「……………あ」
まずい。
Dahila
あからさまにそう滲ませた声に数歩先を歩いていたルルーシュが足をとめて訝しげな表情で振り返った。
あるいはうっとうしげなと言ったほうがいいのかもしれない。
少しばかり眉を寄せて、人形みたいな整った顔に不似合いな皺を作る。
スザクはその皺を伸ばしてやりたい衝動にかられたが、スザクが触れれば目を釣り上げて怒りだすことが明白だったので我慢した――何せスザクはこのお人形さんに理由はわからないが害虫か何かのように嫌われているのだ。
不機嫌な表情は表情で、13才ながら硬質な美しさをもつ少女のものであればまた
趣深いというものだが、彼女は物言わぬ無機質な本物の人形ではないのだ。
何が問題って怒るとうるさい。
もちろん音量の問題ではなく、子供にしては滑らかに動きすぎるその可憐な唇は、どこで覚えたのか難しい言葉を耳に痛いように加工してとめどなく流し続けてくださるのだ。
長い付き合いらしいロイドなんかはきれいにスルーしてしまう技を身につけているようで、いくら攻撃にさらされようとへらへら笑って無効化してしまっているが、スザクは残念ながらそんなレベルの高いスキルは持ってない。
なまじ見た目が可憐であるだけ質が悪い。
食虫植物はその色やら匂いやらで虫をひきつけて、ふらふらっと寄ってきた虫をパクリといってしまうのだ。自然の摂理って恐ろしい。
そんなことを考えていたらじれたらしい。
きっと睨みつける眼光がました。
「どうした」
4つ年下のくせにこの態度のでかさはどこからくるんだろう。
いや、子供故のというものだろうか。
「ちょっと買い忘れが」
「忘れ物?」
そんなものあったかと不思議そうな顔をするルルーシュはスザクとロイドのやりとりを聞いていなかったらしい。
まあそれはいい。というかむしろ好都合というか。
煮詰まったらしいルルーシュがパタンとファイルを閉じて些か乱暴に机に放ったのは一時間ほど前のことだったか。
深々とため息をついて頭をかき乱す。
叫び出さないのは周りの目があったせいだろう。
いらいらとしているのを隠そうともせずすくっと立ち上がった彼女にその時全研究員の視線が集まった。
キャメロットと名前をかえ、スザク専属のナイトメア開発部となった元特派だが、名前が変わったからといって体質まで変わるわけではない。
相も変わらずお姫様至上主義である…………スザクがくる前のことは実際には知らないが予測は簡単につく。
ルルーシュの詔を待つ研究員をよそに、ふわふわのスカートの上でドレスのようになっている白衣を脱ぎ捨てて――いつも思うが動きにくいのではなかろうか。というかなんでわざわざそんな機動性にかけるわ汚さないように気をつけなきゃいけないわの衣装を着ているのだろう――宣言した。
「買い物に行ってくる」
気分転換宣言に何かダメ出しをされるのだろうかと戦々恐々としていた研究員はそっと息をついた。
平和な解決法でなによりだ。
が、ここで手を止めたのがロイドだ。
「スザク君スザク君」
もう一度言うがスザクのほうが一応上司のはずである。
しかしながら元来上下関係がなきに等しくなってしまっていた上に、スザクも特に敬って欲しいなどとは思わなかったため体質改善はしなかった。
おかげで余り呼ばれなれてないむずがゆいような呼び方をされるようになってしまったが、みなが和気あいあいとしている中で枢木卿と呼ばれて一線を引かれるのは寂しい。
「なんですか?ロイドさん」
「スザク君今暇だよね?」
「そうですね」
一応ラウンズに名を連ねる者だ。
暇などない。……………普通に考えれば。
しかしながら第七世代ナイトメアフレームの研究開発となればそれだけで時間を割く理由となる。
そのためキャメロットのためにもともと時間をもっているのだ。
とはいえデヴァイザーとしてしか役に立たないスザクは、実際のテストに漕ぎ着ける前の段階で煮詰まってしまっている状態では手持ち無沙汰になる以外ない。
「じゃあさ、お姫様についていってくれない?」
一応シュナイゼルからルルーシュを守って欲しいと頼まれた身だ。
やることもなければ同行を願い出るつもりではいたが、それにしても誰も彼も彼女に対して過保護が過ぎるのではないかと思わざるをえない。
いくら他に類を見ないほどの美少女とはいえもう13才になるのだ。
幼稚園児でもあるまいし、たかが気分転換の外出に保護者をつける必要があるのか。
疑問を通り越して不審になりながらも頷いたスザクにロイドが嬉しそうに笑った。
「で、ついでにプリン買ってきてよ!」
ルルーシュは口実でこっちが本命なのではないかと少し思った。
「またか」
あの男はプリンプリンプリンプリンと馬鹿のひとつ覚えみたいに、飽きるとか冒険心をもって違うものにチャレンジするとかないのかとルルーシュがぼやいた。
「えーっとすぐにすむから」
「わかった。待ってる」
一応一緒にきてもらおうと思っていたのだが、先を越されて一瞬つまる。
しかし、だ。
まあ実際にそんな時間のかかる用事でもなければ、同じ建物内でフロアが違うだけである。
危険な場所でもない。
無理に連れて行くぐらいだったらすぐに帰ると言い出してしまう可能性も考えて、そもそもそこまで危機感を抱いていなかった、むしろルルーシュへの対応は過保護すぎると考えていたスザクは少し考えてからうなずいた。
「本当にすぐに帰ってくるから」
「待ってるって言った。早く行ってくればいい。ああそうだ」
うっとうしげに手を振ってみれたが、はたと気づいたように顔をあげた。
「大きいやつがいい。あるだろ、なんか無意味に大きいプリン」
確かにあるが。
あれはちょっとチープすぎないだろうか。
一応専門店でと考えていたスザクは少し戸惑う。
「ルルーシュも食べたいの?」
「そうじゃない。面倒だから大きいやつ買っていけばしばらく持つだろ。それか食べ過ぎてもういいって境地に達するか」
同じ味を大量に食べるのはそりゃあげっそりするかもしれないが。
もたせるためだったら複数買った方がいいんじゃなかろうかと考えて、微妙な嫌がらせ、いやこの言い方はよくない。意趣返しなのだと気づいた――本人に伝わるのかどうかは別にして。
「…………実は大きいのぷっちんしたいとか」
「う、うるさいな、はやく行け!」
思いがけず適当に言った言葉にほほを染められて笑ってしまった。
「本当にそこから動かないでよ!?」
「やっぱり帰る!」
本気じゃない声にそれでも急がなければと、若干駆け足気味でスザクはエスカレーターに向った。
スザクを見送ってルルーシュはため息をついた。
疲れる。
枢木スザクと話をするのは本当に気疲れしてしまう。
でもそれは彼が悪いのではない。
ルルーシュの都合だ。
悪い人間ではない。
そんなことはもう知っている。
軍人だけども無骨な印象はないし。
頭の堅い部分もあるけれど物腰はおだやかで人当たりもよく基本取っつきやすい。
ラウンズという地位にいながら偉ぶったところもなく、ロイドの人道を無視した実験にもつきあっているむしろお人好し。
こうしてあげていくとまったくもってやな奴だ。
嫌う要素が見つからないなんてなんてやな奴だ。
あんなに空気を読まない奴なのに。
ああでもそうだ。
笑顔に隠れて見えにくいが、あれで意外と他人はどうでもいいタイプの人間だったりするのではないかと薄々感じているのだが、これはあれだろうか。
あらさがしばかりしているからこじつけのようにそう思ってしまっただけだったりするのだろうか。
いやだなと思う。
早く嫌いになってくれたらいいのに。
そしたらルルーシュだって何の気兼ねもなく嫌えるのに。
冷たく接しても接しても、まさに暖簾に腕押しとでもいうようにのらりくらりとルルーシュにかまってくる男の真意は知らない。
かなりあからさまだから好意をもたれているはずはない、と思う。
けれどそれを覆いかくして笑ってられる処世術を身につけている人間は厄介だ。
いや、それでも心の底から嫌ってくれているのが滲みでていれば話は全く別だというのに。
距離を測りかねている。
どうにもその程度にしか受け止められていないような気がする。
それはおそらく、なんだかんだ言っても、こうやってスザクの同行を許してしまうルルーシュにも責はあるのだろうが。でもどうしろというのだ。
今日にいたっては「一緒に行く」とすでに決定事項で告げられた。
ついていってもいいかというお伺いの段階をすっとばされてしまっていれば、ルルーシュの拒否などなんの意味ももたないではないか。
なんでよりにもよってこんな厄介な性格の人間だったのだろう。
何の苦労もなく嫌える状況を作りあげてやっているというのに、変に反抗してきてたちが悪いったらない。
ルルーシュは面倒だなと深々にとため息をついた。
本当に帰ってやろうかとちょっと思った。身勝手っぷりをアピールするにはいい機会ではないか。
それでせいぜい探せばいいのだ。
なんというか、まだ時間はそんなにたっていないはずだがそんなことを考えはじめるくらいには早々と飽きてしまっいた。
帰ろうか。
枢木スザクをおいて。
待っていてと言われたのを無視して。
ああでもどうなんだろう。
特に心配もせずに普通に帰ってくるかもしれない。
せめて落胆ぐらいすればいいと思うのだが、よくよく考えれば彼が落胆する理由がない。
どうしようかな。
帰ろうかな。
そう考えたのに――。
ルルーシュは帰らなかった。
なんのことはない。
枢木スザクとは全く関係がなく、珍しくもルルーシュの目を引くものがそこにあったのだ。
それはなんの変哲もない、それこそどこにでも設置されているような機械だった。
やったことはないがルルーシュとて名前ぐらい知っている。
UFOキャッチー。
ジノあたりであればUFOキャッチー自体に興味を示してもおかしくはないが、ルルーシュにとってそのクレーンゲームは特に興味のないもの、だったにも関わらず目を引いたのはクレーンではに、中の景品のほうだ。
それはそれでまたなんの変哲もないぬいぐるみ。
数多の中のひとつ。
幸か不幸か一番上にあったので、位置的には十分とることが可能なように見えた。
もちろんルルーシュはやったことがないので、自分にとれるかといえば未知数だとしか答えようがなかったのだが、けれど目を引いたそのぬいぐるみが少し、少しだけ、欲しい気がした。
とるに足らない感傷。
ただ暇つぶしに、枢木スザクを待つ言い訳にはなるかなと思った時点でどちらが言い訳なのかわからなくなってしまった。
赤いリボンのテディベア。
UFOキャッチーの景品になるのだからどう見ても安物。
でもその大きさとか、色合いとか。
そんなものがナナリーが持っていたのに似ているなと思って。
家を出る時、身の回りの物はほとんど持っていけなかったら、ナナリーのテディベアはきっともうすでに処分されてしまって久しい。
もっとも、こんなもの手に入ったところで代わりになるはずもない。
けれど、欲しくて。
感傷。
くだらない。
急いで戻ってきて、一瞬ドキリとした。
小さいながらも目立つ少女の姿が別れた場所になかった。
もしかして先に帰ってしまったのかと心配になる。
いや、先に帰ってしまったのであれば心配する必要はないのだ。
ふらふら歩いて迷子になってしまったとか、変な人に連れて行かれたとか、本当に心配すべきはそちらだろう。
監督責任を問われるのはさすがに勘弁してもらいたいと、ひやりと汗を感じながら、ぐるりとあたりを見回して、だがすぐに安堵に肩を落とした。
探していた背中がゲームコーナーで遊んでいる……いや、どちかと言えば遊ばれているように見えた。
「あ」
あ〜。
微かにしかし確かに彼女に声で聞こえた落胆に、スザクは軽く笑う。
ゲーム機にはりつく姿はフリルのスカートに似合う姿とは到底言えないが、年齢に照らし合わせてみると微笑ましい。
クレーンが宙をつかんで上がっていった。
「ルルーシュ」
後ろから声をかける。
「………………スザク」
憮然とした声が返ってきた。
若干泳がされた視線から察するに、ちょうど失敗を見られてしまったことを悟っていたたまれない気持ちになっているらしい。
UFOキャッチーなんてそうそう成功するように作ってあるわけではないのだから、特に恥じる必要もないと思うのだが。
「何? 何か欲しいものでもあったの?」
「別に。ただの暇つぶしだ」
悔しそうな顔はスザクに見られたせいか。
それとも純粋に失敗に対してなのだろうか。
はかりかねたので自分のいいように解釈することにした。
もしかしたらどっちも違うのかもしれないし。
なんのことはない。
ほしかった景品がとれなくてルルーシュが悔しがっていると思ったら――妄想という――かわいらしいなと思って。
「どれがほしいの? とってあげるよ」
ゲームというものは基本的にどんなジャンルであっても慣れと技術だ。
スザクも昔はよくやった。
最近はやっていないからもしかしたら一回では取れないかもしれないが、そんなに難しいところにあるのでなければ数回もしればとれるだろう――合理性を重んじるお姫様が絶対に取れそうにないところに挑戦するとも思えなかったので。
微妙に不純なものが入っていたとしても基本的には好意からのスザクの申し出にルルーシュがピクリと眉を動かす。
「だから別にそんなのじゃなくて。帰ってくるのが遅かったからただの暇つぶしだったんだ。終わったのならもう帰る」
「遠慮しなくていいのに」
「してないっ」
必至に否定されるとむしろ疑いたくなる。
「これ? このクマ? それともこっちのネコ? あ、カエルが結構可愛い……けどル
ルーシュには似合いそうにないなあ。どれが欲しい?」
おそらくこういうことをするから空気を読めと言われるのだろうが。
でもだってもったいないではないか。
現実的な問題として、つぎ込んだ金が――いくら出したのかはしらないが。
甘やかされて育っているらしいルルーシュにその感覚が理解できるかどうかは置いておくとして、ただ金を消費するのはもったいない。
一度手をだしたからには元をとらなくては。
一個ぐらいとって帰らなければ割に合わないというものだ。
ルルーシュのためというよりは半分自分の信念――この言葉は大げさか。簡単に言えばこだわりのだめに申し出た。
「だから」
「クマかネコかウサギなカエルならとれるけど」
人の話を聞けとあからさまに顔に書いてあった。
しかし気にしない。
にっこり笑顔で指さしたまま首をかしげてしばらく動かずにいた。
30秒は見つめあっただろうか。
ルルーシュが、白旗を上げた。
「……………………………………クマ」
かなりしぶしぶとではあったけれど。
「赤い…………」
「え、何?」
「赤いリボンの、あ、いや、違う。なんでもいい、なんでもいいからっ!」
赤いリボンの茶色のクマ。
お目当てのもののかわいらしさに失礼ながら正直驚いた。
ルルーシュは見た目はお姫様だが、言動はやけに大人びたしゃべり方をするし、クマを抱かせればそりゃあいいものが見れるだろうが、服だけは毎日かわいらしいものを身につけていてもそれ以上サービスする気などまったくないと言わんばかりにスパナだった握るルルーシュが――使用用途はロイドに投げつける以外見たことはない。
まさかそんなかわいらしいものを本当にご所望だったとは。
きめつけるように言っていてなんだが、いやはや驚いた。
なんだかんだいっても13才の女の子ということだろう。
これはぜひともとってあげたい。
と、思ったのでさかさかやってみた。
意外と簡単にとれた。
ルルーシュが不満そうな顔でスザクを見上げた。
なんで一発でとれるのだと理不尽に責められたのだが、渡したクマを腕に抱くルルーシュが、変な方向に目覚めそうなぐらい可愛らしかったのでほとんど耳に入ってこなかった。
まさかここまで小道具が役に立つとは。
毒舌効果を打ち消して、何故だか一人だけ冷たくあたられていろいろとむっとすることの多いスザクですら、素直に感嘆してしまうほどだ。
「じゃあいこうか」
待たせてごめんねとあえてここで言ったのは、お詫びみたいな形になって受け取りやすいかと思ったからだ。
ここで突き返されても困る。
さすがにスザクには部屋にクマを飾る趣味はない。
「あ、あの」
「ん〜?」
「ありがとう」
「どう……いたしまして?」
「なんで疑問形なんだ」
「あーまあ、気にしない方向で」
どうしたのと聞こうとしてあわてて口をつぐんだとはさすがに言えない。
おそらく過去最高だと思われる友好的な態度にうれしくなって手を差し出してみた。
「帰ろう」
調子にのるなと言って払われてしまったけれど。
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