと特派の少女。
この組み合わせはどう考えても不自然なものとしか思えなかった。
加えて彼女はスザクが守るべきもの。
どうしても何事もなかったかのように立ち去ることはできなかった――有体にいえば、心配だった。
「特派のオヒメサマは気が強いな」
まっすぐに前を見つめる黒い瞳が、見えなくてもわかった。
よくよく考えなくとも、特派のオヒメサマことルルーシュ・ランペルージもスザクのことをよく思っていないはずだが、そういえばルキアーノと違い嫌悪感を抱いたことはないなとふと思った。
あれだろうか。
やっぱり小さくて可愛いものは嫌えないからだろうか。
それともあれか。
猫からは嫌われるのがデフォルトだからだろうか。
どちらにしろむくわれない。
「ご用件をお伺いしたいのですが、ブラッドリー卿?」
「これは驚いた。姫君には相応の用件でもない限り声もかけてはいけないらしい」
馬鹿にしたもの言いは、相手が子供であることを考えれば、かなり大人げないなと思う。
ルルーシュはきっと表情をピクリとも動かしていないのであろうが。
「そんなつもりはありません。私の態度が不快に思われたのなら申し訳ありませんでいした、ブラッドリー卿。ただ、私は立場の弱い子供で力の弱い女でありますから、自分の身は自分で守らなければなりませんので」
お前も幼女趣味か変態め、と何故だかそんな風に聞こえた。
なんとなくすいません、でも違います。かわいいなとは思ったけどそれだけなんです。邪な気持ちはありません。断じてないんですと言い訳したくなった。……なんでだろう。違うのに――おそらく後ろめたいことをしているからだ。
「ですがそれこそ卿に対する侮辱でしたね。ラウンズにはとても優秀で魅力的な女性もいらっしゃいますし、バルキリエ隊の皆様もとてもお強くお美しく、そして若くいらっしゃいます。たかだか子供で研究班にいるだけの私などに卿が興味をもたれるはずはありませんね。となればあれですか? 皆様にお聞きしているという」
質問、と可愛らしくルルーシュは言うが、残念ながら本人からじかに聞くとかわいらしさはかけらもないのだが。
ああいやそれはどうでもいいことだ。
スザクはルルーシュが何がしたいのかよくわからなくて少し困惑していた。
「よく口がまわるなあ。まあいい。聞いてほしいなら聞いてやろう。お前の大事なものはなんだ? お姫様」
「貴方の大切なものは、命、ですか?」
「せーかい。で、お前の大事なものはなんだ?」
ふふっとルルーシュが笑うのが聞こえた。
「もちろん、命、ですよ?」
その答えをスザクは複雑な思いで聞いた。
「ただし」
だが、続けられた言葉に今度はもっと複雑になった。
「あなたの言う命は、誰のものですか」
「何を言ってる? もちろん自分のものに決まってる。みんな自分の命が一番大切さ。だからみな恐怖する。何より死ぬことを!」
「だから貴方はテンなんですよ、ブラッドーリ卿」
最初、スザクはルルーシュが何を言っているかわからなかった。
ナイト・オブ・テン。
その数字。
それが純粋に10番目という番号を表すと悟った時、スザクは蒼白になった。
子供で女で弱い、と自ら言ったくせに、ラウンズを挑発するなんて何を考えているのか。
「貴方はきっと戦場で死ぬ。だって大切なものがむき出しだから。そんなに無防備にさらして、そうして、何も残らず消えるでしょう」
「おまえっ」
がんっと音がした。
壁を殴ったか、それともルルーシュがぶつけられたか。
見えない位置からは判断しようがなくて握った拳が震えた。
でていくべきか。
それとも。
「私を殺してみますか? 私はこんな身体なんてどうでもいい。本当に大事なものはこんなところにはないんですよ。私が死んだところで私の命は消えやしない。本当に大切なら、ちゃんと隠しておかないと。自分以外大事なものはない? どこの中学生ですか。薄っぺらい人生で、っぅ」
「黙れ」
空気がぴりっとした殺気を帯びると同時にスザクの身体は動いていた。
「ブラッドリー卿」
伸びた腕、折れてしまいそうな細い首、巻きつけられた男の指、叩きつけられた小さな身体。
血が、沸騰したかと思った。
彼の手首をつかみ、力任せに引き離したところで遅れてマントがはためいた音が聞こえた。
「おんやあ? これはナイト・オブ・セブン」
「子供相手に暴力とはラウンズともあろう貴方が、いささか浅慮なのでは?」
スザクが睨みつけた先でルキアーノが不愉快そうに顔をゆがめる。
軽くせき込んだルルーシュが驚愕に目を見開いた。
手を振りはらわれ、素直に放したのはもうこれ以上何かをするというのなら、ラウンズの資格がないほど愚かしい行為だとわかっているだろうと思ってのことだ。
舌打ちとともに去る彼の背中が見えなくなってからスザクはルルーシュに向きなおった。
「ルルーシュ」
「枢木スザク……」
相変わらずのフルネームに無事を知り、若干気が抜ける。
やはりもう少し早く飛び出すべきだった。
いや、それ以前に、あそこで立ち止まって盗み聞きなどせずに、自然を装ってでもそのまま声をかけるべきだったのだろう。そうすれば、変に目をつけられることもなかったかもしれない。
今回の件でルルーシュは確実にルキアーノに覚えられた。しかも最悪なことに気に入らない存在としてに違いない。
もともとスザクとのつながりがもっとも強い特派だ。仲良くしてもらっても複雑なのは違いないけれど。むやみやたらに危険にさらされるぐらいならば、仲良くしてもらったほうが全然マシにきまっている。
「全く君もだルルーシュ。ラウンズ相手にあんな口のきき方。不敬罪で」
「粛清されてもおかしくない? それなら真っ先に貴方が俺を切るべきだな」
「僕は……」
どこか投げやりな口調。
それに少し腹がたったけれど、先ほどの言葉がルルーシュの本音なのかもしれないと思えば切なさに苛立ちが霧散した。
こんな小さな子供が、なぜあんな殺伐としたことを言わねばならないのだ。
自分が一番大切でいい歳なのに。
だって子供ってそういうものじゃないか。世界の中心が自分だと思いこんでて、バカを言う。そんなものだ。大人になるにつれてそれが違うことに気づく。時には過去の自分を恥ずかしく思ったり、それでいいじゃないか。
悟ったような物言いなどだれも求めていない。
確かにこの子には庇護が必要なのだと実感する。シュナイゼルの言ってたことがわかる気がした。
「僕には、誰にも言えない罪がある」
「枢木?」
何を言っているのだと彼女の目は雄弁に語る。
だからスザクは聞いてと静かに告げた。
半分は懺悔みたいなものだ。
先ほどの話を立ち聞きしてしまったことへの。
おそらくルルーシュはスザクがいるとは思っていなかったし、聞かれたくなかったに違いない。
「その時から僕の命はその償いのためだけにあるのだと思ってる。だから僕も僕の命は一番じゃない」
「お前、さっきの聞いて」
「取り戻したいと思っているもの。かけがえない人たち。僕を認めてくださったユーフェミア殿下。そんなに仲が良いとは言えなかったけれども従妹も。それから僕は、君も大切なんだ、ルルーシュ」
何故だとルルーシュの唇は動いたように見えたが、それは音にならなかった。
ただ代わりに上を向いたルルーシュはスザクを睨みつけるようにして一言言い放った。
「お前は、欲張りだ」
それはただの事実だ。 |