clap log 8 「common horsetail」

「ずるい!」


 スザクだけずるい。













common horsetail















 ずるいずるいと駄々をこねるように繰り返す同僚に頭が痛んだ。


 仮にもナイトオブスリーだろう。
 貴族なんだろ。
 プライドはどこに行った。
 というかその前にお前は幾つだ。
 どこのガキだなど言いたいことはいろいろあったが。


 どれを言っても無駄だということは明白だったのであからさまな溜息だけついておいた。
 期待はしていなかったがあまり効果はなかった。


「あのね、ジノ」
「スザクだけずるい」


 聞けよ人の話、と普段は自分が思われていることながら若干苛立ちながら思った。
 ここで自分の態度を反省しないところはさすがだ。

「じゃあヴァインベルグ卿も何かあげてみたらいいじゃないですか」


 やる気なさそうにロイドも言う。

 そう、ジノがずるいずるいと文句を繰り返している先にはルルーシュの姿がある。
 どうも睡眠不足だったらしく、だがそれでも自室に帰るわけでもなくソファで眠るルルーシュの姿が。
 そんな姿を目にすること自体はそう珍しくはない。
 の、だが。
 ジノが目を止めたのはその腕に抱かれているものがあったせいだ。

 先日スザクがUFOキャッチャーでとってやった例のテディベアである。
 もちろんそんないいものではなく、いや、望めばおそらくもっといいものが手に入るというのに――シュナイゼルあたりが買ってやるのでないかと勝手に思っている。あるいは本当に欲しかったら自分で買うだろうし、ロイドに貢がせるぐらいのことはする子だ――ルルーシュはUFOキャッチャーに手をだした。
 それは半分はスザクを待つ暇つぶしだったのだろうし、たまたま目についたから欲しくなったとそれだけのことだろう。
 
 けれどその由来がどこにあろうと、今ルルーシュの腕の中にあるという事実の前にはどうでもいいこととなってしまっているようだ。


 はじめスザクはジノが、やけに大事そうに抱えているクマのぬいぐるみに対してぼやいているのかと思った。
 クマにかわりたいのだろうか。
 それってセクハラになるんじゃ、と危ない道に走りかけている同僚をさすがに引きとめるべく向き直れば、実はずるいの対象はスザクだったらしい――ロイドが代わってももらってはどうだ。意外とすんなりやってもらえるかもしれないと提案して何が? と不思議そうな顔をした時点で判明した。何せその時までクマがずるいとしか言っていなかったのだから変に勘ぐってしまうというものだ。職員一同大変安堵した。


 スザクがルルーシュにプレゼントだなんて、という意味と、そのプレゼントを大事そうにしているルルーシュに二重に衝撃を受けたらしいジノは、スザクが受け入れられつつあるのではないかという事実を基本人がいいので我がことのように喜んでいたが、はたと気づいたようにスザクだけずるいと言い出した。
 そこには多分に、あまり馴れ合おうとしないルルーシュに対して様々なアプローチをかけてきた彼にとってスザクに一歩出しぬかれたような悔しさがあったのだろう。

 そういえばよく外に連れ出していたがプレゼント攻撃は見たことがない。
 特にルルーシュが喜ぶとも思えなかったがいろいろと押しつけているのではないかと思えば、そういえばそんな記憶はない。
 意外に思ってきけば「別にいらない」の一言で切り捨てられてきたらしい。
 外に連れ出してこうなのだから、無理やり押し付ければどうなるかというと、さすがに突っぱねるようなまねはしないが、心の底から喜んでくれるような顔はみたことがないという。


 なるほど。
 ずるいと盛大な文句がでるわけだ。
 というかやっぱり知らなかっただけでしてたのか。プレゼント攻撃。


 今回スザクのやったぬいぐるみが過去にないほど大事にされているのを見てスザクと自分の何が違うのかと真剣に悩みだす。
 一歩おかれているのは二人とも同じ。
 ランスロットのデヴァイザーとして触れ合う機会が多いのはスザクが三歩ほどリードしているかもしれない。
 けれどルルーシュはジノのことはジノと呼ぶくせに、スザクは何故かこだわりがあるのか枢木スザクとフルネームだ。
 さらにあからさまに好かれていないことがわかるスザクと、しぶしぶながら振り回されてやっているジノ。

 これはどちらが有利かなどだれの目にも明らかだろう。
 ではなぜプレゼントの扱いに差がでたか。

 理由などひとつではないか。


 あれはもともとルルーシュが欲しがっていたものだ。
 それをタイミングを逃さずにやれただけのこと。
 ただの運の違いなのだが。



 それをわかっているのかいないのか。


 そうかルルーシュはテディベアが好きなんだなと一周まわって納得したようにうなずいた彼の見解は当たっているのかいないのか。
 とにかくスザクは少し嫌な予感がしたのだけれど、それでジノが納得するのなら、それで静かになってくれるのなら、さらにあからさまに言えばそれでスザクへの攻撃がやんでくれるのなら好きにしてくれと思った。
 ルルーシュには悪いが。


 以上の話をロイドから聞いていたルルーシュもスザクと同じくなんだか嫌な予感がしていたのだが。
 その期待――いや期待なんかしていない――を寸分も裏切ることなく、それはやってきた。


 三日後に。
 早いのか。
 これでも遅いのか。


 なんだかとても大きな、それでいてカラフルな袋を抱えて。
 どうやって前を見ているんだろうと、おそらく周りの人間が近づきたくないからよけているに違いないと思ってしまうその袋を持って、ジノはまっすぐルルーシュのもとへきた。

 ルルーシュも避けたかった。
 できるなら避けたかった。
 でもジノはルルーシュを見つけると目を輝かせてかけよってきたのだ。

「ルルーシュ!」


 尻尾を振っている大型犬を思い出した。
 ルルーシュの中でジノのイメージはコリーだ。ラフ・コリー。
 見るからにかしこそうなあの犬は結構好きなのだが…………。
 自分で思うがなんでコリーなんだろう。


 あれだろうか。
 髪が長いからだろうか――三つ編み部分だが。


 それともあれだろうか。
 コリーという犬種が実はものすごくさびしがり屋だからだろうか。
 コリーは家を留守にしがちな人間には向かない。
 でもコリーはいたずらもしないし吠えないのだが。


 スタイルのよさからブルゾイでもよさそうなものだがなんでコリーなんだろう。
 予断ではあるが、ブルゾイの血がはいって現在のコリーの姿になったのではないかという説があるらしい。

 歩き方が優雅だからだろうか。
 さすがにそこら辺は貴族だ。


 いやもう本当にどうでもいい話だ。

「プレゼントがあるんだ」


 弾んだ声で言われてげっそりした。
 普通に考えて、疑うべくもなくその大きな荷物だろう。
 避けたかった。
 ルルーシュだって避けれるものなら避けたかった。
 遠巻きに見つめる研究員に誰かかわれとあたりたくなった。
 そんな大きなもの、中身は何かしらないが、どう考えたって場所をとる。


「これは、何?」
「プレゼントだ! ルルーシュが好きだってきいて」


 実用的なものは大変好ましいが、場所をとるものは好きではない。
 誰だ。
 嘘を吹き込んだのは。
 やはりロイドあたりか。
 あの愉快犯め。


 実は無実の男を心の中で盛大に罵倒した。
 日頃の行いのせいだろう――しかしながらジノもあげればいいとけしかけてもいた。が、そんな言葉がなくてもきっとこうなっただろうが。


「ヴァインベルグ卿」
「だからジノでいいって」



 わざと呼んでいるんだ。それぐらい察しろ。



「プレゼントと言われても、誕生日でもなんでもないし受け取る理由がない」
「いいじゃないか。そんな細かいことにこだわらなくても」


 これが細かいことなのか。
 そちらにはもう少し細かくなってもらいたかった。


「私があげたいんだ。ルルーシュに」


 受け取ってもらえないかな。
 若干下手にでられてもあまりに上の方にある顔はそれだけで可愛くない。
 可愛くないのでコリーに置き換えてみた。
 ああ憎めなくなったどうしよう。



「これを」



 渡されてもさすがに手で受け取ることはできなかった。
 よってどうなるか。
 置いて行かれれば受け取らざるを得ないのだ。
 突っ返してはいけないだろうかと真剣に悩んだ。
 悩んだが、人からの贈り物を失礼にならないように突き返す方法などルルーシュは知らなかった。
 なんでもかんでも受け取るのはよくないとは思うのだが、ダメか? といつもより控え目な様子でたずねてくるのがコリーだったから。
 だって犬は好きなのだ。


 

「なんなんだ?」



 それでも不信感は隠せずに聞くとあけてみろという。
 こんなところでか。
 まあプレゼントは目の前であけて喜んでみせるのが礼儀だが――ここらへんは文化によって違うらしいが。スザクの生まれた国では開けないらしい。そっちのほうがよかったなと思った。


 あけるのだけで大仕事だった。
 えっせほいせと手を伸ばし、しゃがんだり爪先立ったりしながらやっとのことで外したのだ。
 それはルルーシュの身長ほどの高さがあった。

 開けて――――。


 予想とたがわぬ中身と、どうだとばかりに胸をはる彼にげっそりした。
 それでもお礼を言ったルルーシュは偉かった。と誰が言わなくてもルルーシュは自分で自分をほめたたえた。




「つくらせたんだ。ルルーシュと同じ身長の」


 テディベア。


 スザクにUFOキャッチーでとってもらったのをそのまま大きくしたような。
 といってもかかっている値段はおそらく…………考えたくない。
 なんでこんなものにそんなにつぎ込めるのだ。
 だから道楽貴族なんて嫌いなんだ。
 別にルルーシュはテディベアが好きなのではなく、ただ、ナナリーが好きで。
 それで、似たようなのがあったから、ナナリーを懐かしんで欲しくなっただけだったというのに。
 少なくともナナリーの部屋にこんな大きなものはなかった。
 もう少し小さい犬ならいたような気がする。

 





 っていうかやっぱり。
 どこに置けばいいんだろう。